実習当日。集合場所は学院の校門の前であり。
制服を着た一同は、引率役となる騎士団員と顔合わせを行っていた。
「――――お久しぶりですな、殿下」
「……ユーウェン卿」
苦虫を噛み潰したような思いで―――表向きは仏頂面であったが、ルークは騎士団長であり、友人(いちおう)の父でもある王国軍最強の男を出迎えた。
が、ユーウェン卿はそんなルークの思いも理解していたのか、僅かに目を細めると苦笑して言った。
「お変わりないようですな」
「変わりたいのは山々だったけどな」
拗ねたようにそっぽを向くルークに、フィリアも興味深そうにユーウェン卿を見て。模範的な騎士らしい顔をしていたユーウェン卿が、フィリアを見ると破顔した。
「ああ、貴女がオーリスの――――ふむ、鼻のあたりがよく似ておられる」
「……お父様を、ご存知なのですか?」
ちょっと目を見開くフィリアに、ルークでも、というか騎士団員でも見たことがないほど顔を緩めたユーウェン卿は大きく頷くと言った。
「ええ、お父君とは学友でしてな。かつては子どもができたら結婚させようと話したこともありましたが―――――ハハハ、過去の話ですよ」
「………ぅー」
ルークの背後に周り、盾にするようにしがみつくフィリアにユーウェン卿も笑って誤魔化すが、ちょっぴり傷ついたような表情にルークは気づいた。
最強の騎士団長の子どもと、最強の領主の子ども。
およそ文句のつけようのない組み合わせだ。それこそ、結婚相手は男爵級が妥当などと陰口を叩かれるような王太子とは違う。けれど当の本人が望まないのであれば無理強いするべきではないだろう。……まあ、そのへんこの男なら心配は要らないだろうが。
ルークはしがみつくフィリアを宥めるように軽く叩くと、その視線を遮るようにユーウェン卿の前に立った。
「……今日の指導は期待してもいいんだろう、ユーウェン卿?」
「む。――――殿下のその
ルークの本気を見て取ったのか、ユーウェン卿が表情を引き締める。
「ああ、卿相手なら加減は要るまい? 俺は俺の全力を以って貴殿に思い知らせる」
「望む所です。殿下の本気、是非ともお見せいただきたく」
火花を散らすような一瞬の後、ルークはちょうど距離の近かったティナ、アリオスにフィリアと近づくと小声で話しかけた。
「――――というわけで、今日は手加減なしで廃嫡されにいくぞ」
「……そっちなんですね」
真面目な顔でのたまうルークにちょっと口元を引きつらせるティナ。そこにいつもの笑顔でアリオスが言った。
「まあ、殿下ですし」
「勤勉だろう?」
廃嫡されにいくのを勤勉と言っていいのか、判断に迷った3人だったが、代表してフィリアが手を挙げた。
「はい、ルーク様」
「どうした、フィリア」
「今回はどうするのです? ……わざと低い点を取る、とかでしょうか?」
割と妥当なフィリアの案にティナとアリオスも半目で頷く。確かに効果がありそうだ。
できればやってほしくないな、と思う二人に対してルークも満足げに頷いた。
「そう、だがそこに一捻り加える――――俺以外の全員を高得点にする」
「……? 点はあげられるのです?」
一捻り加えると聞いて既に何かを察した顔のティナとアリオスを尻目に、よくわかってなさそうなフィリアが純粋に疑問に思ったことを聞くと、ルークは自信ありげに言った。
「要は魔獣を討伐したら得点になるわけだ。そこで、ひたすらアシストに徹する。ユーウェン卿が指導したのに無得点………面目丸潰れ……クックック、悪辣すぎる策だな」
まさかユーウェン卿も逆方向に張り切っているとは思っていないだろう。
確かに成功すればかなり悪辣な策である。ルークの評判の方が犠牲になるが、廃嫡的にはそれもかなり美味しい。
「ふむ。では後はリュミエール様を説得することくらいでしょうか」
深刻そうな顔で頷く(口元は笑っている)アリオスだが、ルークは杞憂とばかりに笑うと颯爽とリュミエールに向かって歩いていった。
「此処は俺に任せてもらおう―――!」
今回は自信があるのか、相変わらず公爵令嬢としての威厳というか威圧感に満ちたリュミエールに向かって迷いのない足取りでルークが向かった。
―――――――――――――
(望まぬ婚姻を防ぐため、颯爽と立ちふさがる殿下――――いいなぁ)
ちょっと自分が庇われたところを想像して内心で胸を高鳴らせてみるリュミエールだが、生憎と自分に見合う結婚相手はこの国を統べる人間しか有り得ない。
つまり起こり得ない未来なわけだが、そこにちょっと隣国の王太子なんかを登場させて…くらいの想像をするのは自由だろう。
そんなわけでちょっと想像の世界を満喫していたリュミエールは、颯爽と眼の前に現れたルークに少なからず動揺した。
とはいえ先程の宣言の後である。
きっとより完璧な勝利のために協力を求められるだろうと思い――――。
「――――今日は全力で他の奴らに得点を挙げさせる」
拍子抜けした。
いや、正直に言ってしまえば失望したのだ。
愚直なまでに目指しているものがあって、どんな難題でも、強敵でも、諦めずに前を向き続けるのが彼だと思っていた。だから、声にもつい冷たさが混じる。
「……珍しいことですわね、何故そのような愚にもつかない真似を? 魔獣を倒す自信がないとでも―――」
力が無くともやり遂げる、足りなければ借りる、そうして助けた仲間の力でより大きなものをやり遂げる。それが貴方だと思っていたのに、と。
だがルークの目にあったのは図星を突かれた動揺でも、答えに窮した苦しみでもなかった。――――自信だ。こうするのが正しいのだと、己を支える根拠があった。
「―――――甘い! それは将に求められる力だ。なら、将の将たるべき者―――王に求められるものとは何だ!?」
その言葉は、常に完璧な公爵令嬢たらんとしておいたリュミエールの心にも突き刺さった。ただの令嬢であればいい。だが、公爵令嬢ならば―――。人より優れていることに加えて、人をより優れさせること。指導者の才が必要なのではないかと。
「―――っ!?」
普通に詭弁だが、謎の自信に満ちたルークには妙な説得力があった。
雷に打たれたように呆然とするリュミエールに、ルークは畳み掛けるようにそれっぽいことを言い聞かせた。
「――――王とは、手柄を立てるものではなく立てさせるもの! 己が戦場を見渡す戦術ではなく、全ての戦場を司る戦略こそが求められるものだ! 違うか!?」
リュミエールは己の不明を恥じた。
自分が学院の授業の一つとして受けようとしている中、彼はただ己の将来のためにこの実習を受けようとしていたのだ。
個人の力ではなく、己の手が届く限りの全力を以って。
自分こそが、この国の誰よりも優れた男であると――――!
「……違わないわ」
そう、そして彼がこれを話した理由。
それは、常は相容れぬ存在――――競い合う相手の力さえも借りたいという決意に他ならない!
「なら、俺たちがするべきことは?」
「全体を司り、最大の戦果を上げさせること…!」
リュミエールは頭の中で素早く図面を描く。
自分の派閥、セシリアさんが影響力を持つ集団、あの人の懐刀であるアリオスが掌握できる集団、フィリアさん……はまあ影響力皆無だけれど。
と、そこまで考えたリュミエールは、目の前で真摯な顔で見つめるルークに心臓が高鳴るのを感じた。
「――――だが、俺には力が足りない。協力してくれるな、リュミエール」
「………ええ。……ええ!」
―――――頼られている。
いつも競っていた人が、ある意味では目標としていた人が、ただ己の力を、権力を、人脈を、知恵を頼りとしてくれている。
だからきっと、これまで磨き上げたものはこの時のためにあったのかもしれない。
去っていく――――男子たちの繋がり、その中心であるカイル・ユーウェンに向かっていくルークを見送って、リュミエールは珍しくはっきりと笑みを浮かべて言った。
「やはりあの方こそ王の器だわ…!」
「リュミちゃん。……はぁ、またどっか行っちゃってる」
呆れた顔のミリアだが、次の瞬間凄まじい勢いで振り返ったリュミエールに飛び上がりそうになって驚いた。
「――――ミリア、今すぐ私の派閥を纏めて。リーダー役を私の元へ。私はあの方の頭脳―――アリオスと協議を始めます」
「え、なんで」
「――――今こそ総力を結集するの! 学院に革命を!」
「なんで!?」
ミリアからすればちょっと頼られたくらいで大げさな感じがしたのだが、リュミエールからすれば有頂天、あるいは此処が天王山。学院の評価基準を変えざるを得なくしてやろうとやたらスケールの大きなことを考え始めた。
と、どこからともなく現れるのは噂のアリオス。
訳知り顔で頷くとどこから持ち出したのか巨大な地図を広げる。
「いいアイデアです、採用させていただきたく」
「さすが、あの方の頭脳」
話しながらも地図に記入されていくのは今回の実習範囲であり、ティナが並べていく駒にはそれぞれの班のリーダーの名前が記入されている。
リュミエールは女子生徒たちのおおよその魔法などの適正は把握している。アリオスはおそらく全生徒把握していそうだが――――迷いなく駒を手に取ると、ルークの駒を本陣に置きそれに合わせて陣形を構築していく。
「この班は機動力があるわね、右翼に」
「では、火力のあるこの班は中央に置きましょう」
そんな感じで駒を並べ始めると、やってきたフィリアが真面目な顔で地図に点を打つ。
「なんとなく、ここと、この辺りに巣があるような気がします」
「………信じていいの?」
流石のリュミエールも判断に困り、アリオスを見るが。アリオスはチラリとカイルと何やら話し合っているルークを一瞥して肩を竦めた。
「まあ、殿下を信じるのなら彼女も信じて損はないかと」
「じゃあ信じるわ。フィリアさん、何でもいいから情報を出して下さる?」
ミリアは変わり身がはやすぎて自分じゃなかったら唖然としてしまいそうだと思ったけれど、フィリアは真面目な顔でペンを転がすと、そのペン先が示した位置に大きな丸をつけた。
「――――ここがボスですね」
笑えばいいのだろうか。
ちょっと反応に困ったミリアはアリオスとリュミエールの表情を窺い。
「……ボスがいるのね!」
「これは……困りましたね」
真面目な反応の二人にちょっと白目になった。
が、いい加減派閥のメンバーに情報を伝えに行かないといけないので、これ幸いと一旦その場を離れ――――――戻った時には何故か演説が始まろうとしていた。
――――――――――――――――――――――
壇上に立っているのは、言わずとしれたルーク王太子。
その隣で敏腕秘書みたいな顔をしている公爵令嬢であり、ただの乙女なリュミエール。そして姫君っぽいポジションで祈っているのがフィリア。
将軍っぽい並びで控えているのがアリオス、ティナ、セシリア。あと本物の騎士団長であるユーウェン卿。
「――――今宵、我々ラグノリア王立学院生は証明する! 何をだ! 隣の者より優れていることをか? 他の学院の生徒より優れていることをか?」
まあ普通の試験とか実習ならそうなんじゃなかろうか。
だがルークの無駄に冴え渡る舌鋒は止まらない。
「――――否だ! 俺たちは、今日! お前達全員が、王国最強の男さえも驚嘆させる猛者だと証明する! お前達の力なら――――俺たち全員ならば、それができる!」
それができたらいい、と小さな芽が芽吹く。
そう、それは夢だ。王国最強の男――――高名な騎士を感嘆させる。その魅力的な夢を、同じ夢をみんなが思い描いた。
「お前たちは、誰もが俺より優れた魔法を持っている! 競い合いたいという思いがあるだろう。自分の実力を証明したいだろう。――――その願い、俺が叶える! だが、競う相手は学友ではない!」
そう、優れた魔法がある。
それは高位貴族の子息・令嬢にとって一種のアイデンティティーであり、プライドである。だから試験では勝ち負けを競うし、それを譲りたいとは思わない。だが―――だからこそ。
「騎士団は、騎士だから強いのか? ―――否だ! 彼らは、統率されているから強いのだ! 互いに助け合い、一丸となって戦うから強い! では、
それを束ねた時、その力が先程描いた最強の男さえも感嘆させるのだと言われた時。その夢に色づくのを感じた。達成できるのではと思わされた。
「お前たちの全力を引き出し―――歴代のどの学院生よりも最強であると、此処に証明する! 皆とならそれができると、俺は確信している!」
「今回だけでいい。俺は、皆の頑張りを知っている。強さを知っている。必ず、皆が満足のいく評価を取れるよう全力を尽くす。――――俺に、力を貸してくれ!」
頭を下げたルークに、カイルが真っ先に声を上げる。
「――――我らが王太子殿下に、勝利を!」
「「「「「――――勝利を!!」」」」
ノリの良い男たちが拳を突き上げ、あらかじめリュミエールが根回ししていた令嬢たちも歓声を上げる。それに応えるようにあちこちで一斉に歓声が爆発し、かつてなく高まった士気で、学院生たちは出立の時を迎えた。