第一王子は廃嫡を望む   作:逆しま茶

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廃嫡されたい第一王子、前進する

 

 

 

 

 王都から街道を進んだ先、鬱蒼と広がる森――――妖精の森が今回の実習の舞台である。

 どこからか湧き出すマナ、生命エネルギーによって自然と魔獣が豊富なこの森は騎士団でも定期的な間引きを行っているがそれでも少し奥に入れば十分な数の魔獣がいる。

 

 

 実際、ここを実習先にするのは上位クラスのみであり。

 護衛として付く騎士団の人数もかなりのものだ。それだけ上位貴族は国の根幹に関わる人物たちであり、高位クラスの生徒は金の卵であるといえる。

 

 

 そんな彼ら彼女らに実戦経験を積ませること、そしてこうした現場を知らせることの必要性を国の上層部と親たちが痛感している――――決して戦争が遠くの出来事ではないがため、そして戦争になれば魔法という武器を手に先陣に立たなければならない義務のため――――この決して安全とは言い切れない実習が実現している。

 

 

 

 

 だが、今回に限って言えば。

 魔力を高めて森を移動する生徒たちによって殆どの戦闘は回避されていた。

 

 

 

 それにはいつでも魔法を使えるようにするという利点があるが、その分近づく前に察知されやすいという欠点もある。

 

 

 

 魔獣は、人間と比べて魔力に非常に敏感だ。

 特に日常的に自分と違う魔法を扱う人間、別の魔力を持つ相手と接している人間は麻痺しているが、魔獣はすぐに自分たちと違う存在を察知する。

 

 魔獣たちの間では魔力を高めるのは臨戦態勢であると同時に威嚇であり、それこそ人間の中でも上位に位置する高位貴族の子息・令嬢の魔力は暴力的ですらある。

 だが、それを逆手に取ったのが今回の作戦である。

 

 

 

 

 

 

 空に次々と魔術弾――――マナを込めれば誰でも使える魔術品を用いた信号弾が打ち上がる。

 その位置を確認して地図上の駒の位置を調整するアリオスはその位置関係を確認して小さく頷いた。

 

 

 

「第1段階は問題なく推移していますね。若干右翼が遅れがちではありますが、誤差の範囲かと」

 

「伝令を使うほどではない……ですね!」

 

 

 

 信号弾の色に戦闘開始を示す赤色がないことを確認して頷くセシリアは、同意を求めてリュミエールを見て。これ以上無く真剣な顔で魔獣の進路予想を書き込む彼女は地図から目を離さなかったものの器用に頷いた。

 

 

 

「ええ。この程度なら部隊の弾力性で対処できるはず。このまま網を引き絞るように窪地に追い込んで一網打尽にします」

 

 

 

 

 言うなれば追い込み漁。

 盛大に魔力を撒き散らし、逃げ場のない場所に追い込んでいく。

 

 

 

 瞬時に連絡を取れる手段があればいいのだが、ルークとリュミエールの伝手を使っても集められたのは照明弾を上げる魔術品程度。森の中ということもあって見通しもかなり悪く、伝令を出すにもティナ・アリオスの雷速伝令という奥の手くらいしか無い。

 

 一応、セシリアの『豊穣』魔法でも連絡は取れないこともないのだが、そうすると魔獣たちが狂乱して散り散りになりかねないためそうそう使えない。

 

 

 

 と、黙って作業を眺めていたフィリアがおもむろにリュミエールの描いていた魔獣の予測進路に修正を加える。

 生徒たちの網を抜けようと反転する方向へ。

 

 

 

「――――“きます”」

 

 

 

 フィリアの確信を持った言葉に続くように、木々の合間を縫って赤い照明弾が上がる。

 戦闘開始の合図―――予想以上に押し込めなかった戦線に、フィリア曰く奥にいるという“ボス”に嫌な予感が募る。これだけの生徒の魔力で威圧していても魔獣たちがなんとか突破を試みるレベルの、つまりは魔獣たちにとってもっと恐ろしい大物が潜んでいるのかと。

 

 

 

「……でも、そこの場所は予想通り」

 

 

 

 ティナが小さく呟き、遠目からもはっきりと見えるマグマの柱が精鋭部隊の一つ――――騎士団長の次男であるカイル・ユーウェンが戦闘中であることを示していた。

 あえて魔力を抑えさせた伏兵を用意し、意図的に開けておいた空白に敵を引きつけて左右・前方から滅多打ちにする言うなれば“影野伏”戦術だ。

 

 

 魔力に敏感な魔獣相手くらいにしか使い道がないが、騎士団の魔獣退治などでは割とポピュラーなものでもある。

 

 

 

 

 事前に集めた情報、編成した部隊、そして戦術からしてまず間違いなく一方的な“狩り”になっているはずの今回の戦闘。

 

 それでも、いつもより顔色の悪いルークはやや苦しげな顔で立ち上がった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 見通しの悪い場所での戦闘を回避することで最大限不確定要素を潰して、軍勢対多数の魔獣に持ち込む。そうして追い込んだ魔獣たちを遠距離(アウトレンジ)からの一方的な魔法の砲撃で仕留める。

 

 それなら万が一のことがあってもすぐにリュミエールやフィリアの大火力で対処できるし、遠距離から撃つだけなので戦闘経験のない学生でも容易だ。

 

 

 間違いなく、良い作戦だと思った。いや、思っている。

 リュミエールの堅実にして練り上げられたアイデア、アリオスの幅広い知識と対応力、ティナの実戦経験、恐ろしいほど冴え渡るフィリアの勘。基本骨子は提供したが、細かな配置、伏兵の配置や連絡方法など自分だけの作戦とは比較にならない完成度だろう。

 

 

 

 

 問題なくできる――――そう思ったから実行した。

 それになのに、胸の中で疼くような不安があった。

 

 

 

 

「―――本陣も前進して圧迫をかける。アリオス、ティナ。万一の時は頼むぞ」

 

「はっ」

「御意に」

 

 

 

 

 こちらの緊張に気づいているようでありながら、恐らくはあえて普段どおりに振る舞う側近二人。そんな心配りを有り難く思ったルークは少しだけ気を取り直して、真剣な顔でこちらを覗き込むセシリアに気づいた。

 

 

 

「――――ルーさん!」

「……セシリア?」

 

 

 

 温かな手だった。いや、自分が冷えているのか。

 そこでようやくルークは手が震えていたことに気づいた。

 

 そんなルークに、セシリアはいつものように朗らかに、けれど生来の穏やかさを滲ませながら言った。

 

 

 

「私は、楽しかったよ! 皆でお祭り騒ぎみたいに盛り上がるのも、皆で一緒に大きな作戦を作り上げるのも! ―――…それに、ルーク様が“どっち”でも、皆のためを思いながら作戦を立てたのは、本当だよ。嘘じゃないよ」

 

 

 

 

 

 

 温かな手から伝わるのは、安心させようとする優しさ。

 そして、本当のところを理解してそれでもいいのだという思い。

 

 

 

 

 

 

 ああ、そうか。

 俺は――――自分のために皆を巻き込んだのを気にしていたのか。

 

 最大限皆の安全と成功のために気を配った。それは間違いない。けれど自分の廃嫡のために利用しているのだという意識がどこかにあったのだろう。

 今更ながらにそんなことに気づいて、ルークは大きく息を吐くと意識して笑みを浮かべた。

 

 

 

「――――そうだな。せっかくだし、楽しんでいくか」

「うん!」

 

 

 

 作戦はほぼ成功している。

 後は押し込むだけ。なら、もう細かいことを考えるのは止める。

 

 後ろにいるとか自分らしくないことをしているから妙なことを考えてしまうのだろう。やるなら徹底的に、指揮官が先頭になって突っ込む愚行まで犯しておこう。

 

 

 

 

「これより本陣も前に出る! カイルの班を一度戦略予備に回せ、俺たちの攻撃で勝利を決定づけるんだ!」

 

 

 

 

 

 

 そんな二人を、フィリアはどこか寂しそうな目で見ていた。

 

 

 

 

 

「……?(どうして、でしょうか。胸が、くるしい…?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

――――やりやすい。

 

 

 父に連れられて魔獣退治の経験もあるカイル・ユーウェンは地を這うように鋭く飛びかかってくるウインドウルフをバスタードソードで真っ二つに叩き斬りながらそんなことを思った。

 

 

 本来、ウインドウルフは群れで襲ってくる魔獣である。風を使った高度な意思疎通を用いて死角から襲いかかり、押し倒した獲物の喉笛を噛み切る凶悪な魔獣だ。風を操れるだけあってその速度は非常に疾く、接近戦をする時は常に2対1になるようにしろと口を酸っぱくして教えられる。

 

 

 

 しかし群れは順調に追い立てられており、一部の算を乱した個体を倒すだけならそれほどの危険性でもない。

 その上、なまじ賢いだけあって“影野伏”の十字砲火に混乱してほぼ案山子同然だ。

 

 

 

 

「――――そこのアホ、前に出過ぎよ! 下がりなさい!」

「俺のマグマは、この程度じゃ止められねぇ!」

 

 

 

 

 あのリュミエール嬢が隣に置きやがった班のリーダーが煩いのは、やりにくいが。

 そいつの放つ熱線は確実に敵を射抜き、ついでにもし万が一当たっても属性的にカイルにはちょっと温かいくらいのものだろう。……全く誤射する気配がないあたり、良い腕だとそこは素直に感心するが。

 

 

 

「当たったところで熱くもないが――――良い腕だ! カイル班、中距離射撃を維持しつつ我に続け! 強くぶつかって相手の勢いを止める!」

 

「はぁ!? 下がれって言ってんのよ、アホ! スカタン!」

 

 

 

 なるほど下がっても確実に勝てる戦いではある。

 が、なんとなく確認している照明弾の位置からしてここが下がると、遅れ気味の右翼に引きずられて左翼の負担が増えすぎる懸念がある。ルークたちもそのへんは考えて、突っ込みそうな自分を此処に置いていると思う――――が、上手く説明する頭も余裕もないので、カイルは剣を振り上げて叫んだ。

 

 

 

 

「前線指揮官権限! このまま突き崩す!」

「あああ――――撃ち方やめ! リィナ班、移動するわよ! あっちの班とクロス・ポイントを作ってあのアホの前で群れの勢いを削ぎ落とす!」

 

 

 

 別に要らないんだが、と思いつつもその方が確実なのは理解できるのでカイルは黙って速度を少し落とし。手を振るってマグマの壁を作り時間を稼ぐ。

 

 

 

 

 次の瞬間、狂乱したウインドウルフたちが一斉に放った風の弾丸でマグマの壁に穴を空け。突っ込んでくるのを見て僅かに顔を引き締める。

 隣の煩いリーダーが放った一撃が、そのうち一体の勢いを削ぐがそれでも四体が一斉にカイルに飛びかかる。

 

 

 

「―――カイル!」

「この程度で! 俺が、止まるかああああ!」

 

 

 

 気合一閃。

 マグマが自分の身体から吹き出し、鎧を形作る。

 

 手が、足が、膨張するマグマによって本来よりも巨大になり――――姿を現すのは、カイルよりも一回り大きなマグマの大男。赤熱し、蒸気を撒き散らすその姿に、ウインドウルフが急ブレーキをかけるが、既に遅い。

 

 

 

 

「燃やせ、猛れ、焼き尽くせ! ―――――大焦熱(ムスペル)!」

 

 

 

 

 手加減抜きのマグマの奔流が風の防御すら無視して骨すら残さずウインドウルフたちを焼き尽くす。――――そうして前方を綺麗に焼いたカイルは、一拍遅れて気づいた。

 

 

 

 

「やべぇ、燃やさないように加減してたんだった! うおお誰か消してぇええ!」

「アホ! こんの……アホ!」

 

 

 

 

 森林火災は割と洒落にならない。

 しかし既に木々が燃え始めており。こんな事もあろうかとカイルの班には水系統の魔法使いを集めていたのだが、何分火力が高すぎた。

 

 全員で消火に当たると戦線が崩壊しかねない。

 もちろん火で威圧の要件は十分に満たせるが――――消さないといけないし、消したら威圧する余裕もない。

 

 

 

「救援要請! 照明弾上げるわよ!」

「い、嫌だがやむを得ん! くっそまさか俺が救援要請することになるとは――――」

 

 

 

 

 大慌ての二人に冷水を浴びせるように、絶対零度の声が響いた。

 

 

 

 

「そんな必要はないわよ」

 

 

 

 

 冷たい声どころか、急激に周囲の温度が低下している。

 瞬時に森の木々が凍りつき、火が勢いを失う。

 

 

 

 

「さあ、凍てつきなさい――――嘆きの氷河(コキュートス)!」

 

 

 

 氷を浴びせるのではなく、熱を奪う大規模魔法。

 高度に制御された力は、器用にカイルたちを避けて狼や燃えている木を凍りつかせる。

 

 そんな銀世界の覇者として悠々と歩いてくるのは、雪に映える黒髪とアイスブルーの瞳。ゴミを見るような目でカイルを見据える大人びた少女こそラグノリア王国が誇る四公爵家の一つ、イルミリス公爵家が生み出した磨き抜かれたダイヤモンド。

 

 

 

 

「調子に乗って、必要以上の力を出したわね。あの人はもう動いているわよ」

「マジで!? 流石に準備良すぎというか――――いや、はい。ごめんなさい」

 

 

 

 

 スッ、と表情を消して真顔になったリュミエールに流石にヤバいと思ったのか平謝りするカイルだが、リュミエールも前進しようとしたらしい判断が間違っているとは思っていない。むしろ自分でもそうしただろう。ただ、そのせいで余計に詰めが甘いのが気にかかるのだが。

 

 いや、でも指導者としては褒めてくべきところは……。

 と思ったリュミエールは普段なら絶対しなかっただろうが、王としての器を示したルークに応えるべくものすごーく嫌そうな顔で言った。

 

 

 

「……判断は良いわ。詰めの甘ささえなんとかすれば前線指揮官としては有能になると思う」

 

「なんかめっちゃ嫌そうに褒められた…!?」

 

 

 

「無難な作戦でも良かったのに、詰めの甘さで作戦を台無しにしかけた気分は?」

「申し訳ありませんでした」

 

 

 

 

 リュミエールは溜息を堪えつつ、何故か尊敬の眼差しを向けてくる女性班長……リィナを華麗にスルーし、カイルに目線を向けないようにしつつ言った。

 

 

 

「本陣が前進して一気に叩き潰すことになったわ。ユーウェン班、一度引いて戦略予備に移りなさい。再度出るとすれば不測の事態か、大物相手の最後の一押しね」

 

「へーい」

 

 

 

 瞬間、マグマの鎧を解除したカイルは、ついさっき全身にマグマを纏っていたわけで。服とかも全部燃えているわけで。つまり、全裸。

 

 

 

「うへぇ、寒い」

 

 

 

 そうなるだろうと思って向かないようにしていたリュミエールはともかく、至近距離で見てしまったリィナは顔を真っ赤にして硬直し。

 

 何食わぬ顔で予備の服を取りに行って着込んだカイルに、リィナは茹で上がった顔で平手打ちを食らわせた。

 

 

 

 

「―――――何見せびらかしてるのよ変態!」

「いてぇ!? いや、魔法の関係上仕方ないだろ!? マグマ纏って移動してたらかなりヤバい奴だし取りに行った服燃えるし――――」

 

 

 

「黙れ、目が腐ったわよ変態! 死ね!」

「理不尽!? 騎士団じゃ普通だぞこれくらい――――」

 

 

 

 

 つい凝視してしまったリィナは恥ずかしさも何もかもコレが悪いのだ、と脛に執拗にローキックをかましていたが、そこに深い落ち着きのある声が響いた。

 

 

 

 

 

「――――それはお主が力を制御できておらんからだ、未熟者め」

 

 

 

 

 

 

 


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