第一王子は廃嫡を望む   作:アマシロ

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廃嫡されたい第一王子、庇う

 

「――――げぇっ、親父!」

「仕事中だ、騎士団長と呼びなさい―――それより、団員ならともかくご令嬢に卑猥物を見せつけるとは何事だ」

 

 

 

 仁王立ちし、威圧感を叩きつけるユーウェン卿に流石のカイルもこれは不味いと思ったのか、慌てて弁明する。

 

 

 

「いや、今だって任務中だし! 他に服を着る手段なかったし!」

「そもそも服を燃やすな」

 

 

 

 正論だった。

 魔法で自分の服を燃やしたりするのは未熟者の証。少なくとも、常識の範囲内では。

 

 なんとなく察していたルークは咄嗟に近くに居たフィリアの目を手で覆っていたが、ティナは雷速で他所に目をやり、アリオスはその光景を『遮断』。セシリアは自分の手で目を覆っていたが、隙間があるので多分見えていた。

 

 

 

「ルークさま?」

「……なんだ、フィリア」

 

 

 

 何を言われるのかと身構えるルークだったが、フィリアは小首をかしげると不思議そうに言った。

 

 

 

「……どうしてハダカは恥ずかしいんでしょうか?」

「――――…大切な人にだけ見せるため、かなぁ」

 

 

 

 なんとなく真面目に答えつつも、何を言っているんだろうと微妙な気分になる。

 が、フィリアは何を思ったか自分の身体をぺたぺたと触りつつ言った。

 

 

 

「……大切な人にも、恥ずかしいのはヘンですか?」

「そりゃ普通だろ。それでも見て欲しいと思う時がいつか来る……んじゃないかな」

 

 

 

 そんな真面目なような気の抜けた会話をしている間に、カイルはユーウェン卿から拳骨を落とされて涙目になっていた。

 

 

 

「ぐぁあ!? ぶったな、親父ぐらいだぞこんな手が早いの!」

「しかしお前が失礼を働いたのだ。責任は取らねばならん」

 

 

 

 深刻な顔の父親に、カイルも冗談ではなさそうだと悟ったのか絶望顔で一歩後ろに下がった。若干、責任という言葉に被害者であるリィナが顔を赤くするが。

 

 

 

「スルーしやがった!? え、何俺これ以上なにされんの!?」

 

 

 

 ユーウェン卿は短剣を手に取ると、真顔で言った。

 

 

 

「切り落とす」

「なにを!? い、嫌だぁぁぁあああ!? リィナ様情けを! お助けを!」

 

 

 

 リィナも想像していた責任の取り方とあまりに違ったためか気勢を削がれ、流石に哀れになったのか這いつくばったカイルに溜息一つ、頷いた。

 

 

 

「謝罪を受け取ります。……その、流石にそこまでは」

「だよな、そうだよな!? でも親父はやると言ったらやるんだぁあああ」

 

 

「――――ふむ。ご令嬢の優しさに感謝しておけ。―――それはそれとして、何かご要望があればソレに責任を取らせるので遠慮なく言って下され」

 

 

 

 

 思わぬところで生命線を握られたカイルに、イイ笑顔を向けるリィナ。

 そんな話を尻目に、先行したリュミエールとアリオス、ティナは魔獣を迎撃しているのだが。

 リュミエールの射程に入った瞬間に凍結するため、ウインドウルフたちも為す術もなく逃げ惑うだけだった。

 

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 

 

 

「――――芽吹け。常春の息吹、木漏れ日の温もり、清浄なるせせらぎ。豊穣なる大地――――遍く恵みをもたらす知恵の大樹よ、不遜なる侵入者を討ち滅ぼせ! 我が手の示すところに従いて、今こそ大地を支える大いなる力を顕現せよ! 大樹降誕(ユグドラシル)!」

 

 

 

 

 なんとか踏みとどまろうとしていたウインドウルフの群れに襲いかかるのは、鮮烈な緑の魔力を輝かせるセシリアがほぼ全力を注ぎ込んで発動させた魔法であり、意思を持ったように動く無数の巨大な樹木の根。侯爵であるセシリアは、それこそ大隊規模――――数百人クラスの射程範囲を持つ。家系図を遡れば公爵家の血すら引くその力は、後先考えなければ瞬間的には数千人の公爵家レベルの射程すら発揮する。

 

 

 

 なんとか風の魔法で押し留めようとしたウインドウルフの群れが一瞬の拮抗さえ作り出せずに悲鳴を上げて逃げ出し、逃げ遅れた個体は根に絡め取られて埋もれていく。

 

 

 

 風と木を使った三次元的な機動で回避しようとする個体も中にはいるが、飛来した青白い光に当たると瞬時に凍りついて落下。同じ運命を辿る。

 手から白い蒸気を放ちつつ、リュミエールはセシリアを守るようにその隣で構えた。

 

 

 

 

「――――逃しません。セシリアさん、空中はお任せを!」

「ありがと、リュミちゃん!」

 

 

「…っ、もう! 地上は任せますよ――――セシリア!」

 

 

 

 

 そんな凶悪な地ならしと弾幕の合間を駆け抜けるのは、雷光。

 閃く度に確実に敵を仕留めるその姿は、無慈悲な神の裁きを思わせる。

 

 

 

「――――…斬り捨てる!」

 

 

 

 空中に残存するスパーク以外にティナの軌跡を示すものはなく、防ぐ手段どころか避ける方法もなく、視認することすらできない。

 

 そんな彼らの圧倒的な戦いぶりを見ながらうずうずしているのがルークであり、ただルークの場合はフィリアに魔法を使わせていいものか悩んでいた。

 

 

 

 

(――――魔法で自分の母を失った、そのフィリアに命を奪わせても本当にいいのか?)

 

 

 

 できることなら何事もなく終わって欲しい。けれど誰かを守ることもできるのだと、知っておいてほしい思いもある。そしていざという時に躊躇わないように経験してほしいという思いも。

 

 

 

 

 そのフィリアは器用に自分の前に星のように光を並べて――――青い星と赤い星の並びが、なんとなくどこかで見たことあるような。

 

 

 渦を巻くように広がる青い点が、徐々に密集する赤い点を追い込んでいる図。

 

 

 

「ってそれ配置図か!?」

「……あ。できてしまいました」

 

 

 

 普通に並べただけかと思いきや、かなり細かくリアルタイムで移動している。

 目にも留まらぬ速さで動いているティナっぽい青い点もちゃんとある。

 

 これは噂に聞いたことがある、古代遺物のレーダーとかいうものでは。

 

 

 

 無言になったルークを、フィリアはちょっと緊張した顔で見上げて。

 

 

 

 

「……ご、ごめんなさい。もう少し早くできていれば―――」

「――――お前は~~~っ、ああ、もう! よくやった! 凄い!」

 

 

 

 とんでもなく有用な魔法だ。

 その思いを伝えるべくガシガシと乱暴にフィリアの頭をなでまくる。

 

 

 

「ぁぅ、ぇぅ――――ルーク、さま…っ、はげし―――っ」

 

 

 

 頭がガックンガックン揺れているが、嬉しそうなので多分大丈夫。

 この子なら、多分何だってできる。だから、ただ見守っていよう。もしもの時は必ず味方でいる――――それだけできっと大丈夫。

 

 

 

 

 

 

 遂に赤い点が中央に集まり―――まだ接触していないはずのそれらが、一斉に消える。

 フィリアが僅かに顔を顰め、点の色が三色になる。味方の青、ウインドウルフの群れを中心にした赤、未確認の大物である黄色。

 

 わかりやすいようにか、魔力によって光り方を変えたことでどこに強い味方がいるのかも一目で分かりやすい。……魔力の大きさが基準なので、ティナとかは詐欺的に強いが。

 

 

 

 次々消えていく赤い点、徐々にこちらに近づく黄色い点に、ルークは剣を構えつつ叫んだ。

 

 

 

「――――行くぞ、敵を惹きつけてリュミエールかフィリアの魔法で仕留める! アリオス、ティナ、背中任せる!」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 地鳴りのような咆哮が響き、押し寄せるセシリアの魔法―――ユグドラシルが無残に吹き飛ばされる。その木片の中から姿を見せるのは、体長4メートル近くはあるだろう巨大な熊の魔獣タイラント・ベアー。

 

 本来であれば肉体強化―――純粋な身体能力と回復力を強化して殴りかかってくるただのパワーファイターなのだが、全身が鋼のように輝くその姿は明らかに異常な個体のもの。腕の一振りで鋼の杭を発生させ、貫かれた魔獣が絶命していく。

 

 それを見てアリオスとユーウェン卿が声を上げる。

 

 

 

「まさか、名付き(ネームド)ですか!」

「むぅ……! 名付けるのならば、<圧制者(オプレッサー)>か。殿下、アレは見るからに異常です。実習は中止! 此処は私に任せて即座に撤退を!」

 

 

 

 

 

 巨大な大剣を引き抜いたユーウェン卿が前に飛び出し、その背中に炎の翼が現れる。瞬間的に加速したユーウェン卿は油断していた鋼鉄の熊の前に躍り出ると、その首を斬り落とさんと加速と身体の捻りを全て込めた剣を振るい――――膨大な熱の込められた剣が、地平線に沈む夕日の如く真一文字に光の跡を残す。

 

 

 

「この、手応えは―――!」

 

 

 

 ドロリ、と赤熱化した鋼の首が落ちて――――その足に再度くっつく。首なしの胴体から、再び首が生える。

 生徒を巻き込まないように威力を絞っているとはいえ、それなりの深手にはなるはずだと考えていた攻撃が、とんでもない方法で無効化された。

 

 

 

 完全に鋼そのものになったタイラント・ベアー改めオプレッサー・ベアーは、苛立たしげにユーウェン卿を吹き飛ばすと、冷気を撒き散らしているリュミエールの方に血走った目を向けると、地面を陥没させる勢いで大地を蹴って飛び出した。

 

 

 

 

「――――何ッ!?」

「くっ、こっちに!?」

 

 

 

 リュミエールを狙った理由はその冷気で冬眠しそうになるほど寒くしたためか、あるいは純粋に脅威と見たか。

 それが奇しくもまさか自分だけに狙いを絞るとは思っていなかったリュミエールと、無視されると思わなかったユーウェン卿に対しての不意打ちとなった。

 

 

 

 

「――――アリオス!」

「此処は通しません!」

 

 

 

 ルークの声に応えて、アリオスがリュミエールの前に立つ。

 『遮断』の魔法――――即座に展開された対物理障壁が、弾丸のように飛び出してきた巨体によって瞬く間にひび割れ。

 

 

 

「―――…雷切!」

 

 

 

 その隙に横合いから斬りつけたティナの雷を纏った剣はしかし、ユーウェン卿と同様に液体のようにうねる鋼によって痛撃を与えられず。感電したはずのオプレッサーは、僅かに顔を顰めて腕を振るい、ティナが吹き飛ばされる。

 

 咄嗟に雷に姿を変えて、ダメージは防ぐが―――同時にアリオスも最後の障壁ごと吹き飛ばされ、残るはリュミエールのみ。

 そのリュミエールは十分に魔力を練り上げる時間こそ無かったものの、なんとか魔法を発動させた。

 

 

 

 

 

「――――玲瓏なる竜の吐息よ――――以下略! ニヴルヘイム(氷獄)!」

 

 

 

 

 

 瞬間、リュミエールの前の全てが凍りついた。

 完全でないにせよ光すら凍りつく氷結結界――――薄暗く固定された結界の範囲内で、身動きの取れなくなったはずのオプレッサーはしかし、氷がひび割れるような音とともに一歩前に踏み出した。

 

 

 突然のことでの動揺で十分な魔力が込められていなかったこと、ちょうど膨大な熱を受けたばかりでオプレッサーがかなりの熱量を持っていたために凍りにくかったこと、リュミエールも実戦経験はほぼなかったことなど様々な要因が、不運が重なった。

 

 

 

 オプレッサーの鋼の豪腕がリュミエールの胴に突き刺さり、暴風に吹かれた木の葉のように吹き飛ばす――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前にもこんなことがあったな、とルークはやけにゆっくりと感じる体感時間の中で思った。あれはいつのことだっただろう。

 

 魔獣に馬車が襲われているのが遠目に見えて、必死に駆けつけようとした。

 けれど、間に合わずに馬車は奈落の底へ落ちていった。魔法さえあれば――――遠くを見られる目でも、遠距離攻撃の手段でも、何かできることがあればと自分の無力を嘆いたし、力の必要性を痛感した。

 

 

 廃嫡に拘りだしたのも、あの時からか。

 救えない命を増やしてしまうのが怖い。自分には何も救えないのではないかと、そんなことばかり考えてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユーウェン卿はなんとか体勢を立て直して駆けつけようとしているが、間に合わない。

 フィリアは位置取りからして、射線上に俺がいるから直接攻撃は難しい。時間を戻しても、数秒では大きな変化は望めないだろう。

 

 

 

 

 けど、ちょうどいい場所に、間に合う奴がいる。

 そのための力なら、そのアテはある。

 

 

 

「フィリア―――ッ!」

 

 

 

 

 時間が止まる。

 全ての星々が動きを止め、それに合わせるようにあらゆるものの動きが止まる。

 

 

 

 名前だけで察してくれたお陰で、余裕はある。

 “適応”をこれまでになく活性化させて、ごく僅かにしか動けない時間が停止した世界を掻き分けて歩く。

 

 

 

 

 一歩。足が軋む。

 二歩、息が切れる。

 

 

 

 海の中を歩く、というより鉛の中を歩くような感覚か。

 

 

 

 三歩、足が思うように動かない。

 四歩、意識が遠のく。

 

 

 

 動くべきではない、と全てに拒絶されているような感覚を受けながらも、すぐ近くに立っていたリュミエールにやっとの思いでたどり着く。

 

 

 

 

 いつだって気高く前を見ていた瞳は、恐怖に揺れてこそいたがしっかりと敵を見据えていた。

 

 

 

 

(―――――全く、大した奴だよ。お前(リュミエール)は)

 

 

 

 

 

 最初に会った時から、俺は、眩しく思っていた。

 才能がある、血統がある、努力している。真っ直ぐで、ひたむきで、優しさだってある。

 

 およそ理想と言っていいくらいの公爵令嬢は、魔法に見放された王太子には眩しすぎたんだ。本来なら、一番に婚約者に名前が上がるくらいだったんだろうけれど。

 

 

 

 躊躇わずフィリアに戦って貰えばとか、もっと早くに撤退すればとか、色々反省するべきところはあった。

 けれど、そう――――。

 

 

 

 

 居なくても問題のない王太子より、努力家で、もっともっと人の役に立てる公爵令嬢に生きていてほしい。

 

 

 ………違うか。

 俺は、リュミエールに生きていて欲しい。

 

 自分が死んでもいい、とまでは思わないけれど。

 今、こうして飛び出していることに後悔はない。

 

 

 

 なんて言ったら『王太子としての自覚が足りない』とか怒られそうだな。

 それは、けっこう堪える―――――。

 

 

 

 

 

 

―――――――瞬間、大地が殴りつけてきたかのような凄まじい衝撃とともに意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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