第一王子は廃嫡を望む   作:逆しま茶

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暗闇の中でも

 

 

 吹き飛ばされたルークに、フィリアが駆け寄る。

 すぐに起き上がるはずだ、と誰もが思っていた。

 

 死ななければすぐに回復するルークと、時間を巻き戻すことさえ可能にするフィリアだ。今すぐにでも、何事も無かったように起き上がって――――。

 

 

 

 

 

「――――――……ルーク、様?」

 

 

 

 フィリアの声は震えていた。分かっていた。

 時間を止めたのに、リュミエールを助けるために無理やりにでも動いて見せたルークはあの瞬間、『時間操作』への耐性が一段上がったのだ。

 

 

 それこそ、時間を戻そうとしても致命的な変化は変わらないほどに。

 

 

 フィリアはルークの手を握り、元に戻そうと魔法を行使する。

 けれど、他ならぬ“適応”したルークの身体がそれを拒否する。流れ出した血を止めることさえできない。

 

 何も、間違えてはいないはずなのに。

 それでも、もう目を開いてはくれないのが現実で。

 

 

 

 

「起きて……起きて、ください…? もう一度、手を、握って――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リュミエールは自分をその拳で叩き潰そうとするオプレッサーすら見ず、ただ血溜まりに沈むルークを見ていた。

 

 何も考えられない、そんな空白の間でも容赦なく拳は振り下ろされ――――炎と共に飛来したユーウェン卿が大剣の腹を使って思い切り殴りつけた。

 

 

 

 

「撤退を! これ以上の被害は許容できませぬ!」

 

「わ、私なら――――自分を氷に変えれば――――違う、違うの――――早く冷静になって――――誰か、あの人を助けられる人は――――」

 

 

 

 

 呆然としたまま早口で呟くリュミエールを庇って、鋼の杭に足を貫かれるユーウェン卿だが、即座に足を炎に変えて杭を融かす。

 

 

 

 

「ぐ、おおおっ! ――――此処は! 全て私の責任です! 騎士団員、総員撤退支援! これ以上誰一人欠けさせるな!」

 

 

 

 

 が、熊と人間ではそもそもの大きさが、力が違う。

 胴体に大剣を叩きつけて赤熱化させた代わりに、殴りつけられたユーウェン卿は地面を大きく削って後退させられ。その間にリュミエールに向けてオプレッサーが飛びかかり――――。

 

 

 

 

 

 甲高い音を立てて剣が折れた。

 その破片で頬から血の雫を流しながら、オプレッサーの巨大な拳を、その衝撃を『遮断』して素手で受け止めたアリオスが吼えた。

 

 

 

 

「ォォォォオッ! ――――貴様は、此処で、消えろ!」

 

 

 

 

 手刀でオプレッサーの右腕を半ばまで『遮断』し、初めてオプレッサーが苦痛の叫びを上げる。なんとかアリオスを引き剥がそうと暴れるオプレッサーの腕をマトモに受けて、衝撃を遮断しきれずに血を吐きながらアリオスは折れた剣を突き刺して叫ぶ。

 

 

 

 

「――――ティナァッ! やれ!」

「雷鳴よ、その命を花と散らす――――焼き尽くせ、百花繚雷!」

 

 

 

 雷切のような、雷になってすれ違いざまに切り裂くのではなく電流で直接攻撃する技。魔法の規模こそ小さくとも、体内に直接流し込まれる電流は容赦なくオプレッサーを焼き尽くす。寸でのところで回避したアリオスは、力尽きて倒れつつも目は見開いたまま。雷に焼かれても動くあまりにも強すぎる魔獣を見据えていた。

 

 

 

「――――っ、アリオス!」

 

 

 

 ティナが雷になったまま、オプレッサーの足で押しつぶされそうなアリオスを拾う。

 当然のように感電するが、それでも死ぬよりはマシという判断である。

 

 荒れ狂うオプレッサーは最初の標的である氷魔法の使い手を無視して、痛打を与えたアリオスを殺そうと目で追いかけ―――――。

 

 

 

 

 

 

「玲瓏たる竜の息吹よ――――今再び顕現し、この世に永久の眠りを与え給え」

 

 

 

 リュミエールの身体が、莫大な魔力により青白い光を纏って宙に浮かぶ。

 足元が凍りつき、その範囲が爆発的に広がっていく。

 

 

 

「―――――陽の輝きも、星の灯りも、月の満ち欠けさえも届かぬ常世の国を!」

 

 

 

 流石に危険を察知したオプレッサーが、その腕を凶悪な鋼の杭に変えて襲いかかる。

 その横合いからユーウェン卿が素手で殴りかかり、腕が鋼に呑み込まれつつもその身体を炎に変える。

 

 

 

「――――ゥ、オオオオッ! 融け落ちろォォッ!」

 

 

 

 

 真紅に輝くユーウェン卿の手を身体に突きこまれ、苦悶の叫びを上げるオプレッサーが無数の金属の杭を仕返しとばかりに撃ち込む。

 が、ユーウェン卿は凄絶な笑みを浮かべて。空いていた左手を叩きつけた。

 

 

 

「受けよ! 我が魂の燃焼――――大焦熱(ムスペル)精霊開放(ブレイク)!」

 

 

 

 瞬間、ユーウェン卿の身体から吹き出した炎が竜を象る。

 地面が赤熱し、融解し、マグマのように煮えたぎる。

 

 それを至近距離で受けたオプレッサーの身体もまた赤熱を超えて沸騰し始め、蒸気を上げる。およそ周囲への被害を考慮しないその火竜は、何もなければ周囲の味方ごと焼き殺す諸刃の剣でしかない。

 

 それこそ、竜すら凍らせる使い手がいなければ。

 

 

 

 沸騰させられ、なおも熱せられるオプレッサーは堪えきれずにユーウェン卿から離れようと飛び退る。そして、その瞬間を見逃すほどリュミエールは甘くはなかった。

 

 

 

 

 

「――――我が血と、マナを以ってその名を知らしめよ! <氷獄(ニヴルヘイム)>!」

 

 

 

 

 瞬間、オプレッサーのいた空間が氷によって真っ黒に切り抜かれた。

 光すら逃さぬ絶対の氷結牢獄―――本来の<氷獄>であり、時間経過による劣化抜きでの内部からの脱出はほぼ不可能。

 

 効果範囲にいたオプレッサーのみならず、至近距離で燃え盛っていたユーウェン卿の火竜すらもその勢いを大きく減じ。燃えていた森も瞬時に銀世界に塗り替えられる。

 

 

 

 

 

 

 冷凍された空気中の水分がダイヤモンドダストとして舞う。

 異様な雰囲気で凍りつく漆黒の氷と、血塗れでもしっかりと地面に立つユーウェン卿。

 

 

 

 

 

 

 

 戦闘の終了を確認すると即座にルークに駆け寄るユーウェン卿、ふらつきながらも立ち上がってルークに近づこうとするアリオスとティナ。肩で息をするリュミエールは、そんな彼らに続いて、重い足を引きずって“それ”に近づく。

 

 

 

 

 

 

 

 命を賭けて庇ってくれた人だった。

 憧れていた。

 相応しい相手になりたかった。

 

 何もかもが過去のものなのだと、認めたくなくて。

 

 

 

 

 

 

「……ルーク、さま……つめたい………」

 

 

 

 その手にすがりつくフィリアのすすり泣く声だけが、静まり返った空間に響いていた。

 誰も、何も言わない。

 

 

 

 ティナが崩れ落ちた。

 アリオスが何も言わず泣いていた。

 

 状態を確かめたユーウェン卿が血が出るほどに歯を噛み締めた。

 セシリアがなけなしの魔力で回復を試みて、それでも目を覚まさない。

 

 

 

 

 

「嫌です――――わたしは―――もっと、まだ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だから言ったのだ、王妃には相応しい家格がなければならぬと』

 

 

 

 嫌な声だ。

 相手を貶めることで愉しむような、そんな声。

 

 

 

 

『ごめんなさい、ルーク――――』

 

 

 

 誰かが泣いている。

 大切な人なのに、笑っていてほしいのに。謝る必要なんて無いのに――――。

 

 だから、俺が証明するんだ。

 

 

 

『剣なんてやって、騎士でも目指すのかね』

『下級騎士くらいにはなれんじゃないか。まあ、なってもお客様だろうが』

 

 

 

 

 剣を学んで。知識を得て。

 知れば知るほど、思い知らされるのは魔法に頼り切った現実だけ。

 

 

 

 なら、どうすればいいんだ。

 俺だって、立派な人に―――王様に、なりたかったさ。でも違うんだ。母様は何も悪くない。でも、俺は―――なれないよ。

 

 

 

 

 

『―――――大丈夫です。あなたなら』

 

 

 

 

 

 大人びた少女の微笑み。

 まるでいつでもそこにある太陽のような暖かさ。

 

 

 

 

 

『できないことなんて、しなくていいんです。貴方にできることをしてあげればいい。私にはこれだけしかしてあげられないけれど――――この想いが、貴方を温めてあげられるように』

 

 

 

 

 

 ちょっとしたことだった。

 ただ話を聞いてくれて、大丈夫だと微笑んでくれて。美味しいお菓子を作ってくれた。それだけのことで、救われたから。

 

 

 

 

――――俺は、王として受け継ぐべきものを受け継げなかった。

 

 

 

 

 なら、王にならない方がいいのだろう。

 けれど、思ったんだ。王になれなくても、皆を笑顔にできたなら。そんな俺を見て、母様も笑ってくれるんじゃないかって――――。

 

 

 

 

 

 

 手が、握られていた。

 誰かが叫んでいる。

 

 

 ……泣いて、いるのか。

 なら起きなければ。

 

 

 

 身体は動かない。目は開かない。

 でも、手に感じる“熱”がある。

 

 

 

 魔力の暴走状態―――それこそが、きっと唯一の方法だ。

 そう、ちょうどこの握られている手に伝わるそれのように。

 

 

 

 

 

 

 身体が動かないのなら、動く身体にすればいい。

 俺なら、母様から貰ったこの力ならきっとできる。そのための道も、星が示してくれている。そのための熱も、掌から熱いくらいに伝わってくる。

 

 

 

 

 さあ、進もう。前へ。

 身体を“適応”させていく。

 

 

 前へ。一歩前へ。

 常に進み続ければ、いつか星にだって届くはずなのだから――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 濡れた頬に手が触れる。

 たったそれだけのことで、悲しみに沈んでいた顔がくしゃりと崩れた。

 

 ずっと手を握ってくれていて。ついでに効かないなりに時間逆行もかけてくれていたのだろう。そうでもなければ、多分あんな死んでいるのか生きているのか微妙な状態にもならなかった。

 

 

 

 

 

「……ぇ、ぅ、ぇぇぇぇ―――――ルーク………ルーク!」

 

「何、泣いてんだよ――――フィリア」

 

 

 

 

 何って、まあ、普通に考えて俺が泣かせてしまったのだけれど。

 もう大丈夫だから、と軽く触れた頬に流れていた涙を拭う。

 

 

 

 

「わたし……わたし、何も、できなくて――――」

「いいだろ、生きてるんだから。お前のお陰だ」

 

 

 

 その言葉に、フィリアは泣いたまま不格好に笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「~~~っ! ばかっ、ルーク様の、ばかぁ!」

 

 

 

 

 

 

 自分のために、泣いてくれる人がいる。

 笑ってくれる人がいる。

 

 それならきっと、かつて目指したものも間違ってはいなかったのかもしれないと、そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 と、なんとなく感動の再会っぽいことをしていたはずなのに。

 いつの間にやら涙でボロボロの表情をしたティナと、目が赤いアリオス、男泣きしているユーウェン卿がそれぞれ短剣を握って並んでいた。

 

 

 

 

 

「……主、とりあえず私たちの処分を……」

「アリオス殿、腹を切りますので介錯を……」

「困りますね。私が先に――」

 

 

 

 

「お前ら、やっとの思いで生き返った俺に部下を殺させる気か!?」

 

 

 

 

 なんでせっかく生き返ったのに、そんなことをせにゃならんのか。

 大体、あんな頭おかしい魔獣がこんな場所にいることが妙なのだ。腹切ってる暇があったら原因究明しろ。

 

 

 

「とにかく、今は原因を探らせるところからだ」

 

 

 

 

 目的を与えられ、ようやく気持ちが切り替えられたのか、三人とも真剣な表情になって頷く。……俺も人のことは言えないが、大概手がかかるな。

 

 

 

 

 

 

「―――ハッ。直ちに総力を結集します」

「今すぐ行ってきます」

「ですが殿下の望みがあればこの命、ご随意に――――」

 

 

 

 

 アリオスが一筆したため、ティナが雷速で王都に向かう。

 今すぐにでも腹切りしそうなユーウェン卿を見張るようにアリオスに申し付けたところで一息つける――――はずもなく。

 

 

 次いで迫ってきたのが、ゾンビのように泣きながら向かってくるリュミエールとセシリアで。

 

 

 

 

「―――わたし、私………ひっく………」

「ルーさんんんんん! い、生きてるよね足ついてるよねあったかいよぉ…!」

 

 

 

 

 感極まって抱きついてきた二人に、生き返ったばかりでロクに身体の動かない奴がどうにかできるわけもなく。

 制服は特殊な素材のためほとんど感触は分からないが、とりあえず息はできなくなった。

 

 

 

「ぐあああ窒息する!? 止めろ、死ぬ! また死ぬ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、そう。コイツらを笑顔にできたのなら――。

 その時は、俺も。もうちょっとだけ自分に胸を張れるような、そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 生徒たちが立ち去った森の中、学院の制服を纏った小柄な人影が凍りついたままのオプレッサーに近づく。

 

 

 銀糸を束ねたような髪に、特徴的な光を湛えた紫色の瞳。

 

 

 憎々しげにその黒い氷を見つめたその人物は、手を掲げる。

 白い鱗のようなものに覆われたその手が、ゆっくりと氷に近づき――――。

 

 

 

「おや、困るなぁ。プライドちゃん」

「――――何?」

 

 

 

 今にも舌打ちしそうな不機嫌な声音で、小柄な人物が振り返る。

 声からして少女のようでありながら、邪魔をする相手を虫けら以下にしか思っていないような冷徹さがあった。

 

 

 その目線の先には――――隣国、バルフェア王国で王太子廃嫡事件があった学院の制服を着た中性的な少年の姿。

 彼は軽薄な笑みを浮かべてプライドと呼んだ少女に近づき。

 

 

 

 その肩に触れようとした手が、直前で何かに食われたかのように消えた。

 

 

 

「おっと」

 

 

 

 そんな軽い反応とともに、黒い靄が集まったかと思うと消えた手が生えてきたが。

 プライドはそれを見て興味を失ったように目線を戻しつつ言った。

 

 

 

「――――私に、触れるな」

「それもうちょっと早く言って欲しかったなぁ」

 

 

 

 そんなことを言いつつ、些かも痛痒を感じていなそうな少年はプライドの横に回り込みつつ言い募った。

 

 

 

「とりあえずそれ貴重な成功作だから、消さないで欲しいなって」

「なら、お前が私の無聊を慰めてくれるのかしら」

 

 

 

 言うが早いか、閃いた光が少年を縦横に切り裂く。

 嫌がらせのように複雑に切り返しまで入った斬撃だったが、それでも少年は軽薄な笑みを絶やさずに笑った。

 

 

 

「アッハッハハ! 僕を消したかったら、僕を殺さないことだよ!」

「――――それ、爆発するわよ」

 

 

 

 瞬間、世界が白く染まる。

 宣言通りに爆発した斬撃で、不気味な靄ごと蒸発したはずの少年だが、多分生きているのだろうと少女は確信していた。

 

 

 

 ともかく邪魔者は居なくなった、と少女は凍っていたオプレッサーに手を触れ。

 氷が、砕けた。

 

 

 

 

 

 自由の身になったオプレッサーは、僅かに困惑したように周囲を見渡した後、自分を凍らせた憎い相手がどこにもいないことを確認すると、目の前の少女に殴りかかり――――先程の少年の再現のように、腕が何かに食われたように消えた。

 

 

 呆然と消え去った自分の手を見つめるオプレッサーの前で、プライドがごく僅かに口元を笑みのカタチに歪めた。

 

 

 

 

 

 

「――――――■■■ / プライド、精霊開放(ブレイク)

 

 

 

 

 

 瞬間、オプレッサーの鋼鉄にして液状の身体が巨大な何かによって殴り飛ばされた。

 巨体が轢き潰されるように地面を転がり、木を幾つも薙ぎ倒してようやく止まったその身体は、物理的な衝撃など意に介さないはずが無様に痙攣していた。

 

 

 

 

 

 

「苦しいかしら? 苦しいでしょう。ほら、悦びなさい、私が直々に手を下してあげるのだから。……でももうお前を生かしておく意味は――――ない」

 

 

 

 

 

 

 小さな足が振り上げられ、落とされる。

 その瞬間、地面ごと食い千切られたようにオプレッサーはこの世界から消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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