第一王子は廃嫡を望む 作:逆しま茶
「――――ハッ。このまま病気療養してたら廃嫡されるのでは…?」
王城にある私室にて、王太子であるルーク・ラグノリアは死にかけたことによる傷病療養としてベッドでゴロゴロしていた。
「……んゅー………ぇへー」
ついでにフィリアも『わたしの魔力で治療が早まると思います』とか言いながら添い寝を要求してきた。実際、そのお陰で回復は早まったのだが。イメージ的には太陽光を浴びた鉄板が熱くなるような感じか。魔力をオーバーロードさせたことで尽きかけた分がチャージされた。
そんなことは関係ないとばかりに、安心しきったような、緩みきった顔で人の温もりを堪能してやがるが。
でもコイツ……なんか前より肉付きが、というと語弊があるが、ほぼ骨と皮だったのが健康的なものに近づいてきた。
触れれば折れそうな、雛鳥っぽい要介護生物だったのが、ちょっと物足りない抱き枕のような…。なぜか最近は淑女に拘りだしたが、眠くなるとピッタリ引っ付いてくるあたりメッキ淑女とでも言うべきか。
いや、いつの間にか立ち振舞い…所作が綺麗になってきているし、下級貴族の娘だと言われれば信じる程度の雰囲気は出せるのだが。――――なお一応、フィリアの環境と学習時間を考えれば褒め言葉である。
あと寝てると魔法の制御が普段より更に甘いのか、いい感じに温かい。
これでもっと……いや、何も言うまい。コイツの場合、無防備に甘えられるのが俺しかいないからなぁ…。それに付け込むのは主義に反する。
「寝てる時に制御が甘いのって教えとかないと危ないか…?」
ちゃんと例の布で作った下着をつけているので、物が燃えるほどではないのだが。
いや、これで制御が直ると俺の湯たんぽが無くなってしまう。今の時期は春先とはいえ、立地と気候もあり石造りの城の中は暖炉の火を入れないと朝は普通に寒い。
フィリアが居る時はメイドに言って火を維持する業務は休ませてるが、そうする価値はあるぐらいけっこう快眠できる。
(……あれ。なんか俺フィリアに安眠握られてる…?)
いやいやそんな馬鹿な。
夏場になれば暑苦しくなってすぐお互い離れて眠りたくなるだろう。
というか、環境がアレすぎたからとついつい甘やかしすぎかもしれない。
心を鬼にしなければ、フィリアの将来のためにもならない。懐いてくれるのは嬉しい。が、ちょっとずつでも独り立ちさせないと。
と、先程からもぞもぞ動いてたフィリアがゆっくりと瞼を開き。
紫水晶のような瞳がこちらを見ると、フィリアは嬉しそうに頬を緩ませ――――。
「………ぇぅ。………ぉはよー、ございます…………んぅ?」
と、一拍置いて。フィリアは自分がぴったり密着しているのを確認。
フィリアはちょっとだけ頬を赤くして、ころころ転がって距離を取った。
……いや、なんだろう。
例えるなら娘に距離を取られた父親…? それはアグリア公爵か。じゃあ従兄妹に避けられたような気分だろうか。独り立ちしてほしいはずなのに。
と、そんな微妙な感情が顔に出ていたのか、ころころと先程よりは近い位置に戻っていたフィリアは言った。
「………あの、ルーク様?」
「おう。何だ?」
何を言うつもりなのか、散々迷った末にフィリアは心配そうな顔で言った。
「―――…今度はわたしが、ルーク様を守りますから。絶対に、もう死なせたりしません」
「いや、それだと俺の面目が――――」
「……女の子に守られてるって、廃嫡されそうではないです?」
ちょっといたずらっぽく微笑むフィリアだが、それ実現すると俺が果てしなくダサいから。そもそも母様を笑顔にというのが原点な気がするあたり特に。……いやまあ母様なら『あらあらラブラブね』とかおっとり言って終わりそうなんだが。
「まあこのまま寝てれば廃嫡されるかなって」
「……あの、ルーク様? リュミさんが泣いちゃいますよ」
確かに。そもそも勝手に前に飛び出した俺が勝手に死んだだけなのに、リュミエールは真面目すぎるから…。俺が起きてこないとかなると落ち込むだろう。むしろ今日も見舞いにくるかとも思っているくらいである。……今はちょうど昼休みくらいか。
「というか、リュミさんか」
「リュミさんです。色々と教えていただいてるのですが、リュミエールさんだと長くて…」
確かに、フィリアは割と人の名前を連呼するから長い名前だと大変だろう。
いつの間にやら仲良くなって嬉しい限り…。
「リュミちゃんとか呼んだら喜ぶんじゃないか? ああ見えて意外と可愛らしいところがある気がしてきたし」
「………あの、ルーク様?」
若干眉根を寄せて、フィリアが扉の方を指差す。
なんだろうと思って扉を見るが、別に開いてないし―――。
「ちょうど、お見舞いにいらっしゃっているみたいですが……聞こえてます」
「―――――フィリア、時間戻して」
瞬間、耐性が上がったからか時間が戻っていくのがはっきり知覚できる。……なんというか、全身の血が逆流するような不快な感覚だが。これフィリアが毎回感じているとしたら――――…申し訳なくなり、ついフィリアの頭を撫でた。
と、フィリアは驚きつつも気持ちよさそうに目を細めて。
「………ぁぅ。その、ルーク様……?」
「悪い、フィリア。いつもお前に嫌な思いをさせていたな」
その言葉で、何を言わんとしているのか察したのだろう。フィリアはちょっと照れたように、はにかんで言った。
「そ、そんな。……わたしは、その……お役に立てるだけでも嬉しいですし―――」
続けて何か言おうとしつつも、もごもごと言葉にならない。
落ち着かせるように頭を軽く叩くと、フィリアはちょっと恥ずかしそうに言った。
「……その、わたしの、大嫌いだった魔法を頼ってもらえるのは……嬉しいんです」
「あー」
それは、分かる気がする。
と、俺なんかとは比較にならないくらい苦しんでいたフィリアに言っていいのか分からないけれど。けれど、それは。
「フィリア、それ脱いで」
「え? はい」
手袋を指で示し、フィリアは布団を燃やさないようにゴソゴソ位置を調整しつつ、手袋を外してみせた。
「………ぬ、脱ぎました」
「じゃあ――――触るぞ」
「えっ?」
――――ガシャーン。
なんか廊下から音が聞こえたが、多分何処かのドジっ子メイドがツボでも割ったんだろう。後でフィリアにツボだけ復元してもらうとして、小さく滑らかな――――その一見すると何の苦労もしてこなかったようで、どんな楽しみも知らなかった手を優しく握る。
「………俺も、お前に触れられるのは嬉しく思うよ」
ずっと一人ぼっちだった少女の手を引いて、連れ出せた。
それは、今まで色々人助けをしてきたけれど――――間違いなく、俺の、この母様からもらった魔法だからできたことだった。
「だから、俺もお前に救われてるんだよ。フィリア」
「―――――…」
フィリアは無言で。ただ、涙が一筋頬を流れた。
鼻声で、とても淑女とは言えない有様になってしまったフィリアは、それを隠すように抱きついてくると、言った。
「ごめんなさい。今だけ、――――きっと、素敵なオトナの女性になりますから。今だけ、甘えさせて下さい」
「ああ」
割といつも今だけといいながら甘えている気がするが。
言わぬが花だろう。きっと。たぶん。
あとまあ、可愛いのは間違いないので抱きつかれるのは役得だし……。
――――と、そこで控えめに扉がノックされ。
「………ルーク殿下、フィリアさん。は、入りますよ…!?」
「ん? ああ、いいけど」
声からして明らかにリュミエールだったので許可すると――――そういえばそもそもリュミエールが来て、時間を戻してもらったのが始まりだったと思い出す。
と、ゆっくり扉を開けたリュミエールは、ベッドの上で密着する俺とフィリアを見るといつもの冷静さは何処へやら、耳を真っ赤にして言った。
「――――ふ、不埒ですよ! ルーク殿下、昼間から女性を連れ込んで、ぬ、脱がせて触れるなんて―――!」
「え」
「あ」
確かに(手袋を)脱がして、(手に)触れたけれども。
ああ、ちょうどフィリアが動かした布団で服が隠れて、リュミエールの位置だとハダカに見えなくも……無いのか? ベッドの上だし。
「ちょっと待て、今これ退かすから」
「――――だ、だめ!? 三人で!? そ、そんなの――――」
よいしょ、と布団を退けるとしっかりとパジャマ―――レースを沢山重ねた可愛いやつ―――を着ているフィリアと、シンプルな紺のものを着ている俺が見えたのだろう。
無言で瞬きしつつ顔まで真っ赤にするリュミエールに、流石に申し訳なくなった俺は、フィリアに目線を向けて。
「……悪い。もう一回だけ、いい?」
「――――…もう一回撫でてくれるなら、いいです」
こうしてちょっとだけ強かになったフィリアが頭を撫でられるのを代償に、リュミエールは何事もなく部屋を訪れた。
――――――――――――――――――――――――
「――――その、ありがとうございました」
改めて普通に出迎えたリュミエールは、律儀に頭を下げた。
……いや、うん。多分リュミエールなら全変換―――身体全体を氷に変えてどうとでも防げたと冷静になった今なら思うから、謝られると逆に申し訳ないんだけど。
けど、そういえばリュミエールの全変換を見たことないか。
むしろ身近でやってるのがティナとカイルくらいだが。
「いや、あの熊を討伐できたのはリュミエールの功績だ。―――なんか、改めて調査隊を派遣したら消滅してたのが気にかかるが」
「……申し訳ありません。私の<氷獄>が不十分なばかりに」
あれで不十分だと俺の立場がない。
というかあれ喰らったら俺はもちろんのことながら多分ユーウェン卿でも出られないからな。
何かとんでもなく厄介なものが動いている――――それこそ、国家規模の陰謀だと想定しておいた方がすっきりする。
「とにかく、今後もリュミエールの力は絶対に必要になる――――頼りにさせてもらってもいいか?」
「……っ、はい!」
リュミエールの表情が明るくなる。
うん、やっぱり頼りにされるのって嬉しいよな…。
「今度は必ず、私がルーク殿下をお守りします」
「……」
いや、うん。
フィリアといいリュミエールといい、流石に俺でも男としてのプライドは一応あるんだけど。決意を秘めた目で真剣に言われるともう何も言えないが。
俺も、強くなりたいなぁ……。
――――――――――――――――――――
「――――困ったね。妙な靄しか見えない」
図書室にある隠された部屋―――そこで第二王子であるレオンは、兄とよく似た顔立ちの、しかし大人しそうなその顔を歪めた。
アリオスはそれに対していつもの微笑を消して言った。
「つまり、今回裏で糸を引いたのは『千里眼』に匹敵する隠蔽能力を持つ…と?」
「そう結論づけるのが妥当だろうね。兄上を害するとか、即排除したいけど想像以上に大きな……組織か、国か」
「……心当たりが、無いこともないのですが」
「珍しいね、アリオス。君の歯切れの悪い言い方は」
茶化すような言い方をするレオンだが、口調と裏腹に表情は真剣だ。アリオスは珍しく困った様子で頬を掻くと、肩を竦めた。
「私が殿下に仕える前の話ですが――――ある組織の名を聞いたことがあります。“
「へぇ。言い出したのが君でなければ一笑に付すところだけど……メンバーの情報とか、無いのかい? 検索の精度が上がるけど」
言いながら、欠片も冗談とは思っていなそうなレオンに、アリオスはやや苦しげな表情を浮かべつつも言った。
「黒い霧、軽薄な少年、不死の者――――およそ、暗殺者としては最強でしょう」
「それ同一人物? そうか……多分千里眼を遮断してるのもそいつだろうね」
国王レベルの魔法を遮断するとか、そんな魔法が存在するのか―――その疑問は、一つの仮定によって成り立たなくもない。
「“真理”が何を指すのかは分からないけれど――――ひとつだけ、仮設を立てることはできそうだ。この世界において、圧倒的な力を……魔法を持つ者たち。時に世界の動乱の中心に立ち、あるいは世の果てでひっそりと過ごす」
「――――“聖人”と“聖女”」
法国によって任命され、通り名とともに与えられる“聖人”“聖女”の称号。その任命基準を法国が明かしたことはないが、これがどこかの国の陰謀ではないとすれば。そして、国をも上回る魔法を持っているとすれば。
「彼らが作った組織なのか、それとも彼らを目的とした組織なのかは分からない。けれど、この国には“聖女”ではないかと思わされる少女が少なくとも二人…いや、四人はいる」
「アグリア、イルミリス、ウィンドルム、エンディミア―――4つの公爵家令嬢ですか」
歴代でもかつてない豊作とすら言われている、王太子である彼とバランスを取るかのように優秀な令嬢たち。純粋に国力が高くなると喜んでいたが、妙な組織にちょっかいをかけられるとすれば油断ならない。
「……あと、非公認聖女サマもこの国に来てるしね。……そろそろ着きそうだし」
「このタイミングでですか……むしろ狙ってるのでは?」
憂うことは多い。
レオンは物憂げに天井を見上げると、つぶやいた。
「……兄上、聖女とか謎の組織とか関係なく落としまくってくれないかなぁ」
「いくら殿下でもそれは流石に……」
ないでしょう、と言いかけて、やっぱり言い切れず口をつぐむアリオス。
「それでも兄上なら、兄上ならやってくれる……!」
「殿下はああ見えて不器用というか、恋愛経験無いので止めてあげて下さい……」
もし落としまくったりして、修羅場になったら国が滅びる……というか、フィリア嬢だけでも余裕で焦土と化すんですが。と、思いつつも殿下に助けを求められたら全力で止めに入ってしまうだろう自分に少しだけ笑みを浮かべるアリオスだった。
あとがきという名の雑記
これにて第一章『立志編』は終了となります。
本当は第一章も何もなく10話以内に完結する予定だったんですが……いつの間にやらまだ続きそうな感じになってしまいました。皆様に読んでいただけたお陰です。ありがとうございます。でも次章ではちゃんと区切りをつけて完結したいです…。
作風が迷子なのは普通に申し訳ないですが、私の趣味です。
純粋にざまぁ展開ないしコメディを求める方にも、ラブコメを求める方にもターゲットを外していく……うーんこの。
というわけで暫くの間、プロットを練り上げるべくお暇を頂きたく……。もうプロット立てないで勢いで書いてるせいで展開が制御できないので……。とりあえずアンケートに基づいてラブコメとコメディを中心に強化する予定です。
あとエタらないように自己への戒め兼趣味として次章予告を出させていただくかもしれませんがお付き合いいただけると幸いです。