第一王子は廃嫡を望む   作:逆しま茶

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再会と団欒

 

 

 

 緩やかにウェーブを描く亜麻色の髪に翡翠のような瞳、すらりとした長身に、均整の取れたスタイル。着ているごく普通の制服がまるで修道服に見えるかのような、そんな清浄な雰囲気をしたその少女は、穏やかな笑顔を浮かべて深く頭を下げた。

 

 

 

「――――編入生のメルナ・クライムです。よろしくお願いいたします」

(………すっごい綺麗な人)

 

 

 

 大体一月遅れでやってきた編入生。噂好きの令嬢たちの間では核心的な、あるいは無責任な噂が玉石混交に飛び交っている。

 そうした中でセシリアが自分なりに確度の高そうな情報を纏めたのが『メルナはバルフェア王国で聖女と呼ばれていた』『婚約破棄およびクーデター騒動の騒ぎが落ち着くまで留学』『人助けに奔走していたので一部から煙たがられていた』の3つだろうか。

 

 ほか『クーデターの主犯』だとか『王太子の婚約者の立場を奪った』とかのよく分からない噂もあるが、破棄されたのか奪ったのか真逆の噂が出るあたりきな臭いというべきか。

 

 

 

(でもルーさんみたいな人、いるところにはいるんだなぁ……)

 

 

 

 人のために全力で頑張れる人は凄いと、セシリアは思う。

 セシリアだって家族や友人のためなら辛くても頑張ろうと思える。けれど見知らぬ人のために痛い目に遭うのは流石に嫌だ。……『豊穣』の魔法も自領の民の生活があるから他領の民にまで無差別にばら撒くわけにもいかないし。

 

 と、そんな聖女を絵に描いたようなメルナはチラリとルークの方に目を向けると悪戯っぽくウインクした。

 

 

 

 ルークが僅かに驚いたように目を見開き、フィリアは不思議そうにそんなルークに目を向け、リュミエールの笑顔が凍り、セシリアも天を仰いだ。この瞬間、ルークとフィリア以外のほぼ全員の思いが一致した。

 

 

 

 

 

(((――――またか!!)))

 

 

 

 

 なんで隣国の聖女とまで知り合いなのかとか、今のウインクはどういう意味なのかとか、大体「殿下だしなぁ」で諦めてしまうあたりセシリアも慣れてしまっているのだけれど。セシリアはとりあえずこの聖女様もルークに好意を持っているのだろうと当たりをつけておく。

 

 そして隣国の割と重要なお客様だからか、ほぼ爵位順で並んでいる席も前になった。左からメルナ、ルーク、フィリア、セシリア、リュミエールと並んでいるので、ルークとメルナを入れ替えると中心に近いほど低身長(後ろから見やすいよう)になるのだが、一応フィリアに配慮したカタチである。

 

 

 

 

「まあ、お久しぶりですね!」

 

 

 

 まさしく慈愛をカタチにしたような聖女の微笑み。普段リュミエールの淑女の極みのような笑み(美しく、かつ内心を覗かせない)や、フィリアの無邪気な笑み(ルーク相手が基本だが、最近リュミちゃんにも割と懐いている)を見慣れているセシリアでも見惚れてしまうようなそれに、ルークも珍しく目をそらしつつ言った。

 

 

 

 

「……そうだな。5年ぶりくらいか?」

「5年と5ヶ月……でしょうか?」

 

 

 

 さっくりと訂正を入れるメルナに、特に気にした様子もなく頷くルークだが情感たっぷりに呟かれたその歳月にセシリアは察した。あ、やっぱりこの人もか。と。逆にこれで好意がなかったら凄い悪女だろう。それこそ例の噂を真剣に考慮しないといけないくらいに。

 

 その割と長い年月にフィリアが自分も何日くらいか指で数え始め、セシリアの右側に座っているリュミエールの笑顔が深くなる。美人が怒ると怖いというのをセシリアも隣の席からひしひしと感じていた。

 

 

 

(リュミちゃん可愛いけど怖い…っ!)

 

 

 

 でもリュミちゃんのことなので「隣国の聖女が何で馴れ馴れしくしているのかしら(貴族的正論)」から「べ、べつに離れ離れの5年くらい……私なんて3年間同じクラスだったもの!(なお距離は近くはない)」に切り替わったのかなぁ。というかそうだといいなぁ、とセシリアは思った。そうじゃないと怖くて落ち着かないというか、そう思っておけばあんまり怖くないというかむしろ可愛い気がするので。

 

 

 

 

 

 それはそれとして授業である。

 

 算術・地理・魔術理論など基本的な知識から専門的なものまで。編入してきたばかりで慣れていないはずなのにどの教科もそつなくこなすメルナに、割とリュミエールの表情が穏やかになった気がするセシリアだったが、それで済むはずもなく。

 戦いの始まりは昼休みにもつれ込んだのである。

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

――――令嬢は料理を作らない。

 

 

 基本的に毒殺の危険も考慮しなければならないため、専門の料理人と毒味スタッフがいるのが一般的であり、掃除とか洗濯と同様に家事はやらないのが普通の令嬢だ。作ったところで、普通はそれこそ家族や親友でもなければ何が入ってるか分からない手作り料理なんて食べないし。

 

 そんなわけで、基本的にルーク達の昼食は専属のコックが作っているのだが――――例外的に、ティナが焼いてくるお菓子が一品加わることも多い。ティナが裏切るならとっくに死んでるとはルークの弁であり、セシリアもお菓子作りの趣味があったりするがそれはともかく。

 

 豪華な料理と手作りクッキーを囲んだルーク、フィリア、ティナ、アリオスに客人であるメルナを加えた面々は改めて挨拶を交わしていた。

 

 

 

「ルークさん。また会えて嬉しいです」

 

 

 

 そう言って微笑むメルナに、ルークも今度は笑顔で応対する。

 

 

 

「久しぶりすぎて誰かと思ったけどな。というか喋り方変えすぎじゃないか?」

「うふふ、色々ありましたから……ですがルークさんの噂は色々と聞いていましたよ?」

 

 

 

 と、その言葉にルークは渾身のドヤ顔を決めると言った。

 

 

 

「そうだろう。俺の悪名は遂に隣国にまで轟いていたか……」

「(悪名…ではないですけど)なんでも、市中の劇にもルークさんをモチーフにした役があるとか」

 

 

 

 ある意味、仮想敵国として考えれば悪名と言えなくもないけれど。

 どこそこの悪党を成敗したとか、公爵令嬢の病気を治したとか、そのために勝手に国宝を持ち出したとか。どこかの国の王太子は『庶民派気取りの貴族崩れ』と馬鹿にしていたが、メルナは比較されて相対的に株が下がるのを笑顔の仮面の下でいい気味だと思っていたりしていたので、苦笑いしつつ頷いて。

 

 ルークは劇と聞いて『ははぁん、さては悪代官役だな』などと見当違いなことを考えつつも笑顔になる。

 

 

「それは王太子冥利に尽きるな」

「ええ。(民に好かれる王太子なんて)流石ルークさんです!」

 

 

 

 と、そこでふと気づいたようにフィリアが呟いた。

 

 

 

「ルーク様の役って、どんな人なんでしょう?」

 

 

 

 

 なんとなく全員の視線がルークに集中する。

 まあ王族なので、どちらかというと顔は整っている方だろう。

 

 

 

 

 

 ルークに言わせると弟のレオンの方が甘いモテ顔。

 フィリアに言わせるとルークの顔が一番カッコよく。

 

 リュミエールに言わせると普段の王太子らしいキリッとした表情も素敵なんだけれどソレとは別に男友達とかと話している時に見せる自然な笑顔が最高に素敵――――であり。

 セシリアに言わせるとルーさんが照れた顔は至高であり。

 

 ティナに言わせると主が誰かのために本気になった顔を思い出すとドキドキするから一番好きであり。

 アリオスに言わせるとより広範な女性にモテるのがレオン殿下で、一部の女性に熱烈に好かれているのがルーク殿下といったところ。

 

 

 

 

「―――俺の役なら、嫌われることを惜しまない覚悟を持ってくれてるといいな」

「………ぁー」

 

 

 

 初対面で強引なルークをちょっと嫌いになりかけたフィリアが納得したような、そうでもないような微妙な顔で半端に頷く。たぶん自分との思い出のことじゃなく廃嫡のことを言っているんだろうな、という諦めも含んでいるが。

 

 と、そんなフィリアの心境を知ってか知らずかアリオスが微苦笑を浮かべてフォローした。

 

 

 

 

「とはいえ殿下も、今フィリア様やセシリア様に嫌われたらショックで寝込むと思いますが」

 

 

 

 冗談めかしておきつつも割と確信しているような言い方に、ちょっと想像してしまったのかルークも露骨を顔を顰めて首を振った。

 

 

 

 

「縁起でもないこと言わないでくれるか? いや寝込むまではいかない……んじゃないだろうか。たぶん」

 

 

 

 あっ、これ寝込むな。

 ティナとアリオスは意見が一致して深々と頷いて、セシリアも満更でもなさそうな顔になり。

 

 

 

「ルーさん、私とも友情を感じてくださってるんですね…!」

「セッさん、素が出てる」

 

 

 

 それだけセシリアも嬉しかったのだろうと思うとルークも悪い気はしないのだが、ついつい気になって一言言ってしまう苦笑いのルークに、セシリアは照れたように咳払いしてから言った。

 

 

 

「ルーさん、私との友情は永遠だよっ! ……あれこれなんか違う気がするっ!?」

 

 

 

 

 何が違うのか、と言われると返答に窮するのだけれど。

 そんなセシリアたちに、ティナがふと思いついた言葉を述べる。

 

 

 

 

「……敗北者っぽい?」

 

 

 

 ティナからの予想外に辛辣なコメントにセシリアがちょうどフォークで巻いていたパスタを零しつつ、愕然とした様子で呟く。

 

 

 

「……は、敗北者……っ。すごい的確だけど割と辛辣だよ…っ!?」

「……あ。ごめんなさい」

 

 

 

 

 ついルークたちとの身内ノリで言ってしまったティナが気まずそうに目を伏せるが、セシリアも慌てて大袈裟なくらいに首を横に振って言った。

 

 

 

 

「あ、いやいや。私こそごめんね、全然大丈夫だから! むしろティナちゃんに気軽に言ってもらえるのは嬉しいというか…」

 

 

 

 

 と、そこにどこからかアリオスが取り出した白くて長い付け髭を装着したルークが無駄に重々しい声を出して言った。

 

 

 

「ティナのツッコミは身内の証…――――遂に此処に至ったかセッさん」

「ル、ルー老師!」

 

 

 

 

 嗄れた声まで意識して作るあたり、さっきの劇の話をまだ引きずっていたのかもしれない。ルー老師なる謎の人物を演じるルークはどっかの山奥で怪しげな剣術でも教えてそうな感じで言った。

 

 

 

 

 

「もうお主に教えられることはない……俺も全然ツッコミ入れてもらえないし」

 

 

 

 

 素で悲しそうなルークだが、「そりゃそうだろうな」と他全員の意見は一致した。

 上司な王太子に気軽にツッコミを入れる側近かつ隠密の男爵令嬢とか怖すぎる。もしいたら――――いや無いな。ルールには厳しいリュミエールが笑顔でキレる姿が目に浮かぶようである。

 と、ティナも同意見なのでちょっと照れたように首を横に振った。

 

 

 

「……主にツッコミなんて。むしろしてもらいたい」

「――――…いや、無いな」

 

 

 

 ルークは何かツッコミを入れようとしたのか、口を開きかけたものの静かに首を振り。その間に深刻な顔をしたフィリアが若干前の話題をポツリと呟いた。

 

 

 

 

「むしろ私がルーク様に嫌われたら寝込みそうです……」

「……ちなみにどうやったら嫌われると思う?」

 

 

 

 と、勝手に落ち込みかけたフィリアだったがルークの言葉に少し考えると思いついたものを指折り数えていく。

 

 

 

「……えっと、人に迷惑をかける?」

「程度によるけど、まあそうだな」

 

 

 

「……燃やす?」

「そもそもフィリアが燃やすの好きじゃないだろ? わざとじゃなければ怒らないぞ」

 

 

 

 

 それならば、とこれまでのルークが怒った時を考えてみるが、それこそ人に迷惑をかけたり、悪いことをした時くらいだろう。けれど、フィリアは今の所ルークが本気で嫌っている人を見たことがないわけで。

 

 

 

「――――後は……えっと………何かありますか?」

「フィリアはまだ俺と会って2ヶ月だしな。分からないこともあるし、喧嘩することもあるかもしれない。けど仲直りだってできるし、俺になら迷惑だってかけていい。それが友達―――いや、仲間ってものだろう?」

 

 

 

 何仲間なのか、と言われると『廃嫡同盟』とかそんな人に言えない名前になってしまうのだが。

 と、そこで静かにしていたメルナがちょっと気になったという体で言った。

 

 

 

 

「――――では、ここの方々は例の件はご存知なのですね?」

 

 

 

 アリオスが、ティナが、セシリアが僅かに反応する。驚きと困惑が入り混じったそれらの視線にメルナはちょっと得意げな顔で応え――――小さく頷いたフィリアと、メルナの視線が交わる。

 そして、そんな微妙な空気を断ち切るようにいつもよりは真剣な顔のルークが重々しく頷いて言った。

 

 

 

「そうだな。ティナとアリオスは当然として、セシリアとフィリアにも手伝ってもらってる」

「では、ちょうど良かったです。――――私にも一つ、素敵なアイデアがあるのですけれど」

 

 

 

 

 神秘的に微笑むメルナに、ルークが興味深そうに、セシリアが固唾を呑んで、アリオスが微笑み、ティナは無表情にフィリアは若干胡乱な目を向けて。

 

 

 

 

 

 

「――――私と、デートして下さいませんか?」

 

 

 

 

 

 聖女のような笑顔で、そんなとんでもないことを言った。

 

 

 

 


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