第一王子は廃嫡を望む   作:逆しま茶

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廃嫡されたい第一王子、己を磨く

 

「――――やはり俺には速さが足りない」

 

 

「……? ルーク様がですか?」

 

 

 

 

 城内の一画にある鍛錬場。

 ごく自然に王城に入り浸っているフィリアが不思議そうな顔で小首を傾げる。

 

 ティナは訳知り顔で頷いており、アリオスは平常通り穏やかな笑みを浮かべているので多分言わんとするところは察しているのだろう。

 

 

 

「まず俺の『治癒』こと『超適応』魔法だが、慣れるまでそこそこの時間が掛かるくせに魔法は使用者ごとにしか耐性がつかない」

 

 

 

 あとめっちゃ痛いが、それはフィリアの前で言うことじゃないので黙っておく。

 普通の火とかならまあざっくり耐性がつくのだが、剣とかだと切られ方とか鋭さによっても違うので耐性をつけようとしたら失血死しかけて母上に泣かれて禁止された経緯がある。

 

 

 

「つまり必要なのは――――そう筋肉!」

「主、速さの話では…?」

 

 

 

「まあとにかく生き残るために力とスピードが必要だ。筋肉を痛めつけるといい感じに『超適応』するから割とすぐにパワーがつく」

 

「殿下はこう見えて細マッチョです」

 

 

 

 

 自分の筋肉も贅肉もほぼない二の腕をぷにぷにしているフィリアはともかくとして、瞬発力を鍛えるためのトレーニングを中心にそれなりの負荷を自らに課してきた俺の魔法抜きの戦闘力はまあまあ見れたものにはなっている。はず。

 

 

 

「だがそれはそれとして日々の鍛錬を欠かすことはできない。ので特訓だ」

 

 

 特訓なくして上達なし。王子としての業務の合間をぬって鍛錬は欠かせない。

 あと今回は初参加のフィリアがいるので、ざっくりとどんな感じでやるのか説明していかなくては。

 

 

 

「まず一番大切なのは、評価だ。何ができて、何ができないのか。苦手なことは何で、その原因はどこにあるのか。あとやりたいことは何か」

 

「はいっ、ルーク様!」

 

 

 

「どうした、フィリア」

「……運動、したことないです」

 

 

 

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 6分後。

 出来る限り早足で歩かされたフィリアは、息も絶え絶えで芝生に寝転んでいた。

 

 

 

「…………けほっ、けほ…っ…………はぁ」

「ナイスガッツだ。ほい水」

 

 

 

 フィリアと違ってランニングしていたのに涼しい顔をしているティナとアリオスは流石というべきか。まあ毎週付き合わせているので当然かもしれないが。

 

 

 

「とりあえずフィリアは日常生活を送るのに必要な体力が割とギリギリだ。……魔法でなんとかならないのか?」

 

「……そ、の。さすがに………時間を……もどすのも」

 

 

 

 連続使用は難しいか。

 しかし俺の『超適応』に言わせると疲労ってなんかこう、二種類ある気がするのだ。

 

 

 

 

「一つは息切れだろ。もう一つが筋肉に溜まる疲れだな」

 

 

 

 空気が足りないのと、疲労が溜まること。これらをなんとかすれば体力はなんとかなるのでは。

 そう言うと、フィリアは薄赤い光を纏いながら起き上がって。むん、と拳を握った。

 

 

 

「――――ふっかつです…!」

 

 

 

 

 

 どうやら早くも疲労を克服したらしい。

 やはりフィリアは見どころがある。魔法も強いし、ガッツもあるのだ。きっと立派な公爵令嬢になるだろう。

 

 ……いや筋トレする公爵令嬢って何だ?

 なんか教えることを間違えたかもしれない。

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 

 

 で、また6分経過。

 芝生の上でべちょっと潰れたフィリアはさっきの謎オーラも消えた青い顔で言った。

 

 

 

「……お、なか……すきました」

 

「エネルギー切れ早いな!? まさか肉が無いからか。やはり筋肉は全てを解決する……ほれ、なんか試作品とか言ってもらった『林檎味の栄養(げんき)のかたまり』だ」

 

 

 

 棒状の保存食を包み紙から出して差し出してやるが、もう腕をあげる気力もないのか、淑女にあるまじきポーズをしているフィリアの口に突っ込んでやる。すると小動物みたいにカリカリと音を立てて歯で削るように食べ始めた。……なんだその食べ方。

 

 

 

「…………ぁ。おいしい」

 

 

 

 カリカリカリカリ。なんか頑張って食べているのを見ると、つい意地悪したくなり林檎バーを遠ざける。右へ。左へ。

 

 

「……んぅぅ……ルーク様、遠すぎです…!」

 

 

 

 ころころと転がりながら林檎バーを追いかけてカリカリするフィリアだが、この子は距離の前に自分の扱いに文句を言ってもいいのではないだろうか。おやつにつられて芝生をゴロゴロする公爵令嬢って何だ。

 

 

 

「うーん、ご馳走様」

「……? えっと、こちらこそです?」

 

 

 

 

 十分に堪能したので、最後のひとかけらを口に入れてやると幸せそうな顔でしばらく固まっていた。………どんだけひもじい生活してたんだこいつ。そりゃあ公爵が「フィリアの好物を見つけたものに報奨を……金貨十枚出す!」とか発狂するわけである。それ普通に年収レベルだからな。しかも官僚とかの。なお報酬が良すぎて豪華な料理が集まり、胃が小さいフィリアには辛い模様。

 

 

 

 

 と、いつの間にやら準備を終えたらしいアリオスがニ本の木剣を持ってこちらに来ていた。

 

 

 

「さて殿下、ウォーミングアップは済みましたが」

「よし、やるかアリオス」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 木剣が空気を切り裂く――――と見せかけて、空気を『遮断』して切りかかってくる。

 完全に空気抵抗を無視したアリオスの剣は冗談のような速度でこちらの木剣に襲いかかるが、その太刀筋は“知って”いる。

 

 一合、なんとか弾いた剣がこれまた負荷や抵抗を無視して襲いかかってくる。二合、半身になりつつ前方に構えた剣でなんとかやり過ごす。三合、鋭い突きに対して木剣の柄の部分を合わせて躱す。

 

 

「――――チィッ! 早すぎんだよアリオス!」

「殿下こそ冗談のような適応速度ですね」

 

 

 

「“慣れて”なければ見えもしないけどな!」

「ハハハ―――ではこれはどうでしょうか」

 

 

 

 スッ、と木剣に展開していたアリオスの『遮断』魔法が消えた。というか木刀の気配が消えた。が、踏み込んでくるアリオスの手に間違いなくそれはある。

 チリッ、と頬を木剣が擦る僅かな痛みに感覚が沸騰する。続けざまに放たれる攻撃は『気配』を遮断した代わりに『空気』は遮断していないらしく辛うじて避けられたが。

 

 

 

「ハァッ!? おま、それ――――危なっ!?」

「いや流石殿下、良い勘をしておられる。では、これはどうでしょう――――」

 

 

 

 

 

 

 大きく距離を取ったアリオスの構えは、だらりと下段に剣を垂らしただけのもの。だがわざわざ魔力を溜め始めたそれを見て油断するつもりにはならない。

 

 ノータイムで発動できる『遮断』は一つだけだが、準備すればいくつかの条件を指定できることはよく知っている。

 

 

 

「空気、重力、加速、全ての軛を破り此処に雷光を絶つ――――絶影!」

「ッ――――模倣技・雷切ィ!」

 

 

 

 死ぬほど喰らって、“慣れた”ティナの十八番『雷切』。その根底にある魔法まで模倣できるわけではなく、動きをコピーしただけの劣化版ではあるが――――振るいかけた木剣を根本から抉り飛ばされ、ついでに寸止めされた俺はため息とともに手を挙げて言った。

 

 

 

 

「よし行けティナ、俺の仇を取るんだ!」

「はい、主」

 

 

 

 瞬間、乱入して斬りかかるティナを予想していたかのように余裕を持って回避するアリオス。涼しい顔をしていられるのも今のうちだけだぞ、と芝生が気持ちよかったのかまだごろごろしているフィリアと一緒になってごろごろしつつ高みの見物ならぬ低みの見物を始める。

 

 

 早くもバチバチと音を立てて雷を足と腕に纏い始めたティナは完全に戦闘態勢である。ああすると速度が上がるらしいのだが理屈はさっぱり分からない。

 だがとりあえず疾さであればティナの方が一歩上回っている――そのはずだったのだが、対ティナ用とでも言うべき新技を編み出してきたアリオスがまさか勝ってしまうのか。

 

 

 

 

 

「遠からん者は音に聞き、近き者はその輝きを目にも見よ――――電光雷轟!」

「空気、重力、加速、全ての軛を破り此処に雷光を絶つ――――絶影!」

 

 

 

 雷が着弾したかのような凄まじい轟音と光に、吹き飛びそうになったフィリアを庇う。というかこれくらいは“慣れて”いるので大した問題ではないが。

 

 

 

 それはそれとして、お互いに寸止めしようとして互いの木剣をへし折ったらしい二人は微妙な顔で振り返った。

 

 

 

「……主、どちらの勝ちでしょうか」

「ハハハ。ティナと互角ならむしろ私の勝ちでいいのでは?」

 

 

「………冗談を。主の剣は私」

「殿下の右腕は私ですし、やはり私の勝ちでは?」

 

 

 

「よしフィリアもう一回」

「はいっ」

 

 

 

 気を利かせてゆっくり時間を巻き戻してくれたフィリアのお陰で速度的にはティナの方が勝っており、どちらかというとティナが木剣をへし折った時の衝撃に得物が耐えられなかった感じであった。というかよく見ると木剣の剣圧で芝生がカットされているんだがこれってどういうことだ。

 

 

 

 

「――――勝者、ティナ! ……アリオスお前、剣を振り抜いた後に一瞬めっちゃ悔しそうな顔してたぞ。負けてたの気づいてただろ」

 

 

 

 珍しく本気で悔しそうだったので、ちょっとフィリアと目を見合わせてしまった。それであの後は何食わぬ顔でポーカーフェイスを保てるのだから流石だが。

 ティナは安堵したのか、これまた珍しくぴょんぴょん飛び跳ねながらガッツポーズしていた。

 

 

 

「……主、やりました! ブイ!」

「おや、これはお恥ずかしい」

 

 

 

 アリオスは平然とした顔をしてるが、意外と負けず嫌いだからなこいつも……。

 ティナほどわかりやすくはないが。

 

 

 

「流石ティナ。二人共俺にはもったいない部下だが」

 

 

 

 まあこれで分かったのは、俺が一番弱いということなのだが。

 慣れただけじゃどうにもならない、高いレベルで剣と魔法を融合させたこいつらの技術は驚嘆に値する。

 

 

 と、芝生をたっぷり服にくっつけたフィリアが真面目な顔で手を上げた。

 

 

 

「――――はいっ、わたしも!」

 

 

「……アリオス、『遮断』出来る方が」

「ははは。私は今負けて傷心中でして。ここは『雷光』の見せ所では?」

 

 

 

 いや真面目にフィリアと打ち合ったら死ぬからな。

 というかフィリアは期待に満ちた目で俺を見ているので、応えなければなるまい。

 

 

 

 

「いいだろう、俺の模倣剣――――受けてみるか!」

「お願いします!」

 

 

 

 

 フィリアが剣を構え、隙だらけの大上段に構える。

 そして、どういうわけかその剣先が星のように輝き始めた。

 

 

 

 

「ソラにあまねく光の海よ、雨のごとく降りそそぎ地を穿て――――星離雨散!」

「あ、やばい嫌な予感がする―――模倣剣・断空!」

 

 

 

 

 パッ、と光が瞬いたかと思うと剣先にあった光球が豪雨のように分かれて押し寄せる。

 

 わぁ、満天の星空が流れていくみたい。

 多分コレに当たったら俺はお星さまになる気がするけど。とっても綺麗で、とっても寒気がするぞ。

 

 

 それらは一瞬で木剣を粉微塵に分解すると、ついでとばかりに周囲の芝生をいい感じの長さにカットした。

 

 

 

 

 

 

「いや怖いからな!? 当たらないように撃ってくれたのは分かったけど!」

「あ」

「……殿下、後ろを御覧ください」

 

 

 

「え、何」

 

 

 

 

 

 

 振り返るとそこには―――――人がいた。というか、あった。

 

 やや癖のある髪、無駄に自信ありげな顔。

 死ぬほど見覚えのある普段着(礼服)に、謎の王子ポーズ。

 

 何故か植木が綺麗にカットされ。ポーズを決めた俺の像になっていた。デフォルメされているが、割と特徴が抑えられているので俺だと分かってしまう。

 

 

 ああなるほど、さっきの剣圧での芝生カットでこれを思いついたのな。

 

 

 

 

 

 フィリアは会心の出来ばえですっ、とばかりにふんすと拳を握った。

 

 

 

「………どうですかっ? うちのお庭にもあって……やってみたかったのです!」

 

「やめろぉおおお!? なんで俺!? フィリアの方がいいじゃん人気者だぞきっと!」

 

「……フィリア様、後で私にも一個下さい」

「私にもぜひ。殿下派閥のメンバーに配布しなくては」

 

 

 

 

 やめろ俺を辱める気だな!? というかのこの……何だ? 植木アート? は配布できるものじゃないないだろどう考えても。

 それにそうだもっと多分喜ぶ人がいるじゃないか。

 

 

 

「公爵にしようぜ、公爵! ほらフィリア公爵作って!」

「……ルーク様、その……駄目でしたか?」

 

 

 

 

 待て、何だその悲しげな顔は。

 俺のせい? 俺のせいだよなぁ。まあせっかく作ってもらったのに却下するのはどうなんだろうかってことなんだが。

 

 けどほら、王子だけどそういうのってどうよ?

 なんかこう、調子に乗ってるっぽいというか恥ずかしいだろ絶対。

 

 

 

 

 

 いやでもこれで悲しませるのは廃嫡以前に人としてどうなんだ。

 この期待に応えず何が男か。

 

 ちょっと自分のドヤってる像が飾られるくらい……くらい……。

 いやちょっと無理じゃなかろうか。

 

 

 

 

 

 

「……独りだと寂しいから、四人分並べようぜ!」

 

 

 

 

 

 

 お前らも巻き添えだぁ!

 アリオスの顔が引きつったが、意外なことにティナはノリノリだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてスペースが足りなかったので、公爵のものだけちょっと離れた場所になった。公爵は泣いたらしい。

 

 

 

 

 

 

 


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