第一王子は廃嫡を望む   作:逆しま茶

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廃嫡されたい第一王子、投資した

 

 

 

 

――――どうして。

 

 

 

『――――よくやった』

 

 

 

 令嬢らしく刺繍のやり方を習う前に、狩りから生き物を殺す方法を教わった。

 誰かの前に立つ方法、誰かと話す方法ではなく気配を消し、雰囲気に溶け込む方法を習った。

 

 

 

―――――それでもよかった。

 

 

 

 可愛らしい服ではなく、地味な服を与えられた。

 華やかに着飾るためではなく、特徴を殺すための化粧を習った。

 

 人を喜ばせる方法ではなく、苦しめる方法を知った。

 

 

 

 

 

 

 

――――痛くて。苦しくて。けど、お父様は喜んでくれた。

 

 

 

 

 

 なら、きっとこれで良かった。

 可愛い服がなくても。美味しいものがなくても。いずれ仕える主のための一振りの剣となる。それで、喜んでもらえるのなら。そのために、私が生まれたのなら。

 

 

 

 

 

 

――――ああ、それなのに。

 

 

 

 

 

『――――これでは、駄目だ』

 

 

 

 

 ただそれだけ言って、お父様は背を向けた。

 「どうすればいいのだ」と嘆く声に、ただ立ち尽くす。私もどうすればいいのか分からなくて、けれどこちらも見てくれないお父様になんて声をかけていいのか分からなくて。

 

 私の魔法。

 『雷光』の魔法は、電気を利用した自分の身体の操作と、過剰に帯電したものを放つ放電の2つの要素からなっていた。

 

 

 

 

 

 お父様の『他者の身体操作』と、お母様の『疾風』魔法のどちらにも似ているようで、似ていない魔法。

 お母様ほど早く動けない。派手な魔法はどこにも使い道がない。隠密としての基礎を叩き込まれた私にも、そのくらいのことは分かった。

 

 

 

 

――――わたしは、ただ。褒めてもらいたくて。

 

 

 

 

 

 

 涙は出なかった。

 でも、何処にも行くところがなくて。

 

 倉庫で小さくなっていた私に、不機嫌そうな声が投げかけられた。

 

 

 

 

『――――なんだ、こんなところで辛気臭い顔しやがって』

 

 

 

 

 そこにいたのは、涙で目を真っ赤にした少年だった。どう見ても人のことは言えない状態のハズなのに、謎の自信に満ちあふれていた。

 思わず唖然とした私に、その金髪でくせ毛な少年は隣に座り込む。

 

 

 

『人の家でくよくよするんじゃない! 俺が気持ちよく泣けないだろうが』

『………その、だいじょうぶ?』

 

 

 

『大丈夫に見えるなら医者を紹介してやる』

 

 

 

 チーン、と高そうなハンカチに容赦なく鼻水を浴びせかけたその少年は自分のポケットをゴソゴソ漁ると、取り出した何かを手に握り込ませてきて。

 

 

 

『やる』

『……でも、私』

 

 

 

 飴玉だった。

 なんのことはない、そのあたりの下級貴族でも普通に手が届くようなそれは、今までは遠くに見るばかりだったお菓子で。

 

 

 

 

『泣くとすっきりする』

『………そう、なの?』

 

 

 

『つまり泣けないお前の方が俺より重症だ。せめてそれでも舐めとけ、俺は勝手に泣いてるからな』

 

 

 

 掌に載せられた、小さな宝石のようなそれは。

 今まで決して与えられなかったそれを食べてしまうことは、きっとお父様を裏切ってしまうのだけれど。

 

 

 

 

『ぁ゛ああああ―――――な゛んでだよ! 俺が悪いのに――――ふざけやがってえええ! 俺だ、俺に力が足りない―――――俺に、資格がな゛い…!』

 

 

 

 

 号泣するその子を見ていると、なんだか自分はそれほど酷い状況じゃないんじゃないかと思えてきた。

 

 

 悲しいのは、自分だけだと思っていた。

 けれどそんなはずはなくて。泣きながら叫ぶその子が、本当に悔しくて、どうしようもなくて、けど諦められないのが分かったから。

 

 

 

 

『………おい、じっと見られると流石に泣きにくい』

『あなたは、どうして…?』

 

 

 

『ああん? 俺の魔法が弱いのは母さんのせいだと。そんなわけないのにな。俺が、ただ向いてなかったってだけだ』

 

 

 

 

 嘘だ、と思った。

 理由はわからないけど、この子はどうしていいのか分からなくて、けど諦められないからこんなにも泣いているのだと分かった。

 

 

 

 

『……私も、向いてないって』

『そうか』

 

 

 

『………隠密。お父様が、駄目だって』

『そうか』

 

 

 

『…………私、ほかに何もないのに』

『お前、魔法は?』

 

 

 

 

 テキトーな相槌しか打っていなかったその子が、不意にこちらを見た。

 澄んだ目だった。まだ流した涙が頬を伝っていたけれど。他の何でもなく、ただ私の何かを測ろうとしていた。

 

 

 

『………雷で、身体を操るのと。雷を放つ』

『雷、雷な。………お前、騎士団長の魔法って見たことあるか?』

 

 

 

『え……うん』

 

 

 

 

 騎士団長の魔法は自らを炎の竜に変えて敵を蹂躙する。

 それこそ規格外のものだ。

 

 

 

『お前も雷魔法なんだし、雷になって動け』

『……どうやって?』

 

 

 

 

『そりゃお前、まず魔法を使う』

『……うん』

 

 

 

 手に雷を集めるとバチバチと音を立て始める。

 

 

 

『身体のマナを全部魔力に、雷に変えるだろ? そうしたらお前もう雷みたいなもんだろ』

『…………たし、かに?』

 

 

 

 

 なんかものすごく暴論な気がするのだが、子どもの頃はそれがとても理にかなっているような気がして。

 目から鱗が落ちるようにパッと晴れ渡った気分が次の瞬間にはしぼんでいく。結局の所、それは。

 

 

 

 

『……でも、隠密が』

『無駄に拘るなぁ……』

 

 

 

『………わたし、他になるもの無いから』

『なら、これやる』

 

 

 

『え』

 

 

 

 それは、短剣だった。

 豪華な装飾が施されたそれは、それこそ立派な大人に――――騎士なんかに手渡されるものだとすぐ分かった。

 

 

 

 

『ど、どこから―――――』

『ふ、それは』

 

 

 

『盗んできたの…?』

『お前牢屋にぶち込むぞ』

 

 

 

 半目で睨んでくるその子は、短剣を押し付けるとちょっとだけ考えてから言った。

 

 

 

『これは、お前への投資(期待)だ。なんとなくお前ならやれると思った――――別にできなくてもいい。これを返してもいい。でもお前にやることがないなら、俺の所に来い』

 

『……………できない、かも』

 

 

 

『はぁ!? お前やる前に諦めるなよ俺は諦めてねぇぞ!』

『………わたしで、いいの?』

 

 

 

 

『いいんだよ。――――だって、お前も悔しいんだろ。なりたいんだろ。まだ、諦めたくないんだ』

 

 

 

 立ち上がったその子は、私の頬を流れた涙を拭って。

 手を引いて起き上がらせる。

 

 

 

 

 

『――――なら、お前がいい。折れても、立ち上がれるお前を俺は信じる』

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 今考えても(ルーク様)はなんというか……タラシだ。

 本人からすると『ふーんガッツあるじゃん応援してやるよ。これいい感じの剣だけど俺にはいらね』みたいな感じなんだろうけど。

 

 あの後も色々あったけれど、まさか本当に隠密になれるとは思っても見なかった。

 

 

 

 

「…………どうしよう」

 

 

 

 普段、“裏”の警護はアリオスが担っているので、私は“表”の警護を担うことが多い。それ隠密としてどうなんだという話なのだが、『派手である』という先入観を与えることでいざという時の鬼札になる。あと目の保養にもなる。

 とかなんとか言って、オシャレをさせてくれる王子がいるのだけれど。

 

 

 

 その割に、特に何かあるわけではない。

 陰口が大嫌いなせいか令嬢たちから距離を取る傾向がある主はしかし、私とアリオスが協力しても把握しきれないかもしれないくらいには妙な人脈がある。

 

 まあ主のことだから多分、廃嫡されるまでは女性と関係を持つつもりはないのだろう。あくまで部下として心配なので常にチェックはしておくし、質の悪い令嬢は排除(クリアリング)するけれど。

 

 

 

「………うん、これ」

 

 

 

 散々悩んだ末に選んだ服は、貰った短剣が似合う騎士風の上着だった。

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 

「――――というわけで。ティナ、定期報告を頼む」

「……はい、主。大きなところでは隣国の聖女が病気療養に入りました。特に体調をくずしたわけではないようで、おそらく面倒を避けるためかと」

 

 

 

「ふーん、大変だな聖女。廃嫡された奴はどうした?」

「領地を与えられて封じられるようです。………本人は『暗黒』魔法を扱うだけあって廃嫡は不当だと、言っているようですが」

 

 

 

 位で言うのなら公爵レベルだろうか。黒い塊が魔獣の群れさえ呑み込んで欠片も残さないという驚異的な殺傷能力だが聖女の規格外な『治癒』には及ばない。

 

 

 

「うーん、流石廃嫡されるような奴は粘りが違うな。俺もそこは見習おう」

「………嫌な粘りですけど」

 

 

 

「他、隣国で何か気になるところは?」

「……聖女を側室にするから王太子に戻せ、と喚いているとかで。聖女は他国に留学を希望しているとか」

 

 

 

「それもう廃嫡以前の問題じゃねーか。いやでも流石に聖女を国から出せないだろ」

「現在、聖女様の檄に応えた王都の兵士と住民が暴徒化して大変なことになっているとか」

 

 

 

 控えめに言ってクーデターみたいなことが起きている。同じ王政の国としては全く楽観視できない状況のはずなのだが、こちらの王都の城下町では好き放題に暴れて悪党を懲らしめていく『暴れん坊王太子』なる謎の劇が流行しているらしい。

 

 悪徳商人、悪代官、悪漢、二股男、飲兵衛、美人局など懲らしめた事件の内容はかなり多岐にわたるのだがアリオスに言わせるとほぼ実話でできているらしい。

 ホントに何しているんですか、主。

 

 

 その劇に出てくるクールな側近の女の子はたまにロマンスしているらしい。私は何もしてないのに。

 

 

 

 

 

「他の国はどうだ?」

「……帝国では例の『山岳』魔法の使い手が巨大な湖を作ったとか。共和国は過激派の勢いが強まっているようでアリオスが人員の増派を検討中とのことです」

 

 

 

「そうか。で、国内の令嬢の洗い出しは?」

「……フィリア様以降、国を揺るがすレベルの魔法所持者は発見されませんでした。強いていうのならイルミリス公爵家の『氷結』魔法ですが」

 

 

 

「無し」

「はい」

 

 

 

 主でも苦手な人はいるんだな……。とちょっと新鮮な気持ちになるのがイルミリス公爵家のご令嬢。なんというか……………真夏のお花畑みたいな方である。

 

 スタイルは、正直うらやましいレベルで良い。

 顔も美人なのに可愛らしさまで兼ね備えている。

 

 けど、なんというか……性格に難があるというか。

 主が露骨に相手を嫌がるのはこの人くらいなので、総括するとあんまり羨ましくない人ということになる。

 

 

 

 

 

 あと残っているので言うと……。

 

 

 

「……ラウド侯爵家の、セシリア様でしょうか」

 

 

 

 扱うのは『植物』魔法。

 穏やかな気性と、真面目な性格。穏やかな領地の気風を体現するかのような純朴で可愛らしい感じから人気も高い令嬢である。魔法も作物の収穫量を上げられるという重要さ。主もそれなりに交流があるのだが、事情が事情なので。

 

 

 

 

「めっちゃ頼みにくい……あの子に嘘ついてもらうとか無理じゃね?」

「……顔に出そう、ですね」

 

 

 

 問い詰められると嘘が言えないので、秘密は守ってくれるが秘密があることはバレる。そんな損な感じの性格である。

 

 

 

 

 

「やはり、アレしかないか……」

「またですか」

 

 

 

 

 困った時の、と主がよく言う。

 

 

 

 

 

「――――人材発掘、するしかねぇ」

「……女漁り、ですね」

 

 

 

「言い方ァ!」

 

 

 

 

 

 まあ年齢はともかくフィリア公爵令嬢はあんな感じで婚約破棄で云々で役に立ちそうな感じはないので仕方ないといえばそうなのだが。

 なんとなく、主が一声かけると協力してくれそうな令嬢がそのへんから湧いて出てきそうな気がするのは気の所為だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 




ティナ・グレイブ
位 :男爵令嬢(長女)
魔法:『雷光』
身長:女性の中ではどちらかというと高い
瞳:碧 髪:金(ミドル)

好物:飴、貰い物の短剣
嫌いなもの:保存食
趣味:料理、弓術
特技:早着替え

願望:主の願いが叶いますように
悩み:アリオスより頼られたい


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