第一王子は廃嫡を望む   作:逆しま茶

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昨日23:30からの更新となります。




廃嫡されたい第一王子と、思い出の人

 第二王子の私室。

 明るい陽の光の差し込むその部屋で、第二王子は誰もいないはずの物陰に向かって小さく声をかけた。

 

 

 

「―――――さて、進捗はどうだい?」

 

 

 

 その声に応えるように景色が歪み、姿を見せるのは黒髪にグレーの瞳の青年。第一王子の側近にして、若くして隠密のいち部門を任せられる鬼才。

 アリオスはいつもの微笑をたたえると肩を竦めた。

 

 

 

 

 

「そうですね、どうにも『聖女』があの王太子に付くことを良しとしない一派が動いたのは間違いないのですが――――あの『治癒』とは名ばかりの『強化魔法』は厄介です」

 

 

 

「兄上が全幅の信頼を置く君でもかい?」

「ハハハ。……貴方様ならば、ご自分でも“視えて”おられるでしょうに」

 

 

 

 一見すると第二王子と第一王子の側近が繋がっているようでありながら、どこか互いを探るような目線を交わす。

 

 

 

「まあ、そこはいいさ。『聖女』はマナが眩しすぎる。フィリア嬢ほどじゃないけど、直視すると目がやられそうでね」

「こちらも大差はありませんね。あの“祝福”なる強化魔法、『遮断』されているのが何かは分からずとも違和感くらいは感じるようです」

 

 

「だが、分かることはある――――」

「隣国に、王太子と『聖女』の婚姻に反対の一派など無い……はずでした」

 

 

 

 

 強力な魔法持ちの王太子と、あの『聖女』とまで例えられる治癒魔法の使い手だ。反対するには相応の理由が要る。

 

 本来、大陸最大の宗教国家たる法国は自国以外にいる聖女を認めはしないものの、あの『聖女』に関しては黙認しているほどの強力度合いといえば伝わるだろうか。

 

 

 

 

 だがある日、急に聖女を信奉する一派が動いた。

 彼らはさも聖女が王太子の相手に相応しくないかのように情報を操作し、隣国のかなり深い所まで入り込んでいたその一派の影響力に王太子は乗せられた。

 

 

 聖女の一派が何を考えたのかは分からない。王太子が学園で平民の女にうつつを抜かしたのが原因という説もあるが流石に信じたくない。……とにかく隣国の王太子には隙があった。その唯一の瑕疵こそが、聖女との不仲説。

 

 それによって盤石だったはずにも関わらず、後継者争いが勃発してしまった。

 

 廃嫡されたとはいえ元王太子こと第一王子の勢力は依然として大きく、聖女が関わらない独自の戦力も持っていることから再度のクーデター、クーデター返しを起こすだけの力もある。端的に言って爆薬満載の火薬庫の前で酔っぱらいが火遊びしているような状況になってきた。

 

 

 

 

 

 互いの認識が共通していることを確認した二人は、顔を見合わせる。

 どちらも苦々しい表情をしていることを確認すると、かぶりを振った。

 

 

 

「一見すると、どこか他の国からの介入があったかのように見える。実際、その聖女派の人間がちょうど海外から来た人間に接触した後で動いていることも多い」

「一度、殿下のお力を借りれば突破できるでしょうが――――勘ですが、嫌な予感がします」

 

 

 

 兄の側近の意見に、重々しく頷いた弟王子は纏めた資料を机に置いて。

 アリオスはその資料を手に取ると、軽く目を通しつつ続きを促した。

 

 

 

 

「同感だ。無節操に他の国に接触しているように見えるが――――我が国の人間とは接触していない。実際、何も送っていないのだからおかしくはないけど」

 

「狙いはこちらであると? ……些か早計、と言いたい所ですが」

 

 

 

 

 隣国は、不気味な沈黙を保っている。

 『聖女』も、隣国の首脳陣も、誰も得をしない展開だ。仮にどこかの国が動けば、その国が仕組んだことだという世論が出来上がるだろう。

 

 ただ一国、今の所何の状況証拠もなく関わっていないことが明らかな我が国だけが逆に不自然に浮いている。

 

 

 

 

「“来る”なら、ウチに来るだろう。だって状況は明らかにウチだけ潔白だ」

「それが仕組まれていると。全く同意ですが、怪しいところが多すぎて黒幕も、その意図すら遮られている」

 

 

 

「伴侶を決めておらず、魔法も弱い――――兄上の政治的立場は、非常に弱い。アグリア公爵は強力な後ろ盾だけど、彼も政治的な立ち回りよりは戦場での立ち回りを得意とする」

「そこに、隣国を動かせるほどの『聖女』。下手を打てば乗っとられますね」

 

 

 

 なにせ、治癒だ。

 当然のことながら治療された相手は恩を感じるし、聖女がいるから王になれるとなればこちらの王太子の立場は非常に不安定なものになる。

 本当なら受け入れ拒否したいくらいの明らかな爆弾。だがこれを拒否すればそれはそれで面倒事になるだろう。少なくとも今はまだ隣国には平穏でいてほしい。

 

 それに、あんまり聖女を追い込むと何をするか分からない王太子がこっちにはいる。

 

 

 

 

「いやほんと、兄上に『千里眼』があれば良かったんだけど――――こんなもの見ていたら兄上の心の輝きが半減してしまうからね。ままならないものだ」

 

「殿下ならなんだかんだと落としそうですが……」

 

 

 

 

 自分のために身分すら投げ捨ててくれそうな殿下は、助けられた側からすると眩しすぎる。そう都合よく状況は整わないはずなのだが、そうなるように動いている人間がいるのなら話は別だ。

 

 

 

 

「傷心の女性に兄上をぶつけるとか、絶対狙ってるよね。僕だって他に手段が無ければ選ぶし。本人の性格は?」

「……人助けを厭わぬ性格とのことですが。隣国の王太子には興味を抱いていないような印象ですね。表面的には間違いなく善人ではあると思いますが」

 

 

 

 

「善人、善人か……隣国から止む無く逃げてきたとなると兄上が関心を寄せてしまうかもしれない。けどどこの誰の陰謀かしらないが、兄上をそう簡単に思い通りに動かせるものか」

「とはいえ、打てる手は打っておかねば。いっそこちらも誰か接触させますか?」

 

 

 

 

 一国だけ浮いているこの状況。

 それを打破するためにあえて何かどうでもいい用件で接触させる。それも手ではあるのだが、レオンはわずかに目を細めると首を横に振った。

 

 

 

「いや、それを待っているような気がする。この盤面――――なんとしても黒幕の目的を掴まなくては」

「流石に直接接触のない国の情報は手薄ですからね」

 

 

 

 

 一体どこの誰が、なんの目的でこの混沌とした状況に火の付いた爆薬を放り込むような真似をしてくれたのか。

 

 

 

「僕は資料を纏めて父上に上げる。兄上のことは任せるよ」

「そこは、貴方様に言われずとも。主は放っておくと何をされるやら分かりませんからね」

 

 

 

 

 兄上だもんなぁ。

 殿下だもんなぁ。

 

 

 

 絶対今も何かやっている。

 大体が誰かのためにやっていることなので止める気にはならないのだが。それはそれとして時折起きる大規模な騒動の火消しには二人と、あと王も合わせて三人合わせて苦労させられている。

 

 

 直接的な脅威はティナがいれば、ルーク王太子なら耐えぬける。

 なら、自分たちは目に見えない脅威を排除する。

 

 

 

 

 目的の一致した己の共犯者が同じ人物のことを考えて笑みを浮かべていることに気づいた二人は、揃って肩を竦めると自分の目的のために動き出した。

 

 

 

 

 

 

―――せめて、誰かのために動けるあの人の負担が少しでも楽になるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「――――アップルパイィィィ!」

「ぉぉぉー!」

 

「……主、林檎取ってきました」

 

 

 

 調理場を占拠し、昨日のうちに作って冷やしておいたパイ生地を取り出す。

 第一王子は、自分の好物であるアップルパイを作ろうとしていた。

 

 ついでにフィリアに布教する意図もあったりするが。純粋に自分が好物を食べたくなったからという理由が大半である。

 

 

 

 

 

 

「ではまず洗って皮を剥く……あ、いやフィリアは刃物は危ない――――」

「皮ですね!」

 

 

 

 フィリアが林檎を手にして目を細めると、皮が燃え上がり――――ついでに林檎に火が通った。

 

 

 

「いやちょっと待て。待って。……まあ火が通ってもいいけど」

「えっと、戻しますか?」

 

 

 

 と、一旦時間が止まる。……いや、よく見ると超スローなだけか。

 フィリアだけが等倍速で動いているが、俺も耐性の影響なのかちょっとだけティナより早く動ける。

 

 

 

「うーん、まあ続行。とりあえず作り方見とけ」

 

 

 

 慣れた手付きで包丁を動かし、林檎の皮を薄く剥いてカット。

 それを砂糖と一緒にフライパンで炒めていく。

 

 砂糖がとけたら中火で炒めて――――。

 

 

 

「10分くらいでいいか。その間ちょっと包丁握ってみろ」

「はいっ!」

 

 

 

 ジャキーン! と、例の元国宝な手袋をして包丁を握るフィリア。……持ち方が完全に刺しにいくカタチなんだが。

 

 

 

「フィリア、それ危ないから禁止」

「――――?」

 

 

 

 

「手はこう、で、逆の手で素材を抑えて……指を切らないように猫の手」

「はいっ」

 

 

 

 にこにこしながら包丁を握っているが、コイツ本当に大丈夫なんだろうか。

 いや包丁の方が融けるだけだから大丈夫か。……大丈夫じゃないな。

 

 

 

「よし、上手に切れたな」

「………」

 

 

 

 初めての割にはコツを掴んでいるというか、綺麗に切っていくフィリア。

 横でティナが林檎を空中に放り投げてカットするとかいうアクロバット技を決めているが、真似しなくていいからな。

 

 

 

 

「……主、うさぎさんです」

「ん? お、おう」

 

 

 

 カットした林檎の皮の部分が耳になったウサギ型林檎。

 

 まさかお前それ空中でやったのか。

 ウサギ型林檎に串を刺して差し出してくるティナだが、それを食えと。

 

 

 

「お前、りんごパイ作る前に素材を食べるなよ……もらうけど」

 

 

 

 と、そうこうしている間にいい感じになってきたのでバターを投入。これで底からシロップが無くなれば後はパイに入れて焼くだけだ。

 

 ……なんか、見知らぬ粉っぽい調味料をフィリアが投入しているが。

 

 

 

 

「……えーと、フィリア。何入れてんの?」

「なんでしょうか、これ」

 

 

 

 

 なんだろうね。

 ははは。そっか。入れた本人も知らないんじゃ俺もわからないや。

 

 

 

 

 

 

 アップルパイがぁぁぁぁああ!?

 

 なんで入れた。

 本人もよく分かってなさそうだが、本当になんで入れた。

 

 

「フィリア……せめて何か聞いてから入れような…? この匂い……香辛料の一種か?」

 

 

 

 高そう。

 まあ別にいいんだけどさ……俺のアップルパイが…。

 

 

 

 

「仕方ないからいいけど、全部食べろよ…? 残したら怒るからな」

「はいっ」

 

 

 

 仕方ない。子どものやることだ…。

 アップルパイはきっと何入れても美味しいから。なんならアップルパイカレーでもいけるはずだから…!

 

 

 

 

 焼き上がったアップルパイは、割と匂いは良かった。

 むしろどこか懐かしいような――――。

 

 

 

「……主?」

 

 

 

 不思議そうなティナを尻目に、無言でアップルパイをカットし。

 皿に取り分けて食べ始める。

 

 

 

 

 

 

――――ああ、この甘いだけじゃない。鼻をつくような、異国の香りは。

 

 

 

 

『――――きっと、またいつか』

 

 

「ルーク様?」

 

 

 

 

 遠い昔、アップルパイを作ってくれた人がいた。

 何の見返りも求めず、ただ諦めて泣いていた俺を笑顔にして去っていた人。もうどんな顔をしていたのかも覚えていないけれど。

 

 

 

 

「フィリア、お前何か知ってるか? あの粉」

「……いいえ? その、なんとなく入れるとルーク様が喜ぶかなって……ごめんなさい」

 

 

 

 小さな手が、俺の頬を流れていた雫を拭う。

 ………俺は、泣いているのか。

 

 

 

 

「いや、良いんだ。ちょっと懐かしくてな、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 俺は、きっと間違っていない。

 誰も味方がいないようでも、どんなに辛くても。助けてくれる誰かがいるのなら。

 

 ああ、けれど。

 もう一度会って話がしたいというのは、叶わぬ願いだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 バルフェア王国。

 ラグノリア王国の北東に位置するこの国は、豊富な山岳地帯と北方の海を利用しての貿易が特徴的である。東には魔術工業が発達した帝国が、南方には宗教の聖地である法国、大山脈を挟んで火薬庫とも言われる共和国とも接している。

 

 破壊力に長けた魔法を継承する大貴族を筆頭に、どちらかというとラグノリア王国よりも王族の力が強い国であった。『聖女』がそのバランスを崩すまでは。

 

 

 

 

 奇しくも王太子が一度政略的に婚約したにもかかわらず破棄したこと。それによる宮中から城下にまで広がる影響で『聖女』を手に入れれば王位が手にはいる、という事実ができたのと同時に『聖女』は爆弾となった。

 

 元王太子は、自分のものにならないのならどこか弟の手の届かないところに行って欲しい。弟たちは、ぜひ聖女の協力が欲しいが当の聖女は王妃の座に興味がなさそうな様子。かといって取り込もうとすると、既に一度クーデターが起こったという事実から元王太子陣営が暴発するリスクが高い。

 

 弟たち二人も、どちらかが聖女を握れば自分が力づくで排除されるリスクは把握している。

 

 

 

 居場所を失った『聖女』は、半ば追い立てられるように身分を隠して海外に留学に行くことになり――――その行き先は、王の調べでは先の騒動に関与してない、他所の騒動に口を出す暇もなさそうであり、かつ上手くやれば聖女が国を乗っ取れそうな隣国、ラグノリア王国となった。

 

 

 

 

「ああ、お嬢様―――――」

 

 

 

 老婆が涙を流して異国の制服に身を包む少女を見る。

 亜麻色の髪に、翡翠色の瞳。身長はやや小柄でありながら、均整の取れた容姿。微笑めば大抵の男は陥落するだろうその美しい少女は、殆ど表情を動かさなかったが―――わずかに困ったように寄せられた柳眉が、老婆を気遣っていることを示していた。

 

 

 

「もう、ばあやったら。ちょっと留学してくるだけだから、大丈夫なのに」

 

「ですがこんなに急に……あの、元! 王太子めが全て悪いというのに!」

 

 

 

「あははは……。そう言われると私もあんまりあの人好きじゃなかったし、ちょっと心苦しいんだけど」

「何かあればすぐに呼んでくだされ。国を挙げてでも! お救いいたしますからね!」

 

 

 

 

 

「大丈夫。きっと楽しくなるよ。――――うん、会うのが楽しみになっちゃう」

 

 

 

 

 

 

 『聖女』が微笑む。

 滅多に見せない笑みに、ばあやが半ば放心状態になっている間に荷物の積み込みを終える。

 

 

 

 

「――――行ってきます!」

 

 

 

 

 半ば追い出されるように国を出たとは思えないほど落ち着いたその少女は。

 むしろ宮廷でのごたごたを処理している時よりも楽しそうに見えて。何かを期待するように口元を緩めた。

 

 

 

 

 




 

フィリア・アグリア
位 :公爵令嬢(長女)
魔法:『星』
身長:栄養失調
瞳:紫 髪:プラチナブロンド(ロング)

好きな物:人の温もり、アップルパイ、林檎味の栄養バー、燃えないもの
嫌いなもの:孤独、寒さ、夜、燃えやすいもの

趣味:まだない
特技:繊細な彫刻

願望:もっと手をつなぎたい
悩み:とくにない

好きなタイプ:傍にいてくれる人
苦手なタイプ:押しが強い人





『星』魔法
・第六感が強化され、なんとなく最適解が分かる。星の導き。占いが100%当たる。
・常にマナが臨界状態なので触れると熱い。余剰エネルギーはビームにできる。
・天体制御により時間を戻したりスローにできるが、全世界無差別に発動する。が、スローにする時は自分だけ対象から外せているので…?


 

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