第一王子は廃嫡を望む 作:逆しま茶
清潔な白いシャツ、騎士の礼服に少し似た紺のジャケット。やや長めの蒼いスカート。一番小さなサイズでも微妙に袖が長いような気がしなくもないけれど。
フィリアは丁寧に緑色のリボンを結び、鏡に映る姿を確認して小さく頷く。
『あ、そうだそろそろ春季休暇が終わるし俺学院に行くから』
『……私も、主の護衛で』
……ルーク様は、けっこうひどい。
ずっと一緒にいられないのは、仕方ないけれど。学院に学びに行くから会いにくくなるなんて、直前で言われたので大変だった。
お父様に頼んだら、快く頷いてくれたからわたしも行けるけれど。
『……同学年、だと…? え、何。ニつ年下? は?』
試験で優秀なら上の学年にも入れるということだったので、魔法も使って全問正解してみた。四択問題なら全て正解できる『星』魔法はけっこう便利だ。
あんなに大嫌いだったのに、そう思えるくらいには魔法に慣れてきた。
あとルーク様がわたしを子どもだと思っていたことが発覚した。ひどい。
たくさん食べると魔力が増えて色々燃やしやすくなるから、ほとんど食べられなくて身長が全く伸びなかっただけなのに。
そんなわけで学院に編入することになった初日。
爵位である程度クラスが分けられるということと、しっかりとわたしの事情をお父様に伝えていただいたおかげでわたしの席はルーク様の隣である。
大理石だろうか、光沢のある石をふんだんに使った校舎はちょっとくらいなら直に触れても融けなさそうで。
お城の一部みたいに立派なその建物の、一番日の当たる部屋が上級貴族を中心にしたクラスだ。
「フィリア・アグリアです。よろしくお願いいたします」
「皆さん、ご家庭の事情でこれまで通えていませんでしたが新しく共に学ぶことになるフィリア・アグリア公爵令嬢です。年齢は皆さんより二つ下ですが、編入試験でとても優秀な成績を残されています」
パチパチ、と控えめな拍手。
多分、病気療養していると有名な公爵令嬢が急に出てきたことへの困惑だろうか。なんとなくルーク様の方を見ると、小さく笑って軽く手をひらひら振ってくれる。
嬉しくなって手を振り返すと、急に歓声があがった。
「か、可愛いです…っ!」
「妖精だわ。妖精がいる……」
「今こっちに手を振ってくれたよな」
「馬鹿お前俺だろ」
………知らない人は、正直に言えば苦手だ。
手袋なしで触れてしまえば傷つけてしまうし、何を話せばいいのかも分からない。
けど、ティナさんや……一応、アリオスさんともお話はできる。
ルーク様も、どうせなら交友関係は広げたほうが良いと言う。
……頑張らないと…!
と、ルーク様の反対側、わたしの右の席に座っている茶髪の元気そうな女の子が緑色の瞳をキラキラさせながら微笑んだ。
「―――――私、セシリア・ラウドと申します。よろしくお願いいたしますね、フィリア様」
「……あ。その、よろしく……です。……えっと、呼び捨てでも」
な、何かおかしくなかっただろうか。一応、ルーク様が学院では身分に関わらずという建前があるから、爵位が高い方の同意があれば呼び捨てで良いって聞いた…けど。
ちらりとセシリアさんの顔を窺うと、セシリアさんは朗らかに頷いて言った。
「じゃあよろしくね、フィーちゃん!」
「ふぃ、フィーちゃん……」
「うん、どうかな! フィーちゃん。可愛いし!」
可愛い…のだろうか。
どうすればいいのか分からず、けど何か話さないとと思い口を開くが――――どうしよう。
と、反対側から温かな手がくしゃりとわたしの頭を撫でた。
「フィーちゃんもニックネームを考えてやるといいかもな」
……ルーク様。
いえ、その。文句はないんですけど。
ちょっと恥ずかしいような…?
と、セシリアさんはどこか嬉しそうな声を上げて。
「あ、ルーさん!」
「よう、セッさん」
知り合いなのだろうか。
楽しげな二人は、なんとなく割り込みづらいテンポで話し始めた。
「最近どう? 捗ってる?」
「ぼちぼちだな。父上を誘き出すところまでは来たんだが」
それはもしかしなくてもお布団引きこもり作戦なのでは。
なんとなくルーク様に目線を向けてみるが、特に気づいてもらえず。
「大進歩だよ!? 国王陛下来ちゃったの!?」
「ああ。……やべ、先生が凄い顔でこっち見てる」
「うーん、じゃあまた後でお話聞かせてね!」
「また後でな」
…………なんとなく、置いてけぼりのような。
べつに、いいんですけど。
………………なんてことを考えていると、また頭をくしゃくしゃにされて。
ニヤリと笑うルーク様になんとなく目を逸した。
――――――――――――――――――――
授業は、それなりだった。
貴族の子女が通うため、午前は男女一緒に政治や経済の分野を。午後は男女別に男性は実技や戦闘面を、女性は社交や女主人に求められる教養の授業があるのだとか。
ともかく政治の話だけど、今回は周辺国に関するもので簡単にまとめると『共和国で政治的な混乱が続いていること』『隣国バルフェア王国で王太子の廃嫡、ならびに暴動があったこと』『東の帝国で大規模な粛清があったこと』などで。
……一応、本は色々と読んでいたので全くわからなくはない。
けど疲れるものは疲れるので。
休み時間になり、とりあえず筆記用具を片付けていると。
「ヘーイ、ルーさん! 今度はどんな事件を巻き起こしちゃったんだい!?」
謎のテンションでセシリアさんがルーク様に声をかけていた。
そしてルーク様もそれに心なしか楽しそうに応じる。
「あえて名付けるのなら『王太子立てこもり事件』……かな」
「立てこもり!? ヒトジチ!?」
「いや、モノジチ。仕事を回収して部屋に籠もった」
と、大事の気配を察知したのか急に元の真面目そうな顔に戻ったセシリアさんはおろおろしながら言った。
「それ、職場が大変なことになったんじゃ…? 普通に大事件ですよね…?」
「セシリア、素が出てるぞ。まあ仕事は全部やったから問題ない。―――父上のやつ以外な!」
たぶんそこが国王陛下がきちゃった原因なんだろうなぁ。そんな顔をしたセシリアさんとなんとなく目を見合わせて、どちらともなく苦笑する。
「あ、そ、そうだったんですか。………すみません、ちょっとテンション上げてきます」
「別にどっちでも大丈夫だぞ」
ひらひらと手を振るルーク様は楽しそうに笑っていて。
………何か話しかけたかった気がするのに、忘れてしまった。
「…………あの、ルーク――――…さん?」
「ん、どうしたフィリア。……ああ、俺の名前ってニックネーム付けにくいよな」
………そうなんだけれど。そうじゃなくて。
特に気にした様子もないルーク様に、つい不満が顔に出てしまったのか、とりあえず頭を撫でてくるルーク様。……流石にそれで満足すると思われるのは心外なのですが。
「……ルーク、さん」
「んー? どうかしたか」
楽しそうに撫でてくるルーク……さんを見てると、なんだかどうでも良くなってきて。けどとりあえず。
「…………その、撫でて欲しいわけじゃないのですが」
「え、そうなのか」
特に心残りもないのか、手の温もりが離れ。つい目で追ってしまう。
右、左、上、下。
「……る、るーさん?」
「ぶっ」
なぜか笑われた。
頑張って必死に考えたのに。……さすがにひどいのでは!
怒っていますよ、という気持ちを目線に乗せてみるのだが、ルーク様はむしろ笑いが堪えきれない顔で視線を逸した。
「……あの、なんで今笑ったのですかっ」
「今のはアリオスが向こうでダンスを踊っていてな」
いえアリオスさんがダンスってどんな状況ですか。
華麗に踊りそうではありますけれど。
「………ルーク様、嘘つかないでください」
「いやほら、後ろ」
言われ、窓の方を振り向くと。
なぜか窓の外でアリオスさんが地面を、これまた何故か氷の上を滑るようにして高速スピンを決めていた。
スケート?
地面の摩擦を『遮断』したのか優雅なステップを決めた後、回転ジャンプまで決めていた。
「ふぇぁ!?」
「ぶっ」
「ぜったい仕込みましたよね。あとまた笑いましたっ!」
「えー、流石のアリオスでもそれは無理じゃないかなー。あと今のはティナが一発芸をしてたからだな」
くるり、と振り向くとなんともいえないスマイルを浮かべたティナさん。
たっぷり数秒硬直した後、ティナさんは咳払いをして言った。
「――――…こほん。では、主のマネをします」
バッ、と謎にキレッキレのポーズを、ただしなんとなく見覚えのあるものを決めたティナさんは普段絶対にやらなそうな気迫のある声で言った。
「くっくっく、何の罪でだと? なら教えてやる。残念だったな――――大逆罪だオラぁ!」
それ、この前城下町で詐欺をしていた商人を吊し上げた時のですよね。
「うお、意外と似てる。90点」
ルーク様はけっこう気に入ったのか、「モノマネ……アリだな」と深々と頷いており。
セシリアさんはまたテンションを高めて歓声をあげた。
「うーん、ルーさん入ってる! 80点!」
が、何故かそこで現れたのはアリオスさん。
「残念ですがイントネーションが違いますね。正しくは『大逆罪だ、オラァ!』です。75点」
「……くっ、やられた」
ティナさん、そんなに打ちひしがれなくても……。
というかアリオスさんもまだ若干似てないような。でもほどほどに似ているのが逆に気になるような。
「………えっと、凄く似てますけど……ルーク様?」
流石にごまかされないです。ティナさんには悪いですけど。あと何故か何食わぬ顔で入ってきてるアリオスさんには絶対に言及しないですけれど。
と、ルーク様は無駄に不敵に微笑んで言った。
「なんだ、フィーちゃん」
「…………あの、ルーク様」
じとー、っと睨むとルーク様は急に真面目な顔で言った。
「フィリア」
「……………っ」
なんでだろうか。
それだけのことなのに、どうしてかとても嬉しい。
わたしを見て、わたしの名前を呼んでくれることが。
ニックネームも悪くはないけれど、ルーク様はちゃんと名前で呼んでくれる方が嬉しい気がした。なんとなく、他の人と同じだと……なにか、こう、違う気がしますし。
「フィリア」
「…~~~っ」
「……あの、主。フィリア様沸騰しちゃいます」
「遊んでますね」
「フィリアちゃん」
「………えっと」
「フィリア」
「…………っ」
「フィーア」
「…………」
「リア」
「……………あの」
「フィフィ」
「…………ルーク様」
「フィリア」
「…………~~っ」
「フィリア~」
「……………ぁぅ」
「フィリア」
「……………………へぅ」
もうなんとなく、どうでもよくなってきたような。
なんだか……手が、あったかい……。
『あ、寝た』
『……主、やりすぎでは?』
『まあ人に慣れていなくて疲れているでしょうしね』
『休み時間終わったら起こしてやるか』
『……普通にしてあげて下さいね?』
『殿下にとっての普通が何かとはティナはなかなか深いフリをしますね』
『おいアリオス。俺に一般常識が備わっていないような言い方は止めろ』
『……主!』
『もちろんここはアリオスが俺の声真似で起こす』
『…………主ぃ』
『…………………ハハハ。それ、私が嫌われたら殿下がなんとかして下さいね?』
「もちろん、俺を誰だと思ってる―――――」
それは、ルーク様と初めて会った夜の――。
あれ。
なにか、違う。ような気がする。
「あ、起きた」
「……主、フィリア様の目が据わってます…っ」
例えるのなら、アップルパイだと思ったらただの絵だったような。
とっても大事なものが、実は偽物とすりかわっていたような。
そんなとても嫌な感じがした。
「戦術的撤退ッ!」
「――――――ルーク様じゃない」
なんとなく嫌だったので手を払うが、手応えはない。
代わりに色々吹き飛んだ気がするけれど。
うっかり目覚まし時計を消しそこねたような微妙な気持ちになる。
「アリオース!? フィリア時間戻せ時間!」
「………ぇぅ?」
「……主、アリオスは間一髪無事です」
とりあえず時間は戻した。
ルーク・ラグノリア
位 :王太子(第一王子)
魔法:『超適応』
身長:男子平均くらい
瞳:蒼 髪:金(くせ毛)
好きなもの:アップルパイ(特にシナモン入り)、笑顔
嫌いなもの:陰口
趣味:人材発掘
特技:痛みに耐えること。やせ我慢
願望:廃嫡されたい
悩み:廃嫡されない
好きなタイプ:包容力のある人
苦手なタイプ:話が通じない人