鈴谷(漢)の艦娘物語/艦これSS   作:マルカジリ軍曹

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長い…。


2-9.鈴谷(漢)の日常/休暇編⑨

 という事だったのさ。めでたし、めでたし。

 

 …等と言いながら昔話風に逃げたい衝動に駆らてしまう。

 

 全身全霊、セーブなしの本気の床殴り。

 振動と轟音を身に受けながら急速に落ち着きを取り戻し、

 そのままの姿勢で我に返った自分を襲うは強烈なやっちまった感。

 

 

 ヤバイ…何やってんだ私は…。 

 

 

 タラタラと汗をかきながら我に返り、追加で事後の後悔も襲ってくる。

 自己嫌悪で舌打ちをしながら無意識に片手で頭を掻くものの、

 現状それ所ではない事を思い出してすぐに立ち上がり辺りを見回した。

 

 衝撃のせいで部屋の埃が飛び散ってしまい、視界はほぼなくなっている。

 埃の合間でぼんやりと部屋の赤い光が見えるくらいだ。

 

 この状況で分かる事があるとすれば、部屋の照明は無事で消えていないことと、

 そして…何故か床も無事だという事。

 

 部屋ごと崩壊してもおかしくはない。…筈なのに足踏みしても全く問題が無い。

 相応の衝撃と轟音もあった。なのに…。思わず目を見開く。

 

 

 壊れてない所か…傷一つ、無い?

 

 

 あの一撃は全力フルパワー、艤装付き鈴谷100%。

 燃料まで消費しての排水量1万2千トン、出力15万馬力の打撃である。

 真面目な話、ちょっとした高層ビル程度なら崩壊させる自信はある。

 

 …まぁ足元ぶっ壊せば、後は自重で壊れるでしょって事だけど。

 

 でも流石に、えぇ?私のパンチ…軽すぎ? 所じゃないよね。

 得体の知れない部屋だとは言え…私は…こんなに弱かったのだろうか?

 

 …いろんな意味で心が傷つく。私…何してんだろ…。

 

 何でこんな所で埃まみれでわけわかんない事してんの?

 なんか体がヌメヌメする…。汗臭い…。シャワー浴びたい…。

 あーやだやだ!もーやだ!やだやだ!やだったらやなの!

 

 もうお部屋に帰りたい…。

 

 美味しいモノ食べたい。お布団に入ってモフモフしたい。

 五月雨ちゃんに泣きついてヨシヨシされたい…。

 

 そんな、よく分からない感情と思考が渦巻いてクラクラする頭。

 自分が何をやっているか理解できなくなり、プツッと、

 そこで意識が途切れた。

 

 

―――

 

 

 どれ位時間が経ったのか。何時の間にかうずくまっていた俺は…。

 これまた意味不明な床の溝を指でなぞってウジウジしていた。

 

 

 ハァッ!?何やってんだ俺?なんだこりゃ、馬鹿か?

 ええい、いい加減にしろ!意識をしっかりもて!

 

  

 再度立ち上がって頬をパンッと叩いて深呼吸をした。

 息を吸い、吐いたところで考えを巡らせる。

 時間はどれ位経ったんだ?周りは、どうなった?

 

 馬鹿な事をやっている間に埃も落ち着き、視界は開けてきていた。

 真っ先に出口の方を見るが、無事のようだ。空いたままで外の光が入ってきている。

 部屋の扉が無事だったことでほっとする。

 

 それと同時に…見たくはないものの勝手に周辺の状況が目に入ってくる。

 部屋の中は巨大地震後の様に色々な物が酷い有様で散乱していた。

 それと、それら多分ヤバイであろうモノを慌てながら必死に片付ける黒い影の姿も。

 

 状況を見るとそれほど時間は立っていないようだが…やり過ぎだ…。

 

 そのまま何となく影の様子を眺めていると…なにか…ちょっとした

 申し訳なさを感じてきた。

 

 うーん。アレからすれば、報酬を待っていただけだったのでは?

 その待ち望んだおっぱいが来たと思ったらこの有様。

 

 よくよく考えれば酷い状況だ。同情すらしてしまう。

 後で謝った方が良いのか?

 片付けを手伝う…のは物が物だけにやめた方が良いだろうし。

 終わるまで待つしかないか…。

 

 うん、まぁ…それなら、それはそれで後で考えるとして、だ。

 目線を右手に移し、腕を少し上にあげながらマジマジと見る。

 

 不思議だ。殴った手、腕に全くダメージが無い。

 対象物にダメージが無いのだ。垂直抗力で腕ごと潰れていてもおかしくない。

 

 力を逃がしたのか?何処に?

 

 …。……。………。やめよう、つたない自分の頭で考えても

 結論など出るはずがない。多分今は、深く考えない方が良い。

 とても嫌な予感がするしな…。うん…。

 

 なら、それもまぁ置いておいて、後は…更に不可解な事…、あの感情か。

 「野郎!ぶっ殺してやる」の気持ちがとても理解できたのはともかく、

 其処に至る道筋、感情の起伏が意味不明過ぎる。

 

 んー…。

 

 目を閉じ、周辺の惨状をシャットアウトして考え込む。

 

 理不尽は、理不尽だ。それは間違いない。

 目的がおっぱいはセクハラを通り越してショック所の話じゃない。

 無理筋な話が重なれば感情的にもなる。それは男でも普通にある。

 

 だが、自分の体を顧みず床本気殴りまで至るのは、違う。違うな。

 あれは-、俺じゃない。俺の感情じゃない。

 

 じゃあ誰か。…言わずもがな、だな。

 あまり考えたくないが、この体の持ち主。鈴谷本人ではないか?

 

 …。

 

 前から気になってはいたのだ。俺は俺だ。それは確かだ。

 だが疑問も付き纏う。本来あったはずのこの体の持ち主の心は、

 何処に行ってしまったのだろうな、と。

 

 最近、自分が自分じゃない感覚に陥るのも、

 変に融合しかけているんじゃないか?

 という疑惑が常にあったから、といった背景もある。

 別人格と無意識に融合するなど、考えただけでも恐ろしい。

 

 …意識があったら余計に怖いか。

 昔、あったな。いつの間にか別人格を作り上げられて、

 気付いた時には自分が補助脳に移されていて…最後に消される、とか、

 後はあれか、本当の人格があって、それが目覚めると消滅する、とか。

 

 想像して寒気が走る。ぶるっと身震いした。

 流石によもやそんな事は無いと思う…思いたい、が…。

 

 考えれば考えるほど、猫の助言が解釈によって色々な意味に聞こえる。

 受け入れろ?何を、だ?と。

 

 あの手の奴は個は全、全は個とか本気で思ってそうだからなぁ…。

 やばい意味だったのかもしれない。後で確認しておこう。

 

 まぁ、単純におかま化しているだけ、って事なら良いのだが。

 

 …。

 

 

「いやいや!どこが良いんだ!?それも駄目だろ!?」

 

 ガーっと無駄に声が出て、自分で自分に突っ込みを入れる。

 

 ビクッと作業をしていた黒い影が驚いたようにこちらを見たようだが、

 そんな事も目に入らず、ワナワナとしながら恐ろしい妄想が脳内を駆け巡る。

 

 考えてもみろよ!「今は」女性JK型だから良いだけなんだぞ?

 完全カマ化した挙句男に戻ったら…戻されたらどうするんだ?

 

 4x歳中年カマ―JKなんて、…いやJK?…違う違う!そこじゃない!

 

 いや、あれだぞ?好きでやってる人を貶してるわけじゃない。

 後天的理由で望みもしない性別年齢全て不一致なんて冗談きついって事だ。

 こんなの残りの人生病みゲーしか待ってないだろ。

 

 …酷い話だ。別人格との融合、カマ化、どちらも受け入れ難い。

 それ以外だったとしても良い方向にはならない気がする。

 何よりどちらか、ではなく、同時進行だったりする可能性すらある。

 

 えぇ?…詰んでないか?これ…。

 

 

(オナヤミ デスカ?)

「んー…まぁそうなんだが…。お前に何が…?」

 

 頭を抱えながらウンウンやってる所に突然誰かに話しかけられた。

 当然影の奴かと思い顔を上げて応えるが…、

 影は別の場所でまだ何か作業をしていた。

 

 あれ?今のは?いや、そもそもあいつは声が出せない…。

 

 

(オナヤミ ナノデスネ?)

 

 再度声が聞こえる。何だ…誰だ?何処から聞こえる?

 辺りを見回しても状況は変化していない。

 

 というか、これは…肉声じゃない?

 何だ一体…。頭に直接響いている、のか?

 

 

(デハ、ソノナヤミ カイケツシテ サシアゲマショウ)

 

 はっきりと声の内容が認識できると共に悪寒が走り、背中がゾワッとする。

 同時に今までに感じた事の無いような異質感が全身を駆け巡る。

 

 なんだ…これ?

 

 その名状し難い異質な気配が強く感じられる方向…、

 恐る恐るその何かに目線を向けると、其処は自分の足元だった。

 

 この部屋に入るときに見かけた札がついた日本人形。

 

 その見たくもない顔を隠していた札は…既に無くなり、

 天幕の後ろにあった二つの双眸がこちらを見つめていた。

 真っ暗で何も映らない底知れぬ深淵の眼で。

 

 そして、その光景に唖然として身動きが取れなくなった俺に向かい、

 開くはずもない口がニチャアと動いて…笑ったのだ。

 

 

「ヒッ!」

 

 目が合う。衝撃が五体を走り抜け、ビクンッと体が震えた。

 反射的に出る短い悲鳴。見開く目。歪む顔。噴き出す汗。

 男の時でも悲鳴を上げただろうと思える突き抜けた恐怖。

 

 その日本人形が不気味な笑みを浮かべながら、ペタ、ペタっと音を立て、

 小さな手で足に張り付きながら…体をよじ登ってきた。

 

 

「~~~~~~ッ!?」

 

 声にならない声。全身の脱力感と共に腰が抜け倒れる体。

 腰を打った痛みが夢では無いと訴え、現実である事を突き付ける。

 

 人形はこちらの反応などお構いなしに、そのまま体をよじ上ってくる。

 ペタ、ペタ、と徐々に徐々に頭の方へ…。

 

 すぐにでも逃げだしたいのに四肢に力が入らず、体は全く動かない。

 深海棲艦に食べられた時とは別の絶望感。頭に浮かぶ死の文字。

 いや、死、所の話じゃない。もっと恐ろしい別の結末が思い浮かぶ。

 

 冗談じゃない。ホラー映画の様な呪死なんて考えたくもない。

 歯を食いしばりながらガタガタと震える体を抑えつつ、

 覚悟を決めて何とか腰のポケット銃器を動かす。

 

 

「ざけんなぁ!」

 

 ギリギリ狙いは定まった。後は撃つだけ。迷ってる時間なんてない。

 委縮した心を鼓舞するが如く叫びながら、躊躇なく引き金を引く。

 撃った。弾が出て対象を吹き飛ばす、筈だった。

 

 ――ガチンッ

 

 だが、弾は出なかった。むなしい空撃ちの音が辺りに響く。

 

 …嘘だろ?

 

 最後の反撃の機会を失って放心状態になる。

 一時的に何も考えられなくなり、一瞬間が空く。

 

 ハッと我に返って弾の再装填を試みるも間に合わない。

 既に人形は俺の胸元まで登り切っており、その姿は眼前に迫る。

 

 …もう、流石に駄目か。そんな事を考えた時だった。

 

 

(ワタシヲ フウインカラ トイテクレタ オレイデス)

 

 胸元で立ち上がり、俺の顔に向かって恭しく頭を下げながら

 人形はよく分からない事を言った。

 

 封印を解いたお礼…?

 は?え?ん?んん!?

 

 何だこの展開?頭がついていかない。何より嫌な予感しかしない。

 そうだ、こいつが仮に何かの神様的なモノだったとしてー

 

 「神様に人間の感覚は分からない。だって神様だから…」

 

 そんなどこかで聞いた事のあるようなフレーズが脳裏に浮かんだ。

 

 

「ちょ、ちょっと待てってくれ!その前に俺とはな…」

(アナタニ ワタシノ オンチョウヲ アタエマショウ)

 

 立て続けに起きるあまりにも予想外の出来事。

 呆気に取られて次の行動が致命的に遅れる。

 

 気付いた時には人形が両手を天にかざそうとしていた。

 

 何かをしようとしている。それが分かった俺は止めさせようとするも、

 かけようとした言葉すら間に合わず、被り気味に人形の声が頭に響く。

 次の瞬間、パアッと強い光が出たと思うと、そこで意識が途絶えた。

 

 

―――

 

 

「…?…?…?」

「え?何?」

 

 目を覚ますと影に棒の様な物で頬をつつかれていた。

 

 …気を失っていたようだ。

 

 体を起こしてみると胸元にいた人形は消えていた。

 少し頭がぼんやりする。気絶回避とやらに成功したのだろうか?

 

 いや、実はそもそも夢で…とか、無いかなぁ…。もうマジ帰りたい…。

 

 

「大丈夫か?何があった?」

「え?あ、あぁ大丈夫、大丈夫…。何かって、それはこちらが聞きたいよ。

 何か変な人形が出ててきて、恩寵を与えるとか何とか」

 

 ふらつく頭を押さえつつ、こちらを伺う影を片目で見ながら答える。

 

 相変わらず面倒なジェスチャーで意思を伝えてくる。

 状況が状況なので何となく意味は分か…。ん?

 

 

「恩寵?」

「そう恩寵。それを与えられたらしいよ?私」

 

 頭を振りつつ眉を顰める。違う。言葉が聞こえているのだ。

 

 相変わらず一生懸命ジェスチャーはしているけど、何で?

 こいつ、声はでなかったんじゃなかったっけ?

 

 ぱっと見、口元は動くが肉声は出ていなさそうに見える。

 …じゃあ、何で言葉が頭に入ってくる?

 

 

「…厄介なものをもらったな…。お前、色々とやばいぞ?」

「え?え?な、何がやばいの?」

「まぁ…色々とな。わかり易い所で言えば、そうだな。

 お前、俺の声、聞こえてるんじゃないか?」

「…う、うん…」

 

 ちょっとした沈黙の後、こちらの困惑具合を余所に

 影は落ち着いた感じで状況を説明してくれた。

 

 顔から血の気が引く。やっぱりそうなのか。

 彼はジェスチャーを止めて、普通に話している感じだった。

 肉声も出ていない。…それでも内容が分かったのだ。

 

 からかっているようには見えない。壮大な釣り、とも思えない。

 こんな状況でそんな事をしても意味がない。

 

 あの人形に、何かをされたのだ。

 

 

「恩寵と言う名の一種の呪いだな。何ともまぁ、こりゃややこしいな」

「ど、どいういう事?」

「…そうだな、どういえば良いのか。簡単に言えば、お前の体の周りな。

 変な力、光が覆ってるんだよ。毒々しい色の光が。禍々しさMAXでな。

 見える奴はそうそういないだろうが…。仮に見えたら…ダッシュだな」

「…」

 

 影がどんな表情をしているか分からないが、こちらをマジマジと見ながら

 そんな事を言う。聞こえる声は真面目な感じで茶化すような部分もない。

 

 絶句して呆然自失になる。

 

 人間ならざるものを意図せず助け、怨返しに祝福されて呪われた。

 つまり、そういう事だ。

 

 

「何で…。」

「…んー、わからん。どうしてそうなったかは…。

 ただ、お前の様子を見ても悪意ではなさそうだな。

 ま、あーいった輩は人間とは解釈基準が異なる判断をする。

 残念だが受け入れろ。汚された以上、もうどうにもならんよ?」

「…」

 

 影の声が遠くに聞こえる。頭が重くなり、顔を手で支える。

 

 汚された…汚されたかぁ…まだ初回も迎えてないんですけどぉ?

 洗濯機で洗ったら驚きの白さに戻らないかなぁ…。

 油汚れに~…あれ?これはあれか、食器用の洗剤の方か…。

 

 ハァ…。

 

 大体何処がお悩み解決なの…。お悩みが増えてるんですが…。

 元男で艦娘になっただけでもややこしいのに、

 更に追加の属性なんていらないんですけど…。

 

 …。

 

 あー、あれかなー?夢かなー?五月雨ちゃんが起こしてくれないかなー?

 そうだよね?こんなこと、ありえないよね?

 

 

「おーい。現実逃避しているところ悪いが、夢じゃないぞ?帰ってこい。

 俺より全然マシなんだから気落ちすんな。下には下がいるんだ。

 よかったな?安心していいぞ?」

 

 多少の時間でも逃避行動をする事すら許されないのか。

 すぐに現実に戻され、暗い表情でげんなりしながら影を見るが…。

 

 相変わらず表情は分からないものの、なんか笑ってる気がする。

 聞こえる声も心なしか楽しそう…、いや、嬉しそう?

 

 ハハ…。一応励ましてくれている…はず、とはいえ、酷いなぁもう…。

 

 段々と考えるのが億劫になって項垂れる。

 視線の先に見える床すら私を追い詰めるような色。真っ黒だ。

 ほんと、お先真っ暗だよ…。

 

 

「何とか…ならないの?」

「…分子レベルまで分解するか?構成元素にまで戻したら行けるかもな」

「そんなの死ぬだけじゃん…」

「そうだな。元に戻せないよな。そういう事だぞ?」

 

 そりゃね。水のろ過だって似たようなもんだしね…。

 それにしても無慈悲な回答だ。

 もうちょっと、慈しみを込めてオブラートに包めないのだろうか?

 

 …そういや、こいつと話すのめんどくさいなー、とか思ったっけ…。

 だからと言ってこういう事を望んだわけではないんだけど…。

 

 まぁ、そういう意味では…悪気は無さそう、か。あの日本人形様。

 でも恩寵、ってことは強制的に使徒にさせられたって事かもしれない。

 

 これから私、どうなるんだろ…。

 

 う~う~、きっとくる~、きっとくる~、とかじゃないよねぇ…。

 限りない輝き(闇)なんていらないんですけどぉ?

 

 

 もう勘弁して…。誰か、誰か助けて…。

 




参考曲:Feels like Heaven ~きっと来る きっとくる~
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