結局、誰も助けてくれなかった。当然だけど…。
「同情はするよ。君の置かれた状況にはね」
「…」
突然口調を変えてお説教をしてくる影男。
私は今、このド変態童貞自称元教師に冷たい床の上で正座を強制され、
お叱りのお言葉を受けている。
一通りモミまくった挙句にこの扱いは酷くない?
賢者モードとはよく言ったものだ…。色欲是空ということか。
あれ?チガウ。色即是空だ。…まぁどうでも良いけど。
「だけどね?やって良い事と悪い事があるんだよ」
「はい…」
両ひざを折り、頭を垂れて説法を聞く私の周りを
黒い影が周りをゆっくりくるくると回りつつ、
色々と耳が痛い話を続けている。
いや、そうなんだけどさ。扱いが普通に酷くない?
それでキレてもしょうがなくない?
そんな鬱屈とした気分だ。
影自体は最初からおっぱいを要求していたのだから、
どちらかと言えば被害者的立場なのは分かる。
でも、だけど、何だこのもやッとした感じ…。
詐欺にあったような感じしかしない。
「危うく、此処の色々なものが外に出るところだった。
そんなモノが外に出たらどうするつもりだった?」
「大変申し訳ありませんでした…」
たまに私の頭の前でピタッと止まり、
こんな風に逃げ場のない質問を投げかけてくる。
もちろん回答は謝罪と反省の言葉しかない。
内心、凄くもやもやしているけど…。現状では謝って切り抜ける。
こういった場合、相手は反省を求めるものだ。反論は求めてない。
余計な反発で話を長引かせてここに長居したくないし…。
ちなみに私の頭の上には猫が乗っている。
報酬提供後、ここに呼ばれたようで一緒に怒られていた。
どんな姿で乗っているかは分からない。
ただ、何も喋らない。ひたすらダンマリである。
お前は黙ってないで何とか言えよ!
まるでトラブル対応時に部下に説明をぶん投げて
隣で何も言わない無能上司のようだ…。
「全く…。補佐官?君は一体何の補佐をしているのかね?
あぁあれか?干されている官職だから干さ官なのか?」
「し、仕方ないじゃないか!この娘がここまで馬鹿だとはおも…」
「あぁ!?このドグサレ猫!言っていい事と悪い事が…」
――ジュワッ
「ニギャァァァァァァァ!?」
「イヤァァァァ!」
「黙らんか!この戯け共が!!!」
矛先が猫に行ってちょっとホッとした矢先、
ようやく口を開いた猫はフォローも無しで言い訳をかます。
しかもあろうことか、私をスケープゴートにしたのだ。
折角黙っていたのに流石にカチンと来て声が出たのだが、
その瞬間、怒った影の手が猫の尻尾と私の背中に触れた。
触れた部分が音と共に爛れた。のけ反って声が出る程に痛い…。
何故ここまで酷い目に…。怒られても仕方ないけどさぁ…。
あまりにあんまりじゃないかなぁ…。
おっぱい星人のド変態から説教と懲罰。
色々あってプライドはズタズタ、心もズタズタ。挙句体にも…。
更に恩寵と言う名の呪いのプレゼントをお持ち帰り。
私が…私が一体何をしたというの…。
あぁ…数時間前に帰って、依頼を断りたい…。
何故受諾しまったのだろうか…。泣きたい。
床を見つめる目からジワっと涙が出てくる。
惨めだ。さっきもさっきで酷い目に合ったというのに…。
―――
数十分前
色々あり過ぎた私は、呆然とその場でへたり込んでいた。
しばらくはその状態だったのだが何かしびれを切らしたのか、
目の前に佇んでいた影男が口を開いた。
「まぁそれはともかく、報酬は報酬としてもらわなければね」
「へ…?」
何となく顔を上げるが…そこには不気味に笑っていると思しき
影の顔があった。
何を言ってる?報酬?
すぐには頭が動かず、そのまま影を見つめ返す。
でも…段々と記憶が蘇ってきて…目を見開いた。
更なる追い打ちをかけられたのだ。
え?嘘でしょ?まさか、こんな状態にされた上で?
そんな要求してくる?良心の呵責とか無いの?
せめて後にとかないの!?
人でなしにも程が…あ、人じゃなかった…。
「おっぱいだよ、おっぱい。わかってるだろ?そう伝えたじゃないか」
「…何でよ…何でおっぱいなのよ…」
手をワシワシする影。涙目になりながら胸を隠す仕草をする私。
それを見た影は更に何か興奮したような感じになる。
擬音があれば「うっへっへ」とか言ってそうだ…。
男の時だったら何となくわかる心境、かもしれないけど
女性型になった今からするれば、ただの恐怖でしかない。
「…まぁそんな怖がるなよ。俺は諸事情でここから離れられない。
そんな自分の唯一の楽しみなんだ。だから、頼むよ」
私の様子を見た影は流石に何かを感じたのか。
コホンと軽く咳払い…的な動作をした後、
ちょっと落ち着いた感じで色々と昔話をし始めた。
教師であったこと。童貞であったこと。
戦争中に無実の罪で捕らわれ、ここに連れてこられたこと。
実験に使われたこと。結果、今の体で不死になった事。
ここから離れられない事。極一部の存在以外とは会話できない事。
今の体はたんぱく質や金属等に対して強烈な腐食作用があり、
一般の生物に触れると殺してしまう事。
道具も使えるものがほとんど無い事。
そして、何故か艦娘には触れられる事。
元人間と言うのは何となく想像してはいたのだけど、
結構不憫な事情があったようだ。
ただ、まぁそれはともかくとしても、
…このカミングアウトの中に童貞って情報は必要だったのだろうか?
「だからって…何で」
「だから、だよ。特性を抑えれば何とか艦娘には触れられる、
と言っても極一部だけだ。
比較的装甲が薄い部分には大きなダメージを与えてしまう。
胸部装甲、つまり、触れて満足できそうなのはおっぱい位しかないんだよ!」
顔が変な風に引きつる。な、何だってー…(棒)
というか、気合混めて言う言葉がソレかー…。
しかし何と言う…。これが男のサガという奴なのだろうか。
悲しげに天井を見上げて、さも哀愁を誘うような動作をするが、
所詮は変態の言い分である。引きつった笑いしか出てこない。
それに、うーん。無理矢理のこじ付け話にしか聞こえない。
胸部装甲はOKで他は駄目?なんか納得いかないなぁ…。
そう思わせて胸を触りたいだけなんじゃ?
といっても、ここまで聞いてしまうと迷惑をかけてしまった手前、
触らせないという選択肢が無い。何より仕事が終わらない。
だけど、私である必要は…。
そうだ!明石!彼女に責任取ってもらって犠牲にすれば…。
「他の…あ、いや、い、今まではどうしてたの?」
「明石と言う艦娘だったな。でも、あの娘、反応無いんだよ。
なんというか、どんなに触っても「好きにすればー?」ってな感じで」
少し言いかけながらも、そもそも今までどうしてたのか、
という疑問が頭を過った。それで質問内容を変えてみたけど…。
先手を打たれた感じになってしまった。
影はヤレヤレと言った感じで大げさに手を上げて溜息をつく。
何て贅沢な…。あんな大きな胸、私は触ったことすらないのに。
でもそうかぁ…。明石は駄目かぁ…。生贄にしてやろうと思ったのにぃ…。
正直断って投げ出したいのに、やってしまった後ろめたさ、次の犠牲者、
自ら請け負った仕事、というトリプルコンボで身動きが取れない。
…いっその事、提督との連帯責任で不知火に押し付けてみようか?
いや駄目か。多分色々と資格が無さそうな気がする。
なら、そうだ!あれだ!元男であることカミングアウトすれば…。
「だから新しい奴をってこと?でも私元男…」
「それはそれで良い!全く問題ない!」
何か…拳を上げて凄く興奮していらっしゃるようなんですが。
えぇ…引くわー…。ドン引きだわー…。
…どうやら紛れもないド変態だったようだ。
男の娘なら全く問題ないタイプだったのだろう。
だが、その気持ち、わからなくもない自分が腹立たしい。
…いやいや、それにしても仮にも自称元教師なのに…。
それに戦前の人でしょ?それでこの腐れ具合はどうなの…。
あ、そうか!そこに付け込んでみる、とか?
「えぇ…いや、でも元教師なんでしょ?それなら…」
「おいおい、現実に生きてた時はやってないぞ?流石にこんなこと。
だが、もうこんな体で元教師なんてクソ食らえだ。違うか?
性癖隠して体面気にしても、気にする社会が何処にもないんだぞ?」
「あ、あぁ…。う、うん、まぁ、そ、そう、ね…」
顔を近づけてくる影から目線を横に逸らしつつ、
色々と考察するがいい反論の案が浮かばない。
犯罪だ世間体だと気にするのは一般的な人間が国やグループ内で
暮らすからであって、化物になった上で社会性が無くなってしまった
こいつからすれば守る意味等ない。
後はプライドの問題だけ。でも、こんな所に閉じ込められてた挙句、
一人しかいない状態で意地を張るのは…何の意味もないだろうし。
…まぁ、おっぱい星人になっただけなのだ。
どこぞの話に出てくる元人間の怪物みたく、生きたままの人を
激痛と絶望で悲鳴を上げさせながら溶かしつつ食べるのが趣味、
等といったどうしようもなく猟奇的な方向にいっていない分、
全然マシなんだけど。
ただ、いざ自分が犠牲になれと言われれば…。
猟奇殺人の犠牲者になる、とかに比べればこの程度…
といったレベルであったとしても、嫌なものは嫌である。
「言いたいことは言い終わったかな?なら、とりあえず貰いたいのだが?」
「…」
再度手をワシワシし始めた。顔もニヤついている気がする。
諦めたらそこで終わりと頬をポリポリ書きながら他の案も考えたが、
結局、反論は…無理だった…。
そして結構長い時間、揉まれる羽目になった…。
―――
「おい、おーい?聞いてるか?もう終わったぞ?」
「…ん?あ、うん…」
正座をしたまま項垂れて呆けていると、影に声をかけられた。
何となく顔を上げると、影がこちらを覗き込んでいる。
「俺が言うのもなんだが、大丈夫か?もう帰ってもいいぞ?」
「…分かった」
何時の間にか説教も終わっていた。機材の修理も完了したらしく、
影は帰って良いと手をヒラヒラさせる。
ようやく帰れる…。
そう思って立とうとしたものの、少し足が痺れていてすぐには動けない。
その様子を見た影は、少し休め、と言って部屋の奥に引っ込んでいった。
仕方なく足を崩してボーっとしていると、
いつの間にか猫が視界のど真ん中にいた。
「しかし君、まぁ何ていうか強烈な奴貰ったね」
「…強烈?どの話?」
「うーん、何と言えばいいんだろ。邪神の加護、と言った感じかな?」
「…」
猫はこちら舐める様に見た後、唐突にしゃべり始める。
全てが強烈だったので何のことかと聞き返すが、
それを無視して独白の様にそのまま話を続けた。
まぁなんとも猫らしい態度だ…。動物的な性格の意味で。
でも結局、神は神でも邪神ちゃんの類なのか…。
いっそドロップキックでもかましてやりたい。
でも…、ああいった類の邪神ならまだ良いとして、
雰囲気的にどう考えても触れてはならない方の奴。
キックより、さっさと逃げるべきものだろうね。
…でもどういった経緯で人形なんかに封印されていたのか。
いや、そんな事はどうでも良い。そもそもどんな神なの?
「ねぇ、邪神ってのは良いとして、どんな奴なの?」
「気に入らないかい?なら…土着神の祝福…ってのはどう?」
猫は楽しそうに答えるが、こちらはムッとして眉間にしわが寄る。
人の話を聞け!それに、当事者の私からすれば何も楽しくない。
大体土着神に名前を変えた所で何が変わったのだろうか…。
日本には八尾路万の神がいるというけど、
私から見れば邪神との違いはよく分からない。
神としての力を持っている、というだけなんだよね…。日本の神って。
まぁそんな事はともかく、どんな神かは知りたい。
「…邪神とか土着神とか、呼び名はどうでもいい。
どんな神様か知りたいんだけど、知ってるなら…」
「聞かない方が良いと思うよ?」
「…え?」
「聞かない方が良いと思うよ?」
「なん…」
「聞かない方が良いと思うよ?」
「…」
笑顔で3回言われた。首を傾げている。かわいい。
猫の姿じゃなかったら多分ぶん殴ってるけど。
…まぁそれは良いとして、応えてくれない理由は何だろう?
本当に知らない方が良いのか、はぐらかしているのか。
どっちかは分からない。ただ、今は聞いても駄目そうだ。
うーん…とりあえず今は良いかぁ…。
早く帰って休みたいし…。頭動いてないし…。
「話は影から聞いたけど、まぁ悪いモノじゃなさそうだ。
よかったんじゃない?あの石棺に触れるよりは全然マシだよ」
「石棺…?あぁ、そういえばアレに触れたらどうなるの?」
何も言わずに不満そうにしていたら石棺の話をしてきたので
ついでに聞いてみる。そういえば聞いてなかった。
「最悪、呪い紛いの感染源となった上に死ねなくなる。
しかも、永遠に」
「永遠…不老不死?」
「まぁ、上手くいけば-、ね。不老不死の夢は叶うかも。
でもその姿のまま存在できるかもわからないよ?
何より、影の野郎を見た後でも試したいと思える?」
「…」
周りを腐食させるから、この部屋以外に行けない。
結果閉じ込められ、会話すらまともに出来ない。
その上死すら奪われている。拷問どころの話じゃない。
それこそ本当の呪いとしか思えない。
あぁ、でもそうか。あの時は本当に助けられていたのか。
その点に関しては感謝するしかないなー…。
…動かなくなったのは建造設備と、後は入渠関連…だったけ。
そんなもの使って動かす設備って…どういう事よ…。
他の部隊の設備もここと似た様な物なのだろうか。
「今持ってるモノは閉じ込めておくような類でもなさそうだから
一応出してあげるけど、変な奴貰ってたら、…分かるよね?」
「…ここに閉じ込める、とか?」
「もしくは、棺桶、塵芥かな。ま、運が良かったね?」
「…それ、あんたが言うこと?」
話をしている最中に足の痺れもなくなっていた。
溜息をつきながら立ち上がって帰る準備をし始める。
一応影男に声をかけて何も触らぬように出口に向かった。
ここに連れて来た張本人が好き勝手言ってくるのは腹立たしいが、
正直疲れているし、いちいち感情的な反応をするのも億劫だ。
…
疑問も色々あるけど…。
とりあえず今はここから早く去って、さっさと自室で休もう…。
2章がようやく終わりそう…。