-17:03
鈴谷(甲)が執務室へ入室。
甲の状態に異常あり。
艤装、衣服に軽微な損傷と過度の汚れ。
燃料弾薬の消費を確認。
-目視で判るほど憔悴し、疲れ切った様子。
甲から作業事案002-0311に関し、作業完了との報告。
明石設備主任(丙)に対し電話を用いて状況確認の指示。
一時後、丙から折り返しの電話で問題無しとの回答。
これをもって作業事案002-0311の作業完了を承認する。
尚、丙からの連絡待ちの際、甲に対して身体状態を含めた
作業中の状況報告を口頭で行うようにとの要求を行うが、
甲はこれを拒否。
-修理に時間がかかったという話以外は
何も無かったとの一点張り。取り付く島も無し。
甲に対し、作業報告書の提出を2日内に行うよう指示。
甲が報告書の提出期日延長を要望。これを了承。
提出期日は甲の公務を勘案し、1週間後とする。
-延長理由に関しては曖昧な内容に終始し、明確な説明なし。
甲が部屋を退出。
/ 17:32
―――
― パタンッ
「ふぅ…」
先程の状況、やり取りを今日の日誌に記録して閉じる。
…どう考えても何も無かったわけがない。だけど…。
ハァ、と自然に溜息が出る。
鈴谷さんとの間に明らかな「壁」が出来たように思える。
裏方に囲われたのかなぁ…あまり良くない状況だ。
強硬手段を用いる…のは現状では流石になぁ…。
単純に疲れて頭が回っていないだけかもしれないし、
下手をすると関係を悪化させることになりかねない。
…といって、放置するわけにもいかないけど。
さて、どうしたものだろうか。
…。
頭を巡らすものの当然すぐに良い考え等浮かぶはずもなく。
チラッと時計を見ると丁度18:00を回ったところだった。
もう今日の業務も終わりか、等と思いながら目を閉じ、
リクライニング付きの椅子にゆっくりと後ろにもたれかかった。
疲れた。…いっそ、このまま寝てしまうかなぁ…。
「一体何があったのでしょうか…」
「…ん。分からないな。自分も依頼内容の詳細は知らないからね」
しばらく間が空いた後、そのまま側にいた不知火が心配そうな
声のトーンで先程の話を聞いてきた。半寝状態だった事もあって
多少不機嫌になりながらもそのまま姿勢は変えずに返事をする。
何時もだったら気を利かせてくれるんだけど、今日は流石に駄目か。
彼女は鈴谷さんの報告中、傍らにいたものの全く口を開こうとは
しなかった。多分、彼女の様子が明らかにおかしかったので
あえて発言を控えていたのだろう。
といっても、聞かれた所でこちらも情報が無いのだけどね。
鈴谷さんなら大丈夫、というのは明石がそう言っていただけ。
頼む立場であったために自分が知らないという体は立場上
取れないから、一応知っている風に態度を装いはした。
けど、実際のところは…何も知らなかったのだ。
建造施設の動作に問題があった。それは分かっている。
だけど、自分があの資料の内容を見ても何をすべきかは
全く分からなかった。
…あの場所が関わっているのは間違いない。
でも、そこの管理監督を行う権限が今の自分には無い。
「司令も…知らないのですか?」
「ん。そうだね。詳細は明石さんが知っているはずなのだけど、
特定設備関係に関してはこちらには情報を回してこないんだ」
不知火は驚いているようだけど、自分にとっては結構今更の話だ。
特定の設備関連に関しては明石に一任するよう、着任前の時点で
そう厳命されている。
そして、着任時に明石から鎮守府の案内と設備の説明を受けた際、
特定設備に関しては「提督は知らなくて良い事です」と情報の提供を
有無を言わせない笑顔で拒否された。
この時点で分かったことは二つ。特定設備は軍か国の直轄管理であり、
権限が自分に渡されていない事。そして、明石設備主任。
彼女が自分の指揮下には無いということ。
「聞き出せないのですか?司令でも?」
「ん…。上から抑えられててね。聞けないんだ。
設備関連に関しては彼女に一任せよとの命令でね」
不知火の声は純粋に驚いているように聞こえる。
ふぅん…。まぁなら、彼女はこの件の味方には出来るかな。
これまでは鎮守府の立ち上げに集中して尽力していた。
設備を拡充、戦力の増強、補給線の確保。etc...。
上官に言われた通り裏方には手を出さず、
まずは鎮守府としての能力強化を優先したのだ。
それも、まぁ、一段落した。これ以上は…ちょっと難しい。
政治力、戦功、資金調達、その他色々の関門を潜り抜け、
複雑な手続きをこなしてようやく得られる内容になる。
戦線が安定に向かい始めた事もあるし、すぐには何も無い。
準備は進めるが、二段階目は確実にまだ先になる。
裏方にも探りを入れる丁度いい時期でもある。
しかし、あの猫…。補佐官をどうするかが鍵だ…。
彼の猫は表面上、鎮守府の猫、という扱いになっていて、
少々特殊な猫というのは極一部しか知らない事だ。
大体あの補佐官。猫だけど。全然補佐をしてくれない。
猫の手も借りたい時にでも、ニャーとしか言わない。
猫だけに…。
当初は猫が補佐官と聞いて流石に我が耳を疑った。
―― 補佐官は猫だぞ? 猫語で話さないと。
等と言われて猫語を強要、されたりはしていないから
多分いじめやドッキリではない、と思いたい…。
今もただの嫌がらせで、あれは普通の猫なんじゃないか?
とか心の底では考えていたりする。
何せ一度もまともに話したことが無い。
聞いた事があるのはそれこそ猫語だけ。
ニャーニャーナーナー言わた所で自分には理解できない。
…かわいいとは思うけど。
ただ鈴谷さんと明石にはやけに懐いて…じゃない、
彼女達への対応を見ると意思疎通、つまり会話程度は
しているのではないだろうか。
不知火は…猫好なのを良い事に遊ばれている…
だけっぽいから関係なさそうだけど。
正直な所、あの猫が未だに何者かは分からないが、
一応監視役か何かだと思っていた方が良いだろう。
「そんな事って…。じゃあ何で鈴谷さんは?」
「こっちもあの反応は意外だったんだよ。何で動けるのかってね」
そう、本来ならわかるわけがない。ましてや、私がやっても
良いのか、何て…言われるとは考えてもいなかった。
ただ、それだけなら当てずっぽうという事はあるかもしれない。
だけど結果を見れば明らかだ。全く知見が無かったとは思えない。
つまり、何処までかは分からないけど、鈴谷さんは設備に関する
情報を知っていて、明石はそれを把握していた、という事になる。
「…ま、鈴谷さんの事情はともかく、このままにしてはおけない。
ただ、今は交渉の余地が無いんだ。良い材料が揃えられれば
何とかしようとは考えている。他に飛び火しても困るし。
不知火も設備関連で何かあれば、自分に報告して」
「…分かりました」
見ざる聞かざる言わざる。
これ迄通り、鎮守府の運営に尽力して
上の言うまま無視を決め込む事も出来る。
でも、鈴谷さんの態度から不穏な様子が認められる以上、
何かあってからでは遅い。
何も知らずにトカゲの尻尾切りに会うのも癪だ。
少なくとも判断、交渉材料となる情報は必要の筈。
ま、といって当てがあるわけでも無いんだよねぇ…。
不知火を巻き込むとしても、現状を打破するためには
もっと仲間が必要だ。
鈴谷さんも仲間候補だったんだけどなぁ…。
どうも今回の件で別口に引き込まれた感がある。
注視しつつ、の監視対象かな。残念だけど。
…。
本当に残念だけど…。
…。
他の艦娘と比べて態度がサバサバしてて男っぽくって、
とても付き合いやすい相手だったのに。
…。
変に「信」の部分だけの存在より、取引、
持ちつ持たれつの要素があった方が俗物の自分としては
精神的にも助かるし、何より安心できるんだよなぁ…。
…。
…ま、まぁ監視対象とはしつつも、仲間にする機会は
伺っておこうか…。色々と代わりいなさそうだし…。
ん、とりあえずそんな感じかな、等と考えながら
起き上がろうとリクライニングの角度を上げたのだが-、
― ガンッ!
「キャァ!?」
「いっ痛っ!?」
体が起き上がる最中に何かに勢いよく頭がぶつかった。
頭部に強い痛みが走る。思わず身をよじるが-、
「うわぁぁ!?」
― ドガンッ!
「痛っっ…」
「司令!?大丈夫ですか!」
椅子が倒れて床にそのまま落ちた。
すぐに不知火が抱き起してくれたが
何が起こったかわからない。
「…不知火、何があった?」
「えっと、あの…。すみません…。実は…」
説明を聞くと寝ながら話していた自分の顔を不知火が
覗き見していたらしい。そこに自分が起き上がろうとした
所で頭同士がぶつかった、という事のようだ。
…えぇ…?。
椅子から起き上がろうとした時に互いの頭をぶつけるって、
相当顔を近づけないと無理じゃないか?何してたんだよ…。
こ、これだから艦娘は安心できないんだ…。
いろんな意味で!
「大丈夫だけど…不知火、ああいうのは止めて」
「す、すみません…」
バッと飛び退いた後、赤面していた顔を更に耳まで
真っ赤にしてオロオロしている不知火をしり目に、
立ち上がり自ら椅子を元に戻して再度座り直す。
不知火の落ち度で椅子から落ちるか。落ち度だけに…。
チラッと横目に不知火を見ると縮こまって泣きそうになっている。
んー…。フォローは…やめとくか。反省が必要だし…。
それにしても頭がズキズキする。思いっきりぶつけたようだ。
痣にならなきゃいいけど。
…。
よく分からないが、艦娘には提督に興味津々な娘が多い…。
逆に強いヘイトもあったりするし、色々リアクションが豊富で
心が一向に休まらない。
千差万別にも程があり、ここまで個々の個性が強いと管理に困る。
大丈夫とか言ってる娘ほど危なさそうだし…。
ま、もっと厄介な奴らがいるから不知火はまだ良い。
災厄をもたらす酒樽部隊、The 飲兵衛よりは全然マシだ。
酒宴のある所には連絡をせずとも常に現れ、
絡む、脱ぐ、寝るの3点セットの上に抑制が効かない。
ある時、酒樽部隊の一柱、隼鷹という名の艦娘が泥酔して
脱衣した挙句、結果的に彼女に押し倒される形になり、
酒宴の場で一緒に床へ転がってしまったことがあった。
その後…。その後の恐ろしい状況と言ったらなかった…。
倒れた後に気付くと自分の胸の中で気持ちよく眠る裸の娘。
事後の恋人の様に抱きしめ合った二人。静まり返る部屋。
二人を見下ろす艦娘達の突き刺さるような視線。
周囲の張り詰めた空気。下がる体感温度。
部屋はさながら断頭台が設置された処刑場の様になっていた。
誰の目から見ても明らかな冤罪だったにも拘らず…。
…その直後に隼鷹が嘔吐しなければどうなっていただろうか。
最悪の事態は避けられた。代わりに甘酸っぱい記憶どころか、
消そうにも消えないゲロ酸っぱい記憶が出来上がる事になる。
彼女の全力の吐瀉物は凄まじい勢いで自分の顔面をも襲う。
そのあまりの衝撃で私が暴れたために体勢が引っ繰り返り、
自身も貰いゲロで彼女を汚し返すという悪夢の連鎖が発生。
ギィヤァァァ!オブぇぇぇ!なんて奇声を上げたのも、
上げられたのも生まれて初めてだった。
…まぁ奇声というか、何かが出てしまう音というか…。
更にはその惨状を見た周りの艦娘達も吐き始めて収拾が
つかなくなり、状況は一変。部屋は瞬く間に見るも無残な
阿鼻叫喚の生き地獄へと生まれ変わる。
断続的に上がる嗚咽と悲鳴。絶え間なく滴り落ちる液体の音。
互いの体液…体液?が混り合い、ドロドロに汚れる床と体。
ドタバタと聞こえる救援の足音。新しく餌食になる幼き者達。
絶えるどころか増え続ける酒と塩酸の香り。
そして…部屋中に響き渡る醜悪な腐れ下種共の笑い声。
まるで六道輪廻に落とされたような終わりなき大規模ゲロ事件。
惨劇は続き、どう収束させたのか、その後の記憶は定かではない。
-節分吐瀉事変-。そう名付けられたこの一連の忌まわしい出来事は、
一時期、飲兵衛艦娘共全員を問答無用で解体しようと無意識下で
考えてしまう程のトラウマを自分の精神深くに刻み込むことになった。
あくる日、お局様方に大目玉を食らった事も未だに忘れられない。
そして艦娘にやられ叱られ、執務室で正座をしたあの日からか。
一体提督とは何なんだろうかと自問自答するようになったのは。
ストレスで10円剥げが出来始めたのもこの時からだった。
…。あれ…?これ最悪の事態を避けられてなくないか?
しかs…ウエェェェ…。駄目だ、未だに何かがこみあげてくる…。
何故思い出し…グェェ…き、気持ちわるぃ…。
と、とにかく、次からは裏方の方にも手を打っていこう…。
・酒樽部隊 The 飲兵衛
提督の主観によって作られた仮想敵部隊。
今のところ以下の三柱によって構成される。
隼鷹
千歳
那智
※ポーラ、伊14はまだいない。
配属の際は色々とネタが発生すると思われる。