ヤレヤレ。まさかこんな結末になるとはね。
「どうする?このまま提督に会いに行くのかい?」
「ご遠慮したいけど…。上着置いていったし…。
まぁとりあえず適当に報告しとく」
「まさかとは思うけど…」
「言わないよ…。どうせ提督は知らないって落ちでしょ?
明石とあんたがグルって事で理解はしてるよ」
「へー…。まぁその認識なら問題ないよ」
「でもよく気付いたね?」
「…報告を止めなかったらグル。止めたら無関係ってだけ。
それに、後々考えればって話だけど、仮に提督がグルだとしたら
こういう形にはしないでしょ。面白がるあんたと違って、ね」
「ふぅん…。なるほどね」
「そういや、受け入れろってどういう意味だったの?」
「ん?あぁ、あれ?」
教えるべきか?
「…そうだね。また機会があれば、話してあげる」
「えぇ?ここまで来てもったいぶる?ハァ、まぁ今日はもういいけど」
んー、やっぱり馬鹿じゃないね。この子。
執務室に行く道中で鈴谷と別れた。
「なんというか、本当に面白い子だね」
彼女の後姿を見ながら思わず独白する位には驚きの結末だった。
彼女、いや彼は、そろそろ死ぬか消えるはずだったのに。
人間時代の意識が残っている事があるのは彼だけ、
ということはなかった。
建造艦を除けば本当はいくつか実例がある。
ただ、これまでの例で言えば、そんなに長持ちはしない。
大体意識を保っていられるのは最長で5カ月程度。
特定の症状が出始めると大体1か月で意識が入れ替わる。
詳細は不明だけど意識が上書きされる、といった方が正しいかな。
抵抗してもどうにもならないのは過去の例によって証明済み。
そもそも彼の意識が数年も持ったのが奇跡に近い。
男だからか、というのもわからない。
確かにこれまで登録されている例は皆女性だけど、
100%確定できるほどの根拠にはならない。
ま、最近は女性化や自我の変質に苦しんでいたみたいだし、
そろそかなぁとは思ってはいた。
過去の例から、特定の症状が出始めると浸食スピードは
加速度的に上がる。僕の見立てだと正常な意識はもって
後数日だったのに。
上書きが始まると記憶が壊れていく様子が見られて結構面白い。
記憶が断片的に侵食され、自分が自分じゃなくなっていく。
正式には一時的な記憶の混乱として処理され、1か月ほど独房に
入れられることになる。ちょっとおかしくなるから。、
そりゃ精神上書きされたらね。その間は正常でいらるわけがない。
しかも大体途中で気付いて恐怖で暴れまくるんだ。
そこが一番の見どころなんだけどな~。ちょっと残念。
元男は初めてだったから色々興味あったんだけど。
まぁ良い意味で裏切られたから良いとしよう。
単純に壊れるだけなら楽しみも一瞬でしかないし。
(しかし、まさか封印されていた人形の恩寵とやらで何とかするとは…。
いやはや、面白い。実に面白い。こんなの予想外だ)
尻尾が自然とピンと上に張り、顔が思わずニヤケてしまう。
楽しくてしょうがない。こんなに気分が良いのは幾年振りだろうか?
こんな事を期待して送り出したわけじゃなかった。
単純にこの鎮守府の秘密を知りたがっていたから、という理由。
だから最後の手向けとして行かせた。その程度の話で終わり。
どうせ消えるのだから色々と何か知られても問題なかったのだ。
だから今までも監視はしつつ放置していたのに。
それがどうだ?はいはいと呼ばれて来てみれば、まさかのまさか。
上書きされるどころか…フフ。アハハ。いいねいいね、実に良い。
あの偏屈な改造男にも何故か気に入られているし、
これなら裏の仕事を割り当てても問題ないだろうね。
元人間で社会人経験が長いせいか思考形式が歯車型。
馬鹿でもないから、釘さえ刺しておけば情報漏洩の危険性もない。
とても良い玩具だ。本人としては不本意だろうけど。
あと、彼はどうもまだ自覚していないよ
何故かカマ男になってしまっている。
もしかしたら中途半端に上書きされていたのかもしれない。
あるいは変な感じに人形から影響を受けたのか。
まぁどちらでもいいか。僕を楽しませてくれれるのであれば。
でも気付いたときにどんな反応をするんだろう?
落ち込むかな?悩むかな?それに伴う行動も楽しみだ。
(ただ、それはそれとして…上にはどう報告したものか)
廊下のど真ん中で足を止め、その場で座って少し考える。
こんな事をまともに上層部へ報告するわけにはいかない。
そんなことをしたら僕の責任問題にもなりかねないし。
そうなると~、今日の出来事は全部スルーかなぁ。
彼女は滞りなく任務を遂行いたしました。
遠からず彼の意識は消えるから情報も漏洩いたしません。
完。
うんうん。OKOK。とりあえず問題ない。
実際にはもう意識が消える事は無いのだろうけど、
過去例無しで釈明可能ならそんな事は大した問題じゃないし、
ボケ軍人共の対処は何とでもなる。
そんな事を考えていると、たまたま通りがかった艦娘が
こちらを不思議そうに見てくる。
あれらからすれば猫が座ってるだけにしか見えないのだ。
全く。不完全過ぎる奴等だ。
ま、それより…
(差し当たって問題があるとすれば…あの提督君か)
急に尻尾が左右に振れ始め、頬の筋肉が上がって牙が出てしまう。
アレの顔を思い出した瞬間、イラっとしたのだ。
明石も明石だ。余計なモノ経由しやがって。首輪のつもりか?
全く…顔も思い出したくない。
上の連中も本当に余計なモノをよこしてくれた。
お飾りならもっと中身のない阿保を連れてくればいいものを。
良血過ぎて消すには手に余る。
その上、手の平でコロコロ転がせるほど馬鹿じゃない。
当然僕に対する当てつけ、牽制のために派遣されたのは分かってる。
全くもって不愉快だ。不愉快極まりない。
元々ここは「僕の」鎮守府の筈だぞ?
…漸く作れたんだ。渇望し、探し求めた人間社会公認の遊び場。
こんな時代にでもならなければ得る事が出来なかっただろう僕の縄張り。
誰のモノでもない。僕が作り上げた、僕だけの箱庭だ。
それを…ぽっと出のクソ人間に横取りなんてされてたまるか。
邪魔者は許さない。
どんな形であれ、簒奪者はここから追い出してやる。
必ず。絶対に、だ。