2-1.鈴谷(漢)の日常/休暇編①
「鈴谷さん?」
「あ、あれ?どうしてまだ部屋に?」
「どうしてって言われても…遠征から一旦戻ってきただけですよ?」
そ、そうだった。丁度9時前。朝の仕事から戻ってくるタイミングだった。
――
朝の光を感じてパチッと目が覚める。
被されている布団を跳ね除けつつ、上半身を上げる。
寝ぼけながら辺りを見回すと…2段式の下側のベット
向かい側にはもう一つある同系の木製2段ベット。
木製のフローリングの床。木製の壁と天井。
木で覆われた空間。横長の部屋の広さは16畳位。
窓は一番端の一つだけ。その向かい側には外への扉。
他にはソファーや机が部屋の真ん中に置かれている程度。
整ってはいるが安ホテルの一室の様な、殺風景な部屋。
ぱっと見、他には誰もいない。…私の部屋だ。
ファァァ、とかいながら片腕を上げて起きるという、
誰でもやっていそうな起床をして時計を見ると、
08:31.34
いつもよりかなり遅いが、何も問題はない。
今日は休みなのだ。
まぁそれに、昨日は夜遅かったし。
顔を手でグニグニしつつ体に目覚めを促すと、
布団を袖にし、頭を打たないようにベットから出て
すぐ側にある姿見まで歩く。
毎朝の起床時、まず鏡を見るのは俺の日課。
艦娘として転生して1年がたった今でも、
意識が戻る朝はやっぱり気持ちが悪い。
どうしても考えてしまうのだ。
前の人生の俺か、鈴谷になった俺か、と。
前に戻っているわけがないのだが、
起き抜けはどうしても不安がよぎってしまう。
そしてそんな不安をよそに、鏡を見ると毎回思う。
なんて…かわいいんだ、と。
何しろ其処には、薄緑色の髪をしたロングヘア―で
寝間着姿のかわいい女性が立っているのだ。
寝起きのスッピンでこれである。何と恐ろしい…。
――だが中身は俺だ。
つい、笑顔を作ったり、ポーズを取ったりしてみる。かわいい。
――だが、中身は俺だ。
更に無駄に髪型を変えたり、少し衣類で遊ぶ。かわいい。
――だが…中身は…御年40歳の…男の、俺だ…。
…
むなしい…。
ペタっと床に座り込んで落ち込む鈴谷。の姿をした俺。
多分男だったら「おぉ!?」とか言いながら
興奮したりするのかもしれない。
だが残念ながらその根源に至るための媒介となる我が息子は、
そう、その、大事な大事な俺の息子は…。
その存在意義である祭壇へと至る道を作ること敵わず、
恐るべき封印により異次元へと飛ばされてしまったのだ。
…
何言ってんだ俺は…。
当然童貞の俺に息子はいない。いや、いたけどね?
比喩だから。親父ギャグだから。ワカッテ?
…
しかし、どう足掻いても俺が鏡の前でやってることは、
-いい歳したオッサンが女装して楽しんでいる-
もしくは、
-いい歳したオッサンが等身大の女性人形で着せ替えを楽しんでる-
そんなところだ。我ながら救えない…。
それにハタと気付くと何となく死にたくなってしまう。
いや、死なないけどね?
まぁ、かわいい、かわいいとは言うものの、感覚的に言えば動物、
例えば犬や猫をかわいいと言っている程度のものだ。
だって去勢されてるし。
動物でもそうだけど、去勢されると発情しないんだよね。
チキショォォォォォォォォ…。
突っ伏して床を叩きながら悔しがる鈴谷。の姿をした俺。
なにせ40年も連れ添った姿の方が俺にとっては本体。
未だに借り物の体、といった感覚がぬぐえていない。
そう、だからこそ本来なら興奮するはずなのだが。
ウァァァァァァァァァァァ…、去勢されてなければぁぁぁぁぁ。
床に座り込んでのけ反りつつ、手で抱えた頭を左右に振る鈴谷。
の姿をした俺。
しかしフッと冷静になり、いや、それはそれでダメだろ、と思い直す。
こんな、どこぞのAV(アニマルビデオ)の表題にあるような神のような
○○的な体に、魔王様を付けるというのか。
何としたこと!神をも恐れぬ痴れ者よ。無礼にも程があろう。
昔、友人の家で「ロリータTHE変態」という雑誌を発見した時の、
あの、何とも言えないやるせない感覚になりそうだからお断りだ。
…当然ながらその雑誌は、気付かれないようそっと元に戻した。
その後どうなったかは…己で想像するがいい!
(というか、朝から何考えてんだ俺は…。)
「鈴谷さん、朝から何やってるんですか?」
「え?」
俺の脳内発言と被り気味に声をかけられ、驚いて振り向く。
そこには、ルームメイトの五月雨様が降臨なされていた。
――
「…」
「…」
沈黙が流れる…。気まずい。そして…痛い。
不思議そうな顔の五月雨様。それをむかえて引きつった顔の俺。
五月雨(様/ちゃん)。朝潮ちゃんとは異なる系の駆逐艦の娘。
長い青髪のかわいい頑張り屋さん。ドジっ子。
この子も背格好的には、やはり中学生といった所。
そしてルームメイトの1隻。そう、この部屋は自分だけではなく、
3隻の艦娘が共同で暮らしている。今日は起きるのが遅かったので
たまたま周りに誰もいなかっただけなのだ。
…俺は部屋の扉が開くのにも気づかなかったのか。
脳内暴走し過ぎだ…どんだけ集中してたのよ。
ちなみに遠征というのは、民間船の護衛とか、海域警備、
物資輸送など、その他諸々の鎮守府に課せられている
作戦行動以外の、基本的なお仕事の通称だ。
「あ、あの…、私行きますね?」
「あ、うん。なんか、ごめんね?」
そう五月雨様は言うと、トテトテと足音を立てながら
必要なものを持ち出して部屋を出て行った。
なんていい娘だ…。後で奢るなりしておこう。
ドコから見られたのかよくわからないが、
とりあえず追及はされずにホッとする。
俺が元男で前の記憶を持ったままというのは、提督と補佐官、
後は明石というピンク頭の設備責任者位しか知らない。
…筈だったが、つい最近、朝潮ちゃんには知られてしまっている。
酒を無理やり飲まされて酩酊した際、彼女に介抱されたのだが、
其処で色々と物理的な物も一緒にゲロしたらしい。
それでも以前と変わらず仲良くしてくれる、とても良い娘だ。
ま、そんな事はともかく、ここでこんな事をずっとしていても仕方ない。
とりあえず、何処かに行くか。
気を取り直して髪の毛を梳かしながら顔を洗い、
何時もの艦娘服に着替える。
一応最後に身嗜みをチェックして…と。
しかし…化粧が全くいらないのは、本当に恐れ入る。
じゃ、外に出よう。