鈴谷(漢)の艦娘物語/艦これSS   作:マルカジリ軍曹

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2-4.鈴谷(漢)の日常/休暇編④

――

 

13:10-執務室

 

「チィース、提督~元気にやってる~?」

 

 バンッ、と執務室の扉を開け、片手でヤッホー的な

 態度を取りつつズカズカと部屋の中に入る俺。

 

 扉が開かれた事に気付くと、何時もの秘書艦不知火が

 こちらに振りむき、そして呆れた顔になる。

 

 不知火は朝潮、五月雨様とまた少し違う型の駆逐艦だ。

 冷静で淡々としている子なのでよく秘書艦をやらされている。

 桃色のショートヘア、眼光の鋭い女の子。睨まれると怖い。

 

 そして、呆れられるのはまぁよくある事なのだが、

 そんな彼女の外観が、今日は何時もと違っていた。

 

「え?」

 

 その様子をはっきりと視認したタイミングで思わず声を上げ、

 室内に入る歩みを中途半端な位置で止めてしまう。

 

 秘書艦である彼女の頭の上に…猫がご搭乗されていたのだ。

 

 なん、だと?

 

 執務室に猫がいるのは周知の事実なのだが、

 このパターンは初めてだった。

 

 呆れるところまでは、よしとしようじゃないか。

 だが、何故だ。何故頭の上に猫を乗せている。

 今は仕事中じゃないのか?何より重くないのか?

 

 猫の方もよくあの狭い頭の上で4本足で立っていられるものだ。

 不知火の頭が動いたにもかかわらず、全く問題が無いようだ。

 

 いや、いやいや、そういう事じゃないな。これは、何だ。

 

 

 例えてみようか。会社で部長の所に行って話しかけようとした。

 ところが、その頭の上に猫が乗っていた。しかし部長は普段通り。

 さて、どうする?

 

 …駄目だ…。意味が分からなくてリアクションが取れない。

 それに、何かリアクションをするとして、だ。実際問題、

 「部長、頭の上に猫が乗ってますよ?」

 なんてボケ殺しを目の前で言える奴がいるのだろうか。

 …状況次第かも知れないが、多分俺には無理だ。

 

 女の子だったらキャーかわいい!で済ませられる可能性はあるか。

 あれ?今は女の子か。でも、そこまで女の子にはなれないし…。

 

 

 そんなこちらの困惑を余所に、その猫はこちらの事を認識すると、

 器用に頭の上で座り、右前足を上げて「よ!」的なポーズを取る。

 

 いや、せめて不知火から降りてやってくれよ…。

 

 とりあえず何か言いたいのだが言葉が浮かばす、つっこめない。

 そんな…。私の語彙力、なさすぎ!?

 

 しばらくして、何も言えない俺の戸惑いを察したのか、

 不知火が勝ち誇ったようにフフンと笑みを浮かべる。

 アラ?ツッコミも出来ないのですか?とでも言いたげだ。

 

 ぬぅ、やってくれる…これが君のやり方か!?

 

 そしてそんな言葉もなく、くだらない、とてもくだらない

 空中戦を演じる2隻を目の前に、嘆息しながら疲れたような

 顔をする人物が1人。

 

 そう、部屋の中央にある無駄に大きな机。その机の椅子に

 力なく座り、諦め顔で頭を抱えておられるのが…。

 

 我らが提督29歳(男)だ。…童貞かどうかは知らない。

 

 詳しい経歴に関しては教えてもらっていないのだが、

 優男の風貌とは裏腹に武道の心得もあり性格も頭も良い。

 現実と理論をうまく組み合わせられる優秀な理屈屋。

 

 他の提督の事は知らないが、よくまぁこんな人を捕まえて

 来られたなという人材。

 

 問題点は…強いて挙げればというレベルで、

 

 堅物、真面目過ぎ。何処か浮世離れしている感覚。

 ごり押しに弱い。優しすぎ。部下の好きにさせ過ぎ。

 雰囲気に流されやすい。空気読みすぎて動けなくなる。

 

 仕事を押し付けると不満は言うがやってくれるとか、

 自分のミスで艦娘が死んだら自殺するんじゃないか、

 と思えるような変な責任感。

 

 と言った所か。あれ?多いな…。

 端的にまとめれば、世間知らずのお人好し、善人、かな。

 

 もし生前会っていたら………いや、会うわけないか。

 色々と毛色が違う。前の人生だと多分接触の機会自体が

 無かったのではないかな。そんな気にさせる人だ。

 

 下々の事は分かりません、とか言われても

 なんとなく納得してしまう気がする。

 

 しかし、そのさわやかな青年のお顔は、今は台無しだ。

 まぁ、俺が悪…いや、違う。周囲にいる全員の罪だろう。今回は。

 

 

 などと、そんな事を考えているうちに、不知火の頭の上の猫は

 この状況に飽きたのか、唐突に彼女の頭から飛んで提督の机に移動し、

 こちらを見ながらちょこんと座った。

 

 猫。その姿、見た目どうりの行動。執務室に居座る存在。

 

 ただの猫ではない。この鎮守府最大の謎であり、問題。

 我らが提督の-補佐官殿(猫様)-だ。

 

――

 

 猫(様)。黒白の毛の猫。本物。何故か補佐官とされている。

 この鎮守府の名物にして謎。素性不明。なんで?補佐官なのに?

 

 しかもこの猫、対象を限定しているものの、何と人語を話すのだ。

 …当たり前か。仮にも補佐官なのだから。

 

 ただこの前、じゃあ猫とも話せるの?と聞いたら、

 

「君は馬鹿なの?猫と話せるわけないでしょ?あ、髪が緑系だしね。

 頭の中まで植物なのは困るよ?にゃっにゃっにゃっ…」

 

 という、超絶毒舌な返しが待っていた。酷い。

 

 …理不尽過ぎない?しかもこれ、俺が悪いの?どこら辺が?

 猫に猫語話せるのか聞くのっておかしいの?誰か教えて!?

 

 …いや、まぁおかしいか。だって猫だもんな。

 そもそも猫が言語体系等を持っているわけがないのだ。

 大体、猫に「君は猫語話せるの?」とか聞いたら、

 普通は頭のおかしな人だと思われるだろう。

 

 ………駄目だ、仮にそうでも感情面が納得いかねぇ…。

 

 ちなみに、にゃっにゃっにゃっ、は彼なりの笑い声だったらしい。

 そして当初はこの猫様がここの提督をやる予定だったようだ。

 

 …大丈夫なんですかね、この国。まだ正気だと良いのですが。

 

 だが結局は、艦娘側が猫を提督と認識できないという、

 何か、疑問を挟む余地もないような至極まっとうな問題が生じて

 今の提督が来る事になったと。

 で、この猫様はスライドして補佐官に収まった、らしい。

 

 …いや、おかしいでしょう?この流れ。誰か止めなかったの?

 ねぇ馬鹿なの?この国の上の人達は馬鹿なの?

 

 今更気づいたの?遅いよ、とかそういうレベルじゃ、ないよね?

 

 この国家に今、とりわけ必要なのは優秀な…そう、まともな

 精神科医なのではないだろうか。

 こう、偉い人の暴走をガッチリ止めてくれるような。

 

 でもあれか…船のお化けがいるのだから猫又的なモノも

 いるって言われると、まぁそうのかなぁとは思ってしまう。

 艦娘も、船の付喪神と言われたら何となく納得してしまうし。

 

 いやいや、駄目だ駄目だ。おかしなものはおかしいのだ。

 いるのは良いとしてもだ。何で提督とかやらせようとするのよ。

 

 妖怪猫に提督の座を渡したらシビリアンコントロールとか、

 どうなんのよ。アビシニアンコントロールとでも言うつもりか!

 

 …あれ、今の結構うまかったかな。いや何言ってんだ俺…。

 とにかく、人側の指揮権を自ら放棄したら駄目でしょ!?

 

 

 

 あ、そういや当時の首相、重度の猫好きだっけ…。

 

 

 

 ………この件は考えるのはやめよう。無駄だ。

 多分自分には想像できない超絶理論があるのだ。

 猫は地球を救うとか、そんなのがあるに違いない。

 

――

 

「鈴谷さん…今日はお休みでしょう?」

 

 しばらく沈黙が流れたあと、しびれを切らしたのか、

 提督は困った顔をしながらこちらに話しかけて来た。

 

 ふと見ると、不知火は何事も無かったように

 素知らぬ顔で提督の横に立っている。

 

 あんにゃろぉ。

 …後でほっぺをグニグニしてやろう。

 

 猫様の方はといえば…丸くなって寝ておられる。

 …仮にも補佐官なのに。でも触ろうとすると逃げるのだ。

 何時かナデナデした挙句、抱っこの刑に処してやる。

 

「うん、暇だから来た」

「貴方という人は…」

「だってここ、休みとってもやることないでしょ?」

「だからと言ってここに来るのは…」

「じゃあ何か作ってよ。もしくは個室にしてくれるとか」

「そんなお金ありませんし…あなただけ特別扱いは…」

 

 提督の指摘を適当に流しつつ、言う事は言っておく。

 

 彼が暇そうなとき限定という形にはなるが、

 最近は休暇の時の暇つぶしを付き合ってもらう事にした。

 まぁ私が勝手に決めた事なんだけど。

 

 ただ、内容がアレなので何だかんだで提督も付き合ってくれる。

 彼にも全くメリットがないわけではないのだ。それは…、

 

 

「まぁまぁ、いいじゃんいいじゃん。適当に考えといてよ。

 それで、何か悩み事とかある?私以外の事で」

 

 そう、お悩み相談という名の面白そうな仕事探し、だ。

 

 それに色々意見を通してもらったりしてはいるので、

 交換条件というか、雑用を引き受ける事にしている。

 これも勝手にこちらで決めたのだけど。

 

 

「またそれですか…。あぁそういえばこういう話が」

「ちょっと司令、またですか?

 そのまま受け入れないで下さいとあれほど…。

 それに依頼するにしても正式な手続きをして

 頂かないと…ちょっと聞いてます?司令?」

 

 こちらの問を、それとなく待っていたかのような提督。

 その彼の態度に呆れながらも容赦なく指摘を入れる不知火。

 

 そんな秘書艦の攻撃にバツが悪そうな顔になりつつも、

 彼は私にある資料を手渡してきた。

 


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