母校、ロイヤル寮、モナークの自室―
日は水平線を下って、赤い空も紫に着替えた頃、美しく流れる赤髪を揺らしてモナークは起き上がった。
―…
記憶が蘇ってくる。彼女は先の戦闘で敵陣に突っ込み、爆撃を受け、挙句に集中砲撃される直前に翔一に助けられたのだ。彼の腕の中で、受けたダメージのショックで気絶していたらしい。全身にできていたはずの傷も綺麗になくなっている。ユニオンのヴェスタルに治療されたのだろう。
"なんて様だ"
優秀だなどと言いながら無謀な行動をして艦隊の足手まといとなった。
打ち拉がれ床を見つめているとドアがノックされる。黙っていた。誰にも会いたくなかった。しかし少し間を置いて、その壁は開かれた。
―あ、起きていたのね
―返事くらいしてほしいわ
ドアの向こうには真紅の軍服に身を包む2人の姿。1人は金髪、もう1人は赤い髪だった。ウェールズとヨークは安心した顔をする。しかしモナークは項垂れて2人を見ることはなかった。
―顔くらい見せて頂戴
優しい声でウェールズが言うと、ベッドに腰をかけているモナークの顔を両手で包んだ。しかし、彼女は顔を振りその手を払う。
そんな態度にヨークが言う。
―最近そなたは変よ。悩みがあるなら言って欲しいわ。今日のあの行動も何かあってのことではないのかしら?
モナークは2人から暖かい声をかけられた。自分が作戦を無視し皆に迷惑をかけ、挙げ句の果てにあのような様を見せたのに。
モナークは2人の暖かい気持ちとは正反対に、暗く、冷たい感情が渦巻いた。
―…!
モナークはウェールズとヨークを押し除け部屋を出ていく。
―ま、待ってモナーク!
ウェールズが呼び止めるが、彼女はそのまま駆けていった。
―――――――――――――――――――――――
執務室前の廊下―
―はぁ…はぁ…
モナークにはただ一つ、自分の心に重く大きくのしかかる不安があった。息を切らしているのはその不安からきたものであって、決してここまで走ったからではなかった。
―…
執務室のドアノブに手を伸ばす。
―…
右手がそれに近づくにつれて気づいた。ここで指揮官に会うことこそが自分の弱さを認めてしまう事ではないのかと。しかし手は止まらなかった。
手をかけ、開いた。
―あら…あなた起きたのね
"ガチャ"という音の次に聞こえたのは赤城の冷めた様な声だった。それでも嫌味に感じないその音色は、彼女の声が美しいからか。執務室には赤城以外にも加賀と三笠が、もちろん翔一もいた。しかし、彼らはモナークの暗く俯いた姿に何も言えなかった。モナークは視界に映ったKANSEN達には目もくれず、真っ直ぐに翔一がいる机に向かう。ふらふらと気力のないような足取りだった。
そして一言ぽつりと、
―指揮官……私は必要か…?
―……どうしたんだ、いきなり…
翔一は驚愕と心配の声をなんとか捻り出した。何かに怯えるような震えた声、そして今にも崩れ落ちそうな体を見てはそうならざるをえなかったのだ。
―私は何もできない…
―命令を無視して皆の邪魔をするしかできない…
今までの彼女からは考えられない言葉だ。彼女の人格プログラムにバグが発生したと考えたほうが良いくらいにも思える。
―何言ってるんだ。そんなことはない
明らかな異常を前にし、翔一は特に解決にもならない言葉をかけるしかできなかった。
―私は必要のない存在なんだ…
遂には自分の存在まで否定した。その時だ。"パンッ"と乾いた音がし、モナークの帽子が落ちたのは。
―甘ったれるでない!!
翔一の目に三笠の後ろ姿とモナークの横顔が入り込んだ。三笠の怒号に皆、口をつぐんだ。
―お主がそんな事を思ったところでどうなるという!
―…
モナークは沈黙するのみ。
―あの時、万が一にも仲間が沈んでいたらどうする!?
床を見つめるモナーク。彼女は何も言えない。三笠は続ける。
―自分を否定して許しを乞おうとでも言うのか!!
モナークの胸倉を掴み、立て続けに彼女は言う。
―くだらんことを言っていないで自分の非を正すことに努めたらどうだ!!
三笠の声とは正反対の声音でモナークはつぶやく。
―私はウェールズやヨークと違って劣っているんだ…
三笠はゆっくりと彼女を掴んだ手を離すと、非情な言葉を返す。
―そうだな
"パンッ"
再びモナークの横顔が、先程とは逆の向きで見えた。
―お主がそんな様子では、少し前にお主を心配して部屋を出て行った二人が可哀想だ
―…!
三笠の声を聞き、モナークは静かにとぼとぼと執務室を出て行った。最後に翔一が見た彼女の顔は、今にも泣きそうな表情だった。
静まり返った執務室に再び声が聞こえる。
―すまない、突然怒鳴ってしまって…
こちらに顔を見せた三笠はモナークの帽子を拾うと、モナーク程ではないが随分と悲しそうな表情をした。
―いや、いいんだ
翔一はそう一言返した。そしてもう一言、
―モナークはどうしてしまったんだ…
かなり前の事になってしまうが、思い当たらないわけでもなかった。彼女は演習で、小さくてもミスをすると悔しがっていたり、少し暗い表情をしていたりした。
翔一がそんな事を考えていると赤城がいつもとは変わり、憂うような声音で言う。
―理由は分かりませんが、彼女は自身が無いのでしょう
―え?
赤城は続ける。
―私も天城姉様を失った時、自分の無力さを呪いました
翔一が答える。
―でもそれは、条約で…
しかし、赤城は翔一を見つめ続ける。
―それでもです…いえ、だからこそ、自分にどうしようもできない状況だったからこそ、深く苦しむのです
―そうか…
自分にどうしようもできない状況。モナークはあの時、あの数のセイレーン相手に身を投げ出して、それを殲滅できるほどの自信はなかっただろう。しかし、それをせざるを得ないほどの必死さがあったのだろう。赤城が言うように、明確な理由は分からないが。
赤城に続き加賀も口を開いた。
―しかも自分を強い者と言い聞かせ戦っていたのだからな。それを打ち壊されれば、ああもなるだろう
”このモナーク、ウェールズやヨークよりも優秀である!指揮官もそう思うだろう!?”
モナークの悲鳴にも近い叫びが翔一の脳裏を駆けた。
そして加賀はもう一言、
―しかしそれでも進むため、今は無理矢理にでも彼女のやったことを正す必要があると、私は思う
無理矢理にでも。それが先程、三笠が言ったことか。その三笠は目を伏せ、翔一に問うた。
―嫌われてしまっただろうか…
顔に影を作る彼女に、翔一はなるべく優しい声音になるように言う。
―そんなこと、ないだろ…………たぶん…
三笠は短く息を吸うと、ぽつりぽつりと話をし始めた。
―戦場では、いつ命を落とすか分からない。奇跡的に私は、先の大戦で最後まで生き残ることができた…という記憶が少しある
―しかし、皆が皆そうとは限らないし、私の周りで散って行った者も、数え切れるほどではないだろう
―ひとたび戦場に出れば、誰でも誰かの命を背負う事になるのだ。だから、勝手な行動も許されることではない
三笠は最後にモナークへ抱いた気持ちを語った。
―そんな中、あろうことか自ら命を捨てるようなところを見たら、しかも自らを否定するような言葉を聞いたら、どうにも腹が立ってしまってな…
彼女は"でも"と続ける。
―いくら何でも、酷いやり方をしてしまったかな
風一つ吹かない執務室に、冷たい空気が漂った。しかしそこに、赤城のほんの少し明るい声が響いた。
―確かに、最近生まれてきたばかりの子をぱちんぱちんと叱るのは、今の子には少々厳しすぎます
"なっ!"と硬直し、赤面する三笠。
―で、でも私にはああ言うやり方しか出来なかったのだっ
そこでぽつりと加賀。
―そのような考えが、「時代」というものでしょう
―んなっ!私はまだ"ぴっちぴち"の"なう"な"やんぐ"なのだぞっ!
―ふふ
―ふっ
その言い方が「時代」を感じさせるのだと言わんばかりの赤城と加賀の反応に、翔一も釣られて口の端が上がってしまった。
それはそうと、翔一が3人に告げる。
―さ、今日は3人とも部屋に戻るんだ
―えぇ、指揮官様、今日は赤城と一緒に夜を共に過ごすと約束したではありませんかぁ
翔一は"してないぞ"と返すが、"じゃあいつしてくれるのですかぁ"と腕に絡まる赤城を見かねた加賀が赤城を引っ張って行った。
―戻るぞ、赤城
―いやぁ〜指揮官様〜
二人が出ていき、"パタン"とドアが閉まると三笠もそれに続こうとドアノブに手を伸ばす。翔一は彼女の後に続いた。ドアが開くと三笠が言う。
―指揮官はこれから何かするのか?
―ああ、ちょっとモナークを探してくる。心配だし
―そうか…
三笠は翔一に拾った帽子を渡すと、最後に口を開いた。
―あ、し、指揮官っ
―ん?
―あ…いや、何でもない…
―そうか?
―うん…
先程モナークを引っ叩いたことで、翔一から嫌われたりしていないか不安に思ったから翔一を呼び止めてしまった。そんな事を確認しても翔一は困るだろうから話をするのをやめた。しかし当の彼は何も気にすることはなかった。というよりその時、気にする余裕がなかった。それ程までにモナークの様子がおかしかったから。
―…
三笠は自分に背を向け歩き出す翔一を静かに見つめていた。
―――――――――――――――――――――――
海岸―
メイドの仕事が終わり、自分の部屋に戻ろうとしていたエディンバラは、いつになく暗いモナークがふらふらと中庭を歩いているのを見つけた。いつもと程遠いその雰囲気に、エディンバラは心配を抱き彼女について行ってしまった。黙ってついていくというのはどうなのかと思いながらも、モナークの背中を追いかけて行き着いた先に見えたのは、月に照らされた海だった。
―…
モナークは砂浜でぽつんと膝を抱え座っている。彼女の背中は、目の前の広大な海もあってとても小さく見えた。エディンバラはさくさくと音を立てて砂浜を歩き、風でなびく赤い髪を目指す。モナークは気づいているのかいないのか、エディンバラが彼女に近付いても何の反応もしない。
―あ、あのっ
思い切って声をかけた。
―…!
モナークはやはり彼女に気づいていなかったようで、丸く見開いた目をこちらに向けた。
―あ、ご、ごめんなさい。いきなり…
―…
モナークは何も答えず、再び海の方へ顔を向けた。エディンバラは彼女の横に少しだけ離れて座る。
―えっと…えぇと……モナークさんは凄く強いヒトなんだなぁ…なんてっ、はは…
―…
心配で付いてきたはいいものの、何も話す内容が思いつかずに、特に実のない話をしてしまった。モナークは俯く。その横顔は悲しさか、はたまた無なのか、どうとも言えない微妙な表情だった。
そういえば、今ベルファストは何をしているだろうか。母校に帰還してからエディンバラとベルファストは、ロイヤルメイドとしての仕事をするため翔一と離れていた。仕事も終わり、ベルファストは翔一の元に行くと言っていたが彼のお世話でもするのだろうか。まったく、出撃して普段の仕事もして、さらに翔一の元にも行くとは。疲れているだろうに、ベルファストは何でもこなしてしまう。完璧超人のような彼女は、それだからこそ頼もしい所もあるが、姉としては少し悔しくなってしまう。
―ベルは、何でもできちゃうヒトなんです…
―…
ベルファストの事を考えていたら、不意にそんな事を言ってしまった。
―今日だって「あいつ」は、優雅に華麗に煙幕を撒いて、隊のみんなの役に立ってたし…
半分愚痴のような雰囲気で物語るエディンバラは、モナークのことを気にせず続ける。
―でも私はそんなことできない…私、やっぱりお荷物なのかな…?
―…そんなことはない……
もはや独り言に近かったエディンバラの話にモナークは静かに答えた。"え?"と言うエディンバラに、モナークも独り言のように話しだす。
―私が…私がダメなんだ……!
モナークの激しい声音にエディンバラは少し驚いた。
―戦場だと言うのに、自分のことばかり考え、作戦通りに動かないどころかあの様だ…!!
彼女はそう言いながら前髪を両手でつかみ、さらに深く俯いた。
―そんなことないです!
エディンバラはモナークに言われたことをそのまま返した。
―モナークさんはあんな状態でもしっかり戦えていたじゃないですか!私なんか攻撃しても全然ダメージなかったもん!
―…
エディンバラの言葉にモナークは聞く耳を持たなかった。それどころか突き放す。
―……一人にしてくれないか
低く暗い声。モナークの負の雰囲気にエディンバラは気圧される。
―で、でも…
―…
モナークは何も言わない。じっと待っていても話してくれそうになかった。
―ごめんなさい…
一言告げると"それじゃあ、私、戻りますね"と続け、エディンバラは立ち上がって砂を払うと、とぼとぼと自分の部屋に戻っていった。
どんな所がよかったですか?
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ストーリー
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文章(地の文)