学園―
モナークは隣からエディンバラが立ち去った後、どこに行くわけもなく母港をさまよっていた。なんとなくたどり着いたのは母港の中央にある学園の広場だった。そういえば、開発艦がこの母港に誕生した時、指揮官にここで紹介されたこともあったか。
―…
モナークは碇のオブジェが立つ噴水に背を向け、近くにあったベンチに腰掛けた。日中はKANSEN達の声でかき消されていた水の音が、今はうるさいくらいに耳に響く。
どのくらい時間が経ったか、ある時人の気配を感じた。
―…やっと見つけた
翔一だ。一番会いたくて、一番会いたくなかった人だ。
彼は手に持っていた帽子をモナークに優しくかぶせるとベンチに座る。開いているのか詰めているのか何とも言えない距離に、二人の影が作られた。
―…
―…
噴水にかき消されるお互いの息が聞こえてきそうなくらいに、お互いを意識してしまう。耐えられず、俯いたままモナークは話し出した。
―私は生まれて少しして思った…過去に私を選ばなかったことがどこまで愚かなのか、この世界に知らしめてやると…
―うん
彼女の話に翔一は素直に耳を傾ける。
―しかし、ロイヤルのKANSENたちを…笑い合えているあいつらを毎日見て、私の代わりにあの二人が活躍しているのなら、捨てられた私でも無価値ではなかったっと思えた…初めてそんな気がした
―そうか
―でも、こうも思った
―今私が存在している理由はなんだと…私の代わりがいるならなぜ私は存在しているのかと
―私は開発艦ゆえに、他のKANSEN達と比べれば能力は高い…だから私はこの力で人類に光を与えるために、セイレーンを沈め続けなければならないと考えたんだ
モナークは”はぁ”と小さくため息をつくとさらに続ける。
―だから強くなろうとした。休暇でも演習場で訓練していた…誰よりも強くなるために…妹になるかもしれなかった者たちに少しでも示しがつくように…
そして意外なことが彼女の口から出た。
―そうしたのは、多分お前への憧れもあったのだろう…本来、安全な指揮艦で指示を出さなくてはならない存在が、最前線で戦っているのだ。しかも今では母港で最強の戦士だ
モナークから最強と言われるとは。WARSを交えての演習では、しょっちゅう彼女には追い込まれたものだったが。思わず翔一はモナークを見つめて黙ってしまう。
―…
―ふっ、私にこんなことを言われるとは、意外だったか…?
―うん…まあ
モナークは自嘲したような口調だったが彼女の口端が吊り上がったのは一瞬で、すぐにその表情はまた暗くなってしまった。
―身勝手なことだと思うが…私は、出撃に参加できることが少ないのが悔しかった…
彼女の声は震えだした。
―…演習で少しでも自分がミスをすれば、これでは役に立てないと重圧に押しつぶされそうになった…
彼女は握りこぶしを固めた。
―捨てられるのかと…何度も、思った……
彼女は体を震わせた。そして、
―だから……くっ…委託をまかされたときは…うれしかったんだ…ぅ…ぅぅ…
泣き出した。彼女らしくない。そう言ってしまうと失礼か。モナークはぽろぽろと、頬に小さなしずくを流しながら顎下に溜めた大きなしずくで地面を濡らした。しかし彼女はそれでも言葉を紡いだ。
―任務を完璧に遂行できれば…お前に認めてもらえると思って…ぅぅ…セイレーンが来た時も…私が力を示していればあんなことには…
あの時、彼女は証明しようとしたのだ。己の強さを1人だけで証明しようとしたのだ。しかし、出来なかった。そして彼女は”でも…”と続ける。
―本当なら守らなければならないはずの者に……危険を冒してまで助けられた…くぅっ
守らなければならない者、それはこの母港の指揮官、港翔一のことだ。
―私は…いらないんだ…うぁぁ……
モナークは急にベンチを離れ背を見せた。
―すま、ない…ぅぅ……こんなさま、みないでくれ……くっ…つよくなければ…ならないのにぃ…ぅぁぁ…
静かに嗚咽を漏らし涙を流すモナークに、翔一も立ち上がって言う。
―俺はお前のことをよく考えていなかったかもしれない。そんなに悩んでいたなんて、全く分かっていなかった。ごめんな
しかしそれでもと、翔一はモナークに言う。
―でも俺だって、一人で戦えるわけではないよ
―そんな事…分かってる…ぐぅ
彼女には分かりきっていた事だった。母校のサーバーにある今までの戦闘データを見れば、翔一が1人だけでセイレーンを相手にできていたかと言えばそうではないことが理解できるのだから。
―だから、モナーク
何を言ったらいいか分からなかったが精一杯の言葉をかける。
―俺と共に戦ってくれないか…?
―お前は一人じゃない…俺もいる
モナークは翔一の言葉にそれでも尚肩を震わせながら言う。
―指揮官…
―ん…?
モナークの呼び声に翔一は優しく返す。そして彼女は最後の一絞りに、すがるように言った。
―私は、必要か…?
あまりに小さく見える背中を瞳に収める翔一は強く、そして優しく答える。
―当たり前だ……お前は大事な存在なんだよ
―人類にとってか…?
―そうだ
―母港にとってか…?
―そうだ
―指揮官に……とってか…?
―そうだ
短い問答。大した時間はかからないし、かける必要のないものだった。しかしその短さとは正反対に、モナークの心からあふれ出したものは大きいものだったらしい。
―くっ…うぅ…ぅぁああああああ!
彼女は月明かりに照らされた赤い髪を弾けさせ、翔一の胸に飛び込んでいった。翔一は優しく彼女を抱きしめる。
―し、しきかん…!…わた、わたしはぁぁあ!
―大丈夫だ。心配しなくていい
―うぅぁああ!
強く強く抱きしめた。今はそうすることで、モナークの不安を小さくできると思ったから。
―――――――――――――――――――――
モナークの自室―
モナークの不安は少し解消されたようだった。彼女にとっては一生分泣いたような体験だったが、泣き止んだ後、翔一はモナークを連れて彼女を部屋に送った。
―明日も早いからな、しっかり休むんだぞ
モナークをベッドに寝かせた翔一はそんなことを言う。しかし彼女は少し不満のようだ。目から上だけを布団から見せ、手を伸ばし翔一の軍服の裾を掴む。
―指揮官、もっとここにいてくれ
―え…?
モナークの予想外の言葉で、翔一は呆けた返事をする。しかし書類仕事が少し残っているので、できれば執務室に戻りたい。
―…だめか?
どうしようかと考えていたが、若干猫なでめいた彼女の声の前にそんな考えは吹き飛んでしまう。
―私が眠りに落ちるまででいい…
―…わかった
翔一は近くにあった椅子に座り、モナークの頭を優しくなでる。
―ん…
彼女は今まで翔一に向けていた顔を背中ごと反対側に向ける。赤髪から少しだけ覗かせるその耳は、赤くなっていた。
―…
―…
決して広くはない部屋に沈黙が訪れる。しかし先ほどのような重苦しさはなく、むしろ温かさを感じた。
五分も経っていないだろうか、モナークの呼吸は深くゆっくりとしたものに変わっていた。相当疲れていたのだろう。彼女はもう眠ってしまった。そっと、モナークをなでていた手を放し、椅子から立ち上がる。そして、出来るだけ静かに彼女の部屋から出ていった。
―――――――――――――――――――――
執務室―
―お、指揮官、やっと戻ったか。待ちくたびれたよ
白銀の髪を揺らしてそう口にしたのはエンタープライズだった。
―エンタープライズ、戻っていたんだな。お疲れ様
そういう翔一にエンタープライズは微笑みを返した。彼女には、彼女の率いるユニオンのKANSENたちの一部と、ユニオン本土に赴いてもらうよう委託の任務を与えていた。帰りが遅くなることは分かっていたのでこの時間に執務室にいることは特段驚くことはなかった。翔一の書類仕事と言うのは、彼女の委託の報告を受け報告書を少し作ることだ。しかし、彼女の隣には同じく美しい白髪を持つKANSENの姿。
―ベルも来ていたんだな。でも、もう休んでもいいんだぞ
”それとも、何かやり残したことでもあったのか?”と問いかける。ベルファストは翔一の近くに寄って言う。
―い、いえ、そうではないのですが
翔一は頭の上に”?”を出しベルファストを見つめる。間もないうちにエンタープライズは短く口を開いた。
―ふふっ、ベルファストは指揮官に会いたかったようだぞ
―…!…エンタープライズ様っ
ベルファストはほんの少し頬を赤らめエンタープライズに言った。しかし追い打ちをかけるようにエンタープライズが言う。
―だって、先ほどから指揮官のことを気にかけることを言っていたじゃないか。何度も
彼女の話を聞き、翔一はベルファストに言う。
―え?そうだったのか。すまないな、昼に出撃したメンバーで少し話をした後、モナークのところに行っていてね。ここに戻るのが遅くなってしまったんだ
更に翔一は”それで、何か用か?”と続ける。
―…いいえ
―そ、そうか
若干口を尖らせたようなベルファストの声。そして彼女にしては珍しくそっけない態度に翔一は少し困り顔をしてしまう。何か気に障ることをしてしまっただろうか。そんな時彼にとっては助け船にもなろう話題をエンタープライズが振る。
―そ、そういえば、今日の出撃は大変だったようだな…
―ん、あ、ああ、そうなんだよ。もう一つ委託を頼んでいた艦隊が襲われてね、妙に能力も強化されていたから対処するのに手間取ったよ
―強化されていたのか…うぅん、最近出てくるセイレーンはいつもと違うものが多いな。上位個体も姿を見せないし
―確かにそうだな…あ、そうだ
翔一がつぶやく。
―ん?何か思い出したのか?
―戦闘中に、モナークの目が金になりかけていたんだ
翔一がそう言うと、ベルファストが続く。
―それは、例の覚醒、なのでしょうか?
―うん、そうかも知れない。実際あの時のモナークは、雨のように降る砲弾を、通常ではありえない機動で避けていったからな
エンタープライズは純粋な疑問を抱く。
―そんなことがあったのか。それにしても、砲弾の雨に打たれるような状況中々ないぞ。そこまで敵の数が多かったのか?
そんな問いに翔一は少し言葉を詰まらせる。
―それは…
今のモナークは随分と精神的に落ち着いたと思うが日中の彼女はとても不安定、というより暴走したような行動をしていた。その結果、隊列を崩し自分一人でセイレーンの密集する地帯に飛び込み、危うく撃沈してもおかしくない状況に陥っていた。
今思い出してみれば、あの時モナークが金の瞳を見せ覚醒状態が少し出ていたのは、彼女の自分へのプレッシャーが大きすぎたせいでもあるのか。それにしても、彼女が立ち直ることに少しでも力になれたようでよかった。しかし、モナークはそこに至るまで酷く悩みを抱えていたようなので、それを思うと今回の彼女の失敗を簡単に言ってしまってもいいのかと一瞬考えた。
と言っても戦闘データは常に母港に保存されているので、いつ見ようと思っても見れるのだが。
―…?
言い淀む翔一に、エンタープライズは”こてん”と首を横に倒す。かわいい。
いや、そんなことを思っているわけにもいかない。事実として起こったことは話しておこう。
―特段、敵が多かったわけではないんだよ。彼女にもいろいろとあるようでな、敵陣に突っ込むような無茶をしたんだ
―え?それでモナークは大事ないのか?
エンタープライズの言葉にベルファストが答える。
―はい、ヴェスタル様に治療をお願いしましたが、戦場でのご主人様のすんでの判断のおかげで、大きな損傷はありませんでした
―そうなのか、よかった
―ああ、それにベルの作戦のおかげでもあるよ。煙幕がなかったら艦隊の被害は大きくなっていた
翔一はさらに続ける。
―それだけでなくてもいつもベルにはお世話になっているな。本当にありがたいよ
不意の翔一の言葉にベルファストは一瞬だけ気もそぞろになった。
―い、いえ、私はメイドとして、当然のことをしているまでです
―それでもだよ
翔一はにこっとベルファストに笑顔を見せた。
―…ご主人様は、少しずるいです
ベルファストは上目使いで言う。
―え?
―なんでもありませんっ
先ほどは”それで何か用か”なんて、どうでも良さそうな話し方をしていたくせに、今翔一の目に映っているのはベルファストだけだ。
そんな空間で、エンタープライズは部屋のドアに手をかけ言う。
―ふふっ、私はお邪魔のようだね
―”え?”
エンタープライズに言われた二人は、呆けた声で答えた。
―ふ、あまりそうしていると赤城やローンに何をされるか分からないぞ
いつの間にか翔一とベルファストはその距離を近づけていた。エンタープライズは”それじゃ、私の仕事は終わったからこれで失礼するよ。おやすみ”と告げると笑顔を見せ、ドアを閉める。
―…
―…
翔一とベルファストは、エンタープライズに何も言えないまま彼女を見送った。
そんな中、ベルファストが言う。
―わ、私もそろそろ部屋に戻りますね
―ああ、うん
終始微妙な雰囲気のままベルファストは廊下に出ていった。翔一はそれを見送って何秒経ったか、つぶやく。
―……風呂入って寝るか
特に意味もない言葉だった。
今日はドタバタした日だったな。モナークについても、とにかく落ち着いたようでよかった。でも、あまりKANSENがあんな風に泣いているところは見たくない。俺は指揮官なんだ。そうならないためにも、これからでも出来ることは色々とあるだろう。しっかり皆のことを見ていくのが大切だな。と、翔一は今日のことについてまとめた。
翔一がWARSとなってから新たに出始めたヒト型のセイレーンや、今日のような高い能力の量産型、”覚醒”についてもまだ謎は多いが、これからもさらにKANSEN達との絆を深めることが出来れば、その壁を乗り越えることが出来るだろう。
翔一は、スタスタと風呂場に向かうのだった。
―――――――――――――――――――――
モナーク自室―
母港の誰もが寝息を立てている時間。そんなときにモナークはベッドの上でもそもそと起き上がった。
―んぅ…指揮官…
何を思ったのか彼女は、部屋を出て執務室に向かった。
さあ今回の話はこれで完結にゃ!
終盤はなんだかベルファストとモナークの様子がおかしくなかったかにゃ?
とにかく、次回もよろしくにゃ!
WARSの設定についてはここ(ピクシブ)を見てにゃ
細かい設定、設定画はここ(ピクシブ)にゃ
感想もよかったらよろしくにゃ
どんな所がよかったですか?
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