エンタープライズは夢を見ていた。
幸せなものではない。ただ薄暗く、鉄と油の匂いがする海に独り立っているだけの夢。悪夢だ。
彼女の前にかかっていた霧はやがて晴れていく。
―指揮官…私はあと何隻沈めれば良いんだ…
そう呟くが、遠くには自らが破壊したセイレーンの残骸が山のように転がっていた。量産型がゴミ箱に投げ捨てられるちり紙のように横たわっている。増援の気配もない。
彼女の前には、人類の敵とはいえあまり気分の良くない光景が広がっていた。
しかしなんてことはない、いつも通りに敵をやっつけただけだ。誰からも呟きの答えがないのは、いつも通りに仕事をしたからだ。
エンタープライズは静かに俯いた。
いつも通りの仕事の後、1つ、いつも通りではない異常を見つけた。
それは彼女の足元に投げ出されている"ヒトの形"の数々だった。砲身はひしゃげ、腕や足はありえない方向に曲がり
、顔は判別できない程の損傷を負うモノもあった。
―ぁ…ぁぁ…みんな……
一歩右足を下げた。
―私は…私は……
右足の裏に柔らかいものがあるのに気付く。
軍服に包まれた真っ赤な肉。彼女の知る限り、赤い体の組織を持っている者は1人しかいない。
軍服が赤く染まっていく。
―ぁぁああぁああああああ!!!
灰色の亡霊は、暗い海上で燃える兵器達の中心で叫んでいた。
――――――――――――――――――――
翔一の部屋—
日の出はとうに過ぎ、カーテンの隙間から僅かに日の光が部屋に差している。そんな中、最近では珍しくもない温かくそして柔らかな感覚の中で翔一は目を覚ました。そして、
―今日も来たのか…
彼は目の前の、枕より柔らかく白い布を全身に覆うヒトに言った。その相手も彼に小さく答える。
―ああ、おはよう、指揮官
夜にはいないのに毎朝なぜか彼のベッドに入り込む彼女はそう言うと、ほんの少しその顔を彼に近づけた。鼻に触れた赤い髪がくすぐったい。
―おはようモナーク…
そう、モナークだ。そしてそろそろ起きなければと、翔一は体を起こそうと思うと、彼女は小さく彼に息を吹く。
―ふふっ
幸せそうな表情を見せる彼女に思わず翔一も癒され、そして尋ねる。
―どうしたんだ?
すると、彼女は翔一の額に優しく自分の額をつけた。
―愛おしいんだ…お前が
彼女の心の奥底から注がれる言葉を浴びて翔一は鼓動を速くする。
―そ、そうか…
上手く言葉が出てくることがなく若干困っているとモナークは続ける。
―お前は、どうだ…?
彼女の純粋な、真っ直ぐな瞳に吸い込まれ、翔一は言葉を失った。
―…
―ふふっ…言葉で言うのが恥ずかしければ、行動で示してくれてもいい
そしてモナークは溶けるような甘さをその吐息に乗せて囁いた。
―指揮官…口付け……してくれ
彼女は目を閉じる。
と、同時に部屋の扉が開いた。凛とした声が翔一とモナークを包む。
―モナーク様、そう毎日ベッドに入り込んでは、流石にご主人様もお困りかと思いますよ
2人の前に現れたのは翔一の専属メイド、ベルファストであった。怖いほど事務的な話し声に、怒っているのかと思ってしまう。
―ベ、ベル…!?
この前彼女には自分のこともしっかり見てくれと言われたのに、不可抗力とはいえ、それとは真逆の様なところを見られてしまうととても気まずい。
そんな彼の気を知ってか知らずか、モナークはまたもや純粋な眼差しを彼に向ける
。
―そうなのか?指揮官
―え…いやぁ…えぇっと…
困るというか何というか、起きると目の前にモナークが居ること、赤城のこともあるが、そういう事には良いのか悪いのか、もう慣れてしまった気がする。
流石にさっきの"口付けしてくれ"という頼みは困ったが。
翔一が言い淀んでいると、モナークはベルファストに言う。
―私が指揮官とこうしているところを見て、嫉妬しているのか?
―なっ…!
ベルファストは図星をつかれたような顔で言葉を失い、みるみるその頬を赤くする。それにモナークはもう一打加えた。
―ふふっ…ならばお前も指揮官と密着すれば良いだろう…こうやってな…
モナークは翔一の片腕にしがみつき、ぎゅっとそれを抱き寄せた。彼の腕を包む2つの柔らかさは、その心までも包んでいきそうなほどだ。
そんな光景にベルファストはより一層頬を染めると、モナークの言葉に一瞬考えた様子を見せた。
―ま、まずはご主人様、そろそろ起きてください。遅刻してしまいますよ
―そ、そうだな、すぐ着替えるよ
翔一は着替えようと急いでベッドから降りる。そんな彼を、モナークは可愛いいたずらをする子供を見つけたような目で送った。
そしてベルファストは彼に足早に近寄り、彼の寝巻きの裾を掴んだ。不思議そうに翔一は彼女を見る。そして彼女はそんな彼を見つめる。
今度は消え入りそうな声で、しかし衝撃的な言葉が放たれた。
―…きょ、今日の夜からは…ご主人様と添い寝させていただきます…
―え…?
翔一は気の抜けた返事をしてしまう。
そしてベルファストは少し背伸びして、彼の唇に自分の唇をつけた。
―んっ…
ほんの一瞬の後、彼女は離れるともう1つ言う。
―最近はモナーク様がいつもご主人様のベッドに入り込んでいるのでしょう?このまま貴方が堕落しないよう、措置を取るだけでございます。これもご主人様へのご奉仕の一環なので、遠慮なさらくてよろしいですからね?
一瞬、先程のキスよりは長い瞬間の時間が流れる。それにしても、モナークが毎日ベッドに入り込んでくることで堕落してしまうのだろうか。
考えた直後、
―いやいやいやいやちょっとまてぇ!
そうツッコミを入れた翔一は続ける。
―俺はモナークのこの行動を受け入れたわけでは…
必死とも思える言葉を放った翔一。
しかし、それを聞いたモナークは心底落ち込んだ表情を彼に向け、もはや恐怖を覚えていそうな、今にも泣きそうな顔で言う。
―嫌…だったのか……す、すまない…私は…
―な、ちょっ…ちょっと……何も嫌ってわけじゃ…
翔一はいつしか見たようなモナークの表情に そしてベルファストも同様、彼女の異常なまでの反応に心配を隠せない表情を浮かべた。
―本当……か…?
―本当だよ
翔一がそう答えると、モナークは心底安心した微笑みを見せた。
翔一とベルファストが一息つくと、
”ガチャッ”
―指揮官様~
万遍の笑みの赤いヒトが扉の前に立っていた。
――――――――――――――――――――
執務室―
―はあ…やっと朝ごはんが食べられるぞ…
―お前も毎日大変だな、指揮官
出撃から帰った後より疲れたような表情の翔一と、そんな彼に悪気なく微笑みかけるモナークは、ベルファストが用意していた朝食を前に言葉を交わしていた。彼の傍でベルファストは苦笑いを浮かべている。
あの時赤城が部屋に現れどうしたものかと思ったが、結局なんとかなった。過酷な戦い過ぎてその時のことはあまり思い出したくないが。
と、一瞬その時の光景が頭に浮かぶ前に翔一は朝食を食べ始める。
―ベルの料理はいつも美味しいな、毎日食べたいくらいだよ
思わず口元が緩んでしまう。それはモナークも同様だったらしい。
―ああ、美味だ
ベルファストは彼らの言葉に目尻を下げた。
―あの…ご主人様…
すると彼女は若干頬を染めて翔一に言う。
―ん?
―毎日お作りしても…よろしいのですよ…?
作るとは食事のことだろう。そんな彼女に翔一が言うことはもちろん決まっている。
―作って欲しい…毎日、ベルの料理が食べたいよ
彼も照れながらであるがそう言うと、ベルファストはその表情に大輪の花を咲かせた。
―はい、このベルファストにお任せくださ…
―はい!この"赤城"にお任せください指揮官様ぁ!
元気に部屋に入ってきたのはまたもや赤城だ。そして、
―ベルファストさんが朝ごはんなら、ジャベリンはお昼のお弁当作っちゃいますね!指揮官!
どこから来たんだジャベリン。
―指揮官は食事を作って欲しいのか…ならば、この最優たるモナークが料理に腕を振おう
今日も元気に母校の1日は始まりました。
――――――――――――――――――――
母港の体育館―
そろそろ日が一番高い位置に登ろうかという頃。母港の一角では、玉を弾ませ走り回る少女たちの姿があった。
オレンジ色の球体が宙を飛び交う。バスケットボールだ。
激しく響くボールの音は、5対5で繰り広げられる勝負が白熱している証拠だった。KANSEN達は次から次へとパスをされるボールのごとく駆けまわり汗を飛ばす。ゴールを取り、取り返され、互いの優勢を譲り合わない戦いはしばらく続いていたが、遂に試合終了の時が来るその直前、
―よっ…!
ブレマートンの投げたボールが、彼女の目の前にいたボルチモアの手のすぐ上を通り過ぎる。
―…あっ…!
”ぱすっ”と気持ちの良い軽い音と共に、ボールが赤い輪を抜けた。
―ふふっ
その様子を眺めたブレマートンが満足そうにその大きな胸を張る。直後、試合終了のブザーが、しかしそれまでの熱気を逃がさんとするような音がコートを包んだ。
そんな中、敗北を理解したボルチモアが息を切らして言う。
―はぁ…はぁ…もう少しだったけど、駄目だったか…
最後にシュートをうったブレマートンを前に、彼女は両手を両膝に当てた。
そしてボルチモアの目線の先、ブレマートンが返す。
―いやぁ、やぁっと連敗を断ち切ったよ。手強かった
―ははっ、そうだな。今回は負けてしまったけど、良い勝負だったよ
ブレマートンは"そうだね"と続ける。
―でもっ、次も負けない!
たった数言の2人のやりとりから、彼女達の純粋な友情の他に、ライバル的な気も見えていた。
そんな彼女達の周りでは、
―ん…まけちゃった……
ボルチモアと同じチームだったラフィーは、コートの端で俯き加減で立ち尽くしている。その眠そうな瞳の奥には、少しの惜しみを写していた。
そんな姿に、ボルチモアは優しく語りかける。
―悔しいかい?
―うん、ちょっと…
そう言って眉を下げるラフィーにボルチモアは続ける。
―じゃあ、楽しかったかい?
彼女のそんな問いに、今度ラフィーは目を細めた。
―ん、楽しかった。ラフィー、1回だけだけどゴールに入れられた
ラフィーは先程より弾んだ声色を響かせた。ボルチモアは安心したように微笑む。
―ふふっ…ラフィー、スポーツは勝ち負けではなく、楽しむことが一番大切なんだ
そして彼女の頭を撫でてもう1つ言う。
―まあ、今日は負けてしまったけど、また今度一緒にやろう。その時は、きっと勝とうな
ラフィーは撫でられる手が心地いいのか、猫のように目を閉じて、そして猫と言うには若干元気過ぎる声を出す。
―うんっ
そうして輝いた表情を浮かべる2人の様子をリノが眺めていた。
―おお…ボルチモア、ヒーローみたいっ
そして同じく目を輝かせるリノや他のKANSEN達を、体育館の入り口でエンタープライズは見ていた。
彼女の鼻より上は、軍帽で影が作られている。
彼女は独り呟いた。
―勝ち負けではなく…楽しむこと………
言葉に出すことで今朝の夢の恐怖を紛らわす。しかし声を出したとて、夢での孤独感は変わらなかった。
いつまであんな夢を見るのだろうか。今となってはいつからあの夢を見ていたのかは覚えていなかった。
秘書艦の仕事がない時は、ただわけもわからず砂浜で座っていた。
その時何故だか彼女を癒していたのは、雲一つない空から差す太陽の光だけだった。
曇りなら、一日気分が沈んだ。雨なら、不安に苛まれた。
そしていつも決まって雲一つない日に、彼女をセイレーンが阻んだ。
だから沈める。
指揮官、教えてくれ。私はあと何隻沈めればいい。
教えてくれ。
―どうしたの?エンタープライズ…
彩度が無くなっていた風景に突然と柔らかい赤が塗られた。彼女は目の前にブレマートンが来た事を理解する。
ブレマートンは眉を八の字に、エンタープライズを見つめている。
―はっ……あ…いや…ちょっと…考え事を………
彼女のはっきりとしない物言いと色の無い声で、ブレマートンは更に心配の表情を見せた。
―ほんとぉ?…"ちょっと"って感じの顔じゃないけど
そう言ってエンタープライズの目を覗き込むブレマートン。しかしエンタープライズはそれから逃げるように、帽子のつばの影を深くする。
―何でも…ないんだ…
尚も暗い表情の彼女に、ブレマートンは思わず詰め寄ってしまう。
―ねぇエンタープライズ…最近、元気ないよ…?
ブレマートンがいつもの明朗さを欠いてまでエンタープライズに尋ねるのは、それもそのはず、彼女がそうなる程に、エンタープライズの姿が負の様相を極めていたからだ。
ブレマートンは更に続けるがしかし、
―何か不安があるなら、いつでも頼って良いんだよ?……私ならいつでもっ…
―ほんとに何でもないんだ!!!
体育館に"ほんとは何でもあります"という叫びが響いた。そんな突然の大声に、彼女の目の前にいるブレマートン以外からも注目を集めてしまう。
―…っ
ばつが悪いと思ったか目だけで周りを見渡したエンタープライズは、気まずそうに、微妙に歪んだ表情のまま走り去った。
―あっ…
廊下の角に消えていくエンタープライズの背中に伸ばそうとした手は腰の上あたりで止まる。そして彼女の気を悪くしてしまったかという気苦しさで、弱々しく拳が握られた。
――――――――――――――――――――
執務室―
高く登っていた日がもうすぐ空の表情を赤く染める頃、口を真一文字に書類仕事に勤しむ翔一とベルファストがいた。
今日は特に作業量が多く、眼前のモニターを見つめる目は先程から睨みが効いている。そうしていないといつの間にか寝てしまいそうだ。
―…
―…
かれこれ、昼時が過ぎてもキーボードを叩く音が部屋に響いている。不規則なテンポで刻まれる音は、不思議と執務室の静けさを感じさせた。
そんな中、ベルファストから翔一を挟んでその隣。そこには彼らと同じく仕事を処理するエンタープライズの姿があった。しかし彼女には、これから顔色を赤く変える空の様な温かさはなかった。その表情はむしろ逆に、冬の夜よりも冷たいようだ。
翔一はエンタープライズに目を向ける。
長いまつげで瞳を隠し、手をキーボードに乗せたまま、少したりとも動かない彼女の姿が翔一の目に映し出される。
―………
彼女は決して眠っているわけではなかった。ただその目は無を覗いている。
―エンタープライズ、どうしたんだ…?
翔一は半身を彼女に向けて言った。そんな彼の行動でベルファストもエンタープライズの異常に気付いたらしく、その前髪を揺らして翔一の奥を彼の肩越しに見やる。
エンタープライズは昼の休憩中、ユニオンの方に顔を出すと言って、そして帰ってくるなり気分を落とした背中を翔一達に向けていた。
今日の事を抜きにしても彼女は最近あまり元気がない。少し前、当然のように彼女の機微な異変に気付いたベルファストは、彼女に何かあるのかと問うていた。しかしその本人は毎回、何もないと言うので、変に気を使うのは控えていた。
とはいえ、翔一は今目の前の状況を放っておくわけにもいかない。エンタープライズがこのように動きを止める異常をきたした事は流石になかったので、彼は声をかけたのだ。
―…
―…
しかし、何の反応もない。翔一は思わずベルファストに目をやると、彼女も彼に目を合わせた。その瞳には心配の表情を浮かべている。
今度、翔一はエンタープライズの肩を軽く掴み、もう一度その名を呼ぼうとするが、手を触れた瞬間、
―はっ……
―おお…大丈夫…か?
―ぁ…指揮官…
突然気がついたエンタープライズに不意に驚いた翔一を見て、彼女は自分が今まで何もしていなかった事を自覚する。
―す、すまない…ぼうっと…していた…
そう言って申し訳なさそうに俯く彼女に、翔一はもう片方の手を彼女の肩に乗せる。
―エンタープライズ…一旦、休め……な
諭すような彼の言葉はしかし、彼女には届かない。
―いや、その必要はないんだ、指揮官……具合も、悪いわけじゃない…
尚も目を伏せ続けるエンタープライズを翔一は見つめる。
確かに体調という面では悪いわけではないだろう。しかし、
―何か、心配事があるんじゃないのか…?
エンタープライズは精神的に迷いがあったり、弱っていると翔一は思った。だからと言ってこんなにストレートな聞き方が正しいのか分からないが、言葉を紡いだ。
すると、出撃時の指揮艦で、いつも彼の隣にいるヒトの声が執務室に響いた。3人は一斉に翔一のモニターを覗く。
―指揮官、ちょっと話があるから画面繋いでにゃっ
どんな所がよかったですか?
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キャラ
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ストーリー
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文章(全体)
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文章(セリフ)
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文章(地の文)