―力を……もっと力をぉぉ…!
強く。ただ強くそう求めた。
皆を傷つけた者を滅ぼす為の簡単な願いだ。凄まじい痛みに耐え、軋む体を無理矢理立ち上がらせた。所々を血で染められた白い体はストレンジャーに向かって一歩踏み出す。
そんな姿を見たストレンジャーは、再び彼を掴もうとした。
そして、
"ガンッ"
音が聞こえた時、30mはあろうか、ストレンジャーは氷上を行くかのように海面を背中で滑っていた。
WARSはいつの間にか突き出していた拳を見る。
―変わっ…た…
そうだ、体が変わっていたのだ。しかも今まで受けてきた傷は癒え、胸のキューブのひびも完全に治癒されていた。
いつものように明石が作ってくれた新しいフォームではないかと、彼女が控える指揮艦に目を向ける。しかし当の明石は、少し怯えたような声音で"明石は作ってないのにゃ…"と通信を送るのみであった。
足元を見れば、先程の海中に沈んだベルファストが浮いてくる。WARSは片膝をつき、仰向けで浮くベルファストを抱きかかえた。
―ベル…
―ん…ぁぁ…ご主人様…その、姿は…
削れた頬を再生しながらベルファストは小さく口を開いた。WARSは優しく彼女の頭を撫でると言う。
―分からない…でも、もう大丈夫だ
―良かった…
ベルファストは微笑み、ゆっくりと立ち上がる。同時にWARSも立った。
そうこうしているうちに、ストレンジャーは体勢を立て直しWARSに迫ろうとしている。
―さ、あとは任せてくれ
―はい
ベルファストは彼から離れる。
WARSは悠然と立った。向かい来るストレンジャーに、その両肩に備わった砲を向け、放つ。
ストレンジャーはいつものように腕を構え防御の姿勢を取るが、放たれた砲弾を受けるとその爆発によってその体勢を大きく崩した。
ストレンジャーはよろめいて、足取り不安定に2、3歩の千鳥足の後、横に倒れる。そしてすぐさま立ち上がるが、WARSの再びの砲撃により反撃の余裕もなく崩れ倒れた。
ストレンジャーは、それならと言いたげに艤装を揺らし弾を放つする。しかしWARSは何のためらいもなくその砲弾を受け止めた。
巻き上がった煙から出てきたのは、傷一つない彼の姿だった。
―凄い…
加賀は思わず呟く。
今までなら、ストレンジャーの攻撃をまともに受ければ大破するレベルの打撃だった。しかし、そんな攻撃を堂々と正面から受け、更に何ともないといった風にKAN-SEN達の前に出で立ったのだ。特に力を重視する彼女の性格から、今のような言葉が出ても不思議ではない。
しかしだからと言って彼女たちを襲う量産型の攻撃が止まるわけもない。先程まではWARSの耳に届いていたものの、彼の神経が無視していたその攻撃の轟音が再び聞こえ始める。
―…
WARSは辺りを見渡すと処理しきれていないその砲撃を行う量産型に、両肩に備わる6門の砲を向け一斉に射撃した。幸いストレンジャーは彼に迫っていない。その期を逃さなかったのだ。とはいえ、今の彼ならストレンジャーの相手をしながらでも十分量産型の相手も出来ていたであろうが。
黒い船体に着弾するとそれは爆音を伴って原型を失い、ただ海のゴミとして消えた。1隻ではない。6隻だ。彼の砲弾はたった1発であの巨体を1隻つぶしたのだ。ありえない攻撃力。WARSはそんな力に畏怖さえ覚えた。
形勢逆転。奇跡としか言いようのないような現象に、皆は歓喜を覚えていた。
――――――――――――――――――――
暗闇。その中にふわりと青い光を漂わせたセイレーンがいた。コンパイラーだ。
―データ収集、出来た…
彼女は目の前にホログラムを展開する。そこに映っているのはローンの情報だった。
じっと目を細め、それを見たオブザーバーは言う。
―ふむ…よくやったわ、子プログラム。あの状況でよく収集できたわね
―簡単…でもアレとはもう戦いたくない…
無表情で自慢げに呟いた直後、眉を下げる彼女にオブザーバーは”ふっ”と笑い、続ける。
―これで次の実験に移れるわ…でも…
ホログラムは瞬時にWARS達を映す。
―
オブザーバーは口に弧を浮かべた。
――――――――――――――――――――
海上―
WARSはストレンジャーだけでなく、依然として同時にKAN-SEN達が放っていた量産型の相手もしていた。やはり彼女達の力を借りずとも彼は十分以上に戦えていた。いや、彼1人で良いのではないかと思える程だ。6門の砲を器用に使い、四方八方に迫る敵を葬っていく。
そして彼に肉薄したストレンジャーを当然の如く殴り飛ばすと静かに言う。
―もう少しで終わるからな…みんな…
彼の言葉の通り、実際に敵の数はもう数えることのが出来る程減っていた。炎上する真っ黒いセイレーンの量産型は山脈のように連なり、遠方数キロメートルから彼らを囲っていた。
そんな中、彼の作業的な戦い方に思うところがあるのか、リノが呟く。
―指揮官、すっごく強くなったけど…ちょっと怖いよ…
彼女に続いてブレマートンは眉を八の字に唇を揺らす。
―うん…
皆、段々と閉ざした口を開くことが無くなっていた。
もう量産型が放つ砲の音は聞こえない。繰り出される艦載機も見えない。
絶望から反転した状況はしかし、その喜びは薄れていった。
―指揮官…
エンタープライズは求めるように呟いた。
―指揮官…どうか…どうか見失うことだけは…
WARSはKAN-SEN達の前で絶大な力を行使している。エンタープライズはそんな彼の姿を瞳の中心に捉え、お願いごとにしては縋りすぎているような声音で言った。
しかしその願いは、彼の段々と激しくなるストレンジャーへの攻撃で後に、波に飲まれる砂の城のように寂しく消えることになる。
WARSは短く、腹の底から出る憎悪の様な音を喉に響かせ、ストレンジャーに迫った。
ーッ…!!
WARSの拳がストレンジャーの身体を襲う。
ーッ…!!
彼はこの力を得てひと時安心していた。これで大丈夫だと。これで”皆のため”になると。しかし目の前の、ストレンジャーの赤い瞳を前にして何度も拳を振るうことで、その気はまるで反転していた。
ーッ…!!
怒りと殺意。それは今、彼の心と拳を支配していた。
ーッ…!!
彼がこのWARSの力を手に入れる前は、ただ戦場の最後尾で皆に指示を出すしかなかった。それにもしもの時、彼は彼女達に何の施しも出来なかった。それが苦痛だった。この姿になる直前もそうだった。目の前で、ベルファストに迫ったこのストレンジャーの拳を止めることが出来なかった。
でも、だから今は、何故か分からないがこうして得た力を、
しかしそのような彼の気を察したか否か、エンタープライズはまた呟く。
―駄目だ、指揮官……そんな…戦い方…
エンタープライズの中で、あの悪夢がフラッシュバックする。鉄と灰と油の嫌な臭いの中で自分独りが立ち尽くしている。もう戦いは終わったと思っていても、心の底では次の標的を求めている。終わらない戦いを。
ーッ…!!!
WARSは渾身の一撃を繰り出した。
それは、ストレンジャーのその重い体を遥か後方まで吹き飛ばす。やはり一方的な戦い。むしろ虐待である。
ーハァ………ハァ…
WARSは息を切らしながら、少しだけ冷静さを取り戻した。息を整える少しの間に、ストレンジャーは体勢を立て直し、それでも彼を破壊するため彼の様子を伺っている。忠実にセイレーンとしての働きを行おうとするその姿は、もはや健気に思える程だ。
そんな姿を前に、WARSは自らの身に違和感を覚えた。全身に熱を感じる。
―ん…?
疑問の感情に思わず喉を震わせたその時、彼の足元から水蒸気が勢いよく吹き出した。すると、
―ぐ…!?
突然、WARSは頭を押さえ苦しみ出した。
―がっ…ぁあ!
よく見れば、海水が沸騰している。前回ストレンジャーに遭遇した時と、そしてそれが機能停止した時と同じことが起きていた。
―ぁぁあああああああ!
そんな状況でエンタープライズは彼を呼び、飛び出す。
―指揮官!!
そして彼の傍に駆け寄って隣に控えた。
―ぐっ…ふぅ…うぅ……ぁ……
彼はの苦しみの声は程なくして小さくなり、頭を押さえていた両腕はだらんと下ろされ、暴れた頭は俯いた。そして押し黙る。その時、しびれを切らしたようにストレンジャーはWARSに接近しだした。しかしそれを横目にエンタープライズは口を開く。
―指揮官…だ、大丈夫なのか…
彼女がそう尋ねたその時、彼の顔がぐりんと彼女の方へ回転した。なんの感情もない単調な動きだ。
―っ…
突然の、彼の機械のような動きにエンタープライズはびくりと体を震わせた。
次の瞬間に聞こえたのは、彼の声ではなかった。
静かに、無機質で嫌に低い声でWARSのシステム音が響き渡った。
―え…?
聞き取れなかったのではない。理解できなかったのだ。彼の言葉と、そして行動に。
”ボグッ”
―くぁ…!
だって今、彼女は体をくの字に曲げ、吹き飛んでいるんだから。
彼女の目には前方に飛びだして見える涙と共に、こちらに拳を突き出したWARSの姿が映っている。
そして、ありえない事にベルファストは困惑した。
―な…なぜ…!?
モナークが続く。
―どうなっているんだ…指揮官…!
彼女が一番疑問に思うだろう。何より、エンタープライズを守れと彼女に命じたのは彼だ。その本人がエンタープライズを傷つける行為などするだろうか。本当に突然の出来事に、人が変わったとしか思えなかった。
そして、いつの間にやら体勢を立て直したストレンジャーが彼に迫っていた。するとまたしても彼はぐるりと機械的に首を回し、今度はストレンジャーの方を向く。WARSはゆっくりとストレンジャーに歩み寄っていった。
そんな彼に、ストレンジャーは3発砲弾を放つ。
1発目、WARSはただ身を捻り弾を交わした。
2発目、彼の新たな特殊能力なのか、目の前にローンのようにシールドを発生させ防ぐ。
3発目、シールドすら不要なのかその胸で弾を受け、爆煙からゆっくりと姿を表した。傷一つないのが、彼の新しい姿の凄まじい堅牢さを表している。
そしてWARSは遂に、ストレンジャーに手を伸ばせば掴める位置まで来た。
彼はそれでも迫るストレンジャーを、当然と言わんばかりに組み伏せ、倒し、彼女に馬乗りになった。
そして拳を振り上げる。
"バチッ"
それは、WARSが彼女の頬を殴打する音だった。
"バチッ"
先程のように身近く吠えるような彼の声はもはやない。WARSは目の前の
硬いもので柔らかいものを叩く音を立てて、WARSの拳が彼女を襲う。
"バチッ"
WARSを引き剥がそうと暴れる彼女の腕は虚しく彼の拳に収まり、彼のもう片方の手刀に襲われちぎれ落ちる。ゼロ距離で撃たれる砲弾には警戒するふりも見せず、ただゆっくりと同じリズムで殴るだけ。
彼女の砲弾によって彼に破壊のエネルギーが加わるが、やはり当然のように彼の体には傷が付かなかった。
WARSによる彼女への大打撃は、段々と彼女の動きを鈍くさせる。それでもWARSは彼女を殴り続ける。
―し…きかん……だめ…だ…
起き上がるエンタープライズの悲痛な呟きにWARSは耳を傾けない。いや、聞こえていて無視しているのだ。
WARSは右拳を自らの顔の横に並べると、凄まじい速さで振り下ろし、ストレンジャーの胸を凄惨に叩き割った。彼女の胸と背中までの距離の、ちょうど中間あたりまで抉り抜かれる。
”ぐちゃっ”と、そんな音はしなかったがそう聞こえるように、WARSは彼女の胸の中を一瞬まさぐった。
―え……しき…かん…?
ブレマートンは彼のもはや残虐行為に目を剥いた。
彼女の困惑をよそに、WARSはストレンジャーのコアであるブラックキューブを勢いよく抜き取った。このために彼女の胸をまさぐっていたのか。
彼女に本来あるべき
―指揮官…こ、こんな…の……ヒーローじゃ……ない…よ…
リノは声を震わせ、両目に涙をためる。
WARSはゆっくりと立ち上がり、身体中に赤黒い光の粒を浴びストレンジャーを一瞥すると、ただ作業的に、持っている立方体を片手で割った。3つに割れたそれは、間もなく砂のように彼の手から零れ落ちて消えていった。
―っ……
赤城は表情を歪め、小さく開いた口を閉ざすことが出来ずにいた。
コアを失った影響で信号が不安定に発生しているのか、ストレンジャーはその体を痙攣させている。嘲笑うような痙攣はやがて止まった。
―ふっ…ふふ…
ローンでさえも引きつった笑みを浮かべていた。
一部始終を見ていた彼女達はWARSの、いや、自我を失った翔一の行為に恐怖を覚えた。
火をあげるセイレーンの量産型とストレンジャーの亡骸を背に静かに彼は立ち尽くす。その光景に目を離せないエンタープライズは、再び夢で見た景色を思い出す。
鉄と灰の匂いがする海で自分が立っていた場所に、彼がいた。
今の彼に今朝までの温かさはない。しかし見てくれだけは寂しそうに、俯いて立っていた。
数秒経つと、彼は顔を上げた。
彼の目にあるのは、エンタープライズだった。
――――――――――――――――――――
今の彼は、私と同じだ。
"独り"で、終わりのない戦いを続けているんだ。
恐怖を覚えた。彼が全てを、愛する者までも破壊するような恐怖だ。
心を忘れた力は何もかも破壊し、そして何者にも破滅へと導く。
私はそれを恐れていた。いつか私がそうなってしまうのかもしれないと。
夢から目覚めるたびに、炎に包まれるような恐怖が私を襲ったから。
彼があのセイレーンを破壊した今、セイレーンは新しく私達に敵を差し向けようとするのだろうか。今度はもっと強大なものを作り上げるのだろうか。
血を吐きながら続ける悲しいマラソンを続けるのだろうか。
そして今、彼の細長い目が私を捉えた。
どんな所がよかったですか?
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