~海中~
WARSは気を失っていた。今、その意識が朧げに蘇る。
―…
どのくらい眠っていたのだろうか。冷たい海水を全身に感じながら、そう逡巡すると同時に、渦潮が無いことに気付く。海中に引きずり込まれる寸前まで両手に抱えていた体はどこにいるのかと、首を捻った。艦橋のように四角い目が、黄色い光を放ちながらローンの姿を探る。
―…
いた。クリーム色の短髪がふわりと海中の波に踊らされて、自分の場所を告げている。
”NAUTILAS DEFORMATION”
水中での活動ではWARS NAUTILASが有効だ。WARSは早速フォームチェンジすると、まだ意識を戻さないローンへ向かった。彼女に近づくと、両腕を伸ばしその体を抱き寄せる。
―…
見上げると、ゆらゆらとこちらに光を送る水面が見えた。導かれるようにゆっくりと上がっていく。やがて頭が出て、腰が出て、最後に海面に足を付けた。
WARSの目に飛び込んだのは、赤い空が黒い雲で覆われた世界だった。
―鏡面海域か…?
つぶやくと、ローンが目を開く。
―しき…かん…?
―起きたか
”立てるか?”と問いながら、抱きかかえていた彼女の足を海面に付けると、彼女は問題なく姿勢を取った。その姿を確認して、WARSはNAUTILASから基本形態に変わる。
”WARS DEFORMATION”
ローンが問う。
―指揮官…ここは…
―鏡面海域だろう…多分…
―そう、ですか…それなら、他のみんなもここにいるのでしょうか…?
―分からない。レーダーにも反応がないからな…
WARSは辺りを見回して続ける。
―少し、探してみよう
―はい…
ローンの返事がかき消されるようにもう一つの声が響いた。
―探しても無駄だ
―テスター…!
二人の前に現れたのはヒト型のセイレーン、テスターだった。彼女はWARSの隣に目を移して言う。
―呼んでない子も来たのね
―呼んでいない…私のことですか…?
気に障る言い分だったのか、ローンはテスターを睨んだ。
―そんなに怖い顔をしなくてもいいわ。その内合流させるつもりだったし
”ふっ”と、テスターは煽るように鼻に付ける。そんな態度に更に気を荒げたようで、ローンは歯を剥いた。
―貴様ぁ……!
そんなローンとは正反対にWARSは問う。
―合流…他のKAN-SEN達はどこにいるんだ
―さあ…今頃このあたりに迷い込んで来てるんじゃない?…時間はかかるだろうけど
―レーダーには何の反応もなかった
―当然じゃない。機能させないようにしている領域なんだから
テスターの物言いに違和感を覚える。こちらの機能を阻害するような技術がありながら、なぜ先のハイダーには煙幕の効果があったのか。
―やはりお前たちのやりたいことは分からないな…こちら側を圧倒的不利に追い込める程の力があるにもかかわらず、俺たちは毎回戦闘に勝利している…例えこちらがまずい状況になったとしても、必ずそちらから戦場を離脱している…まるでそういう風に設計しているようにだ…
―さあ、何故でしょうね
楽し気にこちらを見つめると、テスターは片腕を上げた。掌が黒雲に掲げられると、赤黒いキューブが現れる。また新たなヒト型を出すのだろう。しかしその考えも次の瞬間に否定されるのだった。
―そろそろ始めましょうか…
彼女の手の中にあるキューブが風に吹かれる砂のようにさらさらと崩れ始め、彼女の周囲を包んだ。
―何だっ…
変わらずテスターを睨み続けるローンの隣でWARSは身構える。すると、さほどの時間も掛からぬ内に、赤い粒子がヒト型を見せた。全身が黒い。全身を鋼で覆うような姿がそこにあった。鎧の隙間から赤と黄色のラインが妖しく光っていた。
―ちょっと真似をしてみたの
こちらに指を向けながら、黒い鎧を纏ったハイダーは動かない口から音を響かせる。なるほど、平行世界にもWARSがいるのだ。リバースエンジニアリングくらいはするか。
―あなたがどれほどの力を持ったのか、確かめさせてもらうわ
―確かめてどうする
―言っても分からないわ
―ならここで破壊する!
言いながら、両手にレールガンとレーザーを出現させる。そんなWARSにハイダーは”ふふっ”と面白そうに息を吹く。
―良い心意気ね
そして”それに…”と続ける。
―あなた達にはわりと期待しているの、せいぜい裏切らないようにしてほしいわ
―知らないな、そんなもの…!
WARSの言葉を合図に三人はそれぞれの砲を構えた。そして最後にテスターは告げる。
―見せてもらおうかしら。もう一度あの姿を…!
テスターの目が妖しく輝いた。
――――――――――――――――――――
~海上~
WARSとローンが海中に消えた直後のこと。
―指揮官様の力になれなかった…それどころか…また私は…また…貴方を危険な目に…私のせいで…
赤城の周囲は砲撃と航空攻撃の爆音に包まれていた。戦場の中心とも言える場所で主力艦、あろうことか空母が身を置いていた。彼女に生気はなく、項垂れて、何を言うわけでもなく、ただ小さく呻き声を上げていた。
―ぁ…あぁ…し、しき…か…さま…ぁぁぁ…
誰が見ても、あいつは頭がおかしいと感じざるを得ない状況。そんな彼女に叱咤するのはやはり彼女の妹、加賀だった。
―赤城!じっとしているな!早くそこから離れろ…!
言いたいことは山ほどあるが、今は何としても赤城を後方へ戻らせることが優先だ。
―赤城様、そこに居ては敵の的になるだけです!どうか退避を!
ベルファストが叫ぶが赤城は虚ろな表情で、一歩も動くことがない。
―しきかんさま…
つぶやく。
―しきか…さま…
もはや周りの状況など見ていないようだ。ベルファストはもう一度彼女を呼ぶ。
―赤城様!…あ!
呼んだときに気付く。赤城に戦艦の主砲が迫っていた。もう避けることは出来ない。一か八か、自らの主砲を当てて誘爆するか、弾道を変えることも出来ない。
0.1秒もないほんの一瞬の思考の間、ベルファストとは逆に、体が動いた者がいた。ガントレットの青い光が線を描く。リノだ。
―赤城!
俯く赤城の前に立ち、盾になる。リノの胸で爆発が起こった。青い粒子が噴き出す。
―かっ…!
勇ましく覚悟を決めたような表情が苦悶に変わった。爆発の勢いのまま赤城に激突し飛んでいく。
―リノ…!
エンタープライズが叫ぶ。数秒もしない内に、リノと赤城はばしゃりと海面に波紋を描いた。
―あか…ぎっ…
リノが呼びかける。
―………はっ
赤城は虚ろだった目に光を戻し体を起こした。
―私は…何を…
―目、覚ました?
リノは優しく咎めるように言う。
―主力艦が前に出てきちゃだめだよっ…一度後方に戻って…ね?
―っ…
赤城は苦虫を噛むような表情を見せると、式神の戦闘機を残りの敵艦に放り、指揮艦の方へ戻っていった。
ベルファストが敵への攻撃を続けながらリノの隣に寄る。
―リノ様、お体に問題はありませんか
―うん、何とか大丈夫。とにかく、今は残りを片付けよう!
―ええ!
WARSとローンを失ったアズールレーン艦隊は更に気を引き締めた。
彼女達の意識は少なくともこの時までは続いていた。
――――――――――――――――――――
~鏡面海域~
WARSとローンは、強化されたテスターに翻弄されるように交戦を続けていた。特にWARSがフォームチェンジを駆使しても尚、戦闘は長引いていた。
―くっ…ここまで通用しないのかっ…だったら!
そう言って両手の射撃武器を消しテスターに突撃する。海を蹴れば、己を囲うように水の壁ができた。
―ほう、接近戦か?…あいにく今までのひ弱な体じゃないわよ
突き出した拳がテスターの中心を突き刺す瞬間、テスターの手の平が巧みにWARSの鉄拳に絡みつく。
―っ…!
いなされた。彼女の能力の上昇は攻撃力や防御力だけでなく、反応速度、そして格闘戦における技術までも高くなっていたのだ。そんな相手から、お返しと言わんばかりに拳が迫ってきた。
―くっ…
紙一重でかわす。
―ふふっ…流石ね…
テスターは面白そうにしながらも体勢を危うくしたWARSを追いかけるように砲を向ける。
―でも…!
当然、ゼロ距離。鈍い痛みと同時に爆炎が目に飛び込んだ。
―ぐあっ…くぅ…
跳ねるように体が飛び、2回、3回と海面に波紋を作る。
―もう終わりなの?
煽るようなテスターの声に、WARSは慌てて態勢を整えた。拳を構える。
―…!
純粋な射撃火力が最大である
―なら、そっちはどうかしら?
彼女はローンに砲身を向ける。同時にローンも全ての砲をテスターに向けた。
―!…舐めるなぁ!!
その叫びを合図にして放たれるテスターの砲弾には同時に、ローンの砲弾が集中する。テスターの攻撃はローンのそれをかわすわけでもすり抜けるわけでもなく、ただ主に設定された道だけを素直に通った。自ら
―…!
そんな光景に、放った鋼が無駄だったと察する。急いで艤装を盾にした。しかし、
”グォン!”
苦痛の雄叫びにも聞こえる轟音が、生き物にも見える鉄血の艤装から響いた。
―なっ…!
貫かれたのだ。KAN-SENの艤装が。空いた穴の奥の景色も見えない内に、熱い砲弾がローンの肩を抉った。
―くぅぁあ…!
悲鳴が漏れる。
―ローン!
WARSはそんなローンの様子を覗いた。当の彼女は歯を軋ませる程に口を歪ませ、見た者の生命を奪うような目をテスターに向けていた。
以前の、ストレンジャーにも匹敵するような力を持った彼女はじっと二人の様子を見ていた。その間一秒か二秒か、妙に重たく感じる空気が過ぎたその時、テスターが爆発した。
―…!
ように見えた。
―なんだっ…
ホログラムでも見せられたかのようだ。熱なんて伝わらないし、爆風もなかった。不可思議な現象にテスターが眉をひそめる。
―ん…?
そんな彼女の目線の先はWARSのちょうど隣であった。わずかに気配を感じる。
―エンタープライズ…!
なんだと思い首を回せば、接近戦をしたのか、乱した銀髪がその目に飛び込んだ。彼女はなんとも言い難い表情だった。八の字になった眉が疲弊の色に塗り替わり、また不安な形になる。皆の前で見せる勇ましい彼女の姿は、迷子の犬のようだった。
敵前でじっと顔を他所に向ける、間抜けにも見える格好をしたWARSを横目に、テスターは合点がいったようにつぶやく。
―…………壁が薄くなっているのか…まだこの技術は安定しないようだな…あちらからは見えていないようだけど…
聞き逃すWARSではなかった。
―壁?…どういうことだ
そんな疑念の言葉に、なんとなく気まずくなったように身を震わせたテスターは、数瞬も経たずにその表情を一転させて、今度は面白そうに言う。
―ちょっと実験しているの
―そんな話を聞いてるんじゃない…!
一瞬も待たず詰め寄るように言い放てば、彼女は諦めたように話し出した。
―……あの子がいるのはこことは別の空間よ
―別の?
―ええ別の。こことは違う時空…METAフィールドとでも言えば良いわ
―METAフィールド…?
―あなた達の逃げ場所…と言ってもいいかもしれないわね
―は…?
意味が分からず呆けた返答が漏れてしまった。
とにかく、彼女の今の言葉と最初の独り言を合わせて考えてみれば、METAフィールドという別の時空の壁と、この時空の壁が曖昧になることで、まるでガラスに映ったようなエンタープライズが見えたという事か。
”逃げ場というのは置いておくとしても…言葉の通りという事か”
一人、合点のいったように脳に逡巡させる。
”しかしどうやってエンタープライズを助け出すんだ”
そう思った直後にテスターは言う。
―さ、こんな話をしているうちにも、早く助けてあげないと狂ってしまうわよ、あの子…ふふっ
―狂うだと…いったい彼女に何をした!?
―何を?…さっきからMETAフィールドと言っているでしょう?………いや、あなた達は詳しく知らないのか…まあいいわ
先ほどから意味の分からないことを言い続ける彼女は更に付け足す。
―とりあえず、私を戦闘不能まで追い込めたら助ける方法を教えてあげる
テスターは初めのように、再び煽るような口調にWARS達に向けた。すると、
―どこまで私をイライラさせれば気が済むんだ貴様ぁ…
長引き、更に好転しない戦闘に、やはりローンはストレスを隠せないようだったが、テスターはそんな彼女にもう一つ言う。
―あちらも準備が整ったようね…
テスターはエンタープライズが写る場所の後方へ首を向けた。つられて二人も振り返る。彼らの目に小さく映ったのは、
―あ、あれは……私…!?
ローンの疑問に肯定が返ってくる。
―そうだ…
そうだ。ローンがいたのだ。今隣にいる少女に酷似、いや全くもって同一の姿をしたヒトがいたのだ。
テスターが言う。
―いつもの”駒”とは違うわよ…人格までコピーしたんだから
人格をコピー…どうやってそんなことが。記憶を巡らせれば一つ思い出す。
―そうか…だからあの時…!
前回の戦闘でコンパイラーがローンを拘束した時に解析したらしい。だからWARS NAUTILASにローンのデータが流れ込んできたのだ。
ローンの偽物でテスターが何をするつもりなのか分からないがとにかく、一刻も早くエンタープライズを救出したい。そのためにもテスターの撃破を手早く行いたいが、先ほどの戦闘から手詰まりの感も否めなかった。
テスターは煽るようにつぶやく。
―あの”
―っ…この…!
ローンはそう言って海を蹴った。射撃など忘れて拳を構えている。
―…
そんな彼女に黙って砲を向けるテスター。しかしローンは感情故か、砲口が自分に向いているのに気付いていないようだ。
―待てローン!
飛び出した彼女を追い、その盾になるように構えテスターに身を晒す。砲弾が胸に激突した。視界が煙で染まる。榴弾だ。
―ぐあ!
―し、指揮官…!
目の前を覆う黒煙を振り払って、よろめいた体を立て直す。
―大丈夫だ…
そしてローンに横顔だけ見せて、出来るだけ明るい声で言う。
―まったく…いつもの余裕はどこいったんだ、ローン?
―ごめんなさい…私…
ローンの代わりにとでもいうか、WARSは右手のレールガンを2,3発テスターに打ち込んだ。するとローンに振り返る。
―俺はもう…あんな暴走はしない
―ぁ…
ローンは隠し事を暴かれたように小さく口を広げた。
―戦いが長引けば、俺はまたあの姿で暴れまわるかもしれない…お前はそれを心配してくれていたんだろう?…それであんなに気を張って…
WARSは睨んだような黄色い目をローンに合わせ、しかし声色だけは深刻みを帯びさせて、それでいて優しい響きになるように言う。そんな音が彼女の唇を揺らすと、彼女はいたずらな表情を上目遣いに乗せて返した。
―……それはどうでしょう…ふふっ……指揮官が変なことを言うから、イライラなんて吹き飛んでしまいましたよ
―それなら、よかった
落ち着きを取り戻したローンに安心しWARSは短く息をつく。するとローンは言う。
―でも指揮官…このままではどちらにせよ、奴には…
勝てないだろう。彼女がそう思うのも当然のこと。しかしこちらには、”彼女”が今全力で作ってくれているものがあるのだ。
―それも心配しなくて大丈夫だ。明石がとっておきを持ってきてくれる
―そう…なんですか?
と、首を倒すローンに”ああ”と答えるともう一言付ける。
―だがローン…俺が…明石が来る前にもし…もしあの姿で暴走してしまったときは…
言いかけたとき、ローンが割り込んだ。
―その時には、私が止めてあげますっ
彼女は若干、楽し気に言う。
―止めると、言ってくれるんだな…
―どんな言葉に期待を?
それは当然、
―全力で逃げる…と
そう願っていたが、彼女はそうではなかったようだ。
―そんなことはしませんよ…ふふっ…
微笑むと、彼女は短く語った。
―本気を出した指揮官以上に強い指揮官なんて、そうそう戦う事は出来ませんからっ
―そうか…ふふっ
いざ理由を知ればいつもの彼女らしい言葉だと思ったが、ちょっぴり不安になる。しかしそんなことを言う彼女に、まだ張っていた心をほぐされ、短く笑ってしまった。
そんな姿を見ていたテスターは言う。
―さ、お話は終わった?
WARSとローンはテスターに構える。
―皆が来るのを信じよう。それまで頼むぞ、ローン
―はい…!
ベルファストやモナーク達がいつ来るのか、それとも来ることすら出来ないのか分からない状況で、それでも信じて持ち堪えると決意を固めた二人は、再び砲口をテスターに向けた。
”エンタープライズ、もう少し待っていてくれ…必ず助け出すからな”
未だにエンタープライズの姿は空間の壁を越えてWARSの目に映っている。彼女を思い脳裏に浮かんだ言葉は、砲撃の爆音と重なった。
――――――――――――――――――――
~鏡面海域~
”エンタープライズ様を探してちょうど30分…”
赤い空につぶやくように、ベルファストは脳裏にそんな言葉を思い浮かべた。
―まったく…時間差で転移させられるとは、やはりセイレーン達は何を考えているのか分からんな。指揮官とローンの位置が分かったのは幸いだったが…
加賀が言う。
青空の下でセイレーンの量産型と戦闘を行っていたアズールレーン艦隊はいつの間にか意識を失い、気付いた時にはこの海域に飛ばされていたのだ。それでも彼女達はWARSの位置情報を元にしばらく航行していた。その中で既に幾つかの敵小艦隊をも屠った彼女たちは、WARS、ローン、エンタープライズの抜けた艦隊で何とか持ち堪えていた。
モナークはこの海域に来てから幾度目か、WARSに呼び掛けた。
―指揮官、こちらモナーク、聞こえるか………駄目か…
彼の位置情報だけは知り得ているのに何度も繰り返す通信にはやはり反応しない。距離的には十分通じるはずなのだが、特殊なジャミングがこのあたりに施されているのだろうか。
加賀はモナークを一瞥すると、今度は前方、リノの背に向かって言う。
―リノ、そちらはどうだ?
リノは、加賀からは見えない眉を八の字にする。
―うぅん…電波信号も出してるんだけど、受け取ってないみたい…
―そうか…
加賀はそう言いながら、俯きながら海を滑る赤城を横目に据えた。
―………
この海域に転移してきた時を思い出す。
”し、指揮官様…指揮官様を探さないと………ぁ…ぁぁ…私じゃ…私じゃできないぃ……また…また指揮官様をぉ…!”
転移されて目覚めるなりやはり彼がいないと察した赤城は、動転にも近い気を起こしていた。しかし自らが考え出した”彼を探す”という事さえも否定する始末である。
加賀は脳裏に響かせる。
”赤城…まさか、ずっと気掛かりにしているのか”
赤城は転移される前、いや今回の出撃より前の出撃から、何かと彼の盾になろうというか、彼の役に立とうとして、それが裏目に出ているようだった。自分のしようとしたことが結果的に彼の被弾や、危機の原因となっているということだ。
―はぁ…
加賀は誰にも聞こえないように短くため息を吐く。
彼を病的な程に愛する彼女のことだ、気持ちは分からんでもないが今は戦場の上なのだし、あまり”カンジョウ”に振り回されて欲しくないとは思った。とはいえ赤城の表情は、加賀でも見ないようなものである。あんな顔は遠い過去の天城の事件でも見せなかったものではないだろうか。そんな事を気付いたからこそ、加賀は赤城を叱責するような言葉を掛けることも出来ない。かといって今回の出撃直後のように、軽く咎めるような気持にもなれなかった。そんな時、また言葉が脳裏に走る。
"この様な失態を見せてしまうとは…"
"それは私に力が無かったから故…"
そんな言葉を加賀が発したのはしばらく前、ユニオンのKAN-SENが委託任務の帰りにセイレーンに遭遇した時、WARSと共に援護に行った後のことだ。
―己の力か…
加賀はあの時大破し、母港のベッドで己の失敗を悔いた。赤城をとやかく言えなくなったのは、彼女と似た気持ちを抱いたのを思い出したからでもあった。
そんな時、レーダーに敵を感じた。
―!…ベルファスト、リノ、来るぞ
加賀がそう言った時には、セイレーン艦隊は肉眼で確認が取れる位置にあった。
―リノ様!
―うん!
二人は構える。相手取るのは10隻ほど。彼女たちの頭上を赤と青の式神の戦闘機が過ぎ去った。さほどの時が経たない内に船は火を噴く。本調子とはいかないがそれでも大打撃が敵に与えられると、すぐさまベルファストとリノの前衛艦がその懐に飛び込み、敵の整っていた陣形を乱すと同時に各個撃破していった。
―皆様、敵の反応はまだあります
赤城と加賀が把握していなかったセイレーンの位置がベルファストから送られてくる。
―分かった。姉様、敵後方の対応を
―…ええ
KAN-SEN達はしばらくWARSの位置を目指しながら、波状に迫りくるセイレーン艦隊を迎え撃っていく。
長い戦いの末、彼女達に疲労の色が見えようとした頃、その瞳に映っていたのはあの時と同じように再び変貌を遂げたWARSだった。
――――――――――――――――――――
~鏡面海域~
ベルファスト達がWARSを目指して航行している中。やはりWARSとローンは鎧を纏うテスターに苦戦を強いられていた。
―ぐぅ……くっ…
苦痛に息が漏れる。しかし徹甲弾に抉られた大腿部は見ない。WARSはテスターを睨みながら言う。
―くっそぉ…
勝てないのか。思ってはいけない気持ちが過った。ローンも膝を突き、激しく肩を揺らしている。
―こんなところで終わらないで頂戴、ほら、もっといけるでしょう?
テスターは挑発的に砲身を上下させて言う。
―…
WARSはレールガンを彼女に合わせ、次の行動を伺う。
―…
そんな姿をテスターは黙って見つめるがしかし、一瞬が何回か過ぎた頃、
―…!
彼女の砲口がローンを向く。直後、WARSはWARS ACHILLESにフォームチェンジ。ローンに飛びつくように近づくと、彼女を抱えた。
―あっ…指揮官!
思わず口にした瞬間、
―きゃっ…
彼女の脳天を紙一重隔てて砲弾がすり抜けた。
やはり撃ったか。WARSは確認するようにそう思う。
―抱えて避けるとは…諸共沈みたいのかしら
テスターは言うと、そのまま立て続けに砲を放つ。
―…っ……!
5発か6発か、いちいち数えることもなかったが数発の弾を避けていく。
―指揮官、私のことは構わず、あなた一人だけで…このままではあなたまでダメージを…
ローンはこれまでに、WARS以上の損傷を抱えていた。彼女は外傷こそ目立たないが、そろそろ再生能力の低下が始まっていた。これ以上の被弾は再生機能が停止、戦闘の続行が極めて危険な状態になってしまう。しかしテスターの攻撃は止まない。
―中々粘るのね
そんな言葉に返すことも出来ない。幾度も繰り出される砲弾はローンの体をすれすれに飛ぶ。そんな弾に踊らされるように、WARSは右、左とそれを避け続ける。しかしそれも上手くいっていたのは十回前後だ。当然と言わんばかりに段々と余裕がなくなっていき、動きは鈍くなっていく。遂には彼女の胸を穿つ距離に弾が迫った。回避は確実に間に合わない。片腕を構える。
―うぁあ!
迫ってくる徹甲弾をローンを抱きかかえながら、雄叫びを上げながら、片腕ではじく。しかしただでは済まない。
―くぅ…!
前腕のアームバルカンが溶ける。マグマに焼かれるような苦痛に襲われた。テスターはその姿を追撃するでも傍観するでもなかった。
―チッ…仕方ない…
テスターはWARSに急接近した。彼女の手のひらがローンを目指す。
―指揮官!
ローンの叫びも虚しく、彼女の襟首はあっさりとテスターに掴まれた。WARSはローンを奪われないように抵抗するものの、彼の頬にテスターの拳が突き刺さる。怯んでそのままローンを離してしまった。
―ぐあ…!
テスターはローンを放り投げる。背を打ったローンは即座に立ち上がると、追い打ちをかけるようにテスターは次々と砲弾を繰り出した。無慈悲にローンの胸に凄まじい衝撃が走る。
―ぁ……ぁあ………
苦しみに漏れる吐息と同じく、さらさらと青い粒子が彼女の胸から宙に溢れ出した。大破。流石にこれ以上の損傷は許されない。
―このままコアまで破壊しようかぁあ!ぇえ!?
本当にそのつもりだろう。しかしさせない。そんなことは。そして無意識に言葉が出る。
―や、めろぉ…!
考えるより先に体が動いた。
―ぅぅぉおおおお!
行先は当然ローンの目の前。盾になった。両腕を広げて、ローンに激突するはずだった砲弾がWARSの全身を襲う。
―ぐぅぅ…
何回の激突が起こっているのかも分からない。ただ痛みと灼熱に耐える。
―うぅ………ぐぅぅああああ!!
その内、彼を中心に爆発が起こった。テスターの榴弾だ。ローンが爆風で吹き飛ぶ。
―ぁあ!
今度はテスターが口端を上げた。
―来たかっ…!
ゆっくりと爆煙が晴れていく。彼のシルエットはぼやけている。しかし彼の黄色い目と、メンタルキューブの群青の輝きが彼の存在を際立たせていた。やがて煙が彼の体から離れると、彼は以前の、両肩に艤装を携えた姿となっていた。
―ふふっ…楽しみね
そして、そんなテスターの声を隠すようにどこからか声が聞こえる。
―ご主人様!
―指揮官!
二人の声。それに間髪入れずにテスターはつぶやいた。
―やっと来たのね
そうだ。分断されていたKAN-SEN達が、WARSとローンに合流したのだ。そして、
―ベル、リノ…!
WARSは言う。そして数瞬も経たない内に、二人の後方には赤城と加賀、モナーク、そして明石の乗る指揮艦がいることも分かった。
―これで全員か…
そんな言葉に、ベルファストは訊く。
―ご主人様、その姿は…それに、全員と言うのは…?
彼女が違和感を覚えるのも当然。エンタープライズがいないからだ。それにローンが答える。
―あれです…
ローンはそう言いながら指をさす。その先には、半透明のエンタープライズの姿があった。
―あれは…!
”エンタープライズ様!”と、続ける前にテスターが叫ぶ。
―説明は面倒だから省くわ!
その声の直後、彼女の砲撃がベルファストを襲った。
―…!
早くもそれに気付いたWARSは、ベルファストの前に立ち、飛び込んできた砲弾を弾き飛ばした。ローンを庇った時とはまるで違う、堂々とした出で立ちがテスターの目に映る。
―やはりこの程度の攻撃、その姿ではものともしないか…
WARSは構えながらベルファストに言う。
―エンタープライズは、こことは違う時空に閉じ込められているんだ
―違う時空…ですか
―ああ。でも、セイレーンの技術が確立していないらしくてな。空間の壁が曖昧らしい…その影響で中途半端に姿が見えているんだ
理解はしたが納得はしていないような表情のベルファストの横でリノは言う。
―とにかくあの…多分テスター?…を!ぶっ飛ばせばいいんだよね!
―ん、うん…まあ…でも…
詰め寄るようなリノに、WARSはそう答えた。なんとも言えない声音で返した彼にリノは言う。
―指揮官
―ん?
リノは微笑む。
―大丈夫だよ、指揮官…もしどうしようもなくなったら今度はリノがしっかり止めるからっ
―だから信じて。リノを、ベルファストを、そしてみんなを…ね?
WARSは横目にベルファストを見る。彼女も力強く頷いた。
―ありがとう、みんな
そう答えて間もなく、テスターがつまらなそうな声を響かせた。
―話が長いわね、まったく
そして砲を構えて言う。
―そろそろ始めるわよ!
そんな言葉を合図に砲弾が放たれると、再び激しい戦いが、今度は5人のKAN-SENが加勢して始まった。
まずはWARS。両肩に備わる12の砲門の内一つが、轟音をとどろかせる。
―…!
当然エネルギーの行先はテスター。しかし彼女は寸でのところで身かわし、それを背後にする。
―まだだ…!
WARSのその言葉で、標的を失った弾は意思を持ったように爆発した。しかし爆風は球状に広がることはない。にわかには信じがたい出来事にテスターは開かない口から声を出す。
―な…!?
爆発のエネルギーはまるでビームのように、一直線にテスターの背から腹を貫いたのだ。言葉にならない声が響く。
―ごっ…!
固いアーマーに体を変化させた彼女であっても、WARSの凄まじい破壊力に耐えることは叶わなかった。テスターは膝をつくだけにとどまらず、その場で倒れてしまった。
しかしそんな光景を目の当たりにしても、WARSに喜ぶ余裕はなかった。結局明石の手助けなしに姿を変えてしまった彼に、攻撃の度に発生する熱を廃する機能はないのだ。一気に体が熱に包まれ、苦痛が生まれ、膝を着いてしまう。
―くっ…うぅ…
そしてベルファストとリノは畏敬するようにつぶやく。
―やはり…凄まじい威力ですね…
―うん…
そんな中、後方から加賀が話す。
―しかし、指揮官に任せるだけではいけないぞ
モナークが続く。
―そうだ。私達の使命はセイレーンを葬る事、そして指揮官を守ることだ
その言葉でベルファストとリノは、熱に耐え膝を着くWARSの前に立った。
―確かにそうです。強い連携が大切です
―ヒーローがしっかりと戦えるように立ち回るのも、リノたちの務めだね!
少し落ち着けるタイミングを経たWARSは、ゆっくりと立ち上がりながら言う。
―ローン、一度指揮艦に行ってくれ…今のお前の体では危険だ
―はい…
ローンは静かに答え背を向ける。そして横目にWARSを見た。
―十分に気を付けてくださいね
―ああ
ローンは大破している。そんな状態での戦闘は極めて危険だった。今は指揮艦がこの近くに来ているし、補給に行かせたのだ。彼女の後ろ姿を見送ると、体を再生したテスターが海面に手をついていた。
―くぅ…
ゆっくりと体を起こして、笑い出す。
―ふ……あっはっは!…分かってはいたが凄い!これほどまでの力とは!
やはりこの世界には期待しても良いようだ。テスターの脳裏にそんな思いが逡巡した。当然その思いは眼前のKAN-SEN達に伝わることはない。しかしテスターの大きな喜の感情に、彼女達は少しの困惑を顔に表していた。
―しぶといな
加賀が言う。
―それでも、戦い続ける…!
そう言ってWARSは構えた。
―みんな、俺は格闘戦でテスターの相手をする。援護を頼む!
先程行った砲撃で、一発だけでもかなりの熱が発生することが分かった。出来るだけ発熱するのは避けたいため、あえて格闘戦を取ろうという事だ。
その作戦にモナークが返事をする。
―承知した
―爆撃は避けた方が良いか
加賀の疑問にWARSは答える。
―ああ、その方が良いかもしれない
そして、先程から反応がない赤城に言う。
―赤城は大丈夫か?
―は…はいっ
1拍遅れて返される。若干彼女の様子が気になるがあまり余裕がない状況だ。WARSはベルファストとリノを一瞥する。
―私は問題ありません
―リノも大丈夫だよっ
そして、WARSは力強く頷く。
―よし…行くぞ!
―”はい!”
KAN-SEN達の返事を合図に、WARSはテスターに向かって走り出した。ベルファストとリノは彼の後方左右に身を置く。ちょうどV字に編隊して、二人はWARSとテスターの激突前に砲攻撃を繰り出す。テスターは左右から飛んで来る砲弾を一つはかわし、もう一つは腕で弾いた。
―格闘戦ではどうなるのかしら
そして面白そうに言うと、WARSと同様に彼に向かって突撃した。大した時間は要さずに、二人の拳と拳がぶつかり合う。バキンという音は、テスターの腕がひしゃげる音だった。彼女は激痛に耐える。
―ぐぅぅぅ…くぅ…!
圧倒。ただそれだけしか言えない一方的な力の差にテスターが取れる選択肢は、一旦WARSとの距離を離すことだけだった。しかしただ逃がす艦隊ではない。主力艦たちの攻撃が彼女を襲う。彼女はKAN-SEN達の攻撃を一身に受けた。しかし、やはり赤城と加賀の航空攻撃は、彼女に大きなダメージは与えられない。計画艦であるモナークの主砲でも、多少の傷を与えるに過ぎなかった。
―うぅん…
テスターは腕を再生しながら唸り、つぶやいた。
―弱くなっているな…これは一時的なもの…?
そんな言葉にWARSもつぶやく。
―何…?
―貴方のことではないわ…いや…
自分の言葉を否定するともう一言続ける。
―やっぱり貴方自身のことか…そう考えれば説明はつく…
―さっきから何を!
声を荒げる彼に言う。
―やはり知らないことがたくさんあるようね。人間からは聞かされてないの?
―…っ
動かない口をつぐむ。
―そう、まあいいわ。なら続けましょう
彼女はそう言って艤装から砲撃を繰り出す。
―くっ…
体で受ける。痛みは特段にあるわけではなかったが、攻撃に耐えるにもそこそこのエネルギーが必要らしい。全身が熱を帯びた。しかしその熱のせいなのか、はたまたテスターを殴るのを躊躇しているのか、彼女に接近して拳を振るうたびに体の動きは鈍くなっていく。一度熱を持ってしまうと更に発熱する速度が上がっていった。まさに熱暴走の状態で、遂に振り下ろした拳が彼女の頬を素通りした。
―くっ…もう終わり…?
テスターはWARSの調子の低下に気付くと、決して余裕はない様子でそう言う。
―くぅぁ…うぅ…はぁ…はぁ…
凄まじく熱い。苦しみが喉を通り音となり、膝を着いてしまう。さらにWARSの周囲に陽炎ができた。
―もう…限界かしら…?
テスターの言葉に返す余裕もなくなる。睨み返すくらいだ。このままではどうしようもない。思ったその時、彼に叫ぶ者がいた。
―指揮官!もうちょっとにゃ…もうちょっとで完成するにゃ!それまで何とか…何とか耐えて欲しいにゃあ!
―あか…し…
明石だ。彼女の言う通り、もう少しでWARSのもとに彼女は駆け付けるのだろう。しかしそんな時だからこそ、冷静に考える。先程からの戦闘から言えば、今のテスターはおそらくKAN-SEN達が束になっても勝てないだろう。しかしここで無理をして暴走してしまえば本末転倒。明石やリノ、そして艦隊の皆を追い詰めてしまう。ならば少しでも熱を抑えたい。少しの間、テスターを皆に任せて海中に潜ろうか。
そう思えば、次の行動は速かった。
―少し、たの、む……くっ…
そう言い残すように何とか言葉を紡ぎ、今度は自分が今から何をしようとしているかを簡単に文字データにしてKAN-SEN達に送る。そして海面に委ねていた体を沈めていった。
―皆様!今は敵の撃破を考えず”負けない戦い”をしましょう!
ベルファストの声が聞こえたときには、頭まで海に浸かっていた。
この体を維持するだけでも相当エネルギーを使うようだ。海中に居ながらも体が水分に触れることはほどんどなく、ただ海面が遠く離れていった。しかし海上より温度の低い場所にいるのにも関わらず、熱は収まることを知らなかった。
―ぐぅぅ…ぐぁぁぁ!
両手で頭を押さえる。脳が焼かれるように痛い。それは、まだしっかりと意識を保っているという証拠だったが、それにしても耐え難い苦痛であることには変わりなかった。
―うぅぉぉぁぁあ…!
足をばたつかせても、変わらずに全身の熱は消えない。どころか、更なる熱に犯されるばかりだ。
―ぁ…ぁぁあっ…
苦しみが極限に達した。すると、指先からは感覚が消え、頭部の苦しみは不思議な程急速に癒えていく。代わりに意識が白濁とし、目の前がだんだんと暗くなっていく。まともに考える事も出来なくなりそうだ。相対的に聴覚だけは鮮明となり、体の熱で周りの水分が蒸発していく音が大きくなった。
どのくらい潜っていたか、しばらく時間が経つともう意識がなくなると悟った。海中に沈ませていた体を維持することも出来なくなり、暗くなっていく目の前を、辛うじて海上の光が照らした。全身から力が抜け落ち、海面に近付いていく。さほどの時間は掛からず海面から顔が覗くと、体は仰向けになる。
―ご主人様…!
ベルファストの声。
―し、指揮官!…大丈夫なの!?
リノの声。
―…
しかし彼女達の声は彼に届かなかった。彼の体はその意識を離れ勝手に動き、立ち上がる。そして、無慈悲に合成音声が鳴り響いた。
その時、
―しきかぁああああん!
虚無のWARSの目に、激しく揺れる緑の髪が映り込んだ。しかし、
飛び込んでくる明石に、WARSの拳が打ち上がった。
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