黒い鎧が現れなんとか帰還した次の日、翔一は執務室の席に着き、その件を上層部に提出する書類の作成をしようとしていた。専属メイドのベルファストは、本来ロイヤルエリアで行う仕事をしている影響で今は執務室にいない。エンタープライズは、艤装の整備をするという事で、こちらも執務室にいない。今いるのは今日の副秘書艦のネバダだけだ。
翔一は深く悩んでいた。書類の作成が手につかないほどだ。翔一の悩みはある意味簡単で、そして深いことだった。
昨日の戦闘でジャベリンと綾波が負傷した。幸い母港に帰還してすぐに、明石やヴェスタルが治療を行ったので今では二人とも元気だ。朝も食堂で見かけた。しかし、翔一は逆に暗い気持ちでいた。自分は指揮官としての役割を全う出来ていたのか。自分の力不足で二人が負傷したのかもしれない。本当にみんなを指揮していけるのか。
KANSENは兵器である。多少損傷したくらいなら修理すればいい。この母港にいない軍人なら、そう思うだろう。しかし翔一は知っていた。何人もの少女たちが楽しそうに、まるでセイレーンとの戦闘には関係ない人間たちのように過ごしていることを知っていた。だからこそ、彼女たちを指揮官として、一人の男として守りたいと思った。しかしそれ故に、今回ジャベリンと綾波を負傷させてしまったことをとても悔い、自責の念まで抱いていた。
そんな翔一の気持ちを察してか、ネバダが問う。
―どうしたんだ?指揮官、そんなに暗い顔し…
言い終わる前に、翔一の不安を煽るようにサイレンが鳴り響く。セイレーンだ。
―出撃だ
―おう!指揮官の力、見せてくれよ!
そのネバダの言葉に、一層の不安が募った。
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今回の出撃メンバーは、主力に赤城、加賀、ネバダ、前衛にエルドリッジ、クリーブランド、グラスゴー、さらに潜水艦は伊58だ。指揮艦には明石も待機している。そして、翔一は自信なさげに海を走る皆に告げる。
―みんな、よろしく頼む…
―指揮官様~やっと赤城の力をお見せすることが出来ますよ~…きゃっそんなに見つめられたら、私♡
―姉様、集中してください…
―わかってるわよ…
赤城は指揮艦の窓越しに見える翔一を見つめている。普段と違う翔一の様子を見て彼女なりに励まそうとし、声をかけたのだ(それにしても彼女だけ良い思いをしているように見えるが)。艦載機を飛ばしていた加賀が敵を見つけ翔一に報告する。
―指揮官、敵が見えた。見たことがないタイプだ
この報告に翔一は強く反応する。例の鎧かもしれないからだ。実際に指揮艦のレーダーにも、登録されていない敵の識別信号が出ている。
―!…それは、昨日出現したものか
加賀が前方をにらみながら言う。
―いや、違うようだ。昨日の映像データとは明らかに違う。なぜならあれは…
直後、おぞましい咆哮が聞こえてきた。姿も見えてくる。
―なんだぁ、あれ
―でか!
ネバダとクリーブランドが驚く。それに続いてエルドリッジ、グラスゴーは、
―おっきい
―指揮官、あ、あんなの倒せるの?
伊58もつぶやいた。
―あの大きいの、海中に攻撃できる装備もついてるよ
海上に出ている部分だけでも50mはあろうか、そんな怪獣のようなものがかなりの速度でこちらに迫ってきた。
―指揮官!こっちに来るよ!
クリーブランドが叫ぶと、翔一はとっさに指示を出す。
―みんな、散開だ!主力の3人はもっと後方へ!
あのようなデカブツだ、一点に集まって巻き込まれるよりも、まずは一人一人の安全を確保するために散開した方がいいだろう。そして、空母の二人に叫ぶ。
―赤城、加賀!先制攻撃だ!
―ああ、指揮官様からのご命令ですわ!赤城、全力で行きます!行くわよ、加賀!
―はい!
姉妹のコンビネーションはさすがなもので、あの怪獣を怯ませるほどの猛攻撃を繰り出している。そこで他のKANSENたちにも指示を出す。
―よし、エルドリッジ、グラスゴー!あいつに近づいて雷撃だ!クリーブランドはその援護を!
―了解!
―エルドリッジ、がんばる
―雷撃ね、いけるわ!
3人が攻撃している間に、さらに撃退を確実なものとするため、伊58に指示を出す。
―伊58、相手に出来るだけ近づいて周りを見てきてほしい、装甲が薄い部分があるかもしれない
―わかった
伊58は全速力で敵に近づいた。危険な攻撃をされなければいいが…一方、敵は激しかった攻撃が落ち着き始めている。隙が出来たところでネバダに指示を出した。
―ネバダ、全力攻撃だ!
―任せときな、指揮官!
今回の指揮は上手くいっていると思い、翔一は徐々に自信を取り戻してきた。そしてもう少しで倒せるだろうと、思い切って全員敵に近づいて攻撃をさせようと指示を出す。
しかしこの思いが慢心だったことを、翔一は次の瞬間に気づくのだった。
―みんな!これで倒しきれるぞ、全員近づいて攻撃だ!
―”了解!”
皆が敵に向かっていくと、それは、今までに見せなかった行動をとった。海面近くに顔の部分を落とし、口を開けたのだ。そこから、見たことも無いほど大口径の砲が見えた。
先ほどから攻撃が激しくなくなったのは、この砲をチャージしていたからだ。指示を出す間もなくそれが発射され、同時にクリーブランドが叫んだ。
―ぐあ!
そして、その周りにいたエルドリッジとグラスゴーもまとめてこちら側に吹き飛んでくる。3人とも直撃は避けられたようだが、続けて戦えるかわからない。さらに後方にいた主力のKANSENたちは、敵の砲撃から紙一重でよけたが余波でダメージを受けた。海中にいた伊58が指揮官に叫ぶ。
―指揮官、見つけたよ!正面の下の方、可動部分がある!そこを攻撃すれば…く!
弱点らしきものを見つけた伊58も攻撃を受けていた。次々に攻撃を受けていくKANSENたちを見ることで、翔一は先ほどの指示を出したことに後悔し、まともな指揮が取れなくなった。次の瞬間、敵が咆哮を上げた。伊58が魚雷を弱点に撃っていたようだ。
―指揮官、あいつ魚雷が当たったら暴れだしたよ!
そしてこの攻撃のおかげか、敵は撤退していった。この光景にKANSENたちは、脅威が去りほっとする気持ちと敵を取り逃がした悔しさが入り混じった感情があった。
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母港に帰還した一同は、それぞれの寮に戻っていった。攻撃を受けたクリ-ブランドの傷は、自然治癒でどうにかなる程度のものであった。幸運と言うべきであろうか。一方、翔一は今朝より暗い気持ちになっていた。
―また、みんなを危機に晒してしまった。
翔一は、今にも机に突っ伏するような状態だ。これを見たネバダが優しく話しかける。
―指揮官、ちょっと散歩でもするか…
翔一は素直にネバダについていった。
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二人は、母港の海岸に赴いていた。ここに来るまで、話はなかった。しばらく並んで海を見つめていると、ネバダがつぶやいた。
―なあ、指揮官…不安か…?
―ああ…
―じゃあ、あたしたちを信じることが出来ないか?
―…
翔一は分からなかった。KANSENたちを信じて戦うことが出来ていたのだろうか。そもそも、翔一が来る前までもKANSENたちはセイレーンと戦っていた。今更指揮官が来たとしても本当に意味があるのだろうか。演習をしている時だって翔一が指示を出さなくても難なく戦えていた。そんな思いをしている翔一の肩を、ネバダは抱く。
―指揮官、あたしたちがいるよ
―え…?
ネバダは、優しく語り掛けていった。
―一人でこんなところに来て、大勢の指揮をしろって言われて、プレッシャーもあるだろう
―…
―でもな、あたしたちは何も指揮官だけに全てを任せようとしてるわけじゃないんだ。むしろ、あんたを支えて一緒に戦っていこうと思ってる
―…
―そんでもって、あんたを信じてる
―…
―指揮官だけじゃないぜ、みんなお互いを信じあっているんだ。だから、全力で戦える
―…
―まあ、一部極端にあんたのことを思ってるヤツもいるがな!ハハッ!
―…
今のは笑うところだったのだろうか。しかし、翔一はずっと黙ったままだった。
―…まあ、あたしもあんたのこと、結構…気に入ってるよ
―…
肩を抱いていた手は翔一の顔を包み、その顔は彼女の方に向かせられた。
―でも!今のあんたはダメだ!困ったらあたしたちを頼れ、そして、信じろ。あたしたちが助けてやる!
翔一は、力強い彼女の目を見つめた。彼女も翔一の目を見つめ、また優しい声をかけた。
―あたしから見りゃ、お前はまだまだクソガキだ。少しぐらい、甘えたって良いんだよ。な、少年
ネバダは気さくな笑顔をして、翔一の頭をがしがしとなでた。翔一は、ネバダの言葉で少し元気が出てきた。次に戦うときは不安なく指揮官として振舞えるだろう。
翔一の晴れた心を映したかのように輝く海を背にし、二人は執務室に戻っていくのだった。
明石にゃ!今回のオリジナル設定を話してくにゃ!
KANSENたちは艤装をして戦いに出ている間は、それぞれの体の状況や周りの戦況、またそれ以外の情報をネットワークで繋げ、共有することが出来るにゃ。だからはっきり言うと、指揮官がいなくても普通に戦えはするのにゃ!じゃあなんでいるにゃって?さあ、それは後の話しのお楽しみにゃ!
細かい設定、設定画はここ(ピクシブ)にゃ
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