姉様はとってもすごい人だと思う。
急にここに連れてこられて、姉様と違ってわたしは部屋から出れるけど、それでも家からは出られない生活がつづいて四年間。ずっとずっと守ってくれていたの。
姉様は優しい人。
だって、出会った時からずっとわたしがこわい思いをしないようにしてくれてた。声色が、みどり色のきれいな目が、優しかったの。ちょっぴりだけど姉様といると安心できた。
姉様は強い人。
だって、わたしは見ているだけでとってもこわいのに、ご主人様の食事のつきあえるんだよ。わたしが痛い思いをしないようにってかばってくれてるの。
姉様はあたたかい人。
姉様はよくわたしをぎゅーってしてくれるの。この家でゆいいつ安心できる時間。きっと姉様があたたかいからなんだと思う。
だからわたしは姉様がとっても大好き。
ここでの生活はとっても怖い。
でも姉様がわたしを守ってくれてるの。だからわたしは1回も痛い思いはしたことない。
この生活は怖いものだけど、きっとそんなに痛い目にあうことなんてないと思ってた。人食い鬼ってことも、お母さんお父さんがこどもをしつけるためにいうのと同じ作り話だと思ってた。しんじてなかった。
だから姉様がご主人様に食べられてるのを見てびっくりしたの。それでこわかった。わたしも食べられちゃうんだと思った。
でも、そんなことなかった。ご主人様が食べるのは姉様だけだった。
初めて見たそのようすは見てるだけでもこわかった。今までは聞いたことないくらい痛々しいひめいがうるさくて、わたしはその場にごはんを落としちゃったの。その時の姉様はボーっとした目をしてたから、ちゃんとわたしを見てはいなかったけどそれでもわたしに、逃げなさい自分の部屋にかくれてなさいって言ってた。それをみつけたご主人様がおこってるのを見たけど、それでもわたしは逃げた。それを見て姉様の口元がまんぞくそうにゆるむのが見えた。
姉様は食べられてなくなった腕がまた生えたりしていた。治らなかったらあの痛々しい時間も短くなると思うのに、どうしてか治っちゃうからいつまでもその騒ぎは続いていた。夜もひめいで中々寝れなくて、なんだかそのひめいに聞き覚えがある気がした。
けっきょく、そのご主人様の食事は1週間も続いた。
そうしてわたしは気が付いた。姉様がわたしを今までも守ってくれてたってことに。
だってあの表情見たことあったもん。よく寝る前にしていた顔だった。それに、姉様はよくわたしの部屋にかくれてろって言う。それはああいうことだったんだ。だから来たばかりの夜に似たようなひめいを聞いたんだ。わたしが食べられたくないって言ったから、姉様は守ってくれてたんだ。
ありがとう。ねぇありがとう姉様。
わたしは姉様を助けたりなんかできないけど、ほんとのほんとにありがとうって思っているんだよ。
* * * * *
検査入院ってことになって2週間とちょっとが過ぎた。あんな風に宣言した割に、怪我も何もないのにこの病室からほとんど出してもらえなくて、いつもの練習もできず、細々と筋トレをするだけの時間だった。
毎日お見舞いにくるしおりちゃんのご両親に一度感謝されたことがあったけど、私は何も出来てなどいない。こちらを見る瞳にもほんの少しの怯えが滲んでいて、そんな人達に、痛い思いはさせないように頑張ると誓った身で我が身可愛さで動けず、結果として片足を失わせて二週間も昏睡させたような私に、感謝を言わせてしまったのが不甲斐ない。
目覚めないのだって衝撃が大きかったんでしょう、私が今まで守ってきたから自分の身に降りかかったのびっくりしたんじゃないかというのは、カナエさんの推測だ。
信じたくなかった。しおりちゃんがあんな境遇にならざるを得なかったのも私のせいで、私が動けなかったせいで怪我をして、私が守ろうとした行動が裏目にでて今の昏睡状態につながっているなんて。
鬼殺隊士が使う本棟と離れているのもあって静かだ。静かすぎる静寂がうるさかった。
のろのろと、しおりちゃんの寝台に近づく。そっと布団をめくった。
いまだにお揃いの黒い痕が覆っているものの、ほとんど元の形を取り戻している左脚が目に入った。長く息を吐く。安堵のため息だった。私より血鬼術の効きが悪くて、治るのにも時間がかかっていたから、毎日気が気じゃなかった。私だったらその程度、半日で治っていたから。
そっと、左脚を撫でる。ゆっくり、優しく、慈しむように。ご両親への苦い罪悪感を甘んじて受け入れながら。
大きく深呼吸して、布団を掛け直す。顔をもう一度見てから自分のベットに戻ろうと立ち上がる。
そのとき、久方ぶりに開かれた瞳と、目が、合った。
「お姉ちゃん、だあれ?」
目の前が真っ暗だった。
知らない。
わからない。
わかりたくない。
理解したくない。
嘘。
嘘、
お願い、誰か、嘘だと言ってよ――!
駆け付けたしおりちゃんのご両親にカナエさんが説明しているのを、ただぼんやりと聞いていた。
「ええ、この通り無事に目を覚まされました。意識も良好ですし、左脚の方も鬼の術によるものですがほぼ回復しています。……はい。しかし、その、ある意味いい結果と言えるかもしれませんが、親御さんと離れて鬼と暮らしている間の、記憶をすべて失っています。はい、はい。親御さんは認識出来ていて、立華さんは出来ていないので。おそらく、鬼との生活が覚えているには辛すぎたのでしょう。……もう少しの間こちらでお預かりしてもよろしいでしょうか。ええ、調査しないと危ないですし、まだ危険ですから」
こんな言葉聞きたくない。何も認めないでいたかった。
それでも、
これで良かった、これで良かったんだんだと、そう自分に言い聞かせる。そうするしかなかった。
だってそうだろう? あんな血濡れの、恐怖で彩られた日々、なんて、覚えていない方が良いに決まってる。その、はず、でしょう?
でも……、私が身を呈して、しおりちゃんを守ったのって、何の意味もなかった――?
一度そう考えてしまったら、だめだった。呆然としていることしかできなかった。
何の意味もないなら、私があんな痛くて苦しい思いをする必要なんてなかったんじゃ――?
それは、私の代わりを私より幼い子に肩代わりさせるに等しい思考だった。そんなことを思いついてしまった自分が、どうしようもなく嫌だった。
「――華! 立華! 大丈夫か、意識はあるか!」
りっかって誰……?
ぼんやりとした頭がじわじわと、現状、そして目の前の彼が誰かを、認識していった。
「……千里さん」
ぽつりと力なく呟いた言葉をすかさず拾って、
「そうだよ! よかった。もういい。もういいから」
「なに、が……」
「話は聞いた。もうここにいる必要はないから、俺の扇屋敷に来い。修行も見る! 彼女も気にしなくていい! 守るから! だから!」
久しぶりに聞いた命令口調に驚いて、反射でこくこくと頷いた。私のかすかな反応を逃さず認識すると、びっくりするほどのスピードで私を抱き上げて、説明途中のカナエさんに割り込んで「立華はもう退院しても構わないよな! 扇屋敷で預かるから! 先代霞柱邸だったところだ!」と、言いたいことだけ言い捨てると返事も待たずに走り始めた。病室を抜け、屋敷を抜けて、扇屋敷へと。
罪悪感の根源から離れられたことに醜い安堵を抱いて。
二章は、もうしばらくお待ちください。