どう考えても、俺が三股疑惑かけられるのはまちがっている。 作:サンダーソード
何故か相模と連絡先交換したりどうしてか知らん女性に美人局もとい逆ナンされたり偶然出会った由比ヶ浜や雪ノ下と買い物したりそこで雪ノ下ともアドレス交換したり更に連鎖して一色とも交換したりここ最近の接近遭遇の影響で俺がオナ猿化したことを小町に戒められたりとイベント満載の休日を超えて、月曜日。……一口にまとめたはずなのに盛り沢山すぎない? イベントが。
なんだかどう世の中が引っ繰り返ったのか分からないが、今の俺はマジでイケメンになってしまったらしい。眼鏡一つで。眼鏡一つで。なんだそれ気持ち悪い。
なお休みが休みの役割を果たせていなかったと思う程度には疲弊している。特に小町の諫言が耳に痛すぎて、有りか無しかで言えば死にたくなった。今でも引き摺っててなんなら朝風呂浴びてきたし。
さてそんな本日の俺だが、頭を悩ませながらも刻一刻と過ぎゆく授業時間を惜しむという、学生の本分をまっとうする実に模範的な生徒だった。これでちゃんと授業の方に意識を割いてれば名実共に模範的と言えたな。だが悲しいかな、今の俺にそんな余裕はない。悩みの種は今日の昼休みのことだ。一色のやつ土日で由比ヶ浜との台本いらん方向にアップデートかけて来やがった。何考えてんだあんにゃろう……。
授業中含めて由比ヶ浜と目が合った回数は五十の大台を超えていて、これはつまり向こうからもそれくらいは視線が飛んで来ているということで、その、なんだ……お前ちゃんと授業聞けよ。成績危ないんだから。
しかし時既に昼休み。俺はどっしりと着座したまま精神統一を図り由比ヶ浜を待つ。……ふふ、震えが走るぜ。
などと思ったのだが、震えたのはどうやら俺じゃなくスマホだったようだ。珍しいなこの多機能目覚まし時計が働くなんて、しかもこんな時間に、と思いつつ画面を確認して――
即座に立ち上がり、その一瞬で由比ヶ浜と視線を交わす。あいつも同じようにスマホを確認した後こちらを見ており、見送るように頷かれる。
それに背を押され、俺は自意識に自己暗示をかけつつ精一杯の余裕を編み上げながら歩き出した。僅かな失敗もできないのだ。今回は。
「だからさぁー、いろはちゃん、そーゆーのよくないと思うよー?」
「そーそー。もうちょっと? 空気読むってゆうかさー」
「はぁ」
わたしはスマホに視線を向けたまま無表情で生返事を返す。あんたらのことは眼中にないんだよ? と、わたしに絡んでくる頭の足りないクラスメイトたちにも理解できるように。
ちゃんと通じたようで、視界の端では彼女らの顔が引き攣っているのが見えた。あー、ダメだなー。わたしやっぱ嫌いだわこいつら。結衣先輩なら自分を嫌って嫌がらせしてくるような奴らにも下手に出られるんだろうか。あの人のそういうところは掛け値なしに凄いと思う。わたしには無理だ。雪乃先輩にも絶対無理だろう。そのかわりあの人ならソロプレイで薙ぎ倒すんでしょうけど。
「それで? 先週から着けてるその首輪、どうしたのかなぁーって」
「首輪じゃないですチョーカーですよってこれ何回言えば覚えますかね?」
一応チョーカーだと言い張ることになっているので、これだけは視線を合わせてきっちり訂正を入れておく。まあとはいえ、言い終えたらスマホの画面に視線を戻すのだが。ラインで先輩たちに送ったヘルプコールは、今この瞬間もタイムラインから押し流されて行っている。と言っても、事前に取り決めたコールの合い言葉自体が画面覗き見されても分からないようただのスタンプになってるんですけどね。
……まったく。わたしは大丈夫だって言ってるのに。あのお節介な人たちは、わたしの些細な言葉をちゃんと覚えていて、なんとかしてくれようとしたのだ。
『こっちは単純にわたしが嫌われてるだけっぽいかもなので』
何の気なしに言った、自虐や自嘲すらないただの現状説明だったのに。
雪乃先輩が嫉妬に走った女が自己顕示欲から何を望むか、どんな行動を取るかを実体験の経験則から予測して。それを元に先輩が自らを悪人に見せて暴れようとしたけど、自分を使い潰す方向に突き抜けようとするのを結衣先輩がたしなめて。三人で角突き合わせて考えてくれて、先輩がイケメンに化けたことを上手く使って、わたしの希望も取り入れて。そうして考えられた腹案は、わたしたちが始めたおままごとに沿ったものなのだ。
……こんなことされると、ますます離れがたくなってしまう。ほんとにずるい。麻薬みたいな人たちだ。
これ特に先輩には絶対オフレコのトップシークレットですけど、昨日のお休みだって録音をおかずに日がな一日快楽に耽ろうとそりゃもうヤる気満々でしたからね。まあ現実は録音失敗レベルのクソ音質に思わず布団にスマホ叩き付けるという惨状だったんですが……。仕方ないから記憶と妄想で代用しましたけど、最ッ高にハイってやつでしたね。なお即日で注文したお高いボイレコは未だに届いていない。konozamaだよクソが。
目の前のクラスメイトを忘れて楽しい思考に没頭し始めていたわたしは、ざわめくクラスの空気に対する反応も一瞬遅れてしまったようだった。
「いろははいるか? 困ってるって聞いてな」
だから静まった教室に通るその声で、ようやくのことわたしは先輩が来たことを悟ったのだ。
役者は揃った。さあ、演劇を始めよう。
「えっ、先輩? どうしたんですか一体」
わたしは目の前にいたクラスメイトを無視して、驚きを装い思わずといった風に椅子を立つ。
先輩はわたしを見つけると、照れの欠片も見せずに表情を緩ませ安堵の溜息を吐く。そのままクラスのモブを気にすることなく、わたし以外目に入ってないかのような態度でゆったりと歩いてくる。
――そう、先輩は怒っている。怒ってくれている。わたしのために。わたしのために!!
だからこそ、照れる余裕すら介在する余地なく、真摯極まりない心持ちで年上の素敵な彼氏を演じてくれているのだ。ただし三股の、と言うオチは付くが。
この状況下で先輩の通り道を塞げるような無謀な者もおらず、優しげな表情を浮かべたまま先輩はわたしに辿り着く。
「どうしたって、そりゃあ――」
掲げられた右腕はわたしの顔に近付いていき、親指は線を引くように首輪の表面を撫で、その終わりに掌がわたしの鎖骨から首筋を慈しむように覆うのだ。
――まるでわたしの全てが先輩の手の中のよう。わたしの何もかもが先輩の気まぐれ一つで決められてしまいそうな……。あれほどに優しい笑顔を浮かべているのに。
「心配、したんだよ。大変なんだろ? 生徒会の仕事、家に持って帰ってまで頑張ったんだよな。せっかくの休みの日だったのに」
「あ……」
わたしはその言及にかすかな声を漏らし、軽く俯く。きっとクラスからは事実を指摘されて小さくなっている頑張り屋な美少女生徒会長に見えていることだろう。なお本当にその時間でしていたことを考えると、背徳感が半端ねえことになる。秘め事フィーバータイムで清純女子高生のレッテル買うとかどこのAVですか?
「言えよ。頼れよ。お前の先輩はそこまで柔じゃねえ。だって――ああ、そうだ」
「っあ……」
先輩はわたしの首輪に指を引っかけ、引き寄せ、鼻が擦れそうな距離からわたしの瞳を覗き込み――
「責任は、取んなきゃなんねえだろ?」
「……わかり……ました」
その視線に縫い止められたわたしに、頷く以外の一体何ができようか。
……………………っひゃーっべー何これ何これ先輩マジイケメンじゃん封印されし犯罪首輪引っぱり解禁してくれたよ最の高こりゃもう念願叶ってテンションアゲアゲですわ涎出そうっとさすがにダメだガマンしろわたし、あくまでこれはクラスメイトに見せるための演劇だ。しかも先輩が限度超えることも辞さず衆目の前でここまでやってくれたのに、当のわたしが欲望に負けてお膳立てを台無しにするなんて無様、誰よりわたし自身が許せない。
わたしは脳内で自分の頬を引っぱたいて気合いを入れ直し、それをおくびにも出さないまま先輩の瞳を見つめ続ける。まあそれはそれとして、ここまでやればさすがに首輪について聞いてくるやつもいなくなるでしょう。誰がわたしに首輪送ったかなんてもうどんな馬鹿が見ても明白ですし。
「……ん。分かればよろしい。じゃ、残った仕事片付けに行くか……お?」
そこで先輩は教室の耳目を一手に集めていることに、今更になって気付いたフリをする。
「あぁ、みっともないとこ見せちまってたか? 恥ずかしいな……」
ここで初めて先輩は照れたような素振りを見せるが、いやいや今このタイミングで気付くような鈍感ってそれもう精神障害レベルじゃないですかありえませんて。だというのに、わたしのクラスメイトたちは大半ころりと騙されていて先輩から返される視線を正面から見られない。ちっ色気づきやがって……。
「――ああ、そういや、一度会いたかったんだよな。いろはのクラスメイトたち。ちょうどいい機会か」
先輩は手近なクラスメイトの女子に話しかける。そしてそれは距離の必然、先輩が来る直前までわざわざわたしの席に来て絡んできた彼女らとなる。
「な……なんでしょう、か……?」
先程わたしを縫い止めていた眼鏡越しの眼差しに、その女の目が蕩けていく。おいこら、人の彼氏に色目使ってんじゃねえぞ? ……いや正確には彼氏の雰囲気出してるだけだし、なんならわたしら三股されてる感じですけど。
問い返されてからギリギリ不自然じゃない程度の時間を置いて、先輩はわたしにゆるりと顔を向ける。そうして、この教室に来てから初めての笑顔を見せて、ってか魅せて、口を開く。……やっべぇ、鼻血出そう。先輩道踏み外してもホストかヒモで食ってけるんじゃないですか?
「いろはが生徒会長になるための後押しをしてくれたんだっけな、お前のクラスメイト。いろはのためにかけずり回って推薦人集めてくれたんだろ? ――あれがなかったら、俺といろはが出会うこともなかったんだよな。俺からも礼を言わせてもらうよ。ありがとう」
…………んうぉ~~。あ゛ぁ゛~~~~……。マジ最ッ高。ほぼイきかけましたね。すっごい優越感、これですよこれ! かっこよくなった先輩に向けたい取り繕った笑顔とわたしに対する焦げ付くような嫉妬が混ざり合って中途半端に歪んだクラスメイトの顔、これが見たかった! まして彼女ら、自分の手でわたしを生徒会長として送り込んだんですからねえ。それがわたしと先輩を引き合わせた直接的な原因になって、しかも自分たちは平塚先生にがっつり絞られたんですよね? 実名で推薦人名簿に名前書いたせいで言い逃れもできなかったから。
つまり彼女らの視点だと、自分たちが厳重注意されてまで成立させた渾身の嫌がらせが、優しくてイケメンな年上の恋人を至上初の一年生生徒会長の肩書きでラッピングしてプレゼントする事になった、ってことなんですよね。ははっ、とんだキューピッドだわ。あ~~いい気分。ほんっっっっと癖になるわこれ。旦那の年収でマウント取る奥方の醜い争いってこういうとこから発生するんですかね?
「い……いえ……。いろはちゃんの、ためですから……」
「ああ、これからもいろはのこと、支えてやってくれよ」
「……………………はい」
いやあやりづらいでしょうねえあの絞り出したような声! 声にならない葛藤の声が聞こえてきますよ! 先輩にいい顔しようにもわたしの意趣返しの告発一発で御破算ですし、さりとて人の悪意とか考えてなさそうな態度取ってる先輩に自分から曝露するような居直りもそうはできないでしょう。先輩の後ろでにまにましてるわたしに対する視線が痛いなー。あー痛いなー。
やられたらやり返さなくっちゃですよね。先輩。
さて実は、先輩たちに作ってもらった台本に、わたしは敢えてフリーハンドの時間を入れてもらっている。わたし手ずから痛烈なおかえしを入れてやるためにだ。先輩もしょうがねえなって、あのいつもの悪い笑顔で笑ってくれた。
唸れわたしの脳内台本。大丈夫、わたしの台本は超天才なんだからきっとできます。
わたしは先輩にそっと寄り添って片腕絡めながら、クラスメイトを軽く見渡す。
「あ、これからはみんなもわたしを支えてくれるんですか?」
これまでは違った、と言外に突っつきつつも、この先輩なら気付かないだろう、と連中が思えそうなラインの言葉選びで、言質をクラス全体にまで広げるわたし。実際の先輩は裏の意図まで丸わかりでしょうけどねえ。
「も、もちろんだよいろはちゃん!」
「っ……なんでも協力するよ!」
視線を向けられると、先輩の威を借るわたしに押し負ける人も出てくる。そうなれば櫛の歯が欠けるように折れる人は増えていき、最終的には同調圧力がその場の全てを薙ぎ倒す。ちゃんと協力するって言ったやつの顔は覚えたからな? しかしこれ、うちの節穴な担任が見たらさぞ感動的な場面なんだろうなぁ。幸せな頭してるよなぁ。
そんな薄ら寒い場面をたっぷり眺めた後、先輩は嬉しそうに、
「――いろは。いいクラスメイトに恵まれたな」
……思わず吹き出しそうになりましたよね。いやこれはガマンしきったわたし褒めていいでしょ。先輩の皮肉が痛烈すぎてこいつら全員マジ道化。つい今し方考えてた頭ハッピーセットな担任もこれ同じこと言いそうだな、って思ってまた吹きかけましたよ勘弁してください。
「ふふっ、先輩ったら。恥ずかしいじゃないですか」
「っと、悪いな。……んじゃ、生徒会室行くか」
「はい」
今にも口から零れそうな失笑と嘲笑を苦笑に変換して、わたしは先輩に手を引かれる。モブの人垣と机椅子で作られた堂々の花道を二人で歩く傍ら、わたしは最後の後始末に入った。
「あ、そういえば。葉山先輩が心配してましたよ? 先輩のこと。何か困ってることがあるなら相談に乗りたいって言ってました」
「っ、葉山が? そうか…………まったく、ほんといいやつだな。あいつは」
何気なく思い出した風に、わたしは葉山先輩の名前を出す。先輩がその名前に一瞬顔を歪めるも、すぐに平静を取り戻し上手い答えを返してきた。ってかどんだけ嫌ってんですか葉山先輩のこと。あの人あんなに素敵なのに。
無論、その素敵さは一年女子の間でも有名だ。わたしの狙い通り、教室はどよめく。この突如現れたいろはちゃんの彼氏であるところのイケメン先輩が、葉山先輩と懇意にしている。この作られた真実は、三股が彼女らに発覚したとき、先輩に向かうであろう悪意に対する強力な盾となるはずだ。わたしに向かう方? どーせ三股されてる女とかで哀れみかけてくるでしょうから承知の上だと堂々としてれば手詰まりですよ。今ここで格付けは済んだのだから、後はもうモテない女のやっかみだなと鼻で笑い飛ばしてやるだけで十分。お前らがモテないのはどう考えてもお前らが悪い。
思考が逸れた。そう、作られた真実と言っても、葉山先輩が心配してたのはガチなんですよね。先週木曜の放課後サッカー部のマネに行ったとき、葉山先輩にこっそり人目のないところに誘われていろいろと聞かれたのだ。いや素晴らしい経験でした。葉山先輩に連れ込まれるってシチュがまた捗りましたね、夜。
ともあれ、先輩の方も葉山先輩に対して思うところアリアリっぽいですし、わたしは実際のところこの真実は半ば事実じゃないかと思ってる。
「ですねー。まぁ、先輩はちょっと特別扱い、って気もしますけど。ともあれ、そんなわけなんで後で連絡しといてくださいね」
「ああ、まあ分かった」
その言葉を最後に、わたしたちは教室を出た。体面上生返事感は薄いですけど実際には連絡しなさそうだなあ。
後ろ手にドアを閉める間際、クラスメイトの歪んだ顔がよく見えた。彼女たちはわたしと目が合うと、歪みを一層深めていた。あれれー? わたしうっかり勝ち誇った笑みでも浮かべちゃってたんですかね? へらへら。
先輩に手を引かれ、わたしは歩く。ここまで来て詰めを誤ることはしない。誰に見られてもいいように、わたしたちは本当に生徒会室に向かう。こっそりと後をつけてくる馬鹿がいないとも限りませんしね。
生徒会室に向かう廊下。周囲に人影はなく、響くのは二人分の足音だけ。わたしは隣にいる先輩に頭を預け、この人にしか聞こえないような小さな声でぽつりと囁く。
「有言実行、できましたね。先輩」
「……そうだな」
やられたから、やりかえした。わたしのために怒ってくれるお節介な先輩たちと共に。狙い澄ました四人分の刃は、あのクラスメイトたちにはオーバーキル気味によく刺さった。
なら今度はわたしの番だ。あのクソメールをきっかけに、わたしたちはどこまでも仲良くなれたと。犯人の渋面に向かって、
やられたから、やり返す。
「有言実行、しなきゃですね。先輩」
「……戦争狂怖いわー」
「捻デレてんじゃないですよ」
まったく、この先輩は。ほんとにまったく。まったくもう。どこかのお姫様がほっぺにキスの一つでもしてやれば少しは素直になるんですかね? 雪乃先輩でも結衣先輩でもいいからさっさと奪っちゃってくださいよ。あんまり待たせすぎると、後に続く方も辛いんですからね。