どう考えても、俺が三股疑惑かけられるのはまちがっている。 作:サンダーソード
由比ヶ浜との演劇が延長延長と来て再度のパワーアップを果たしてくれやがった。フリーザ様かよ。昨日のクラスメイトに対する反撃がよっぽどスカッとしたのか一色はそれはもう殊の外上機嫌で、つまりアップデートもハイテンションの産物だ。お前最初の台本がリテイク食らった理由忘れてないよな?
とはいえ、その当初の理由を再度踏み抜いてるわけでもないので問題がないと言えばないのが問題だ。そう、いちゃもんつけて却下できないという問題である。
昨日に引き続き由比ヶ浜とは幾度となく視線を交わし合っていて、二日分を合算すればとうに三桁を踏んでいる有様だ。一度なんて平塚先生に名指しでちゃんと前見ろって言われたぞ。にやにや笑いながらだったからまあこれ確実にからかい混じりよな。おのれあのアラサーめ余計なことを……。
だが、三時間目の休み時間。由比ヶ浜からライングループにメッセージが投げられた。
『今度はいろはちゃんのが来たよ。昼休み部室でいいかな』
犯人の攻勢が激しくなってきたな、と思いつつ了承の旨を返したら、当の本人からも連絡があった。
『あーそれですか。わたしの方にも届いてますけど、後回しでいいです。特に情報増えるような内容じゃなかったですから』
こいつ来てたのかよ。思わぬ内容のメッセージに俺も反射で返してしまう。
『お前、言えよ』
『いろはちゃん、来てたの?』
『一色さん、ちゃんと共有すべきと言ったのはあなたじゃないの』
由比ヶ浜と雪ノ下のメッセージも後から積もり、多かれ少なかれこの後輩のことを心配したと明示してしまう。
長文を記入する程度の僅かな間を空けて、一色のメッセージが帰ってきた。
『いえ、放課後になったらちゃんと言うつもりでしたよ。わたしのだけだから誰が事故で知るとかもないですし、先輩たちの演劇邪魔したくなかったですし。もういい加減結衣先輩のも延び延びになっちゃってますからね。週までまたいでるんですよ? 結衣先輩のが終わらないと次のおままごとに行けないのも分かりますよね? 何より結衣先輩、今日は超頑張ったんでしょ。それを台無しにするのは有り得ません。なので遠慮なくどうぞ」
……こうまで言われちゃ俺たちにできることは一つしかない。由比ヶ浜と顔を見合わせ、どちらともなく頷き、俺たちはほぼ同時に了解のメッセージとスタンプをラインに流した。
昼休み。彼らを中心としたここ最近の激動に、クラスどころか学校全体が浮ついた雰囲気を持て余しているように感じられる。
戸部に痩せたかとか聞かれたけどこれ主観的にはやつれたって言う方が妥当だと思う。話に乗って減量したとは答えたが、いや俺も見習おっかなじゃなくてだな?
チェーンメールの一件からこっち、結衣はお昼は奉仕部にかかり切りになっていて優美子も密かに寂しそうにしていた。先週末に新たに広められた姫菜たちのチェーンメールのこともあって、彼女らの精神状態はあまり良いものとは言えなかった。
だから昨日、結衣が教室に残って一緒にお昼食べられたのは優美子や姫菜にとって慰めになったと思う。質疑応答のガードは相変わらず堅かったけど、それで彼女らの仲の良さがどうにかなるわけもない。
グループメンバーの空気が良くなったことで少しばかり胃が楽になり、昨日は普段通りに食べられた。今日もご飯は美味しく食べたいと願いつ、結衣を見て猛烈に嫌な予感に襲われる。
彼女はお弁当二つを手に立ち上がり、昂揚と決意を面に比企谷の席に向かっていく。
「……ヒッキー。よかったら、でいいんだけど。あたし、ヒッキーのおべんと作ってきたの。……いっしょに、食べない?」
……今日の昼食、昨日の半分ほども俺は食べられるだろうか。
……また思いっきり攻め込んだなぁ、結衣。
結衣の爆弾発言の後、教室の注目は完全に二人に集まった。先週の雪ノ下さんの手作り弁当に対抗して? でも、私から見て結衣たちはとても張り合ってる、ないしは取り合ってるって感じじゃなかった。むしろ女の子同士も、私の経験上信じられない通り越して有り得ないレベルで仲良かったし。何がどうしたらあんな関係を構築することができるのか……思考が逸れた。
ヒキタニくんは結衣の言葉に目を見開き、次いで結衣が両手で差し出すお弁当を……違う、お弁当を捧げ持つ両の手を見てる? 静寂が支配する教室。椅子を引く音を立ててヒキタニくんが立ち上がり、お弁当に添えた結衣の両の手を包み込むように重ね合わせる。
「……ありがとう、結衣。すげー嬉しい」
「あっ、あんまり上手にできてないかもだけど、でもママに手伝ってもらいながら作ったから、ちゃんと食べられるはずで……」
「喜んで食うよ。結衣が俺のために作ってくれたんだから」
そう言って、ヒキタニくんは結衣の手指を愛撫するように優しくなぞる。
「分かるよ。お前が頑張って作ったことくらい。両の指先に生傷こさえてまで俺のために作ってくれたんだろ。……嬉しくないわけねーじゃねえか」
ヒキタニくんの言葉に結衣の緊張が綻びて、心底嬉しそうな笑顔に変わっていく。
「じゃあ、奉仕部行くか。一緒に食べようぜ」
「あ、それなんだけど……。ゆきのんもいろはちゃんも今日は用事あって、奉仕部開かないんだって」
「ん? そうなのか」
ヒキタニくんはスマホを取り出し、軽く確認する。それで得心が行ったのか、すぐにしまって結衣の手からお弁当を受け取った。
「来てたわ。一色には昨日ちゃんと忙しけりゃヘルプ出せっつったからまあ無茶はしないだろ。雪ノ下も手が必要な感じではねえしな。んじゃ、どうする?」
問い返す先、結衣は呼吸を整えるような間を僅かに置いて。
「こ、ここで良くないかな?」
爆弾にニトロをぶっかけるような発言を繰り出した。
いやいや。いやいやいや。いやいやいやいや。え、マジで? だが結衣は顔を真っ赤にしたままその場を動かない。マジなのか……。
「ああ、そうするか。寒いしな」
ヒキタニくんは私じゃなきゃ見逃しちゃうほんの一瞬だけ詰まって、その言葉を吐き出した。つまりこれは、教室の中で結衣のお手製のお弁当を二人で突っつくことを了承したと……?
魔法の首輪があってなお、いままでのヒキタニくんの行動原理と余りにも違いすぎて思わず周囲を見てしまう。そのおかげだろう、私が優美子のそれに気付けたのは。
反射の領域で優美子が上げかけた手を掴み、取り下げる。隼人くんも優美子に手を伸ばしていて、即座に止めようとしていたのが窺えた。そのまま何か言い募られる前に優美子の耳元で囁いて、取りうる行動全てを事前に潰す。
「優美子ストップ。邪魔しちゃダメ」
単純に優美子は結衣が教室に残ると聞いて、昨日みたく一緒に食べようと思ったのだろう。恐らくはヒキタニくんも引き込んで。だがそれはあの二人のいちゃらぶを邪魔することになる。ここにいない雪ノ下さんたちと示し合わせてるのも明白だ。それを妨害するのは結衣たちにとって望ましくないだろう。それに私もあそこまでの模範的バカップルを隣に置いて昼食というのは、リスク管理の点から遠慮したい。
こちらでごたごたやってる間に、結衣はヒキタニくんの前の席で後ろ向きに座り、ヒキタニくんの机を挟んで向かい合っている。お弁当も後は蓋を開けるだけと準備万端。千葉村でカレーに桃缶とかふざけたこと大真面目に言ってた結衣がどんなお弁当作ったのかは気になるけど、遠すぎて中身見えそうにないし邪魔したくないから近づけもしない。と言うか、あれを邪魔できる胆力持ってる人うちのクラスには優美子くらいしかいないでしょ。しかしヒキタニくんの席周りが完全にエアポケットになっているのに、クラス中が二人を覗うように視線を飛ばしててまるで台風の目みたいになってるな。
「ど、どうかな……?」
お弁当を前に緊張気味の結衣は、掠れるような声でヒキタニくんに問いかける。ヒキタニくんはお弁当の蓋を開き、少し驚いたように目を見開く。その顔に噛み締めるようなじんわりした笑みを広げて、結衣の頭に手をやり、撫でて、えっ、えっ、嘘でしょ昼休みの教室のど真ん中でキス!? いや違う、あれは耳元で囁いてるだけ……? いやそれにしたって近いけど、何してんのあの子ら……。お弁当の評価述べるだけであんな……。
真っ赤になった結衣はヒキタニくんにされるがままで、抵抗する素振りもまるでない。本当にキスされても余裕で受け入れる雌顔だよねあれ。すぐ側で囁かれる言葉を受けて結衣の表情は解れていき、ヒキタニくんが離れる頃には満面の笑顔があの子の内心を鮮明に主張していた。ヒキタニくんの方も結衣に負けないくらい真っ赤な顔で、首輪の魔力で彼が根底から変わってしまったわけではないらしいことは辛うじて分かった。
二人は手を合わせて食べ始める。食事の合間合間にヒキタニくんは結衣の頭を撫で、机に乗り出すように耳打ちし、それが終われば顔を見合わせ照れくさそうに微笑みあう。結衣は結衣でヒキタニくんを掌だけでこそっと手招き、耳を傾け寄ってくるヒキタニくんに近付いてやはり耳打ち、笑顔を交わす。なんなんだあの空間は。糖分過多すぎてさっきから昼食の味がしないんだけど。あ、結衣がヒキタニくんの唇の横に付いてるごはんつぶ取って……食べた!? 顔真っ赤じゃん二人とも! そこまでするの!?
と、結衣が何か言いたげにもじもじしだす。ヒキタニくんはそれを優しく見守り、柔らかな視線に背を押されながら結衣は震える手でおもむろにおかずを……あれは卵焼き? 少し焦げ気味のそれを、箸で掴んで……えっ、まさか……。
「ヒッキー……。あ、あーん……」
や、やった! 私たちに出来ないことをやってのけた! 教室を見渡せばそこに痺れたり憧れたりしてる人も散見される。とべっちとか大岡くんとかサキサキとか優美子とか。ざわめくクラスの中、ヒキタニくんは余裕を保とうとしつつも少し強張りの残る顔で一つ頷き、差し出された卵焼きを囓る。チキって箸ごと頬張れなかったのはまだヒキタニくんらしさ残ってるなと思いつつも、結衣は箸を降ろさない。そりゃそうだ、あの囓りかけを食べるべきはどっちかって言ったらどう考えてもヒキタニくんだろう。遅まきながら彼もそれに気付いたのか、意を決して残りを丸ごと食べてしまう。二人の顔は今にも火を噴き出さんばかりだ。ヒキタニくんもあれちゃんと味分かるんだろうか。
味わうように咀嚼し、ゆっくりと嚥下し、一つ息つくヒキタニくん。結衣はドキドキ顔でその審判を待つ。
ヒキタニくんは慈しむような笑顔を浮かべ、先程よりも一層優しい手つきで結衣の頭から頬までを繰り返し撫ぜる。結衣の顔が蕩けていき、それが安らぎに変じて、結衣は自らを撫でる掌に自分のそれを重ねて目を閉じる。ヒキタニくんは覆い被さるように身を乗り出すと、肩を軽く抱き寄せ、二言三言囁いた。熱に浮かされたような表情でそれを受けた結衣は、重ねた掌を唇まで持ってきて……有り体に言えば、ヒキタニくんの掌に口付けた。
直後結衣はびくっとして、はっとしたように周囲を見回し、慌ててヒキタニくんの掌をパッと離す。ヒキタニくんの方も固まっていたが、慌てる結衣を目の当たりにようやく硬直を解除して、背筋を伸ばして座り直す。……あれ、完全に二人の世界入ってたでしょ。教室内ってこと一瞬頭から抜け落ちてたよね?
もはや首輪の違和感をも打ち消して、完全に恋人同士のやりとりだ。むしろそこらの恋人なんかじゃまるで相手にならない濃密なやりとりに、クラス全体が当てられている。とべっちも大岡くんもサキサキもめっちゃ羨ましそうな顔で二人のやりとりを見てるし、優美子なんか隼人くんに同じことおねだりしたい感がまるで隠しきれてない。見すぎ。隼人くん見すぎだから。
……参ったなあ。一人の友人としては素直に結衣のこと応援したいけど、このグループもクラス全体もここ最近の彼らの奇行で頭が春色に傾いてきてしまっていて、そういう事柄からは距離を置きたい私としては不都合でつまり不本意だ。
昨日のランチでも、とべっちはいやあこないだ告られたんだけどーとか言って気にしてほしそうに私をちらちら見てたし、それを受けて大岡くんも俺も彼女欲しくて告ったんだけど失敗しちゃってさーなんて、とべっちの後押しのつもりなのかそれとも先越されないための牽制のつもりなのかはたまた何も考えてないだけなのか判断に迷うようなことを言っていた。優美子も見るからに火が付いちゃってて、隼人くんに対するお誘い攻勢が始まりそうな予感に他人事ながら大変そうだなあと現実逃避気味に思うばかり。
……とはいえ、私のチェーンメールを見てから直接的に怒ってくれたグループの皆――特に優美子ととべっちの怒りは相当なものだった――のことはやっぱり有り難いと思うし、その後はメール自体をなかったものとして扱ってくれる気遣いも嬉しくないわけじゃない。ほんと、友達としてはこの上ないくらいなんだけどなぁ。腐った私には勿体ないほどに。
結衣たちはまた頭撫でたり耳打ちしたりしながら残りのお弁当を片付けていたけど、最初のときのやりとりに比べれば幾分かぎこちなくなっている。……さっきのが尾を引いてるんだな。
結局昼休みいっぱいヒキタニくんと結衣は存分にいちゃこらしていた。……私が色恋沙汰の面倒からは距離を置きたいと思ってるのは今も変わらない。ただ、幸せの只中にいる結衣のことがまったく羨ましくないかと自問すれば、帰ってくる自答は沈黙だった。