どう考えても、俺が三股疑惑かけられるのはまちがっている。 作:サンダーソード
「うっす」
「お待たせ」
「あ、来た来た来ましたね」
放課後。ヒッキーに連れられて、足早に部室までやってくる。いろはちゃんのチェーンメールのことがあるからだ。寄り道もお話もしないでまっすぐ来たのに、ゆきのんもいろはちゃんも先にいた。
ゆきのんはあたしたちを見てうんって一回うなずいて、すぐに話を始めようとする。
「それではさっそく話を……」
「それで先輩がた。お昼、どうでした?」
でも、肝心のいろはちゃんがこんな調子で、あたしたちはがくってしちゃった。それといっしょに、昼休みのことを思い出して顔がかーって熱くなる。
思わずヒッキーをちらって見ちゃうけど、ヒッキーもあたしとおんなじような顔しておんなじようにあたしを見てた。また気恥ずかしくなって、二人いっしょに目を逸らす。
「い、一色。んなことよりお前のチェーンメール来たんだろ。どう考えても話すべきは」
「わたし渾身の台本による先輩たちの演劇に決まってるじゃないですか! あんなクソメールのことなんて後回しでいいんです!」
いろはちゃんはぐっとガッツポーズしてわーっと一気にしゃべる。自分がチェーンメールの相手になったことなんてほんとにどうでもいいって思ってそうな勢い。
「お前それ本末が七転八倒してんじゃねえか……」
「あはは……」
「で? で? どうだったんです? さっきの反応見るに盛大にスカったわけじゃないんでしょう?」
身を乗り出して聞いてくるいろはちゃんにヒッキーもタジタジだ。あっちこっちにきょろきょろして、なんとかごまかそうとしてるのが見え見えで。
「いや……そもそもあんなオールフリーみたいなのは台本なんて言わね」
「そういうのいいですから。ほら、先輩がムダに逃れようとするだけ後に控えるクソメールの話し合いのための貴重な時間がどんどんなくなっていきますよ? 先輩のせいで」
いろはちゃんはそんなヒッキーの言い訳を最後まで言わせずに、どんどん追い詰めていく。ゆきのんもやっぱり興味はあるのか、わざわざいろはちゃんを止めたりはしない。あたしじゃなくてヒッキーに聞くのは、きっとヒッキーが恥ずかしがるのが見たいんだろうな。気持ちは分かる。あたしも恥ずかしいけど、やっぱりみんなのも聞きたいし。出来ればヒッキーの口から。
ヒッキーが困ったようにあたしを見て、あたしも苦笑してうなずき返す。
それでようやく、ヒッキーはもごもごしながら話し始める。あたしに助け求めてるみたいな目で見てきたのは、多分話すの変わってくれないかなって思ってるのかな?
「……最初の方はいいだろ。この辺はだいたい台本通りだったんだし」
「え?」
「ほほう?」
あたしは思わず声を出してしまった。もちろんいろはちゃんはそれを聞き逃したりなんかしない。
「先輩?」
「…………んだよ。嘘じゃねーぞ」
「だとしても、真実を余さず語っているわけでもなさそうね?」
ヒッキーはそっぽ向いて誤魔化そうとするけど、ゆきのんといろはちゃんの視線はどこまでも追っていく。それでもヒッキーがだんまりを続けてると、二人の視線はあたしを向いた。それに押されてつい、傷の付いた指先を触れ合わせてしまう。
「あー……えっと、あたしのおべんと受け取るとき、ヒッキーがこのケガ気遣ってくれて……。それだけ……うん、それだけ」
傷を撫でてくれたり、がんばったってほめてくれたり、嬉しいって言ってくれたり……。これ全部気遣うでいいよね? まちがってないよね?
あの言葉は、台本にはなかった。だから、あたしが失敗したからこそヒッキーがかけてくれたあの言葉は、全部ヒッキーが思ってくれたこと。あたしはそれがふわふわするくらい嬉しかった。
「……いいアドリブもらったみたいで何よりですねー。後でもっと詳しく聞かせてください」
「そうね。是非微に入り細を穿って台詞から動作、ニュアンスまで丸ごと聞き出したいところね。比企谷くん、今は続きを」
「俺かよ……もうこのまま話者交替でいいじゃん……」
逃げられなかった。恥ずかしいけど、でもこういう話ゆきのんと出来るのってすごい楽しみかもしんない。いろはちゃんも、どうなんだろ? ヒッキーに惹かれはじめてるのはまちがいないと思うんだけど、それがどんな感情なのかイマイチ読めない。それに隼人くんのこともあるし。そんなことを思ってたら、ヒッキーの話も進んでた。
「……で、弁当広げてからのフリータイムだけどよ。話すことなんて殆どねーぞ?」
「いやだからそういうのいいですから。だいたい結衣先輩とやってるのに話題なんて尽きるわけないでしょ。で、なに話したんです? ちゃんと睦言めいたやりとり出来ました?」
そう。この台本、最初はあたしとヒッキーがナイショばなしして笑い合うだけだった。先週の、オクラ入りになったあたしとヒッキーのペットの話を見てて思いついたらしい。……中止って意味だと思うんだけど、なんでオクラが入るとそうなるんだろ。まあいいや。
で、台本の中身はなにもなし。『話題? 昨日の晩ご飯でも今日の天気でも明日の授業でもなんでもいいんじゃないですか?』とか言って、ヒッキーにめちゃくちゃツッコまれてた。なんでそんなことするのか聞いたら、『会話が聞こえないからこそかき立てる妄想こそがむしろ最強のスパイスなんですよ!』ってすっごい力入れて語ってた。
「中身なんでもいいっつったのお前だろ……弁当のことを話してたけど。昼食時なんだからおかしくねえだろ別に」
ヒッキーは頭とかほっぺとか愛撫するみたいに触って、耳元まで口を寄せて『ほんとにうまそうで驚いた』って言ってくれた。がんばったのが認められたみたいで、ほんとに嬉しかった。この、お互いにスキンシップ取りながらナイショ話っていうのが、いろはちゃんの一個目の台本改良。ただナイショ話だけするよりももっと親密にってことらしい。恥ずかしかったけど、それ以上にヒッキーの手に触られるのがゾクゾクした。
ただ、ヒッキーは今ちょっとだけ隠し事をした。あたしが作ったのはどれかとか、これ作るの難しかったんだよとか、お弁当の話も少しだけ続いたけど。ヒッキーはちょっとだけ聞きづらそうに、いろはちゃんのチェーンメールのことも聞いてきた。これをいろはちゃんに言わないのは男の意地ってやつなのかな? ヒッキーがナイショにしたいんなら、あたしも黙っておこう。
「で、で、あーんは? あーんはどうなったんです?」
そう、これが二個目の台本改良。あたしが手作りのお弁当作ってくる気があるならってことで、いろはちゃんは心の台本がどうとかって言いながら、とっておきですけどってもったいつけて出してきた。
あたしは卵焼きで勝負をかけた。この前ヒッキーが作ってきたから、あたしも作れるようになりたかったのだ。失敗はたくさんしたけど、最後には食べられるものがちゃんとできた。
「…………やったよ。もういいだろこの話は」
「馬鹿言わないでください一番大事なとこじゃないですか! どうだったんです結衣先輩!」
「えっ!? あっ、えと……心臓壊れちゃうかと思った」
「くゎ~~~、大成功じゃないですかあ! このこのっ! ハグは? ハグはしたんですか!?」
「できるわけねーだろ……」
ヒッキーは二回に分けて卵焼きを食べた後、すっごく優しくなでてくれて。ヒッキーは『うまかった……と、思うが……つか味なんて分かるかよこんなの……』なんて言った後、付け足すみたいに『……いつか、演技じゃなくなる日が来ることもあるのかね』って。あたしはそれでオーバーヒートして、ほとんど無意識でヒッキーのてのひらにそっとキスしてた。それに気付いたとき、思わず周り見ちゃったけど、やっぱり注目されてて恥ずかしさがぐわって来た。
そこからはもうどうにかこうにか台本をなぞるだけって感じで、お話の中身も昨日の晩ご飯とか今日の天気とか明日の授業とかそんなのになった。いろはちゃんは『盛り上がったら最後にハグの一つでも入れれば完璧でしょ。知りませんけど』って言ったけど、あのときのあたしたちにとてもそんな余裕はなかった。最高の最高に盛り上がってたとは思うけど。
「それで、その……」
と、ここまであんまりしゃべらないで話を聞いてたゆきのんが遠慮がちに口を開いた。なんだろ?
「お弁当は……ちゃんと食べられるものだったのかしら?」
「酷いよゆきのん!!」
あたしの名誉のためにちゃんと主張するけど、おべんとはちゃんとおいしかった。……だいたいはママのおかげだけどさ。
「で、だ」
逸れに逸れた話をようやく戻す。まあ逸れた話を話し尽くしてやっと一段落ついただけの話でもあるが。
「一色、チェーンメールは」
「ああ、忘れてました。はい、これです」
お前マジで忘れてたの? さすがに軽口だよね? などと思いつつも、一色が長机に置いたスマホの画面に俺と雪ノ下は注視する。由比ヶ浜は自分に送られた時に見ているからか、そっと後ろから覗いていた。実のとこ俺も既に由比ヶ浜から聞き出してはいるけど、他の二人はそのこと知らんし誤魔化しと再確認にかぶりつきで覗き込む。
『一色は略奪趣味の地雷女。彼氏持ちの子はご注意』
「……またこれは」
「下劣ね……」
「ね? 情報増えそうにないでしょ?」
着目点がおかしくない? 鋼メンタルかよこいつ。いやさすがに強がってるだけ……だよな……?
そんな俺の視線をどう感じたのか、一色は恥ずかしそうに弁明する。
「……ああいえ、いくらわたしでもなんもなしで一人でこれ見たら多少はショック受けてたかもですけど……。でも、先輩たちとこういうバカ騒ぎして、クラスメイトも手玉にとって、いっぱい楽しんでからこんなの投げられてももう負け犬の遠吠えにしか見えなくって。もう鼻で笑い飛ばして逆に相手を哀れむまでありますね。だって、先輩がた誰も信じてませんでしょ?」
「当たり前じゃん!」
「馬鹿馬鹿しいわね。そもそも略奪趣味を持つ女性が、こんな途方もない三股かけられるような提案をするはずがないでしょうに」
「お前男にちやほやされるのは好きでも、略奪仕掛けて恨み買うのは御免被るって思うだろ。あれだ、お前が自分のかわ……あざとさに磨きをかけてモテるだけモテてそれで嫉妬されるのはお前悪くないけど、略奪したらそれは完璧お前が悪いから逆恨みじゃなくなるし、そうなったら相手に徒党組んで殴れる口実与えることになるしな。そういうことはしねーだろ。めんどいから」
少なくとも俺がこいつなら愉悦目的でそんな火遊びはしない。リスク管理的に考えて。
「おっと擁護に見せかけて背中斬りつけてる外道が一人混じってますね? 聖人君子のいろはちゃん捕まえて何的の外れたこと言ってやがるんですかこの野郎。あっ、結衣先輩と雪乃先輩はありがとうございます! わたしもお二人のことは信じてました!」
一色がわざとらしく由比ヶ浜と雪ノ下の手を取り、感動しましたと言わんばかりの笑顔を浮かべる。これには二人も苦笑を浮かべる他ない。えー、俺のプロファイル結構当たってると思うんだけどなー。こいつの小賢しさはちょっとしたもんだし。
「ふふっ、クソメールのおかげで毎日楽しく生きてるわたし。これもう完全勝利してると言っても過言じゃないですね!」
そうそう、ガッツポーズでこういう発言するやつだから当たってると思っちゃうんだよな。……当たってるよな?
「まあそれはともかく。このチェーンメール、なんか分かることはあるか?」
「そうね、最初に確認取っておきましょうか。由比ヶ浜さん、あなたに届いたチェーンメールはこれと同じものでいいかしら?」
「え? あ、うん。だいじょぶ……って言うのも変だけど、ちゃんと同じものだよ」
ああ、そういえばそこ気にしてなかったな。普通に同じだったし。対象が同じチェーンメールが複数種同時にばらまかれるとか考えたくもねえわ。
「ゆーて増える情報ありますかね? わたしも十秒くらい考えましたけど、特に何も思いつきませんでしたし」
「お前それでよく考えたって言えるよな」
「一色さん……」
雪ノ下が額を揃えた指先で押さえて溜息を吐く。と、由比ヶ浜だけが未だに画面を見続けて、何事か考えている。
「由比ヶ浜?」
「なんで……」
そこにある違和感を見逃さないようにするためなのか。彼女はスマホから目を離すことなく言葉を続ける。
「なんで……いろはちゃんのだけなんだろ」
「由比ヶ浜さん、それはどういう意味かしら」
「あ、えっと。このチェーンメール来たときから引っかかる? っていうか、気になってたんだけど……。最初がヒッキーの一人で、その次がゆきのんたちの三人じゃん? そんで、今回がいろはちゃんの一人だけ。……これで女の子四人目で、その、三股からずれちゃってるし、これあたしだけいないよね? なんか……変じゃない?」
「それは……」
そうかもしれない。変、と言う言い回しが正しいのかはともかく、犯人が何考えてるんだかさっぱり分からん。
え、まさか由比ヶ浜の名前だけ出さないことでこいつに犯人擦り付けようとしてるとか? はん、その発想は俺が一年前に通った道だし何より由比ヶ浜が犯人とか天地が引っ繰り返っても有り得ねえよ。もしそうなら余りの舐められっぷりに腹も立急に柏手が響き思わず身を竦ませる。
何事かとそちらを見れば、両手を打ち合わせた一色が自分の鳴らした音に怯んでいた。いや何してんだお前。
「おおう……思ったより鳴りましたね……。あ、こほん。はいはーい、その辺で中断中断! 下手の考え休むに似たりですよ! 皆さんそんな難しい顔して机上の空論こねくり回してる暇あったらもっと楽しいお話ししましょうよ! 台本のネタ出しもいつでもウェルカムですよ?」
その言葉に雪ノ下、由比ヶ浜とも顔を見合わせる。今は狐につままれた顔してるが、さっきまではしてたんだろうか。俺みたいな難しい顔。
「大前提として、こういう馬鹿やる馬鹿が犯人なんですよ? 馬鹿だからちゃんと考えて動いてるとも限りませんし、大真面目に考えてもこっちが馬鹿見るだけじゃないですか。だいたい……」
一色は雪ノ下を指差し、
「ハイスペックに任せた正攻法しか知らないマジメちゃんと」
「何故かしら、そこはかとなく貶されている気がするのは……」
次に由比ヶ浜を指差し、
「同じバカでも方向性が違う天然系いいこちゃんと」
「あたしいろはちゃんにバカだと思われてたんだ!?」
最後に俺にその指を向けて、
「クズはクズでも他人を貶めるのとは違う自堕落型クズが」
「オチ担当か。知ってた」
「いくら雁首揃えて考えたって、こういうことして喜ぶ小物の考えることなんて分かりゃしませんて。相性悪いでしょ。そもそも全部のメールが同一犯かからして不明だってのに、そんなムダなことに血道を上げるくらいなら生徒会の雑用やってた方がマシじゃないですか。暇ならなんか適当にイベントぶち上げてもいいんですよ?」
などと腕を組んでふふんとどやはすしてる一色。あまりに偉そうな態度でいっそ感心するわ。
実際のところ、雪ノ下は人心掌握がド下手くそなだけで搦め手はまるで知らないわけじゃないし、由比ヶ浜はキョロ充やってただけあってこういった悪意を身近にしてきた経験もある。俺も俺でそういった感情は幾らでも身のうちに持っている自負はあり、そんな俺たちが考えることに意味がないとは思わない。が、一色が敢えてこんな言い様で俺たちを止めたのは、俺たちがこいつのチェーンメールで沈み込まないようにするためだろう。……だよな? いやこいつのことだから素で思ったことを言っただけかも……。うーん有り得る……。
まあどうあれ、一旦切れた集中を取り戻すのも億劫だし、新しくタスクぶち込まれるのも願い下げだ。
「仕方ねえな。んー、台本のネタ出しねえ……。……もうちょっと穏当な台本になりません?」
「なりませんので諦めてください。結衣先輩、今日の体験から何かしてほしいこととか思いついたりしませんかね?」
「うえっ、あたし!? え、えーっと……」
「いやまともに取り合わなくていいから。つかお前これ以上過激化させる気かよ……」
「あら役得谷くん、あなたにとってはその方が都合がいいのではなくて?」
「……黙秘する」
ここは後輩の口車に乗ってあげるとしようか。あの時の図書館でのこいつのように。