どう考えても、俺が三股疑惑かけられるのはまちがっている。   作:サンダーソード

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問。さて、今回はどこからどこまでが台本だったでしょう。


「んー……。おもちをね、焼いちゃったの」

 放課後デート。買い物やプレゼント選びなどの名目もない、なんの言い訳の余地もないデート。流れで決まったことなのに改めて意識すると身体が勝手に熱を持ち、我知らず動作もぎこちなくなる。いっそ相手が三人だからこそマシなのかもしれない。その、なんかそういう雰囲気的に。

 なおこんな規格外の美少女三人が首輪着けて歩いてたら悪目立ちも極まるので、学校から出て人目のないところで外してもらった。学外にまでこんな土着の風習を感染させてなるものか……!

 まあ実際のところ、俺が頼むまでもなく彼女たちは帰宅時には外していたそうだ。そりゃそうだ、こんな首輪家族には見せられんわ。雪ノ下の父ちゃんとか娘がこんなもん着けてるの見たら発狂するんじゃないの……?

 この時期、日が落ちても完全下校時刻にはなお遠い。一色と由比ヶ浜に引っ張り回される形でウィンドウショッピングやらゲーセンやら食べ歩きやらとデー……無目的に遊び回っていた俺たちだが、暗くなってからも俺が解放される時間にはまだ間があった。

 そう、間があったのだ。間があってしまったのだ。でもだからってこれはおかしくない? おかしいでしょう? おかしいよね?

「どう? お口に合うかしら」

「あ、は、はい」

「そう? よかったぁ~! ヒッキーくん甘いもの好きって聞いてたから、これくらいかなって思ったのよねぇ。ね、結衣?」

「ちょっとママやめてよ! ヒッキー困ってんじゃん!」

「えー、ママもヒッキーくんとお話ししたいー」

「うぅー!」

「ははは……」

 由比ヶ浜が母親に……姉じゃないよね? ママだよね? 母親に威嚇するが、当の相手はにこにこ嬉しそうに柳に風。俺たちに興味津々なのは普段娘さんからどんなお話聞いてらっしゃるんですかね……?

「ゆきのんちゃん、結衣は学校ではどう? 迷惑かけたりしてないかしら」

「え、ええ。迷惑なんてそんな……かけられていないわけではありませんが」

「そうだったんだ! うわーん!」

 由比ヶ浜が、いっそ戯画的に硬直するほどのショックを受ける。いや雪ノ下そこで言葉止めちゃ駄目だろ。なんでそういうとこばっか口下手なんだか。

「でも補って余りあるほど由比ヶ浜さんにはいつも助けられています。本当に……」

「ゆきのん……」

「そうなの? この子、最近は特に学校が楽しそうでねえ。きっとゆきのんちゃんたちのおかげね、ありがとう」

「いえ、こちらこそ……」

 最近特に、と言う辺りでこっちにまで流れ弾が飛んでくるがももも問題はなない。俺はどここここまでも平静でおじゃるからな。何これ平静どこ行った。

 だが、由比ヶ浜が無理して身を削っているわけじゃないという証言が家族から取れたのは僥倖だった。同時に、由比ヶ浜が喜んでいることが分かおっとこれ以上は考えるなえーっとそうそうこの卵焼きうまいんだよな。……あれ、これお弁当で……いや考えるな少なくとも今は!

「いろはちゃん、最近奉仕部に入った子よねぇ? 生徒会長もやってるんですってね。えらいわぁ」

「いえ、一色さんは部員ではありませんが」

「違うの!?」

「違うんです!?」

「え、ええ……。入部届を受け取っていないもの……」

「あら~、ゆきのんちゃん。仲間はずれはダメよ?」

「仲間はずれというわけでは……」

「書きます! 書きますよ入部届くらい何枚でも!」

「あたしのときとおんなじやつだこれ……」

 いつか見た光景が目の前で繰り返される。雪ノ下のこういう融通が利かないところはあの頃からまるで変わっていないようだ。……まあ、色々柔らかくなってるところも多いけどな。他ならぬ由比ヶ浜のおかげで。

「んー、でも今日はとっても良い日ねえ。まさか結衣がヒッキーくんたちを連れて帰ってくれるなんて」

「あたしさっそくそれを後悔してるよ……」

 放課後デートの終わり際。残りの時間を潰すために四人でどっか寄って夕食でも、という流れになったのだが、生憎と俺のお財布は二週間前に首輪三人分を購入して以来欠乏気味で、ついに此度のデートで底を尽きてしまったのだ。

 下手に和やかなで楽しいデートだったせいで余計に切り出しにくくなった空気の中、勇気を出してあるいは諦観と共に自白した結果溜息&苦笑&白眼視に迎えられた。誰がどれかは当ててみてくれ。

 まあそんなわけですのでお開きにしません? とお伺いを立ててみたのだが。一色がここで「まだ時間ありますし、突撃誰かのお宅で晩ご飯はどうです?」などと言い出したのだ。こいつ攻めすぎだろ。

 どうもウチに来てみたかったようだが、小町の受験に障りそうなので当然却下。仕方ないですねえと家に連絡した一色は、返信を見て涙目でごめんなさいウチはムリみたいですと言った。突いたら蛇が出そうだったのでそっとしといたが。

 由比ヶ浜も優しさ故にフォローに回ったのかそれとも同調圧力に負けたのか、自宅に電話を入れたのだが結果は斯くの如く。もう大歓迎で是非来てくれといわんばかりの声が由比ヶ浜の通話越しに聞こえてしまった。拒否権? 由比ヶ浜のちょっと困ったような顔を前にあるわけねえだろ。

「それにしても、ヒッキーくん男前ねえ。眼鏡、よく似合ってるわ。これじゃあ学校でもモテるでしょう? 結衣も大変ねぇ」

「え、いや、あの……」

 はぁ、と溜息を吐くガハママさんに、経験値不足でレベルが圧倒的に足りてない村人Aに返せる言葉なんてあるはずもなく。いや一つの文章のどこを取っても難易度高すぎるんですが……。教えてくれ小町。俺はあと何度思考停止すればいい……。

「ママもうほんっとやめて! 変なことばっか言ってないで大人しくごはん食べててよぉ!」

 由比ヶ浜が顔真っ赤にして半泣きで母親の掣肘に必死になる。その、なんだ……。俺も招かれた身である以上、由比ヶ浜の意向にはある程度従った方がいいだろう。それに、母親に学校生活のこと、殊に異性関け……えーっと、あー、普段近しい場所にいる人間のことを根掘り葉掘り聞かれるのも辛いのはわかるしな。

 ……今連想してしまったが、こいつらと一緒に母ちゃんと会食とか身の毛もよだつわ。

「あ、あの……。由比ヶ浜もこう言っていますし……」

「あらあら、ヒッキーくんは結衣の味方なのねえ。しょうがないわね、ママしばらく黙ってまーす」

 そう言ってガハママは何が嬉しいのか、にこにこと俺と由比ヶ浜を見守るようにゆっくりごはんを食べ始める。

 その後の空気は何ともむず痒く、美味しいごはんも味わうどころじゃなかった。俺たちは笑顔のパワーに押されるように食べきり、逃げるようにダイニングを後にした。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

 

「うー……恥ずかしい……」

 あたしたちはママから逃げるように部屋に戻った。あたしはこみ上げる恥ずかしさに任せて、クッションをぎゅーっと抱きしめる。

 ……ヒッキーをこんな形でこの部屋に呼ぶことになるなんて、思ってもみなかった。大丈夫かな。変なところとかないよね……? ヒッキーは部屋のあちこちに視線を飛ばして、なんか鼻をひくひくさせてる。……くさくない? 大丈夫? なんか顔がちょっと緩んでるし、大丈夫かな……。

「……あんまじろじろ見んなし」

「みっ、見てないじゅ?」

「噛んでるから」

 ヒッキーはバッてあたしの方を見るけど、悪い印象じゃなかったみたいで安心。でも、やっぱり恥ずかしいからぷいっと横を向く。

 ちょっとの間、みんなが黙る。そうすると、ゆきのんがしゃべりだした。

「でも、いいお母さんじゃない。あなたのことを愛しているのがよく分かるわ」

「あー、ですねー。結衣先輩のママですって言われたらすごく納得できる感じですし。……えーと、一応確認しますけど、ママでいいんですよね? 姉じゃなくて」

「ママに決まってるじゃん。おばさんだよ……」

「いやあれおばさんって言うには若すぎません……?」

 いろはちゃんはなんかヒッキーとうなずきあってるけど、なんか納得いかない。

「あ、そうだ。そういえば、今かなり創作意欲沸いてるんですよね」

「どうしたんだいきなり?」

「いやぁ、あんな舐めた怪文書投げつけられたまま黙ってられませんよ。即倍返しです」

「お前も随分好戦的に……元からか」

「なんですかそれー! 平和主義いろはちゃんですよ! 愛は世界を救うんです! 覚悟しといてくださいね?」

「愛で世界を救う人の台詞じゃないんだよなあ……」

「覚悟が必要なのは比企谷くんなのね……」

「あはは……。おてやわらかに」

 でも、またヒッキーといちゃいちゃできるって考えると胸の奥とかお腹の下の方とかもきゅんって熱くなる。抱いてるクッションに更に強い力がかかった。

「……そういやなんか流れで来ちゃったけど、もう完全下校時刻過ぎてるよな。俺は帰るけど、お前らどうする?」

「あ、そうですね。わたしたちもそろそろお暇……」

「じゃーん! お布団持って来ましたー! ねね、せっかくだから良かったら泊まっていかない?」

「ママ!?」

 ママが敷き布団を抱きしめながらあたしの部屋に突入してきた。……布団に押されてむぎゅっと潰れてる部分に目が行ってるの、気付いてるからね? ヒッキー。

「あ、えーっと……」

「……どうしましょうか」

 いろはちゃんもゆきのんも迷ってるけど、この分だとママに押し切られそう。

「ママ、そんなの急に言っても迷惑だよ」

「そう? 迷惑じゃないなら是非お泊まりしてってほしいんだけど……。ヒッキーくんもどう?」

「はぁっ!?」

「ちょっ、ママぁ!?」

 なに言ってるのママ!? ヒッキーがお泊まりなんて……お泊まりなんて……。

 押しつけるように太股に挟んだクッションがぐにゅっとゆがむ。皮膚に擦れてぴりっとした。

「あ、あいえ、いや、その、俺はもう帰りますので……」

 あたしが何か言う前に、っていうか言えるようになる前に、ヒッキーはしどろもどろでも自分でちゃんと断ってた。あたしはほっとする。……ちゃんと、ほっとしてる、はず。

「んんー、ざーんねん。ゆきのんちゃんといろはちゃんはどうかしら?」

「あ、はい……。じゃあ、よければ……」

「……一色さん、泊まっていくの? …………なら、私も。お世話になります」

「わぁー、賑やかになりそうねえ。それじゃ、掛け布団ももってくるから待っててちょうだい? 結衣、ヒッキーくん見送ってあげて」

「あ、うん……。いこ、ヒッキー」

「お、おう……」

 あたしはヒッキーを連れて、玄関に向かう。ママのせいで変な空気だ。うぅー……。

 ヒッキーは靴を履き替えるとこっちを向いて、何か言おうか迷うように視線を動かす。その最後にはあたしの視線とぶつかって、それをきっかけにしゃべり出した。

「……さっき、雪ノ下が泊まるとき、一色に流される感じだったよな」

「え? ……うん、そうだったかも。でもそれがどうかしたの?」

「……あれさ。お前のとこにお泊まりする一色に嫉妬したんじゃねえの? 愛されてるな、由比ヶ浜」

 いきなり何言い出してるんだろう、ママがいきなり入ってきたのに気にしてたのそこなの、二人っきりなのに、とか色々浮かんでは消えてってしてたけど、最後にはあたしはくすっと笑ってた。

「……そかな?」

「そだろ」

 二人で顔を見合わせて、へへっと笑う。

「じゃね、ヒッキー。また明日」

「……おう。また明日。……結衣」

 その呼び方に驚いて、外に出るヒッキーを止めることもできなかった。なんか逃げられた感じがして悔しいかも。

 あたしはドアの鍵を閉めて、あたしを愛してるかもしれないゆきのんたちのとこに戻る。

「ゆっきのーん! いろはちゃん! おしゃべりしよ!」

「いえ、今日は一日遊んでばかりだったから。先に復習したいのだけれど」

「あ、わたし台本書かなきゃなので。後にしてください」

「つれない!」

 でも結局、寝る前にはいっぱいおしゃべりした。ママも入ってきたそうにしてたけど、娘の友達に口を出すのやめてよね! ……口を出すってこういうんだっけ?

 

 

 

×   ×   ×

 

 

 

 僅かに震える手で眼鏡を外し、手のひらで強張った顔を一つ擦ってかけ直す。季節柄似合わぬ汗がうっすらと手にへばり付いたことで、改めて緊張していることを自覚する。

 昨日の怪文書事件、一色は実のところ内心かなりのご立腹だったようで、昨日のお泊まり会では怒濤の勢いで新規のシナリオを書き上げたらしい。もうお前将来そういう仕事ついたら?

 白羽の矢が立ったのはガハマさん。順番的にも温めていた気持ち的にも適任だといろはすは豪語していたが、後者について考えるとドツボに嵌まりそうだったので意識的に意識の隅に追いやる。昨日からこんなことばっかりだ。卑怯千万は自認の上。それより今は誰かいろはすに自重を教えろください。いやマジで。

 昨夜送られてきた台本を読んだときさすがにこれは限度超えてんだろと思ったが、ガハマさんは登校してきたときまっすぐ俺を見て、顔を真っ赤にしながら両手をぐっと握ってがんばるだなんてのたまってくれました。身体張りすぎじゃないですかねあなた……。

 昼休みの鐘が鳴る。授業なんかさっぱり頭に入らなかった。目を閉じ深呼吸をしながら心の裡で十数える。数え終わったら踏み出そうと決めて。……やっぱり十五で。……十三、十四、十五!

 勢いつけて立ち上がって由比ヶ浜の方に向かいかけ、今日のおかずを鞄に入れっぱなしなのを思い出す。

 俺はいつもの巾着を手に、深呼吸二十を挟んでから座して待つ由比ヶ浜の方に向かった。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

 

 ドキドキしてる。心が暴れて外に飛び出そう。でもそれはあたしだけじゃないみたいで、ヒッキーはいつもよりキョドってたし、そのせいでかクラス全体もあたしたちを気にしてる感じ。あたしはせいいっぱいつんととりすまして、ヒッキーなんて気にしてませんよって態度を取る。ちゃんとできてるかは自信ない。

 あたしは両手をそろえてひざの上。こっちに来てるヒッキーを見ないように、前だけ見て待っている。だるそうにひきずってるいつものとは違う、ヒッキーが真剣なときの足音が近付いてくる。二人の距離がなくなっていくにつれて、あたしの胸の音も早くなっていく。すぐ隣まで来た。でもまだ目は向けない。

「結衣」

 呼ばれた。返事はしないで、視線だけでじっと見る。ヒッキーは立ってるから自然と上目遣いになっちゃってるけど。

「……結衣?」

「……なあに、ヒッキー」

 じっと見たまま返事を返す。ちょっとたじたじなヒッキーがかわいい。このカンケイがはじまってから毎回思うんだけど、ヒッキー演技すっごいうまいなぁ……。

「あ、いや……。ぶ、部室行くの誘いにな……」

「今日、部室開かないって。ゆきのんがいろはちゃんと生徒会でお仕事するみたい」

「ん」

 ヒッキーはスマホを取り出してチェックするマネをする。一応ちゃんとホントの連絡も来てはいるけど。

「ああ、来てたわ。スマホ確認する癖ついてねえとどうもな……。あー、っと……。んじゃあ、その、なんだ……。ふ、二人だけど……、一緒に食べるか?」

 最初から決まってたことでも、ヒッキーにこうやって誘われると嬉しくて顔がふやけそうになっちゃう。

 すぐにでもうんって言いたいけど、ヒッキーの目を見つめてちょっとだけ待つ。そうするとヒッキーはだんだんキョドってきて、不安そうな顔をする。あ、ダメだあたしの方が耐えらんない。

「うん。食べよっか」

 ヒッキーはあからさまにほっとする。うう、ごめんねヒッキー。

「んじゃあ前みたく俺の机で……」

「あのね、ヒッキー。……二人で話せるとこ、ないかな?」

 これが今回のキーワード。仲良くしてるばっかりだった今までとはちょっと違う感じに、教室がざわっとする。ヒッキーと二人っきりでのお話に、胸のどきどきが止まらない。

 とはいっても、二人っきりとか言ってもどうせついてくるし、他の学年も引っ張れるからちょうどいい、とかいろはちゃんは言ってたと思う。

「おう……。じゃ、じゃあ着いてきてくれ」

「うん」

 あたしはヒッキーの隣、いつもより一歩近付いた距離。歩くたびに肩や腕が触れそうで熱くなる。……むしょうに手が繋ぎたくなったけど、お弁当のつつみをぎゅっと握ってガマンする。

 二人で廊下に出ると後ろの教室が一気にうるさくなって、いろはちゃんが言ったとおりこっそりついてくる人もいそうな感じ。

 あ、そういえばついてきてって言われてたのにすぐ隣歩いてたな。……まぁいっか。

 幸せな距離のまま階段を降りて少し歩くと、目的地に辿り着く。

「ここでいいか?」

「……うん」

 あたしは俯いて返事をする。ヒッキーの言う、ベストプレイス。いつもヒッキーがひとりぼっちでごはん食べてたところ。ジュース買いに来たりするときにたまにこっそり見てたのはヒッキーにはナイショ。

「……でも、寒いね」

 二月の風はやっぱり冷たくて、吹きっさらしのここは室内よりもずっと寒かった。スカートに隠れた足がぷるりと震える。

「あ……。わりぃ、気が利かなかった」

「ううん。いいよ」

 ヒッキーは一足先に腰を下ろしていて、ふと気付いたようにハンカチを取り出して隣に置いた。

「ヒッキー、ハンカチとか持ってきてるんだ。意外」

「……お前らとこんな関係になってから、少しは気を遣うべきかと思うようになったんだよ」

 そっぽを向いて答えるヒッキーに、またあたしの心がきゅんきゅんする。

 でもあたしは、せっかく置いてくれたハンカチには座らない。その一歩横、あたしを待つヒッキーのひざの上にお尻を下ろす。

「ゆ、結衣っ!?」

 さっきまで感じてた寒さとか、全部吹っ飛んでった。ぶわっと広がるみたいに顔があっつくなって、重くないかなとか変なにおいしないかなとかそんなことばっかり浮かんでくる。

 それでも慌てるフリするヒッキーの両腕を掴んで、あたしの肩から回させる。ひざの上で、後ろから抱きしめられるかたち。でも、ヒッキーは腕に力入れてあんまり触んないようにしてくれてる。……気を遣ってくれるのは嬉しいけど、残念。ぎゅってしてもらえたら、きっとすごく幸せだろう。

「……寒いから」

 そんな言い訳にもなってない言い訳を、きっと真っ赤になってるほっぺたを動かして小さく言う。

「……寒いなら、しょうがないな」

 ヒッキーは両腕を交差して、あたしの両肩に回すように抱いてくれる。肩の上にあごをのっけて、ヒッキーの息づかいが耳に近い。……幸せ。

 ヒッキーの腕を枕にするみたいに、頭をもたせる。ちょっとの間だけ目を閉じて、ヒッキーを堪能した。

「……はぁ」

 でも、いつまでもこうしてはいられない。いつまでもこうしていたいけど。続きを、やらないと。

 あたしは溜息を吐いて、ぽしょっと呟く。

「ごめんね……。やな娘だね、あたし」

「は? そんなわけねえだろ。つーか何がだなんでそう思った」

 ヒッキーはつい口から出たみたいに早口で否定してくれる。……ほんと、うまいなあ。

「んー……。おもちをね、焼いちゃったの」

「餅? 今日の献立か?」

「違うよ。昨日のメニュー。ヒッキーラブレターもらったよね?」

「あ……」

 ようやく思い当たったって感じでヒッキーは呟く。実際はあれラブレターって感じじゃなかったけど、ちゃんとしたラブレターだったらあたしたちホントに焼きもち焼いちゃってたかもしんないってヒッキー分かってるのかな?

「いや呼び出しにすら応じてねえしそもそも受けるわけねえだろ。……その、お前らいるんだし」

「ヒッキーがかっこいいのがみんなにもちゃんと伝わるのは嬉しいんだけど……。なんだか、なんだか、なんだか、ね」

 ただ仲良く話すだけより、ずっと恋人っぽい束縛。いろはちゃんはあたしがいいって言ってたけど、ホントにあたしでだいじょぶだったのかなって思わないじゃない。それにフリって言ってもかなりギリギリじゃないかな?

「俺ごときが、とか言っても意味はねえんだろな。……俺だって同じだ。結衣がラブレターもらったとき、お前が魅力的なのなんて知ってたことだったのに……」

 ……なんてマジメなことを考えてても、ヒッキーのささやき一つで全部溶けちゃう。あたしを逃がさないよう縛ろうとする言葉も腕もあったかくて、うっとりとあたしを包む腕を引き寄せる。

 しゃべらない時間が心地いい。ざわめきは遠くて、どこか違う世界のことみたい。

「……あー、そろそろ飯食うか。昼休み、だし」

 でも二人っきりの空気にだんだん恥ずかしくなってきちゃったのか、ヒッキーはあたりさわりない話を始めちゃう。

 ……いくじなし、って思っちゃうのがきっとあたしのずるいとこ。

「……ん、そだね」

 ヒッキーの言葉にうなずきはするけど、ひざの上からは動かない。ヒッキーはちょっと困ったみたいに、あたしの名前を呼ぶ。

「……結衣?」

「なあに?」

 お返事といっしょに、軽くヒッキーの身体に体重をあずける。……重いって思われてないよね? だいじょぶだよね? 最近みんなでよくおべんと交換するから、昼休みがいつも楽しみでちょっとだけ不安。

「……このままか?」

「……このままがいいなぁ」

 あたしがおねだりすると、ヒッキーは軽いため息をつく。あたしの背中では多分いつもの、めんどくさそうにワガママを受け入れる、でもちょっと優しい顔をしてるんだと思う。

「しょうがねえな」

 ヒッキーの声は、やっぱりそんな声だった。

 あたしたちは、二人っきりで幸せなごはんを食べた。

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