どう考えても、俺が三股疑惑かけられるのはまちがっている。   作:サンダーソード

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ちなみにチェーンメールの内容は原作小説だと実際は『要約すると』でありますが、小説のどこを探しても正確な文章がでてこなかったので『大和は三股かけている最低の屑野郎。』 を正式なものとして扱っています。アニメではそんな感じでしたし。


「……後でゆっくり話そうぜ。な、結衣」

 馬鹿じゃねーの馬鹿じゃねーの馬鹿じゃねーのいろはす馬鹿じゃねーの。

 昨日から続く怨み節は今朝になっても健在だ。馬鹿じゃねーのあいつ。

 自転車を漕ぎながらの通学中、無色透明に比すれば僅かに黄みがかったブルーライトカットのレンズの奥から世界を睥睨して、ついうっかりあいつらの姿を探してしまう。見つけても困るだけだろうに。

 行き場を失った感情が大きな溜息として漏れ出てくる。

 幸か不幸か何事もなく自転車置き場まで辿り着き、冬の寒さに背を押されるように心持ち身を縮めながら昇降口へ向かう。

 辺りの確認をしながらのっそりと靴を履き替えようとして──

 順調なのはここまでだった。

「ヒッキー」

 背中からそっとかけられたのは、いつもの元気が欠けた声。代わりに彩るのは、多大な緊張と相当の恥じらいと俺には分析しきれない未分類の感情。

 うっかり鞄と靴を落としそうになり、どうにかポーカーフェイスを保ったまま強く握り治す。

 靴を下駄箱に突っ込みながら身体を反転させて──

 

 もじもじと恥ずかしそうに佇む、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と向き合った。

 

「お、おう……。由比ヶ浜、おはよう」

「うん……。やっはろー、ヒッキー」

 ぎこちない挨拶を返し、二人並んで教室まで歩く。ただそれだけの行為が、新しいアクセサリをお互いに一つ付けるだけでまるで別物。

 お互いに盗み見るような視線を飛ばし合い、割と頻繁にかち合って、その度に曖昧な笑顔を浮かべて逸らす。

 いかんいかん駄目だこれじゃ。本番は教室に入ってからだっつーに。今からこの様だとなんもできねーぞ。

「ヒッキー……大丈夫そう?」

 首を振って気持ちを切り替えようとする俺に、由比ヶ浜が辺りを憚るようにそっと話しかけてくる。

「……不安しかないが。ここで日和ったら台無しなのは分かる。なんとかするさ。……つーかお前こそ大丈夫なのか?」

「あたしは……うん、なんとかする」

 睦言めいた距離で不安を交わし合う俺たち。会話の内容さえ聞かれていなければ、近しい男女の会話に見えるだろうか。

 最初より少し近付いた距離で、教室までの廊下を歩く。閉じられた教室の扉には、まるでダンジョンの入口のような威圧感があった。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

 

 頭痛の種。

 言うならそれが適切なのだろう。昨日の放課後に送られてきたチェーンメールは、職場見学のときの一文そのままで、対象だけが違っていた。

 そして、その対象であるあいつにとっては、まさしく致命傷になるような噂話。

 結衣も雪乃ちゃんもあいつを強く慕っている。行く末がどうなるかは分からないけど、今の彼らの奇妙な三角関係が第三者の悪意によって瓦解するのは見ていられない。

 いつもより沈む場を賑やかに明るくする戸部の軽口を受け流し、寡黙さの裏に心配を滲ませる大和に話を振って、不安定ながらそれに乗っかる大岡に突っ込みを入れる。おそらくみんなにもチェーンメールは届いていて、それに対する心配もあるんだろう。なんだかんだで俺たちは彼らとは近しくなっているし、お世話にもなっている。みんながまだ来ていないあいつの机に時折飛ばす視線からも、それが覗えた。

 優美子は極めて不機嫌そうに机を爪で叩き、結衣が来るのを待っている。彼女の直情は俺が持つことは許されないもので、羨ましくも好ましい。姫菜はそんな優美子を宥めながら、時折男子側の話に混じってきてる。こんな状況下ではあるけど、戸部が嬉しそうなのは俺も嬉しい。

 乾燥する冬の空気に、少し喉が引き攣る。いつもより話を回すのに気を遣ったせいかもしれない。部活用に持ってきたペットボトルを鞄から取り出し、軽い音を立ててキャップを開いた。一口二口飲んだところで、また一人誰かが登校してきたのに気付く。

 前の扉を雑に開いて入ってきたあいつ──何故か黒縁の眼鏡をかけている比企谷の姿を認めて、その傍らに寄り添う結衣の姿を見て、結衣の首に巻かれたそれを目に留めて──

 俺はポカリを吹き出した。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

 

「げっほげほ、ゲホッ!」

「うわっ、隼人くんどしたん!?」

「ちょ、隼人これ! これ使って拭いて!」

 なんかあたしたちが教室に入ったら、隼人くんがジュースを吹き出した。吹き出すちょっと前にあたしと目が合ったから、あたしの付けた首輪見て驚いたのかもしんない。だとしたらごめんね隼人くん。

 普段のあたしなら朝学校に来たらすぐにみんなのところに行くけど、今日は違う。これが誰ともわからないメールの犯人に対する、あたしたちの反撃だ。

 昨日のいろはちゃんの話を思い出す。あたしはとりあえずヒッキーと好きにお話してればいいらしい。それだけでいいのかなって思ったけど、むしろそれがいいって言われた。

 教室でヒッキーと好きに話せる日が来るなんて思ってなかった。ヒッキーと話したいことなんて幾らでもある。席に着いたヒッキーの横で、あたしたちは二人で色んな話をした。

「それでね、ママが料理するのをあたし手伝ったの! ママのよりちょっとだけ焼き過ぎちゃったけど……でもちゃんとおいしかったよ!」

「……そうか。すげーなお前のママさん。由比ヶ浜にちゃんと食べられる料理を作らせられるなんて」

「どーいう意味だ! もう、覚悟しててよね! あたしだけでちゃんとしたの作れるようになって、ヒッキーにも食べさせたげるんだから!」

「……おう。覚悟しておく」

「なんか覚悟の意味が違う! あ、そういえばさー」

 まとまらない話を続けて、ヒッキーも時々意地悪なこと言いながら、ちゃんと返してくれる。正直、あたしはこれだけでも十分楽しいし嬉しい。これがお芝居だってこと忘れちゃいそうになる。

 だからあたしはその前に、キーワードを口にする。もういい時間だしね。ホームルーム始まっちゃう。

「ヒッキー、昨日あたしたちに……」

「由比ヶ浜」

 昨日、って言葉があたしとヒッキーの合図。ここからはいろはちゃんの考えた台本の通りにお話を進める。そういう風に昨日決めた。あたしはドキドキとかワクワクとかいっぱいしたけど、ヒッキーはなんかすごい頭抱えていろいろいろはちゃんに文句言ってた。全部あしらわれてたけど。

「なぁに、ヒッキー?」

 ヒッキーが眼鏡越しにあたしの目をまっすぐに見つめる。どきっと心臓が跳ねた。惚れた弱みかもだけど、ヒッキーはだらっとしてなければ普通にかっこいいとあたしは思う。でも、昨日あたしたちが買ってプレゼントした眼鏡のせいで、ヒッキーが腐ってるって自虐する目がいい感じに隠れて、誰が見てもかっこいい男の子になっちゃってる。

「ぁ……」

 ヒッキーが左手であたしの髪をなでるようにすく。そのままあたしの頬を愛撫して、通り過ぎた手はあごを掴んで止めて、ヒッキーは立ち上がる。一気に距離が近付いて、吐く息がかかる距離で見つめ合う。ヒッキーも平然としようとしてるけど、左手は震えてるしほっぺたは真っ赤で、すぐ近くで見てるあたしからは無理してるのがよく分かった。そのおかげで、あたしもギリギリのところで耐えられてる。それでも気を抜いたら足から崩れちゃいそうだけど。

 あたしはあごを掴まれてるから、顔をそむけるとかできない。ヒッキーにまっすぐ見つめられて、目をそらすとかもできない。あれ、この後どうするんだっけってぼーっとする頭で思ったところで、唇に感触。ヒッキーが右の人差し指を立てて、あたしを黙らせるようにそっとふさいだ。

「しー、な」

 立ち上がったヒッキーはやっぱり男の子で、あたしよりも背が高い。ヒッキーに間近で見下ろされて、動けないようにされて、唇をふさがれて、このままあたしどうされちゃうんだろうってきゅんきゅんする。や、どうもされないっていうのは分かってるんだけど。

「……後でゆっくり話そうぜ。な、結衣」

「はい……」

 あ、ダメだ。どうにかされちゃった。無理だって。好きな男の子に少女漫画みたいなことされて何とも思わないわけないじゃん。トドメだよ。照れくさそうな笑顔でこんなささやくように名前呼ばれて……うわ、どうしよ。ちょっと濡れちゃったかも……。

 うるさいくらいに暴れてる心臓の音にまぎれて、遠くでチャイムが鳴った気がした。それでヒッキーがあたしを止めてた手を離して──ちょっと残念だ──あたしを席に着くように見送る。あ、そうだった。ホームルーム始まるんだっけ。

 あたしはふらふらしながら自分の席に戻る。多分顔は真っ赤っか。

 視界の隅に優美子と隼人くんがすっごい顔でこっちを見てるのを見つけて、そういえばここが教室で、さっきのがおままごとだったんだって思い出した。


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