どう考えても、俺が三股疑惑かけられるのはまちがっている。 作:サンダーソード
改めて思うが馬鹿じゃねーの馬鹿じゃねーのいろはす何考えてんの頭沸いてたんじゃねーの昨日の俺ら。
左手には由比ヶ浜を顎クイしたときの感触が、右の人差し指には唇を塞いだときに触れた感触が、ばっちりはっきりくっきり残っている。あいつの肌マジすべっすべで、冬の気温のせいかちょっと低い体温が触れている内に暖まっていって……何かもうやばかった。唇もがさついた感触などまるでなく、ぷるぷるの瑞々しさにこれほんとに俺が触れていいのかって何度も自問したよね。一色に昨日「台本は結衣先輩も雪乃先輩もちゃんとOK出してますからちゃんとやってくださいね?」って何度も念押しされなかったら挫けてたかもしれん……。昨日は馬鹿にしてごめんないろはす。でもこうなった原因の一つがお前だからやっぱり許せねえんだよなぁ……。
もう安定の狸寝入りでもして即座に外界の全てを遮断したいところだったが、絶対に何があっても学校内で眼鏡は外すなって厳命されてるしそうなると机に突っ伏すわけにも行かなくて、朝っぱらからあんな真似した俺たちに対する視線が物理的な圧力を伴うレベルで痛い。ちらっと由比ヶ浜の方を窺えば、ほにゃっと笑って掌をこっそりひらひら振ってくる。スルーするわけにも行かず、指二本くらいをぎこちなく振って返すとにへらと満足そうに笑ってきて、あいつの演技力こんなやばかったのかと戦慄する。……演技、だよな?
ホームルームが終わって、すぐに一時間目。いっそ着席と聴講が義務である授業の方が今は心が安らぐくらいで、得てしてそういう時間はすぐに終わってしまうもの。
休み時間になると葉山グループが由比ヶ浜の周りに集まって事情聴取を開始する。が、ここは由比ヶ浜のスキルでうまく乗り切ってもらうしかない。幸い、俺の方は遠巻きに眺められるくらいで直接話しかけてくる強者はいなかった。次はあいつの襲来が待っているからな……。今のうちに少しでも精神を立て直さねば……。
そうして二時間目も瞬く間に過ぎ去り、休み時間に突入する。周囲の視線に晒される中、俺は席を立って教室後ろの棚まで歩く。出席番号順に割り当てられた荷物置き場。幾らぼっちであろうと流石に俺の分もあるわけで。実のところ棚の中身に用事があるわけではないが、壁際というシチュエーションが必要なのだ。
「せーんっぱい!」
そうして時間を潰して待っていると、元気よく一色が教室に乱入してきた。由比ヶ浜と同じく、その首には束縛の証を巻き付けて。……上級生の教室で平然とこんな真似できるとか、こいつマジで心臓つええよな。……ああ、そうでもなきゃこんな頭沸いた提案できねーか。
先輩の教室に飛び込んだわたしは、言葉の通り先輩を探してる体でぐるり見渡す。有象無象の視線はわたしの首元に集まっているようで、結衣先輩はちゃんとやってくれたようだと理解する。あ、葉山先輩もわたしの首見てすっごい顔してる。いえ違うんですよ葉山先輩、これはあくまでお芝居で。
「やっはろー、いろはちゃん」
「やっはろーです。結衣先輩」
結衣先輩はいつも通りの笑顔で挨拶してくる。学校の休み時間っていう日常の中で見ると、改めて首輪の異物感パねえな。してみるとわたしの方もそう見えてるんでしょうね。
結衣先輩は先輩のいる教室後ろを指差して教えてくれるけど、わたしはちゃんと自分で見つけていた。そりゃあんな目立つ登場してから無反応でいる人なんて逆に目立ちますからね。
先輩はしゃがみ込んだままごそごそと棚を漁って、何かを探してるふりをしていた。そんな先輩の両肩に、わたしは体重をかけるように両手を置く。
「せーんぱーい、無視しないでくださいよー」
「……なんだ一色。なんか用か?」
億劫そうに、溜息でも吐きたそうな声音で先輩が要件を問うてくる。こちらも見ずに、声だけで。
「えー、つれないですねー。せっかく可愛い後輩が先輩を慕って来たっていうのにー」
「……そうだな、悪い。だから拗ねんな。笑ってくれ」
そう言うと、先輩は立ち上がって振り向く。うお、改めて教室の中で見ると眼鏡かけた先輩普通にイケメンじゃん……。これわたし的にありよりのありですよ。わたしの台本通りの台詞を言わせてるってのを差っ引いても酔えるくらいにはくらっときますねこれ。滾る。
「えー、じゃあ、ご機嫌取りしてくださいよー」
ご機嫌取り、って言うのがわたしと先輩のキーワード。と言っても、休み時間が短いからわたしのはほぼ全部台本通りだけど。
流れは分かってたでしょうに、それでもキーワードに先輩が一瞬素で困った顔をする。ふへ、いいじゃないですかその嫌そうな顔。
「そうだな……じゃあ」
先輩がわたしの腕を取ってくるりと身体を入れ替える。これでわたしが壁際で、腰より下の棚と黒板を背にする形。そして先輩はそんなわたしに覆い被さるように詰めてくる。
わたしがのけぞって先輩から離れようとしても、壁を背にしたわたしには限度がある。詰め寄ってくる先輩はそっと後ろの黒板に腕を寝かせる。荒々しさの欠片もない壁ドン。ただ先輩との距離がひたすら近くて、唇が接するんじゃないかと思わずぎゅっと身を縮めたときに。
「……お姫様のご機嫌は麗しくなったかね?」
耳元で囁く先輩のウィスパーボイスが、わたしをからかったのだと告げていた。
……やっべーわ。わたしの乙女脳、捨てたもんじゃないですねこれ。ラインで口酸っぱく演技指導した甲斐ありましたよ。世界狙える。
しばらくはおかずには困んないですね。あっしまった録音しときゃ良かった。
わたしの上から先輩が退いて、それでようやくわたしもしゃべる余裕が出てくる。顔を真っ赤にした先輩の手は震えていて、大分無理したんだと容易に察せた。
「…………ふふーん、まぁまぁ良かったですよ。褒めてあげますね。あ、それで今日なんですけど、お昼は一緒に、です。確かに伝えましたよー」
「おう。またな、いろは」
それだけ言い捨てて、わたしは先輩の教室を飛び出す。結衣先輩も顔を真っ赤にしてこっちを見てた。葉山先輩は顔を青くしてこっちを見てた。……葉山先輩って先輩のこと結構気にしてますよね? 普通に心配されてましたし。あ、葉山先輩、今のはあくまでお芝居。お芝居ですから。
なんて、そんなことを考えてわたしは高鳴る心臓の音を故意に誤魔化す。くっそぅ、あの生きるコンテンツめ。なんであんなにエロいんですかまったくもう。ほんとに責任取ってほしくなったらどうするつもりなんですか。ねぇ?