どう考えても、俺が三股疑惑かけられるのはまちがっている。   作:サンダーソード

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「……ありがとう、雪乃。大事に食べる」

 雪ノ下さんがおかしい。

 いや、おかしくなった、と言うべきか。

 あの孤高の淑女雪ノ下雪乃が、私たちJ組誇る大和撫子雪ノ下雪乃が、首輪を付けてきた。

 言っている意味が分からないかもしれないが私にもなにが起こっているか分からないのでお相子だ。

 雪ノ下さんが教室に入ってきた瞬間息を呑むようなざわめきが起こり、一瞬後水を打ったように静まりかえった。彼女はそんな凍り付いた空気を一切意に介することなく自らの席に着き、いつものように優雅に予習を始めるのだ。

 空恐ろしいほどの緊迫感はその後の朝礼まで続き、授業が始まってからも、おそらくは当人以外のほぼ全てが気もそぞろだった。教師まで含めて。

 時折表情をほころばせて首輪を愛おしげに撫でるその挙措は、いっそ倒錯的なまでに絵になった。先生の板書を歪ませる存在感はさすがの一言だ。

 休み時間になってクラスの剛の者、言い換えるなら好奇心旺盛でデリカシーに欠ける輩が雪ノ下さんに話しかけに行った。雪ノ下さんは普通に受け答えしてるけどおい坂下、お前視線が首輪向きすぎ。もう少し包め。オブラートに。

 坂下が下手な話運びで首輪に触れると、雪ノ下さんはこれはチョーカーだと言う。なるほどチョーカーだったのね! ええ、いやいや……どう見ても……。

 雪ノ下さんは嬉しそうに似合うかしらと坂下に問い返す。横から超似合いますって言いたかったけどそういうわけにもいかないし、固唾を呑んで話の続きに耳をそばだてる。

 坂下がつっかえながらその、首、チョーカー、誰かからもらったんですかってよしよく聞いた! さすが剛の者! 後でジュースをおごってやろう! だが、無情にも雪ノ下さんが答える前に時間切れ。二時間目が始まってしまった。

 その後の休み時間も入れ替わり立ち替わり雪ノ下さんに挑戦しに行く2-Jの尖兵。しかし雪ノ下さんの牙城を崩すには至らず、揃ってうまくはぐらかされてしまっていた。

 昼休みになると雪ノ下さんはセンスのいいクロスに包まれたなにか――恐らくはお弁当――を二つほど持って、教室を出て行った。

 2-Jは、この後めちゃくちゃ喧々囂々した。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

 

 頭痛の種は胃痛の種にまで広がった。

 比企谷が三股だとかいうたちの悪いチェーンメールが撒かれた翌日。何故か結衣が首輪を付けてきた。首輪だ。意味が分からない。彼女は伊達眼鏡かけた比企谷と一緒に教室に来て、ごく不自然にいちゃついていた。休み時間になって待ち構えていた優美子が真っ正面から聞いても結衣ははぐらかすばかりだった。

 チェーンメールをきっかけに比企谷が腹を括って結衣を選んだのかとも思ったが、いやそれにしても首輪はないだろと思ったが、次の休み時間に同じく首輪を付けたいろはが来て、やっぱり比企谷といちゃついて帰っていった。何が何だか分からない。結衣も顔を真っ赤にして二人のやりとりを見てるばかりで咎める気配もなかったし。

 その後もそれとなく比企谷のことやチェーンメールのこと、いろはのことまで何度かこっそり聞いたものの、やっぱりはぐらかされるだけだった。唯一首輪のことを聞いたときだけ首輪じゃなくてチョーカーだって訂正されたけど、首輪だよなどう見ても……。

 クラス全体が異様な雰囲気に包まれるも、あの男普段が普段であるために直接話を聞きには行けている人はいない。結衣にも話を聞きたそうにしている人は多いが、俺や優美子が壁になっているためこちらも余人は届かない。

 ……って言うか、正直俺があの野郎に直接聞きに行きたいくらいだ。こんな空気になってしまったから今更行けないけど。今比企谷に話しかけたら否が応でも目立ちすぎる。結衣から核心が聞けない以上、状況を悪化させかねない無茶するわけにもいかない。俺にできるのはグループ内外の噂を少しでも沈静化させることくらいだが、当人たちが率先してチェーンメールに沿った動きをしている現状、それにも限度がある。

 そんなことを考えていたら、いつの間にか授業が終わっていた。昼休みだが余り食欲が湧かない。……そういえば、いろはが昼は一緒にとか言っていたな。

 教室が一瞬ざわめいて、静まりかえる。確信的な嫌な予感に背を押されて反射的に見渡すと、果たしてそこには三人目――雪乃ちゃんが堂々と、首輪を付けてお弁当の入った包みを手に、比企谷のところまで歩いてくるのが見えた。

 また一つ蒔かれた新たな種に、俺は目立たぬように胃を押さえた。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

 

 大丈夫だ。言える。練習もした。それに初詣の時にも呼んだことはある。バカ、ボケナス、

「八幡くん」

 よし、言えた。ささやかな成功に頬が緩む。まあそもそも彼は呼ばれる前からこちらを見ていたのだから、呼びかけに大した意味もないけれど。

「一色さんから連絡は来ているかしら?」

 元々全員分の一連の流れが台本になっているため、連絡が来ているのは知っている。それでも、あくまで私たちが四人の間にはなんの隠し事もないと外部に印象づけるため、敢えて口にする。

「ああ……。どこで食べるんだ? あいつ、場所は言わなかったからな」

「あら、仕方ないわね彼女も。まあ、それなら迎えに来て良かったわ。部室よ。行きましょう?」

「ん、先に行っててくれ。購買寄ってくから……」

「ふふ……。その必要はないわ。だって、ほら。用意したもの」

 そう言って、私は手元のお弁当を一つ、比企谷くんに渡す。

「お……。そう、なのか。マジか……。……ありがとう、雪ノ下」

「いいえ、どういたしまして。あなたにもらったものを少しでも返したかっただけだもの。……でも、そうね。少しだけ我が儘を言っていいなら、感謝を行動で示してほしい……かしら」

 行動で示す、が私と比企谷くんの合い言葉。……ここまでの会話、本当は結構なフリーハンドをもらっていたのだけど……。私がいっぱいいっぱいで概ね台本通りの台詞しか言えなかったのが悔やまれる。

「行動で、ね……。さて……」

 比企谷くんが立ち上がって、私のすぐ正面に来る。気怠げに緩く小首を傾げ、伊達眼鏡の奥から真っ直ぐに私を見つめる瞳は目の毒だ。いえ、これはあくまで演劇だけれど。

「……綺麗な髪だよな」

 そう言って、彼は私の長い髪を上から下まで手櫛で梳く。何度も、丁寧に。

 繰り返す内にぎこちなかった彼の表情も和らいで、自然な笑顔になる。私の視線は彼の微笑に吸い込まれて、ほんの僅か、後ろから私の腰を抱き寄せるその手にもまるで抵抗ができやしない。

 腰砕けになった下半身は縺れるように比企谷くんの許に導かれ、彼の腕の中に私の身体はすっぽり収まる。うっすらと、それでも確かについている筋肉の感触に、彼も男の子なのだと肌身で理解させられた。

「……ありがとう、雪乃。大事に食べる」

 あっ。

 …………ふぅ。

 上からかけられる感謝の言葉に、思わず私が食べられるかと思って恍惚……戦慄してしまったわ。あ、待って比企谷くんまだ離れないで。まだ足震えてるから私。

「ゆきのん、一緒に部室行こ? ヒッキーもね」

「え、ええ……そうね」

 いつの間にか隣に来ていた由比ヶ浜さんに身体を預けて、ようやく体裁を整える。……きっと由比ヶ浜さんも、自分のときは夢見心地だったのだろう。だからすぐに私のフォローに回る発想が出てきたのだと思う。

 ……羨ましいわね。後で役割入れ替えてやってもらおうかしら。いえ、あくまで配役が羨ましいと言うだけで他意はないはず。

 それにしても一色さん、こんな素晴ら……恐ろしい台本を書き上げるなんて。どこからこういう発想が湧いてくるのかしら。後で参考資料を聞き出さないと。

「ひ、ひき……はちまん、くん。あなたの感謝は伝わったわ。だから……その……」

 頭が空転して、うまく台本の台詞が出てこない。それでも待ってくれている二人に背を押され、どうにか言葉を紡ぎ上げる。

「もし気に入ったなら、また、作ってくるわね。――私の、気が向いたら」

「ああ。頼むわ」

 言い切って、細く長く息を吐く。精神的には気息奄々もいいところだけれど、一方で、どこか昂揚している私がいることも認めざるを得なかった。

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