どう考えても、俺が三股疑惑かけられるのはまちがっている。 作:サンダーソード
「ぼ……ぼ……」
部室に入るなり、先輩が死んだ。
雪ノ下先輩お手製のお弁当を長机に置いて自分の席にどっかりと座った瞬間、天を仰いでわけわかんない異音を紡ぐだけの機械になった。
「なんですかだらしない。さっきまでのスマートな先輩はどこ行っちゃったんですか」
まあ雪ノ下先輩とやり合ってただろうそのさっきまでの勇姿、見れてないんですけどねわたし。
「ぼ……ぼ……」
こりゃダメだ。まあしばらくほっといたら治るでしょう。
そう見切りを付けて、わたしはもう一人のダメな方を見る。
「ふ……ふふ……。ふふふ……」
わたしや結衣先輩と違ってここ来る直前に先輩にやられたので、雪ノ下先輩はまだ回復していない。……この様を見れば先輩ちゃんとがんばったんだろうなあっていうのは聞かずとも分かる。直に聞きたかったけど。
震える足を縺れさせ、結衣先輩に支えられながら部室まで来て、倒れるように自分の席に着いたら力尽きて、時折発情した笑みを零してる。……やっぱりわたしの台本天才ですよねこれ。
「あ……ごめんなさい、紅茶はもう少し待って貰えると……」
「あー、だいじょぶですだいじょぶです同じ女の子ですから分かります。ゆっくり余韻に浸っててください」
そう言うと、雪ノ下先輩……もういいや、可愛すぎるしエロすぎるでしょこの人。同じバカ騒ぎをするお仲間でもあることだし、今からわたしの中で雪乃先輩に大決定。雪乃先輩は恥ずかしそうに、それでも強い色香を発しながら笑っている。
「わたしたちはお昼終わる前に食べちゃいましょ、結衣先輩。先輩たち待ってたらいつまでかかるか分かりませんし」
「あはははは……」
結衣先輩は曖昧に笑ってお弁当を開く。可愛らしいお弁当箱に詰められたそれは彩り豊かでとても美味しそう。きっとお母さんがすごく料理上手なんだろうなー。
「ところで結衣先輩。……どうでした?」
「え、うん。……超かっこよかった」
「……認めるのは癪ですけど、先輩ってほんとイケメンだったんですね。昨日の結衣先輩の提案、大正解じゃないですか。あの眼鏡とお芝居のせいか、先輩に色目使ってる女も何人かいましたよ」
「それは……いたけど、なんかやだな……」
わたしは声を潜めて結衣先輩と感想をやりとりする。先輩はまだ死んでるから多分聞こえてないだろう。多分。
わたしたちは昨日、一旦帰った後再集合して四人でアダルトショップに行った。乙女の嗜みとして、ペット用首輪はあくまでペット用であって、人が常時着用するためのものじゃないことを知っていたからだ。
目的のお店のことを聞いて騒ぎ立てる先輩たちに、「わたしたちが一発で先輩のものっぽく見えることが重要なんです! そうなれば実際に三股かけられてるのかなんてそう滅多に聞いてこないでしょうし! 首輪はチョーカーって言い張ればいいですし、言質さえ取られなきゃ後はどうとでもなりますよ!」って主張して押し流した。勢いは大事だ。ちなみに実際にお店行ったとき一番色んなものに目移りしてたのは雪乃先輩だった。
ほんとは先輩にはわたしたちに付ける首輪を見立ててもらうだけのつもりだったけど、「いや流石に女の子に付ける首……チョーカーを自前で買わせるのはクズすぎるでしょ……」とか言って、自腹切ってわたしたちに首輪をプレゼントしてくれたんですよね。いやぁ、初めてのプレゼントが女の子に付ける首輪三人分ってのも中々ゲスくて逆に素敵だと思うんですけどね?
先輩はたっぷり時間をかけて三人分の首輪を選んだ。並べてみれば一目でお揃いと分かる、青・桃・黄の三色の首輪。誰に何色が宛がわれたかは言うまでもないだろう。……先輩、おまけでわたしにシュシュを贈ってくれてもいいんですよ?
そうして先輩は後ろに三人の女の子侍らせてレジを通し――あの時の先輩の挙動不審は中々に興奮した――わたしたちは逃げるように店を出て、近くのセンシティ・そごう千葉店のフードコートで揃ってグロッキーになってるとき、結衣先輩が思い立ったように言ったのだ。「あたしもヒッキーに何かお返ししたいな」と。
雪乃先輩は先輩に対する借りは云々って面倒くさいことを言いながら一も二もなく賛成したし、わたしも元々首輪買うつもりで持ってきたお金は余ってたのでまあ別に構わなかったですし。あとここで一人だけ反対すると結衣先輩と雪乃先輩に持ってかれそうな予感がありましたし。先輩はまたぞろ面倒くさいことを言って拒否ろうとしてましたけど、効くわけないですよねあのお二人に加えてわたしまでいるんですから。
結衣先輩は何かお返し、と言いながらもしっかりと候補は決めてたみたいで、迷うことなくデパート内部の眼鏡店にわたしたちを連れて行った。そこでわたしたちに黒縁眼鏡をかけた先輩の姿を披露して、即座に先輩以外の満場一致でお返しは確定した。
「まあ気にしなくていいんじゃないですか。どう見ても先輩いっぱいいっぱいですし、そもそもちょっと見た目変えて寄ってくるような女なんて人間不信患ってる先輩じゃ寄せ付けもしないでしょ」
何より既に三股っぽいことしてるんだから、これ以上は要らないでしょ。ぜいたくですよぜいたく。
「って違いますよそうじゃなくって。結衣先輩、なんかおかしな反応してた人とかはいなかったんですか? クソメールの犯人っぽい奴。どうでした?」
「え? あ、あー。うん、どだろ……。あたしたちみんないろいろやったから、むしろおかしな反応してる人しかいなかった……と思うけど……。ごめん、あたしも正直見入ってた……」
あー……まぁ、しょうがないですよね。結衣先輩もいろいろ拗らせてたみたいですし、わたしの台本天才すぎましたし。雪乃先輩はあの通りぽんこつになってるし、わたしもわたしで出入りのときくらいしか周り見る余裕はなかった。そして先輩は多分この中で一番あっぷあっぷだろう。まーそんならそれでいいんです、気長に楽しくやりましょ。
「ほーら、そろそろ起きましょうよ先輩。せっかくの雪乃先輩のおべんと、食べらんないまま昼休み終わっちゃいますよ?」
「ぼ……べ……べんと……あ、ああ……。そうだな、弁当だな……。雪ノ下が、作ってくれたんだよな……」
お弁当で再起動を果たした先輩は、雪乃先輩のお弁当を広げる。……え、うわぁ、あれほんとに女子高生が忙しい朝に手作りしたものなんです? プロが作ったのを買ったんじゃなくて? 何かもう普通にディスプレイで飾れそうな出来映えなんですけど。
「なんだこれ……すげぇ……」
「ゆきのんのおべんと、ほんとに美味しいからねー。あたしも大好き」
結衣先輩が驚かないってことは、一回こっきりで異常に力を入れた特別製ってわけじゃないんですね……。雪乃先輩のスペック改めてヤバすぎませんか……?
「……大したものじゃないわ。残り物とあり合わせで適当に作ったものよ」
「マジか……すげぇな……」
いやいや、どう考えてもあり合わせってもんじゃないでしょ。その生春巻とか何がどう余ったら作れるんですか。ああうん、結衣先輩がしょうがないなぁって感じでにこにこしながら見てるからこれやっぱり先輩のためだけに用意したものなんですね。ほんと素直じゃない。
「先輩、せっかくですしあーんしてもらったらどうですか?」
「一色さん!?」
「馬鹿か何言ってんだお前。ここであーんやって誰に見せんだよ」
ほほう、つまりおままごとでならやぶさかではないと。心の台本に書き留めておきましょうねえ。
「じゃ、じゃあ……その、いただきます……」
「は、はい……。召し上がれ」
先輩が両手を合わせていただきますをする。雪乃先輩は顔を真っ赤にさせてそっぽを向き、思い出したように自分のお弁当を開いて食べ始める。味わうように一口食べてからもう先輩の箸がまるで止まらなくって、本当に美味しいんだろうなっていうのが端から見ててよく分かった。
「先輩、雪乃先輩。それで、あのクソメールの犯人に目星ってつきました?」
「んぐ……。いや、正直さっぱりだな……。っつーかいつもと視線の質が違いすぎて割とそれどころじゃねえ……」
何よりお前らとの演劇のせいでギリギリだ、とか小声で足してますけど普通に聞こえてますからね?
「私も……。比企谷くんのクラスに行ったときは周囲を見るようないとまはなかったわね。自分のクラスでは幾度か遠回しにチョーカーのことを聞かれたけれど、興味本位といった印象で彼女たちが犯人と関係しているかというと疑問ね」
「あー、わたしも聞かれましたねえ。悪意成分はそこそこまぶされてましたけど、こっちは単純にわたしが嫌われてるだけっぽいかもなので」
「お前平然と……心臓つええな……」
は? 先輩にだけは言われたくないんですが。先輩のいつものわけわかんない自虐に比べればマシでしょうこんなの。
「ま、まあそれはともかく。まだ初日だし、そりゃいきなり動き出すとも限んねえわな。……そう、か。まだ初日なんだな……。嘘だろこれいつまで続けんの……?」
「何言ってんですか役得でしょう役得。先輩のこの先の人生、公然と三股かけるほどモテる機会なんてあると思うんですか?」
「ねえな確実に」
「あはは……どうだろ」
「そうね……。ない……はず、よね」
まあモテるかどうかだけなら有り得るって思えるくらいには男上がっちゃいましたけど、そんな状況先輩じゃ逆立ちしても捌ききれないでしょ。だからないも同然!
「ほら、最初に言ったじゃないですか。あのメールのおかげでわたしたちは楽しく過ごして仲良くなれましたざまぁ、って言えればそれでもう大勝利なんですよ。素直に疑似恋人との逢瀬楽しんでればいいんです」
「無茶苦茶言うなあお前……」
「あはは……でもヒッキー、ほんとに全然楽しくない? 辛いだけ? もしそうなら、無理しないでやめてもいいと思うんだけど……」
「……………………いや、その……。そりゃ、あー……やっぱ俺も男の子なわけでね……? …………役得、です。はい……」
わたしは心の中でぐっとガッツポーズを決めた。おっしゃあナイスアシストです結衣先輩。先輩の捻くれたツンデレ中毒性高いですね。薄い台本が厚くなる。
「大体、三股なのに女の子が修羅場起こさないって時点で最強じゃないですか。なんの不満があるってんです」
「いや、その……俺の羞恥心はさておくにしても、お前らはいいのか……? 一色は許可とってるっつったけど……由比ヶ浜の唇に触れたり、雪ノ下に至っては抱き寄せたりしてんだぞ……?」
お? 話逸らしましたね? でも今は見逃してあげます。いっしょに出してきた疑問の方が超重要なので。
「全女の子には少女漫画のヒロインになりたい欲があるんですよ! わたし調べ! だから十分元は取れてます!」
これはもうまちがいない絶対の真理です。脳内わたしも100%の支持を表明しています。さっき心の中でしてたガッツポーズを現実にやって力説する。
「……由比ヶ浜も雪ノ下もそうなのか?」
「え、ど、どだろ……。う、うん。あるかも……」
結衣先輩が高校生離れした巨乳を強調するように、両腕を足の間に挟みながらもじもじと悶え。
「そ、そうね……。私はあまり漫画は読まないけれど、ロマンチシズムに憧れないと言えば嘘になるかしら……」
雪乃先輩が芸術品のような指を悩ましく絡めながら、夢見心地に遠くを見る。
うんうん、そうですよね。納得の解答にわたしは腕組みして頷く。が、何故か先輩のご機嫌が目に見えて悪化している。箸を咥えたままそっぽ向いて、悔しそうにガジガジしてる。
「ヒッキー?」
「比企谷くん?」
「……なんでもねぇ」
「いや、名前呼ばれただけでなんでもねえって言ってる時点でなんかあるじゃないですか。なんなんですかまたしちめんどくさい思考回路回ったんですか」
「……だから、なんでもねぇ」
先輩は雪乃先輩と結衣先輩をちらりちらりと盗み見るようにしながら、あ、わたしとも目が合った。頭がりがり掻いて、ふーっと大きく息を吐く。明らかになんか自分の中で飲み下そうとしてますよねこれ。一体何を……あ。
なんかもしかしたらだけどぴんときたかもしれない。天啓的なあれが降りてきたってやつ? いやでももしこれが当たってたらどんだけ節穴アイなんですかって話ですよ?
「……もーしーかーしーてー、ですけど。ヒロイン願望満たすためなら相手は誰でもいいー、なんて頭の悪いこと、雪乃先輩や結衣先輩が考えてると思った……なーんて、そーんな死んだ方がいいほど馬鹿なこと考えてるわけないですよね?」
先輩がびっくぅー! って全身で解答した。どんだけ節穴アイなんですかこの人。
「そんなわけないでしょうが馬鹿ですかって言うか馬鹿です先輩。流石にその勘違いはないですお二人がどんだけ先輩を……」
「待っていろはちゃんストップ!」
慌てふためく結衣先輩にストップかけられ、顔を真っ赤にした雪乃先輩に無言で腕を引かれ、危うくぽろりしそうになっていたのに気付く。あぶねー、うっかりで三角関係のキューピッドするところだった。最悪流れ弾でわたしまで死ぬやつじゃないですか。
「んんっ、お二人がどんだけ先輩との、三人の関係を大事にしてるか分かんないんですか。大体ほんとに誰でもいいようなら、お二人とも三分間クッキングで彼氏の一人や二人作れるのくらい先輩の節穴アイでも理解できますよね?」
「……そりゃあ、な」
「なら少しは考えてもの言ってください。ほら、さっさとご飯食べちゃいましょう。今日はとりあえずもう一通り終わりましたから、後は放課後まで結衣先輩と楽しく仲良く睦まじくおしゃべりしてればいいだけです」
「お前ね、無軌道な雑談とか一番きついやつってそれ一番」
「ヒッキー、あたしと話すの……いや?」
「おま、その言い方は……その、ずるいでしょ……」
そこで顔赤くしてそっぽ向いてる時点で答え言ってるようなもんですからね。こういうとこばっか分かりやすいのこそ卑怯ですよ。
「はーいはい、決まり決まりー。これ以上ごねるようなら夜なべして書き上げたわたしの台本が火を噴きますよ? おかげで今日受けた授業の記憶がないですからね」
「一色さん……。あなた仮にも生徒会長が」
げっ、まずった。つい口が。
「あっ、わたしお先に食べ終わったので一足先に戻ってますね! それでは!」
わたしは手早くお弁当箱を片付けて、脱兎の如く逃げ出した。
その後俺たちは昼休みギリギリまで奉仕部でだらけて、雪ノ下とは階段のところで分かれつつ由比ヶ浜と教室に戻った。教室の扉を潜るときに視線が集まること自体は普段の俺でもないではないが、それが一瞬で興味のないものに戻らないのは中々に慣れない。そりゃいきなり目立たんクソぼっちが学校でもトップクラスにかわ……目立つ女子三人首輪付きと仲良くしてりゃ異常事態にしか見えねえよな……。
しっかりばっちり意識しつつも表面上は黙殺して、何事もなかったかのように席に戻る。別れ際、由比ヶ浜がこっそり手を振って「また後でね」なんて言うから、咄嗟に反応できなくて半笑いで返してしまった。ガハマさん、ちょっと不意打ちでそういう応用問題に挑むには早すぎません……?
授業の合間の休み時間のたび、こっちの席まで嬉しそうに直行して色んな話を楽しそうにする由比ヶ浜を完璧に捌けるほど俺のスキルは高くなく、言葉少なに相槌を打ってゆとりある風を装うのが精一杯だった。
帰りのホームルームが終わって、奉仕部に行く段。……流石に由比ヶ浜にだけ負担かけるわけにも行かねえし、こっちからも何かやっておくべきだろう。
瞑目して深呼吸。立ち上がって、鞄持って、授業中考え続けてたアドリブの覚悟決めて由比ヶ浜の席に向かう。
「ヒッキー?」
「ふー……。結衣……行くぞ?」
「っ! うん!」
差し出した手を嬉しそうにつかみ、飛び込んでくるように立ち上がる由比ヶ浜。最後疑問系になったのは見逃してくれたご様子。
俺よりも高い体温の柔らかさを握りながら、奉仕部までの道のりを足早に歩く。その熱に当てられてか、自分の体温も上がるのを自覚してしまう。リノリウムの冷たい反響音がせめて少しでもこの熱を抑えてくれないかと、そんなことを思った。
「えへへへ……」
部室に来てからずっと、由比ヶ浜さんがふやけたまま戻る気配がない。左手を見つめたままにぎにぎと動かして、また堪えきれないと言わんばかりに笑みを零す。元凶を一睨みするも、狼狽するばかりでこちらの意図をまるで汲んでくれないのが腹立たしい。
「な、なんでせうか……?」
「……いえ。色男が随分と板についてきたのねと思っただけよ。まだ初日なのに」
「いや、全然そんな……」
「ド鈍いですね。わたしにももっと構えって言ってるんですよこれは」
「一色さん!?」
いえ私にそんな意図は決して、おそらく、ないはずだけれど……。
「んー、でもやっぱり同じクラスだけあって結衣先輩が一番日常的に近くなりやすいですよねー。わたしなんて学年違うんですよ? 学年。階段めんどいですよー」
そ、そう、それよ私が言いたかったのは。由比ヶ浜さんばっかりずる……ではなくて。
「その、ええと……三人とも同じくらい仲良くしている印象を与える必要があるのではないかしら?」
「なるほど、一理あんな。つっても、休み時間のたびにわざわざ別のクラスまで誰かに会いに行ったりなんてしねえしなぁ」
「え? 普通にするよ? なんで?」
当然のようにするものなの……? 比企谷くんの意見に私なんの違和感も抱かなかったのだけれど……。比企谷くんも由比ヶ浜さんの意見に驚愕しているみたい。
「まあそれってあんまり先輩のキャラじゃないですしねー。いや台本作っといてキャラがとか言うなって話かもですが……まあそれならそれで、回数は少なくとも大砲ぶっ放す感じで行きましょうか、わたしたちのは」
一色さんがここまで頼れると思ったことはこれまでなかったわね。昨日台本を作ると言われたときにはどうなることかと思ったけれど。いえ、どうなることかと思ったというか、正気を疑ったと言った方が正確だったかしら。
曰く、私たちが仲良く三股かけられていると誤認させるため、比企谷くんに色々してもらう台本を書く。ついてはどこまで認めるかレーティングを決めてほしい。その他、希望があればそれも吸い上げる。
正気を疑うのも妥当よね? とはいえ、結果的には一色さんが正しかったと言わざるを得ないのだけれど。私は由比ヶ浜さんと話し合って、一旦自由に書いてもらった上で台本確認させてもらうことにした。当然のようにその台本は一発で通った。
「まあ流石に慣れないことして先輩もお疲れでしょうし、今日はもうゆっくりしてましょうか」
「いやお前、生徒会の方はいいのかよ」
「奉仕部に行きますねって言ったら快く送り出して貰えましたよ?」
一色さんはチョーカーに軽く指を引っかけ、比企谷くんに笑いかける。……三股疑惑にかこつけて、邪推させるような態度で堂々と言い放ったのでしょうね。まざまざと目に浮かんだわ。
頭に手を当て溜息を吐いていると、比企谷くんも由比ヶ浜さんも苦笑いだ。そうね、今日はもう穏やかに過ごすとしましょうか。
「紅茶、淹れてくるわね」
そう言い残して席を立つ。口元がほころんでいる自覚はあった。
結局のところ、私も十分に楽しんでいるのだ。この非日常的な高揚感を。
あの後、宣言通り下校時刻までのんべんだらりと過ごして、四人で部室をいっしょに出た。一色が急に俺の手を掴んで、「昼休みは譲りましたからね、帰りは私とお手々繋ぎましょう!」なんて言い出して、だからそういうアドリブをいきなりぶち込むのやめようぜ? 心臓に悪いからさあ……。
部室の外に出た以上、どこで誰が見てるか分からないので断るわけにもいかず、されるがままに手を引かれていく。後ろをちらと見返れば、お揃いの首輪付き仲良しカップルが寄り添いながら付いてきている。
鍵を返しに行く間も僅かに残った生徒からは奇異の目で見られることは避けられず、今更ながらに大丈夫かこいつら……と沈めた心配がしぶとく鎌首をもたげてくる。いやもうほんと今更すぎるんだけどね?
つつがなく鍵を返し昇降口で三人と別れ、自転車をすっ飛ばして家に帰る。もう外は真っ暗だ。……幾ら暗いからってただの下校だ。大丈夫だろ。何より、しんぱ……理由もなくいきなり家まで送ってくとかどの面下げて言うって話だよなぁ。気の迷い気の迷い。いままでもずっとそうだったんだし。よしもうすぐ家に着く。着け。着いた。
我が家に辿り着いたところで、忘れずに眼鏡は外しておく。これが小町に見られたら面倒極まりない事態になるのは確定的に明らか。眼鏡なんてかけるの初めてだから鼻のとことか耳のとことかにものが当たってるの違和感つええんだよなぁ。
「ただーいまぁ……」
テンションの上がらないだらけた声で帰宅を告げるも、へんじはない。ただのシカトのようだ。あるいは聞こえてないだけかもしれん。まあどっちでもいいか。
のっそりとリビングに入れば、小町がおこたで勉強していた。もう受験も目の前だしなぁ。……珈琲でも淹れてやるか。
そしてできあがったのがこちらになります。たっぷりミルクとシュガーで疲れた脳に直撃だ。
こたつの天板にそっと置いてやると小町は首をぐるりと巡らせ、疲れ切った目で珈琲とそれを置いた俺を認識する。
「あー……。お兄ちゃん、お帰り……」
「おう。ただいま。あんまり根詰めすぎんなよ」
「うん……でも……」
もごもごと口の中で何かを呟く。プレッシャーか自信の欠如か、かなり参ってるなぁ……。うーむ……。気分転換じゃねえけど、いろはすシナリオを参考に元気づけてみるか。
小町の隣に胡座で座り、頭を優しく撫でてみる。胡乱な目で見られて弱々しくぺしっとはたき落とされるが、めげることなく繰り返しなでなで。
「むー……。なに」
「小町はがんばってるよ」
「……がんばってたって合格できなきゃ意味ないよ」
「少なくとも……お兄ちゃんは、小町ががんばってることに意味がねえとは思わねえけどな」
そう言って、小町の肩をこちらに軽く倒し、抱きとめる。
「……そんなの、ただのなぐさめ、って、え? お兄ちゃん?」
不意をつかれたのか、殆ど抵抗を受けることなく小町はこちらに倒れ込んできた。そのまま頭を撫で続ける。
「ぅん……やめてよ……。小町、もう子供じゃないんだから……」
むずがるように俺の腕を払いのけようとするが、本気の拒絶は感じない。ならまあ、このまま続行だ。
「なんなのさ、もう……」
「少しの間、全部忘れちまえ。ちっと早いが本気寝しても構わん。たまにはそんな日があってもいいだろ」
「……ばか」
諦めたのか、小町の身体から力が抜けて華奢な体重が柔らかくのしかかってくる。
十分ほどで、可愛らしい寝息が聞こえてきた。……あ、ここで寝ると風邪ひきかねんな。しゃーない、後で怒られるかもしれんが、小町の部屋までおぶっていこう。お姫様だっこ? それを選ぶにはしかし筋力が足りない。
なるべく揺らしたりしないように注意を払って、小町の部屋のベッドまで運ぶ。布団を掛けて、これで良し、と。布団の上からぽんぽんと軽く叩き、そっと部屋を出て行く。
「……おやすみ」
へんじはない。とてもおつかれのようだ。ぐっすり眠って疲れを取ってくれれば何よりだ。
俺は久々に小学六年生級の腕を振るって、本日の晩ご飯を作ることにした。