どう考えても、俺が三股疑惑かけられるのはまちがっている。   作:サンダーソード

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「……ヒッキー、ペットには服着せる方?」

「待たせたかしら」

「あ、来た来た! 来たよいろはちゃん!」

「お先でーす」

「おう……」

 部室に来ると、由比ヶ浜と一色が先にお弁当を開いていた。余り待たせることもなかったようで、まだ然程も箸は進んでいない。演劇で一々食事を遅らせるのも非効率なので待たずに食べてもらうことになっているのだ。

「で、どうでした? J組の反応は」

「お前ね……そんな余裕あったとでも思うの……?」

 枯渇した気力ゲージに従ってどっかりと椅子に座り込み、長机に雪ノ下印のお手製弁当を並べて置く。雪ノ下のクラスは国際教養科で、大半が女子で占められている。そんなところに単身男子が乗り込んで、あまつさえ雪ノ下と濃厚な演劇をする時点で何をか言わんやである。

「あれだ、動物園のパンダの気分が味わえたよ」

「その眼鏡がパンダのぶちに相当するのかしらね?」

「あはは、二人ともお疲れ様」

 由比ヶ浜が奉仕部の鍵を振ってその存在を示す。なるほど、由比ヶ浜が先に部室を開けてたのか。雪ノ下は弁当箱をひょいと一つ持って自分の席に向かい、由比ヶ浜から鍵を受け取った。

「でも、比企谷くんに嫌悪の視線を送っている人はそう多くなかったと思うわ」

「ほーん、意外なもんだな」

「そうでもないんじゃないですか?」

 一色の軽い否定は、その結果を予想していたように聞こえた。言及こそないが、由比ヶ浜も雪ノ下の言葉を当然のように受け止めている。不思議がってるの俺だけ?

「ただ……そうね、好意的な視線もそれなりにあった、んじゃないかしら」

「そうなんだ……」

 そう口にする雪ノ下はあまり嬉しそうではなく、相槌を打つ由比ヶ浜も溜息交じりだ。あ、あれー? 好意的って悪い意味だったっけ……?

「だいじょーぶですってお二人とも。だってこれですよ? そんなどうにかなるわけないじゃないですか」

「代名詞と指示語が多すぎて何言ってんのかわっかんねえよ」

「先輩『は』分かんなくていいんですー」

 だがその助詞の示す通り俺以外の二人にはちゃんと伝わったようで、雰囲気が軽くなる。マジでなんだったんだ……。

「えーっと、ところで、雪ノ下。その、この弁当って……」

 雪ノ下が二つ用意したお弁当。最初は由比ヶ浜に作ってきたのかと思ったが、由比ヶ浜も一色も既に自分で持ってきた分を開いている。己で食べる分を二つに分けたかとも考えたが、雪ノ下は並べた弁当のうち片方しか持っていかなかった。そして部室には四人きり。

 この弁当のことは、台本にはなかった。

「……気が、向いたのよ」

 そのフレーズに、ごく自然と昨日の昼休みの会話が思い起こされる。

 雪ノ下は先程の演技のときよりもよほど頬を赤くして視線を逃がす。逃げた先にあったケトルを見て、これ幸いと紅茶の準備に部室を出て行った。

 その後ろ姿をぼうっと見ていたが、我に返って視線を戻すと由比ヶ浜の満ち足りたような笑顔と一色の底意地の悪そうな笑みに迎えられる。

「……なんだよ」

「んーん。なんでも」

「そーですねぇ。なんでも」

 二人は顔を見合わせて笑みを交わし合う。……からかわれるでもなく、なんでもねえって微笑み一つで片付けられたらこっちから何か言うだけ藪蛇だ。

「……ぐぅ」

 情けなくも、ぐうの音くらいしか出なかった。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

 

 戻ってきた雪ノ下が紅茶を淹れて、状況リセット。リセットしたからそこ二人、こっそり嬉しそうに笑うのやめれ。

 俺は雪ノ下の弁当を開く……その、前、に。

「んっ」

 軽く咳払いをして三人の注意を引こうと試みる。だが、音量が小さかったのかただの咳と勘違いされたのかうまく行ってない様子。

「んっ、んんっ」

 続けて何回か繰り返して、ようやく俺の意図を察してくれたのかそれとも単純に鬱陶しかったのか注目が集まる。地味にこの手のスキル初期値なんだなぁと思い知らされた俺がいる。

「なんでいきなり喘いでんですか先輩?」

「ばっかじゃねえのお前!?」

 また唐突にとんでもないことを言い出された。こいつ時々発想がぶっ飛ぶの仕様なの?

「いや、ん、あー、えっと、んー」

「やっぱ喘いでんじゃないですか」

「だからちげえ!」

 風評被害もいいとこだ。うまく伝える言い回しをこねくり回しながら頭を掻いて、もうこれ現物見せた方がはええなとようやく気付く。

 左手首に引っかけた巾着袋を外して机に置き、袋の口に引っかけながら中身を取り出す。出てきたのは小さなタッパー。震える手で開けつつ、現状を伝えるための言い訳が口から勝手に零れていく。

「その、ゆうべ小町が早寝したから珍しく俺が夕食作って、昼には雪ノ下に弁当作ってもらったし、せめて少しでもお前らになにか返せるものがあった方がいいかもしれないって、それでだな……」

 同じようなことを先に、しかも数段高度に雪ノ下がやった後で出すのは些か以上に恥ずかしいものがあるけど。……やっぱやめればよかったかなぁ。恥ずかしいし。三人の顔見れねえ。

「いや、俺の自己満足っちゃその通りだし、上手くできてるかっつーと雪ノ下には到底及ばないんだが……」

 そこでようやく固く封じたタッパーがぱかっと開く。中に鎮座するは黄金色の並び。

「……卵焼き、なんだが。まぁ、その、おかず一品増えたと思ってくれれば。や、要らねえなら普通に俺食うから、別に……」

「ヒッキー」

「っ……な、なんだ?」

 名前を呼ばれて、タッパーの中身に俯けていた視線が由比ヶ浜に向かう。彼女は箸を揃えて置いて、薄い表情で卵焼きを見ていた。

「これ、あたしたちもいいの? ゆきのんだけじゃなくて」

「あ? あぁ、当然そのつもりで作ってきたけど……」

「っ~~~!」

 そう答えると、由比ヶ浜は縮こまって一瞬震え、爆発したように諸手を挙げて喜び、雪ノ下に抱きついた。

「ヒッキーありがとっ! ゆきのん、いろはちゃん、ヒッキーの手作り卵焼きだよ! すごい!」

「ほんとですよ! 人のことあざといあざとい言いながら一番あざといの先輩じゃないですか!」

「ふふっ、これは雪でも降るのかしら。参ったわね、傘なんて持ってきていないわよ?」

 一色はやいやい言いながらもにまにまする蠱惑的な笑顔は隠しきれず、雪ノ下も雪ノ下で憎まれ口のキレはなく、代わりに艶やかな唇が象るのは薄い三日月。

 一気に騒がしくなった昼食時に、俺はそっと安堵の吐息を混ぜ込んだ。

 まあその、なんだ。作ってきて後悔はしなかったな。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

 

 自分の好みに従って甘めに作った卵焼きは彼女らにも概ね好評で、再度の安堵に胸をなで下ろした。ある程度食事も進み、そういえば昨夜言おうと思っていた文句があったことを思い出す。

「そうだ、一色」

「どうかしました?」

 忘れないうちに言っとくべきだよなこういうのは。口の中の冷製ボンゴレエビ味噌風味を飲み込み、後口を紅茶に委ねながら問いかけてみることにした。

「お前、次の由比ヶ浜の台本何考えて書いたの? つーかマジであれやらせる気? 正気?」

「穏やかだった空気の中なんですかいきなり!?」

 俺の素朴な疑問に、一色は椅子を蹴立てていきり立つ。

「? そこまで妙な台本だったかしら。由比ヶ浜さんの飼っている犬の話をするだけよね?」

「そうですよ! ただペットの話をするだけじゃないですか!」

「あー……あはは……」

 こいつ面の皮すっげえな……。あんな台本書いといてよくまあぬけぬけとそんなことが言えたもんだ。夜なべして書き上げたとか言ってたけど、逆に夜なべしたからそんな台本になったんじゃねえの?

「……耳年増えろはす」

「んな、花も恥じらう乙女に向かってなんたる暴言を! 大体結衣先輩だって理解してるじゃないですか!」

「ちょっ、いろはちゃん!?」

「由比ヶ浜も理解してるとか言ってる時点でお前故意犯じゃねえか」

「えーそーですよ何か悪いんですか!? 元々三人揃って首輪着けて三股もどきやってる時点でなんかそれっぽい雰囲気重視じゃないですか! 実際にやるわけじゃないんだからおんなじですよ! それともほんとにやりたいんですか!?」

「ばっ!」

 こいつ開き直りやがった! しかも言うに事欠いてやりたいのかだと!?

「やるわけねえだろざっけんな!! そうじゃなくて由比ヶ浜がそういう目で見られんのが……!」

 伏せておくはずのところまで口論の勢いで口にしかけていたことに気付き、咄嗟に口を噤むが時既に遅し。に、まぁ~~~っとうら若き乙女がしちゃいけないような笑顔がゆっくりと広がり。

「結衣先輩がー、どういう目で見られるのがー、なーんなんですかねぇ? ちょーっと指示語多すぎだし文も省略されまくりでわたしわっかんないなぁ。くわしくくわーしく説明してくれません? 代名詞と指示語が多すぎて何言ってんのかわっかんないわたしとは違う、国語学年三位のせんぱぁい」

 絶賛舌戦中のこの小悪魔に見逃して貰えるはずもなく、おもちゃを見つけた顔で鬼の首を取ったか如くにこれでもかと突っつき回される。

「いや、その……」

「何故口論になっているのか分かりかねるのだけど……どういうことなの?」

 ガチで理解できてないらしい雪ノ下にも釈明を求められるが、嘘だろお前これ台本の意味から説明しろっての……?

「ま、まあまあ……。ほら、あたしはだいじょぶだから……ね? それに、誰が一番変な目で見られるかって、それヒッキーじゃん。さ、三股とかさ……。でもあくまでお芝居でしょ?」

 聞き捨てならなかった。せっかく由比ヶ浜が取り成してくれたのに、その物言いが看過できなくてそちらに食い下がってしまう。

「俺が変な目で見られるのなんざただの日常だろ。それに、これはただの変な目じゃなくて……」

 ああもう、知ったことか。大きく息を吸い一息に言おうとして頓挫、つっかえながらその言葉を吐き出す。

「え、ぇ、えろい目で見られるだろ、だいぶ直接的に。ハイエナの群れに生肉放り投げるようなもんじゃねえか……」

「……どういうことかしら」

「ぅぐっ……まさか先輩が雪乃先輩の前で口に出せるとは……いえ、聞きようによってはそう聞こえなくもないって感じのやつで!」

「由比ヶ浜だぞ……? 男子高校生なら九分九厘アウトだろ……」

 残りの一厘は雪ノ下のようにそっち方面に疎い例外要素。戸塚みたいな。いや戸塚がほんとに疎いかは知らんけど。

「そ、そんなかな? そりゃちょっとくらいは増えるかもとは思ったけど……」

「無自覚に無防備すぎんだろお前……。やっぱ俺は反対だ」

「埒が明かないわね。……そうね、実演してみてもらってもいいかしら? ここなら誰に見られる心配もないでしょう?」

「は? いやお前それは」

「あっ、それいいですね! 百聞は一見ですよ! と言うわけでお願いします先輩!」

 想像もしなかった雪ノ下の提案に一瞬固まり、否定を組み上げるのが数秒遅れて一色のアシストを許してしまう。

 由比ヶ浜にどうするよこれ……? の視線を投げたら、しょうがないね、って感じの苦笑を返される。賛成二人、消極的賛成一人じゃ残り零票どこに入れても満場一致で決まってしまうな。いつか俺にも投票権ください。

「じゃ、やりますか……」

 溜息吐いて、お手上げの代わりに俺は由比ヶ浜を手招いた。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

 

 先輩たちは椅子を移動させて、長机を挟むように配置する。ここを教室の先輩の席に見立てて、結衣先輩が先輩の前の席に座ってお話をしてるっていうシチュエーションだ。前回の失敗を糧に、既にスマホの録音機能は起動している。こっそりとね。いや違うんですよ本人にバラしたら演技に支障が出るかもじゃないですかだから仕方なくですね。

「ペットってほんっとカワイイよねえ。いろいろ手がかかってもなんか許せちゃうっていうかさー」

「まぁ、分からんでもねえな。可愛げを忘れたようなふてぶてしい猫でも、元気の度が過ぎるバカ犬でも、しょうがねえなって思っちまう何かはある」

 先輩も結衣先輩も犬や猫を飼っているのは聞いている。だからここまでは普通のペットの会話だ。

「あーあ、ペットかぁ」

 だがそう言ったきり、組んだ腕を枕に結衣先輩は長机に突っ伏した。柔らかく形を変える自らの暴力的な発育を気にすることなく、先輩に潤んだ上目遣いを投げかけている。……結衣先輩のあのポーズは反則だ。

 二人はしばし見つめ合い、徐々に二人の世界に没入していく。

「……ねぇねぇ、ヒッキー」

 結衣先輩は腕を崩し、くいくいと可愛らしく先輩の袖を引く。ってゆーかあれであざとく見えないのってなんなんです? 世の不条理?

「ん、なんだ?」

「ヒッキーってさ。……ペット、大事にするよね」

「まあ、そりゃあな」

「……ヒッキー、ペットには服着せる方?」

「…………そうだな。自然なままのがいいと思うぜ」

「あたしも。気が合うね」

 二人はささめくように笑い合った。ペットに服を着せる、が此度の二人のキーワード。でも、ここまで雰囲気出されるとは思ってなかった。秘め事めいたそのやりとりに、見ているだけのはずのこちらが覗き見しているようなおかしな気分に晒される。

 結衣先輩はおとがいを上げ、見上げるように先輩に顔を近づける。

「じゃあ、さ」

 結衣先輩はその笑顔に僅かに淫靡さをまとわせて、

「今度、いっしょにお散歩に行こうよ……。ペットの、さ」

 袖引く手を先輩の手に絡め、妖しく誘う。

「――大事なペットを」

 先輩はもう片方の手で、その気になればキスもできそうなくらい近付いてきた結衣先輩の首筋を……その首に嵌めた拘束具の、リードを着けるための金具を小さく鳴らし、

「……他人に見せびらかすような性癖は持ってなくてな。それに」

「ぁん」

 首輪に指を引っかけ、引き寄せ、鼻が擦れそうな距離から結衣先輩の瞳を覗き込み――

「室内犬なら、家の中で飼うべきだろ?」

「――――はぁい」

 優しく静かに、それでいて有無を言わさぬ何かを混ぜ込んで、甘く甘くたしなめた。

 先輩たちは熱っぽく揺れる瞳で数秒間、お互い以外が目に入らない時間を過ごし――それは頬に色付く紅色が限界を超えたところで唐突に終わりを迎える。ばっと弾けるように二人は離れた。

「っ~~~! 恥ずかしい!」

 結衣先輩は真っ赤な頬を両手で覆い、しゃがみ込んで羞恥に耐え。

「はっ、はぁっ、はぁっ……。なぁ、おい、一色」

 先輩は詰めていた息を喘ぐように吸い込み、力尽きたようにぐったりと椅子にもたれ掛かる。

「さすがに限度超えてんだろ」

「え、あ、はい認めます勇み足でしたごめんなさい。……でもこれぶっちゃけ台本だけのせいじゃないですよね?」

 台本以上に先輩たちの演技力がヤバすぎる……。って言うかほんとに演技なんです? いやほんとにやるつもりだとかじゃなくて、お互いそういう気分に浸って盛り上がっちゃったりしてません? 相手が望むならー、みたいな。

「ぺ、ペットの話……なのよね?」

「ペットの話だ。…………サブレが室内犬かどうかは知らんけどな」

「そ、そう……」

 雪乃先輩も動揺して、空になったティーカップを弄ぶ手も震えている。

「んんっ……理解はできた……と思うわ。確かにこれは……目の毒ね」

「はい、下手すると生徒指導飛んで来かねないですね……って言うか先輩たちも本気出しすぎですよ。アドリブも強烈なの入ってましたし」

 二人見つめ合ってるだけで吸って吐く息がえろい空気に置換されてたし、手を絡めるだけでなんであんなスケベになるのか。って言うか首輪の引っ張り方とかあれもう絶対犯罪でしょ。早くわたしにもやってくださいよ。

「これ教室で再演は絶対回避したかったからな……」

 先輩は気まずさをはぐらかすためか、わたしの言葉に視線を逸らし。

「うぅ……ヒッキーの目を見てたらつい……」

 結衣先輩は火照った頬を誤魔化すためか、ぱたぱたと仰いで冷まそうとする。

「……では、これはお蔵入りで」

 雪乃先輩の鶴の一声に、わたしたちは一も二もなく賛成した。

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