どう考えても、俺が三股疑惑かけられるのはまちがっている。   作:サンダーソード

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「怒るよ。……だって、ゆきのんの一番痛いとこじゃん」

 完璧で幸福な次のいろはすは無能な反逆者である前のクローンとは違うので由比ヶ浜が余人にえr……そういう目で見られないような完璧で幸福な台本を書き上げました。めでたしめでたし。

 とはならなかったんだよなあ畜生。いやそういう目で見られない台本にはなってると思うよ? なってるけどさあ。なってれば他がどうでもいいってわけじゃねえからな? どうするんだよこれ……。

 などと昼休みに向けて順調に煩悶していた俺だが、休み時間に来た一通のグループメッセージがその状況を一変させた。

『次のが来たんだけど、よくわかんない。昼休み部室でいい?』

 という短い文のみで、いつも文面をうるさいまでに飾っている絵文字顔文字が見当たらない。由比ヶ浜の方を見ると随分険しい顔でこっちを見ていたので、了承の意味を込めて頷いておく。中々にお怒りのご様子だ。

 次の、というのはおそらく次のチェーンメールのことだろう。だが、来たのはいいがよく分からないとはどういうことだ?

 ……考えたところで分かるもんじゃねえな。予定されてた昼休みの演劇も先送りになったし、大人しく待つとしよう。明日の悩みは明日の俺に任せるのだ。……あ、明日は土曜日か。来週からがんばろう。

 そんなこんなで昼休み。

 さて部室行くべさと立ち上がり、由比ヶ浜誘うべきかなどうしようかなと逡巡して。

「せーんぱい! 迎えに来ましたよー!」

 こっそり窺ったはずがばっちり目が合った辺りで件のお迎えが来た。

「結衣先輩もー、ほら、行きましょうよー」

 元気の良さに弾みを付けて一色は俺と由比ヶ浜を引っ張っていく。そんな一色に、カリカリ来てる由比ヶ浜の毒気は抜かれたようだ。ナイスいろはす。

 俺たちは教室を出て、往来の激しい廊下に行く。一色は手首に引っかけた鞄を弾ませ、明るく言い放つ。

「昨日は先輩のあざとい卵焼きにやられちゃいましたからねー。今日はわたしのクラブサンドが火を噴きますよ?」

「ああ、そりゃあ楽しみだ」

「あっ、実はあたしも……」

「……ああ、ちゃんと覚悟は決めた」

「なんかいろはちゃんと反応が違う!」

 いや、だってさあ……。言下に切り捨てなかっただけでもがんばったと思いませんか……? ……それに、覚悟しとくって約束したし、な。

「……で、結衣先輩。次の、って言うのは」

 移動する間に周囲に人気がなくなったのを確認して、一色が声を潜めて由比ヶ浜に問いかける。

「あ、それね。新しいチェーンメールが来たんだけど……何て言うか、ヒッキーのに関係あるのかちょっと分かんなくて。うん、詳しい話は部室行ってからにしよ。ゆきのんも待ってるし」

「ああ、そうですね。すみません」

 俺たちは少しだけ部室までの足を速めた。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

 

「お待たせ」

 結衣先輩は急いたようにそれだけ口にして、雪乃先輩の隣に座る。

「進展があったのよね? さっそくだけど聞かせてもらおうかしら」

 雪乃先輩も雪乃先輩で挨拶もそこそこに情報を催促してくる。とはいえ、わたしたちが来るまでの短い時間で紅茶まで淹れ終えているのだから言うだけのことはある。ついでに先輩の席には雪乃先輩お手製お弁当も完備。お話の準備も万全ということだ。

「うん……ヒッキーのやつは知ってる人からも知らないメアドからも今まで何回か来てたんだけど、新しいのは初めてだったから。でも……」

 結衣先輩はスマホをしゃしゃっと動かす。すぐに目的の画面に行き着いたのか、雪乃先輩に画面を掲げる。

「ヒッキーもいろはちゃんもこっちこっち。ほら、これ」

 離れた席に座っているわたしたちは結衣先輩に手招かれ、座るお二人の背後から液晶を覗き込む。そのメールには一から十までろくでもないことが書かれていた。

『雪ノ下は親の七光りの申し子。好き放題やった挙げ句家に丸投げが得意技』

『相模は無能の極み。文化祭でも体育祭でもしゃしゃってリーダー立候補したくせに全体の足を引っ張り、しまいには仕事を放り出す役立たず』

『海老名は男をとっかえひっかえ食い漁る最低最悪のクソビッチ。ホ別2万で受付中』

「うわぁ……」

「なるほど、ね……」

「……」

「これが朝に来てさ。……ゆきのんに見せるかはちょっと迷ったんだけど、やっぱヒッキーのときといっしょかなって」

「そうですね。後から事故で知るとか最悪ですし、元々先輩のクソメールもあった以上、関係ありそうな情報はちゃんと共有しといた方がいいかと」

「……そうだな」

 うわ、さっきから口数少ないと思ったら先輩ガチ不機嫌じゃないですかこれ。結衣先輩も相当トサカに来てますし、この犯人奉仕部の逆鱗思っクソ踏んでますね。

「……二人とも、私のことでなら怒ることないわよ。犯人に繋がる手がかりが増えただけじゃない」

「怒るよ。……だって、ゆきのんの一番痛いとこじゃん」

 先輩も、結衣先輩の言葉に言明して賛同こそしないものの、目が口ほどに物を言っている。……お口でも言ってあげればいいのに。雪乃先輩絶対喜ぶし。

 ていうかそっかぁ、雪乃先輩、家族関係が地雷なのかぁ。はるさん先輩……あぁうんなるほど、地雷なのかぁ……。

「まーまーまー、ともあれ、です。先輩のと違ってこっちはクソメールの通りにまねっこってわけにもいきませんし、話進めましょう。それとほら、しかめっつら突き合わせて重々しい話なんて願い下げですし。紅茶も準備万端整ってるんですから、お昼食べながらにしましょうよ。わたしサンドイッチ作ってきたんですからね!」

 切り替え切り替え。この辺先輩も雪乃先輩も絶望的にド下手くそだし、結衣先輩がおこだと他にできる人いないんだよなぁ……。

「あ、うん。あたしもママに見てもらいながらちょっと作ってきたの。たこさん」

「ウィンナー?」

「そそ。たこさんの」

 この人言い方まで可愛いのずっこいですって。なんですかたこさんって。参考になるな……。

「なるほど。切れ込み入れて焼くだけなら失敗する要素も極端に少ないか。ガハママさんさすがのチョイスだな……」

「うえっ、なんでママが作るの決めたって分かったの?」

「……お前だと作成難易度とか一切無視でメニュー考えそうだから……」

「うぅ……言い返せない……」

「でも、ちゃんと成功しているじゃない。少なくとも見た目は」

「見た目以外も大丈夫だよ!?」

 昨日は貼ってなかった指先の絆創膏見るに、作成過程ワンミスくらいはしちゃってそうですけどね。完成品が上出来なら言わぬが花ですか。

「ではどうぞ先輩方。かわいいかわいい後輩女子の手作りクラブサンドですよ? 感涙にむせび泣いて今すぐ結婚の申し込みくらいしてもいいんじゃないですかね」

「実際うまそうだがそこまで調子乗ると雪ノ下が怖くないか?」

「……なーんてのが純度100%の冗談だっていうのは聡明な先輩方であれば何も言わずとも万全に伝わっていますよね? それはもう当然」

「……あなたたち、私をなんだと」

「まま、それより早く食べ始めちゃいましょうよ。昼休みも有限です」

「そだね。いただきますしよっか」

 結衣先輩のそれをきっかけに、わたしたちはめいめいお昼を食べ始める。

 わたしのクラブサンドは当然おいしいので好評だったし、なんなら先輩がもっと食べたそうにしてたので仕方なしにな上から態度でおかわりを恵んであげた。ふっふふ、これ予想以上にいい気分。こんなこともあろうかとで予備用作っといてよかったわ。最悪わたしの体重に還元すればいいやの覚悟が勝ちましたね。

 結衣先輩のウィンナーも普通に市販のウィンナーの味を壊さない出来で、先輩は外連味たっぷりに感動し、雪乃先輩は達観したように何度も頷いていた。結衣先輩は可愛らしくぷんすかしてたけど、元々の結衣先輩の腕前そこまで酷かったの……? いやさすがに結衣先輩へのおちょくり入ってますよね?

「それで、だ。由比ヶ浜が言ってた、関係あるか分からんってのはどういう意味だ?」

 昨日よりなお気合い入った雪乃先輩のおべんとをやっつけつつ、先輩が話を戻す。ちっ、どうせ考えたって分かるもんじゃないんだから忘れてくれてもよかったのに。楽しいお食事大事じゃないですか。

「あ、うん。ヒッキーのチェーンメールって、その……三股、だったじゃん? だからほら、新しいチェーンメールが女の子三人相手なのはともかく……なんであたしたちじゃないの?」

「……ああ、確かに。だが雪ノ下のはあるんだよな」

「そう……そうね。でも、繋がっているとするなら、特に由比ヶ浜さんのものがないのは不可解。同じクラスなのもそうだし、元より……」

 雪乃先輩はそこで言葉を切り、首を振る。ですよね、結衣先輩、隠そうとしても隠しきれないくらいは端っから先輩に好意持ってましたし。

 雪乃先輩は言葉を継ぐ。恐らくは始めに言おうとしたこととは別のそれを。

「私なんかよりよっぽど接触機会も多いじゃない」

「って言うか、なんで姫菜とさがみんなんだろ。ヒッキー全然話さないよね?」

「むしろ俺と話す相手の方がレアだな。そもそもあいつらの視界にすら入ってねえんじゃねえの俺」

「いやそれはないない」

 結衣先輩は呆れたように掌をひらひら振って否定する。

「って言うかー、そもそもその相模と海老名って誰なんです? 結衣先輩のお知り合いっぽいですけど」

 わたしの言葉に、先輩たちが固まった。なんなんですかわたしそんな変なこと言いましたか。

「……えーっと、姫菜……海老名は、あたしと優美子といつも一緒にいる眼鏡の子……。名前、知らなかった?」

「お前、ほんっと他人にっつーか他の女子に興味ねーんだな……」

「あ、あー! あの人海老名って言うんですね! いっつも結衣先輩が姫菜姫菜言ってるから知りませんでしたよー!」

「今も姫菜って言っていたから覚えていれば紐付きそうなものだけれど……」

「まままま、そんなことはどうでもいいんです! もう一人の相模ってのは誰なんですか!」

「……まあいいか。文化祭と体育祭の実行委員長だ」

「ほーん? ますます分かんないですね。そんな陽の当たるところにいるような人と先輩とじゃまるで接点もなさそうですけど」

 だが、わたしがそう言うと先輩たちは気まずそうに視線を逸らす。んー? なーんかあったんですかねーこの反応。

「まあ、そうだな。だからこそなんでこの三人なんだっつー話に戻ってくるわけだが……」

 今はこれで誤魔化されてあげましょうか。気が向いたらちょっと調べてみますかね、その相模って人。忘れなければ。

「んー、いろはちゃん知らないってことは、やっぱり下級生の間じゃ全然回ってなさそうだね」

「あっ、なるほど! 確かにわたしにはそのメール届いてないですもんね」

「ああ、それはあるな。……となると、やっぱ犯人は二年か?」

「そうね。上級生もおそらく似たような認識なのではないかしら」

 初めてあった進展らしい進展に、わたしたちはにわかに盛り上がる。しかし……。

「他にも分からんことはある。ホ別2万ってどういう意味だ? なんかの隠語かこれ?」

 は? 先輩、まじめくさった顔で今なんと?

「ああ、私もそこは気になっていたのよね。文脈から類推するに良い意味ではなさそうだけれど、受付中ということは彼女の能動的な行動を示すのかしら?」

「あれ、二人も分かんないんだ。んー、それなら教室で誰かに聞いとけば良かったかなぁ」

「絶対にやめてください」

 嘘でしょ馬鹿じゃないんですかなんだこの状況。もう反射で止めてましたよね。下手な男子に結衣先輩が聞いたら300%誘いかけてると解釈されます絶対にやめてください。フリじゃねーからな。

 しかし雪乃先輩はまだしも、先輩や結衣先輩なら普通に知ってそうなのに。っていうかわたしだけ知ってるのがむしろおかしいみたいじゃないですか。え? 常識の範疇ですよねこれ?

「一色さん、知っているの?」

「いえ、さっぱり?」

「……いや、知ってるだろお前。その反応は」

 先輩のくせに面倒なとこ突っ込んでこないでくださいよ。夕食時に家族で見てるテレビが濡れ場突入するような空気になるの嫌でしょう。

「……やめ。はいはいやめ。一発訴訟レベルのセクハラですからこれ。結衣先輩も雪乃先輩も男子に聞くのだけは絶対にしちゃダメです。あとは察してください。いいですね?」

 わたしの剣幕に先輩たちは黙り込む。どんな想像をしたのやら、三者三様にばつが悪そうにわたしから目を逸らした。ちゃんと察せたんですかね? まあせっかくだ、今のうちに元の話も流してしまおう。

「そもそもなんでその三人にチェーンメールが、なんてどれだけ頭捻っても分かりっこないですよね? 同じ犯人かただの便乗かすら定かじゃないのに、何をどう絞るって話ですよ。そんなムダにエネルギー浪費するくらいなら楽しくお昼食べましょうよ。ほら、あーんしますか?」

「しねえよ……。だがなぁ……」

 先輩は雪乃先輩をちらっと見る。こういうとき先輩は分かりやすいし、それは当然雪乃先輩にだって伝わっている。雪乃先輩は紅茶をソーサーに静かに置いて、先輩を真っ直ぐ見返した。

「構わないわよ。元々比企谷くんのチェーンメールを『こうやって』対処しようと決めた時点で、長期戦は前提だったじゃないの。一通二通中傷メールが増えたところで変わりはしないわ。それに……」

 雪乃先輩は言葉を切って、少し悪戯っぽい、年相応の可愛い微笑みを見せる。

「私は私のことを分かってほしい人にだけ分かって貰えていれば、それで十分だもの」

「好きっ!」

 間髪入れず結衣先輩が抱きついていた。恐ろしい早業です。わたしじゃなきゃ見逃しちゃいますね。はー尊い。

「……先輩、わたしも抱きついてあげましょうか?」

「アホ言ってねえではよ食え。昼休み終わんぞ」

 その後わたしたちはいちゃいちゃしながら昼休みを優雅に過ごした。

 終わり際、先輩が恥じらいながら見え透いた照れ隠しを交えてわたしたちの手作りあれこれに感想とお礼を言っていたのには正直クソほど萌えた。雪乃先輩が気が向いたからとか言って毎日お弁当作ってきてしまう理由の一端を垣間見た。あのDKリフレめ。


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