魔法技術による教育効果の拡大、またそれに伴う学園意義の変質について 作:たんぞー
ある学校での一幕
古代狩猟社会に於ける指導者層の権力基盤であった技術が、今日では【魔法】と総称されていることは、現講義を受ける諸君にとっては自明であろう。しかし、歴史は縦軸を通して推移を見ることにより深みを増すものだ。身近な所から考え直すことも学びである。
さて、【力】の基盤とは知識である。古代の術師たちは魔臓から沸きだす魔力を、自身を餌になる要因から他者を餌とする要因へと変える技を編み出した。これを一子相伝とし、権力継承と権威形成が行われるようになった。現在に残る貴族称号の由来である。ただし、これは発生当初から不安定を孕んでいた。
当たり前ではあるが、偶然によって得られた知見は必然によって暴露される。魔力は我らの中にあるのだから、これを扱う技術を幼く学ぶ者がいれば、生まれながらに扱う者もいるのだ。乳幼児による魔力暴走は時に貴族を一瞬にして滅ぼし、争乱の火種となった。山間の言い伝えに【山神の怒りをもたらす忌子】が残るのはその証明であろう。
魔物から地域を守り、生存権を確立する。それを行う手段こそが魔力である。古代術師たちは山野を切り開き、森林を開拓し、行動範囲の拡大を続けたのである。その頃初めて、自身こそが唯一無二と信じた知識を有する別の存在を認知した。これは古代術師の絶対性を崩壊させた。コミュニティの統率を図るために術師たちはお互いを貴族と評し、相互確証破壊に基づき他の貴族への干渉を極力避けた。
そのため貴族たちは互い距離を取り都市を形成した。定住は農耕を安定化させ、狩猟者にある程度の自由を与えた。これを利用したのが当時の権力者たちである。独占出来ない知識が特定の組織に集約するように器を整えたのである。今日に至る【冒険者制度】の誕生である。この冒険者により貴族たちの魔法使いとしての立ち位置は確定された。都市の守護者たる貴族とそれの使われる冒険者、双方共に【魔法使い】でありながら身分に差が生まれた。よって冒険者が成り上がりを目指すことは至極当然の流れであった。
ただ、冒険者が成り上がったとして、貴族になり得たかと言えば否と断定できる。冒頭に行った通り【力の碁盤とは知識】である。単純に言ってしまえば攻撃のみで生きてきた者が突然守りによって戦えと言っても無理なのだ。おおよそ成り上がりの治めた都市は魔物の襲来に対応しきれず、住民離散や都市崩壊に陥った。一部の例外を除き、混乱原因にしかならなかったのである。
総じて、隣接による混乱波及こそが古代から中世社会に於ける争乱の基本であった。故にこそ、分散都市と交易による緩やかな関係性が築かれていったのだ。これが変化を余儀なくされる時代がやってくる。【魔王】と呼称される存在による大規模同時侵攻である。
現在でも【魔王】なる存在が如何なるものであったのか、その結論は出ていない。我々が知りうるのは魔力を宿す非人類の統合者にして、中世社会の破壊者である事だけである。確信できるのは、彼の存在によって近世、即ち国家という観念が始まった事である。
中世における緩やかに連結された都市群は、【魔王】による同時多発的侵攻に個々個別に対応した。戦う都市、降伏する都市、逃げる都市など千々に乱れ旧来の連帯構造は破綻した。都市指導者であった貴族たちは禁忌としてきた合流を余儀なくされた。貴種合議制による王国の始まりである。正確には王国とは魔王討伐後に誕生しているが、王国統治の根幹は合議制成立と同義であるため、敢えてこう表現した。
この時、王権を担ったのは最新の貴族である。歴史にその名を称えられ【勇者】と号された初代国王は【冒険者出身】の【生まれながらの術師】であった。だからこそ統治手腕は剛力一貫であり、純朴な公正と正義と平等を愛する精神性を両立する稀有な才能を有していた。最も強く貴族間の調停を行える王権の誕生を喜んだのは、統治される貴族自身であった。
従来の人界守護者という大義が魔王によって砕かれ、都市を失った貴族にとって自己再定義には、【生存権の守護者】という要素が不可欠だったのだ。彼らは法衣貴族として再編され王国官僚として再び華を咲かせる。ただしこの大義を棄損しなかった貴族との精神的対立は根深いものであった。
今回の講義はここまでである。この教育魔法は王国学園都市より各都市村落に通達されている。現地当該機関により再受講も可能である。諸君らが知識を力として、学園にて相見える日を期待する。質問はその日に受けよう。
遠隔魔法による通信教育
共同体そのものが学習の場である為、学園は大学的な色彩を帯びるのではないか?