王子2人があの強さなら両親の強さはどんなレベルだと気になる。……気にならない?
あと今回も長い。
光の国でウルトラマン達と別れて、全身にペイントして、L77星に飛ぶ道中でキングと合流。
「キング、お待たせして申し訳ありません」
「いきなり依頼して悪かったのう。もうちょっとじゃし、色々説明しようかの」
本当に心臓に悪かったよ。
「ざっくり言うと、業者はアルス王がべた褒めするお主の実力が見たい。ワシは可愛い仔獅子達へ贈りたい。だが子供に高価な宝飾品贈るのもナンセンスじゃろ?」
「壊される、紛失、誤飲からの肺炎に死亡例や転売、収賄。なら服を、となるのは妥当ですね。幼児相手に服はあって困るものじゃないですし。というかこれって要はコンペ?」
「コンペじゃ。それよりしれっと怖い事言うのう」
普通はそう考えるものでは?と、喉元まで出かけたけど飲み込んだ。
アルス王が何をべた褒めしてるかとか御用達の看板とか、心の底からどーでもいいから帰りたい。
ジャック、顔は知らないが僕が偵察と情報提供の仕事が出来ないので難易度上がると思う。本当にすまない。
地球に帰ってからウルトラマンやセブンに、彼の好物は何か聞こう。
「おお、ジェイド!久しぶりだ、息災か?」
「はい陛下、お気遣い頂き恐縮です。こちら献上品と目録です」
僕とアルス王は互いに畏まった口調で儀礼的なやり取りをしているが、向こうでキングは初めて会う王妃様と付き添いの乳母達に抱っこされている双子の王子相手にでれでれ顔になってあやしている。
僕はキングの顔面崩壊についてはつっこめる程親しくも命知らずでもないのでノーコメント。
「ジェイド、お主も抱いてみい。あぁ~この可愛さよ」
キングと乳母達に促されて恐る恐る腕に抱いてみる。
小さく鮮やかな赤い体色に柔らかさ温かさ。さっき乳母達のところへとことこ歩いているところを見たから、運動能力は人換算で2歳くらいか。
「ジェイド、君が抱いているのはアストラだ。こっちはレオ。今は2人とも目立たないが、成長するにつれて鬣が花開くようになるんだ」
「アルス並みになるかのう?お主の鬣は見事じゃし」
「」
獅子王家って将来そんなヘッドバットしたら大惨事確定な頭になる家系?こっっわ……。
そういえば王妃様も頭の形が近いといえば近い、か?
アストラの小さなふくふくした手に僕を見る輝く金の目。
レオも抱かせてもらったが、アストラと並べたらパッと判別するのは難しい。そう言ったが、アルス王には「そんなに難しい顔をして見比べているから分かる」と大笑いされた。
ドアと部屋を3つ隔てた向こう側では、侍女や侍従達が反物見てはしゃいでるのがうっすら聞こえる。絹の光沢って綺麗だよね。
因みに反物は到着する前に見せたらキングがどこからか出した木槌をちょっと振ってでかくしてくれたが、それマジでどっから出した。
献上する前に急いで品質確認したが、幸い絵の縮尺が異様になっていたり、絞りが引きつれもせず、金箔銀箔などの装飾が錆びたり溶けてもいなかったので胸を撫で下ろした。
「……ではご依頼は王子様お二人の礼服ですね。参考までに今までの礼服を拝見したいのですが」
「では担当の者に案内させよう」
……言っても来ないってなかなか気まずい。言いづらいけど、あっちの部屋ではしゃいでる人達の中に担当者がいるのか。
ついには側近がしびれを切らして突撃していき、怒鳴らず事態を収拾した。
柱廊を歩きながら担当の方と挨拶を交わした。
「大変失礼致しました。女官のブルームです」
「いえいえ、珍しい物にはしゃぐのは分かります」
「ええ本当に珍しくて!繊細な絵に色彩の美しさ、丁寧な織りのもたらす滑らかな肌触りと光沢…どこで買えますか?」
「地球の日本ですね。ただ、普段ですと長さが12、3mと皆さんにはかなり小さいですのでご注意ください。今回はたまたまキングに大きくして頂けました」
着物業界でつかう寸法規格は鯨尺という。
何尺何寸何分という表記になるが、ちゃんとcm/mmに対応している。
ただ、身長が40m、もしかしたら後の世代では色々環境が変わって50mオーバーのウルトラ族相手にそれだけの絹地をすぐに用意するのは難しい。色無地や小紋などであれば接ぎ合わせも可能だが、絵が入っている場合は難易度が上がる。仕立て上がりから逆算して全体に絵を描く手法もあるので、変なところに絵を入れる訳にはいかないからな。
人サイズで幅が足りない、だがお金はあるとなれば製造元に特注で頼んでしまうとか、モノがあるなら反物を2つ使う手もある。
「そ、んなに小さいなんて……」
思わず棒立ちになる程にショックを受けたブルームさん。いや、ショックを受ける理由も分かる。
「材料を絹に限らないならいけない事もないが、寸法換算がなぁ…」
「いけるんですね?」
「え?」
声に潜む何かに振り返る。肩にぎちぎち食い込む指と開いて真っ黒い瞳孔が至近距離にある。
「い け る ん で す ね ?」
アカン死んだ。
「いやいやそれより仕事ォ!!礼服見ないとダメだろ!ほらどっち行くんだ!?」
あと、何か柱廊の端で人が固まってる気配がする。殺気はないけど気をつけよう。
案内されて堅牢な石組みの宝物殿に入ると、中はやや涼しい。組んでる石の厚みも相当ありそうだな。
ガラスケース入りの王笏や豪華な装飾の施された儀式用長剣と揃いの剣帯、頸飾に勲章などを通り過ぎ、気密ケースが縦に置かれた列に来た。
「一番手前が、アルス王が即位式の際に着用したマントになります」
気密ケースは強固な蓋と、収納するチャンバー部で構成され、蓋は紫外線を透過させず、内部に搭載されている照明も紫外線を発生させないように設計されている。
蓋のボタンを操作すると蓋全体にチャンバー内の画像が投影されて、まるで内部を覗き込んだようだ。
ステンカラーのマントの色は表裏共に純白、にしては回転させた際の内側の陰影がおかしい。
投影画像とほぼ平行になるまで顔を寄せて睨み、裸眼では埒が明かないのでデータパッドへ画像を取り込み解析。
画像の拡大、色反転、シャープネス、陰影をいじったりと思いつく限りの機能で対抗することしばし。
極細の白糸で施された、パッと見て全面に刺繍してあるのかと見間違えるほど重厚な唐織に加えて、ところどころに極細金糸がチラリとか、誰だこんな手のこんだ細工を設計した奴と実行した奴…!裏勝りにも程がある!
てか唐織って事は、このマント結構重たいぞ。
あの小さい王子様2人が成人して、この重そうなマントを優雅に着て、しずしずと歩く訳か。
ブルームさんが資料片手に説明してくれたが、このマントを担当した職人は両面で10人。その当時で最高峰の技術を惜しげもなく注ぎ込んだというのはよーーく理解した。
「ただ、そこの工房は後に全焼して器材も全部ダメになってしまったそうで…」
もし日本で復刻版を作るとしたら西陣織の職人さんに頼むしかないな。……でも唐織の打掛1着で半年から1年はかかるから、身長+αを織るとしたら値段と時間がえげつない。
札束ビンタすれば強行できない事もないが、地球の職人さんが生きてるかが一番の疑問だ。業界は高齢化がネックだし。
「その工房の職人さんがまだ生きてる事を期待したいですね。同じ業界の者として技術を見たい」
「え、お祖父ちゃんと同じ業界の方だったんですか!?やだ、私ったら知らずに色々うるさくして」
「いえ、楽しく静聴してましたよ。人に説明してもらうというのも新鮮でいいですね」
気密ケースの蓋が開くと、チャンバー部に納められたマントの眩い白さが目を射る。王族の濃い赤の体色との対比が鮮やかだ。
絹地に手を触れて負担をかけたくないので、テレキネシスで触れずにゆっくりと持ち上げて広げる。
唐織の予想通り、見た目の割に重い。それとやはり、床と接する裾に別布が当ててある。
撮影用の台へ丁寧に広げ、唐織の図案を端から端まで撮影範囲が重なるように撮影して資料として確保。
各部の採寸にデータ保存も終わり、またテレキネシスで持ち上げて気密ケースへ戻そうと集中しかけたところで声をかけられた。
「これはこれは。アルス王お気に入りの方ですか」
声をかけてきたのはシルバー族。レッド族が多いこの星では少ない種だ。
「今取り込み中ですが、見えませんか?」
このめちゃめちゃ神経使う仕事の時に空気読め!
思わず殺気を込めて睨むと、相手は一瞬怯んだ。
「お話があります。外でお待ちしておりますよ」
「単刀直入に言いましょう。このコンペ、あなたには負けて頂きたい」
外で待っていた相手-ヴァン・クルーズと勝手に名乗ったし名刺もよこした-が開口一番言った言葉に僕より先にブルームさんがかみついた。
「な!?何て事を言うんですか!」
「いいですよ。拠点が他所では
「ハハハ、話の分かる素直な方は好きです。どうです?うちの社員になりませんか?今のお給料より稼げるのは保証しましょう」
「しかし、今の勤務先には少々義理があって。一旦持ち帰って検討させて頂いても?」
「ええどうぞ。いいお返事を期待していますよ」
ま、ハナから答え決まってるんですけどね。日本人の「持ち帰って検討させていただきます」は、遠回しな「お断り」なんだよ。
それより録音録画しておいたから、これいつ使おうか?
あとなーんか、ちょっと遠いけど誰か盗聴してない?気のせい?でも今追っても逃げられそうだから、気づいてないフリしよう。
提供された王宮の部屋で、持ち込んだデータパッドのバックアップ。
発売してから目星をつけていた、そこそこいい値段と機能のペンタブと大小のモニターが1組、部屋にドンと鎮座していた時は何事かと驚いたが、添えられていた王妃様からの手紙を読んで納得した。……でも目星つけてた事は誰にも言った覚えがないのが怖いといえば怖い。
この度は依頼を受けて頂き、ありがとうございます。
主人から貴方様のお話は常々伺っており、いつかお会いしてみたいと思っておりました。
細やかではありますが、贈り物がお仕事に役立てば幸いです。
このような形になってしまったのは残念ですが、この勝負、結果に左右されずに今後もお仕事に邁進なさってください。
敬具 セクメト
早速ご書面を拝見いたしました。
ご家族の皆様におかれましては、お健やかにお過ごしのこととお喜び申し上げます。
おかげさまで仕事に追われながらも大過なく過ごしております。
この度は色々とご懇情の程を賜り、深謝申し上げます。略儀ながら文中をもちましてお礼とさせていただきます。
敬具 ジェイド
……ビジネス文書ってこんな感じで良いんだろうか?知り合いに誰か添削してくれそうな人は…………。
『はい、ウルトラマンです。やあジェイド!どうしたの?』
「いきなり連絡してすみません。今、時間は大丈夫ですか?」
『大丈夫だよ。君には私もセブンも世話になったからね。ってちょっと博士!?』
『誰だ?』
「ジェイドと申します。あの、お取り込み中なら時間改めてかけ直しますが?」
『ただの暇潰しだ。気にしなくていい』
データパッドの画面半分埋める青い顔に尖り耳を無視しろとは無茶を言う。
「畑違いかもしれませんが……」
『これで問題ないと思うよ。心配なら側付きの人に聞いたほうが確実だね。こっちはまだ片付いてないんだ……』
ちらと画角を変えて見せてくれた部屋の中で、博士と呼ばれていた濃淡2種のブルー族の男性が自炊したデータにがっちり食いついている。
「ありがとうございます。気が楽になりました。博士、失礼しますね」
『んー』
生返事。こういう場合は下手に武力行使するより自分で覚めてくれる方が手間がない。
通信を切って、隣の部屋に詰めているブルームさんに王妃様からの手紙とお返事の下書きを見せると、「こちらの便箋に書いてくださればお届けしてまいります」と万年筆みたいなペンを持たされた。
スペルミスなどないか確認してもらって、届けてもらっている間に唐織のデータを描き出す。
大小セットでモニターがあると全体図と手元の把握が出来ていい。
唐草に始まり、星に川、川の先の葡萄に花や様々な文様の大海へ、織物を紐解く手元から引き込まれる。
誘われ読み解き、どっぷりと頭の先まで漬かっていたところで現実の肩をドンドンと小突かれた。
「王に食事の心配までさせる気か?」
振り向くと、しょうがない奴だ、と顔に書いてあるアルス王がいた。え?何で?
「うちの女官を泣かせると後々が怖いぞ」
「泣かせたつもりないですが謝ります」
「そうしてくれ」
アルス王に左肩をがっつり組まれた状態で連れていかれたのは、例えるなら家族の集まる食堂といった趣の一室。卓にはもうキングとセクメト様が席についていて、何か話していたらしい。
誘導された席はセクメト様の向かい、キングの隣。
ぱっと見は質素だが、卓の天板と脚の分厚さ、木目の美しさに施された飾り彫りの細やかさ。
サーブされる料理も、飾り切りやら何やらと大仰ではなくもっと簡素な、隠れているが高い技巧に素材の味と鮮度や組み合わせが素晴らしい食事で、一口一口に集中しながら食べていた。
おかげでキング達が何を話していたかさっぱり聞いていなかったが、何やら生温い視線が隣からきている。
「おーおー、いい食べっぷりで楽しいわい。だがの、わしゃ仕事の依頼はしたが、何も寝食忘れて励めと言ったつもりはないぞ。期限はまだまだ先だと言うのに、お主は真面目じゃのう」
「そうですよ。お話できるのを楽しみにしておりましたのに」
「申し訳ないです。つい夢中になってしまって」
キングはともかく、可愛らしく頬を膨らませたセクメト様に思わず頭を下げる。
「ではご滞在の間にお茶を一緒にしてくれますか?」
「はい、セクメト様」
とはいえ、何を話せばいいんだ。僕は店というか地球に引き籠りみたいなもんだから、あまり話のレパートリーがない。
いや、逆にこれは話を聞くチャンスだ。王家ならではの話や口伝が聞いてみたいし文書化したい。民間の伝承も聞きたい。公表する気はないけど、手伝ってくれたウルトラマンにはあげよう。
とにかく口伝秘伝の失われる速さときたら恐ろしい。どこかで文書化しないとあっという間に風化してしまう。
デザートに旬の果物とお茶をいただきながら文書化するメリットデメリットをつらつら考え、ひょいと目を皿に落とすと何故か口の中の種を残して食べきったはずの果物がまだある。
「バレたか」
隣で笑って自分の皿に果物を戻したキング。年寄りって*1しょうもない事する。
お世話になって数日しか経っていなくても、このL77星が観光客にとっても、定住者にとっても非常に居心地のいい星という評価は変わらない。
治安はいいし、ご飯が大体全部美味い!!市場はチラ見した程度だが、種類としてはシンプルな無地と柄物。
だが、アフリカンバティックに近い大胆な色づかいと柄が見ていて楽しい。材質が麻なのか綿なのか聞きそびれたが、浴衣か帯を作るならあれくらい遊びがあってもいい。
獅子座の王族は、俗に想像される「王族」よりは生活様式は質素だ。一庶民としては質素なところに好感が持てる。
星1つが領土の武士、と言うのが一番正確だろうか。鎌倉ほど血の気が多くなくてよかったが、有事の際には押っ取り刀で飛んでいくのが想像に難くない。しかも成人は大体全員が軍役に就く。規定年数が終わったら、職業にするか他の仕事に就くかは本人の自由。但し、有事の際は徴兵される。
ここまでの説明聞いて、「スイスかトルコかな?」と思った。
とか何とか色々思考がとっ散らかっているが、僕は現在、セクメト様の拳が鳩尾にモロに入って地面に蹲っている。骨は折れた感じはしないけど、衝撃が重い。
セクメト様の名誉のために言わせてもらうが、会って早々に殴り合いしている訳ではない。もう5回以上は招待された茶会で、口伝の聞き取りの際に何回か出た単語、「宇宙拳法」について聞いた結果だ。
「大丈夫ですか?骨が折れたりなどは」
「折れてはいない、と思いますが病院か医者には行きます…」
恐る恐る立ち上がると心配そうな顔のセクメト様に気遣われた。最初はゆっくり動いていたんだが、体が温まって調子が出てきたところで僕が受け損なった。
聞けば、セクメト様の流派は地球でいう太極拳のような、ゆっくりした優雅な動きが特徴で主に女性が習うそうだ。
実際受けてみると、踏み込みからの寸勁の威力がえげつない。僕の体重はさほど重くはないが一瞬地面から浮いた。産後でこの威力なら前はどうだったんだろう。
「打撲ですね。安静にして、消化のいいものを食べてください」
セクメト様の侍医に診てもらい、部屋で食事を終えて、手持ち無沙汰に窓の外や室内の調度品の写真を撮る。唐織の図案も考えてはいるんだが、何だかピンと来ない。
今日のご飯は甘めの肉味噌とぴりっと爽やかな酸味の漬物が添えられたお粥っぽいものと、けんちん汁に近い汁物。
何の肉とか聞きたいし歯ざわりと味的には豚っぽいけど、地球と違って脳がバグる食材が結構多いので油断はできない。どう見ても姿は魚なのに牛肉の味がするとか、通称居酒屋星の植物がイカゲソっぽい味とか。
部屋の外、少し離れたところから軽い足音と笑い声が2組分聞こえた。大体あの位置だと階段が近い。
「まってよー」
「ほらはやく!」
……待て、
出来るだけ静かに部屋から出て、早足で階段へ向かう。このフロアに階段は3つ。
1つめは空振り、2つめ階段前にある小さい吹き抜けの広場(小さいとは言っても小さな公園くらいはある)でレオ王子とアストラ王子がおいかけっこをしていた。植えてある木や吹き抜けの支柱の周りをぐるぐる走り回ってはフェイントしたりステップでかわしたりと活発に動いている。
連絡を入れて廊下の影から観察していると、何か感じたのか王子2人が揃ってこちらを見た。
「「だぁれ?」」
「ジェイドと申します」
何でいる事がバレた?
結論からいえば、めちゃくちゃ懐かれたし振り回された。飛びついてきて両サイドから同時に囀るのを要約すると「他所から来たお客さんに興味津々だけど誰も紹介してくれなかったので直接見に来た!」と言われた時には頭を抱えたくなった。元気なところを褒めればいいのか、無謀なところを叱ればいいのか。
「殿下、僕がもし悪いやつだったら大変なことになってましたよ」
「なんで?」
「どして?」
出た、子供の「何で?」攻撃。ちゃんと説明してあげれば収まるが、そのうち本も調べるように誘導しようか。
連絡を受けた女官と侍従達が来た時には、ボール遊びで疲れて電源落ちた王子2人が抱き上げた僕の両肩を潰しにかかっていた。そのまま部屋までお運びしたが、帰り道では感謝された。
子供って体力すごいけどこっちが気をつけないと怪我するからな。あといきなり電源落ちるのは知っててもびっくりする。
夜にはどこから話を聞いたのか、キングがめちゃめちゃ拗ねて僕の部屋に居座って、持ち込んだ酒をグビグビ飲んでいた。
そのうちにクダ巻いて同じ事しか言わなくなったのをいい事に、適当に作った経口補水液擬きをカラフェ2つ分、4Lほど飲ませて正気に返らせる。
「何コレ?」
「それ『わー美味しい』ってグビグビ飲んでたらちょっと危ないですよ。それより拗ねるくらいなら手伝ってくれたって良かったのに」
「やー、ワシも色々あるからのう。……それ何じゃ?」
「背守りの図案です。日本の古いまじないですが、親の気持ちがこもったいい伝統だと思いますよ。寝間着の背にでも付けてもらおうかと思って、ここからここまでのページはもうアップリケとして作りあがったので、次はこのページにしようかと」
「予想外のやり方でワシどう反応したらいいか…」
「何か言いました?」
「いや何も」
箱に入れておいたアップリケの山を見せたら、よく聞き取れなかったけど何かゴニョゴニョ言ってた気がする。
3ヶ月が過ぎ、ある朝。閃きが雷のようにふってきた。そうだ、2枚1組で続き柄にすればいいんだ。
1枚め。山に雪持文をかけ、山裾から流水文で斜めに視線を誘導。松、竹、梅の組み合わせで歳寒三友。
晩春から初夏の表現で藤と菖蒲、その側に剣帯を置く。
ここで2枚目に移り、花籠から溢れ出た秋草が流水の中に散り流れていき、岩山の間から滔々と流れる滝になり水に紅葉がのる。最後には雪花文と雪よけの下で花開く牡丹。
図案と方眼紙を書くだけ書いたがここで問題点が1つ。目を逸らし続けていたが、果たして全部白地に白糸で表現できるか。ここまで書き込み量のえげつない方眼紙を見たことがない。
「駄目だ。書きすぎた。もうちょっと削るとこ削ろう」
紙に出力した方眼紙から諸々一式をゴミ箱に突っ込み、『地球と連絡とるので席を外してます』と書いた紙を机の上に置いて、惑星上空で通信回路を開いた。
地球で不在時の代理人として提携工場のラムの家族と契約をしていたので、僕宛ての伝言や郵便の回収を頼んでいた。
伝言はなかったが、僕の店のすぐ近くにある3階建て衣料店の主人が近々引退するというので将来2号店にどうかという向こうからのオファーがあり、コンペに作品か草案を提出次第地球に帰るのでそれから契約するか考えようと話をまとめて王宮に戻った。
置いておいた紙に【陛下からお話があるそうです。戻り次第、執務室にいらしてください】とメッセージが追加されていた。
早速結果が出たのかと、ややウキウキしながら執務室に通されるも、何故かげっそりした顔のヴァン・クルーズとアルス王が見ていた書類に、一番手近にあったクリスタル製の灰皿を投げつけるも、書類を放り出したアルス王が灰皿をキャッチ。
「うわぁ!?」
「説明するから落ち着け!」
「つまり、全員がグルだったと」
「すみません…」
「ごめんなさい…」
集まった面子のうち、ヴァン・クルーズとブルームさんだけがすまなさそうに俯いている。
内臓まで吐き出す勢いの溜息をついて、上体ごと窓の外を向きながら出されたお茶を飲む。紙のように薄い茶器で、とても口当たりがいい。繊細なので自分使いにはしないが、お客に出せば……と思ったが、果たしてそういうところが分かる奴はいるんだろうか?この薄さだと手洗い一択だな。
「さ、こっち見てないうちに見るか。さすがの着眼点じゃな。2つで1つの絵とはよう思いつくわ」
キングがいけしゃあしゃあと仕切る。
「この方眼紙は何だ?」
「この2枚めの岩山と木は、王宮のですか?あ、よく見たらこの剣帯も!」
「絵が素敵!水で視線を誘導って考えたこともなかったわ!」
「頼むからいっぺんに喋らないでください。その方眼紙は織る時の目安です。ええ、セクメト様とお茶した時に拝見しまして、勝手ながら組み込みました。ただ、作るとしたら織元さんがどう言うか」
「おじいちゃんに見せてきます!」
……僕もう帰っていい?長さとか表地とか一切合切お任せします!!
帰りながらゾフィーに連絡したが、何やらバタバタしているようなので後で報告書を送るからと手短に切り上げた。
店に戻って、急いでラムの家族と合流して店を買い取る手続きを進める。
手続きが終わったら、仕入先に挨拶の電話と手紙を書いて、ゾフィーに報告書を送った頃にはもう日が昇っていた。
布団に倒れこんで寝る間際、何か忘れた気がしたが考える間もなく寝た。