ジジイを裏拳1発で岩山に刺した、柳のような女性は「エイレーネー」というそうだ。
名前の意味は平和。
因みに僕の名前のジェイドは、父が星外の研修に出た際に小さな川から拾った鉱石だ。
淡い緑色が美しい石で、石を拾った父は危険なものではないと鑑定してもらったその足で母へプロポーズしに行ったという、惚気話。もう何回も聞かされているけど、飽きはこない。
「まあ素敵!」
宝石や美しいものが嫌いな女性は、なかなかいないからね。
基本的に欲や衝動が薄い光の国の人でも、博物館にある隕石の隙間に輝くペリドットをうっとりと見つめる子はいた。…その子が好きな奴に因縁つけられたけど逆に煽り返して告白に突撃させたな。玉砕してたけど。
ここU40は老若男女問わず、格闘技の聖地らしい。
エイレーネーさんも数年前に女性部門で優勝した元チャンピオンだそうだ。出場競技は槍投げとパンクラチオン。
彼女が、というか女性が殴りあいをする想像がさっぱりつかないが、威力はとりあえずジジイの身をもって実証されている。目下の問題としては、いつこのジジイを引っ張り出す事をエイレーネーさんに言い出すかだ。
大人しく自分の話を聞いている子供が珍しいのか、話に結構な熱が入ってる。
≪エイレーネー、おい、聞こえてるのか?おーい?≫
「…とまあ、そこで…あら?」
腕輪がチカチカ光ったと思ったら、聞こえてきた男性の声にはた、とエイレーネーさんが臨場感ある語りから戻ってきた。
「はい、エイレーネーです」
≪光の国からの訪問者への説明がちょーっと長いんじゃないか?それとも、何かトラブルがあったのか?≫
「すみません、僕がエイレーネーさんを引き留めてしまって。よその星に来たのが初めてで、ここのお話しを色々聞いていたんです」
エイレーネーさんを庇う為に腕輪に声をかけた。
≪そうか。まあ、今着く。帰る道々、ゆっくりお聞かせ願おうか?≫
徒歩で現れた巻き毛の逞しい男性がにっこりと微笑んだが、全然目が笑ってないので危険な空気で息が辛い。
地下の都市を案内してもらい、値段は中程度の宿に落ち着いた。とりあえずジジイの判決待ちで軽く1ヶ月は滞在する予定なので単価としては結構安くなった。
ジジイは後から現れた男性に引っこ抜いてもらったし、明日行く予定の訓練施設も下見しておいた。
…衣食住の問題のうち、衣がまだ慣れない。着方は何回か練習してみたが、肌を滑る感触がくすぐったくて、たまにちょっと笑いそうになる。
「…自分の名前とか目印入れておこう」
完全に前世の感覚で服の隅に、「ジェイド」と覚束ない手付きで刺繍しておいた。ガタガタだが、初めての作品。
まさかああなるとは思わなかった…。