翌日、朝から訓練施設に行ってランニングから始まり、投げられ蹴られ殴られのフルコース。
本番は片方が死ぬまでやると指導員から聞いて、余計にテンションが下がった。現代のレフェリーといい、殺されないギブアップといい、導入されないものか。
あと子供の中に混ざってると、気づいたら引率の助手みたいになってしまった。
全身痛むから明日は水泳か、軽く歩く程度で技の復習にしよう。それより今日のご飯の心配もしないと。
予定を考えながら服を手に取り、隅の刺繍を確かめて着る。
「ジェー、いまのなに?」
「ん?どうしたの?」
左後ろの裾を引っ張られたので振り向くと、癖の強い黒髪に濃い茶色の瞳の女の子が1人いた。…名前は何だったか。確かソフィア、だったはず。
「ソフィア、何が気になったの?」
「服、何かついてた」
「ああ、僕の名前を入れておいたんだ。分からなくなったら困るからね」
「みたい」
「え?」
「みたい」
…何故に、この子は目を爛々とさせてるんだ…。とりあえず一目見せてショボさに「なーんだ」と幻滅してくれれば終わりだ。
「あたしも欲しい」
「……Pardon?」
大変だった。
話を切り上げて帰ろうにもソフィアにがっちり腕を掴まれ、迎えに来た付き添いの人が目を白黒させている。
「ぜったいうん、って言わせる!」
もはや目的と手段が別物に入れ替わっているし、女性の断固とした主張は下手に雑な対応をしたら後から何をされるか分かったもんじゃない。
天秤がしばらく揺れてから「……時間とお金がかかるよ?」と、言い換えれば降伏宣言した。
近くのベンチに腰を下ろし、ジジイの荷物から「拝借」した裁縫箱から刺繍針、刺繍糸の色は茶色、緑、白、紺、黒が残っている。
ソフィアの胸下に結ぶ帯の予備を付き添いの人から提供された。色は生成り色。一見地味とは思うが白がいいだろう。
「名前がいい?それとも」
「なまえ!」
恐ろしい速度で即答された。スペルを地面に書いて確認。
覚束ないチェーンステッチ、場所によってはチェーンを2本。
若干隙間が離れたりしてズブの素人が頑張った感じだが、今はこれが精一杯。
「出来たよ」
ソフィアは目を輝かせて受け取り、地面に書いたスペルと見比べ、指先で刺繍糸の隆起を探り、裏まで見ている脇で付き添いの人から駄賃を頂く。最初の提示額より少し多いので訳を聞くと、未熟とはいえ技術でもって応えたから、らしい。値切られるよりはいいのでそのまま頂いた。
「この帯、飾っておくわ!」
「いや、使いなさいよ」
すかさずツッコミが出た。帯は使ってナンボでしょ!