紺野、鬼立、澪の三人は桧森とともに隣の準備室に移動した。
「では、早速お聞きしますが」
と鬼立が椅子に座りながら、桧森に話しかける。
桧森も鬼立の向かいに椅子を持ってきて腰かけた。
紺野と澪は鬼立の隣に立った。
「おおよその死亡推定時刻は、午前7時から8時の間です。ただ、校内に入っていく上総さんが午前7時半に確認されています。よって7時半から8時の間が犯行時刻となります。その間、桧森さん、あなたはどこに?」
「その間ですか…。既に学校にはいましたが、美術室には行かないで昇降口で紺野さんと澪を待っていたのでアリバイはありません」
「そうですか…。他に桧森さんの目撃が無いか、探してみます。それと、今回美術部の部長が殺害されましたが、例えば誰かが恨んでいただとか何か知っていることはありますか」
「美術部員なら私含め全員が恨んでいたと思います。あまり亡くなった人のことを悪く言いたくはありませんが、部長は自分のことしか頭にない非常識な人間でした」
桧森は太ももに置いていた拳を強く握った。
「先ほど萩川先輩が仰ってたように、いつも他の人の絵を貶していたんです。絵が描けない私が言うのもなんですが、部長の絵も下手ではありませんが、萩川先輩には負けます」
「なるほど。それにしても、犯人は相当恨んでいるようですな、上総部長のことを」
「前にも部長の絵に『死ね』って書かれた事件があったので…」
「同一犯でしょうな…」
終始、桧森は震えていた。
紺野はそれを見て、なんとなく違和感を覚えていた。
「7時半から8時の間のアリバイ?」
副部長の不動は黒い髪をいじりながら言う。
「ないわよ。その頃はまだ家の中で一人だし」
「自宅ですか」
「そう。両親は早朝から仕事でいないから私一人。家を出たのは7時50分で学校に着いたのは8時半」
「学校に入るときに教師と会ったり生徒と会ったりしてないですか」
「してないよ」
「そうですか。では、上総部長のことを恨んでいる人に心当たりは?」
「たくさんいるよ。美術部員はみんな恨んでる。もちろん私もその一人」
「桧森さんも言っておりましたが、やはり絵の話ですか」
「そうね…。絵もそうだけど、やっぱり部長の性格に問題がいろいろあったのよ」
「性格ですか」
「そうよ。あの人は、世界が自分中心に回ってると思ってる」
不動も吐き捨てるように話す。
どれだけ自分勝手な人間だったのかは、紺野にはわからない。
「その間なら僕は時東君と一緒でしたよ」
萩川はそう証言した。
「ずっとですか」
「ほぼずっとです。途中トイレに立つこともありましたが、休憩していた図書室とこの美術室は結構離れてますし、僕も時東君も2分ほどしか席を外してません」
「確かに、図書室と美術室は校舎も階層も違うようですね」
「図書室は1階で美術室は3階です。片道走っても2分はかかります」
「そうですな。2分で美術室で殺人をして往復するのは不可能ですね」
「もっと言ってしまえば、図書室には先生もいましたので、僕ら2人がそこにいたことは証言してくれると思います」
「なるほど。それと、上総部長を恨んでいる人に心当たりはありますか」
「…多すぎてわかりませんね。僕もその中に入りますし。ただ、誰かひとり挙げるとするなら、桧森さんですかね」
「ほう」
鬼立は少々驚いた。
心中、紺野も驚いていた。
「桧森さんが絵が描けない理由は、上総部長にあったんですよ」
「と言いますと?」
「…部長がひどく彼女の絵を貶したんです」
「つまり、桧森さんも以前は絵をかいていたと?」
「そうです。何ならこの美術部員の中で一番の実力者でした。しかし、部長から毎日罵詈雑言の嵐。桧森さんはやがて自分で絵を描かなくなってしまいました」
「確かに萩川先輩と一緒だったよ。アリバイは完璧さ」
時東は手を組んで言った。
「なるほど。では部長に恨みを抱いていた人物に心当たりは?」
「難しい質問だね。多すぎて回答に困る」
時東はそう言ったが、数秒後に何かを思い出したのか鬼立に顔を向ける。
「そうだ。あの蒼井ちゃんはああ見えて1番恨んでいてもおかしくないかな」
「と言いますと?」
「彼女、部長と副部長からひどいイジメを受けてたらしいんだよ。と言っても噂だからそこの真贋は知らない」
紺野も先程の不動が蒼井に話しかけた時の光景を思い浮かべていた。
「萩川さんは桧森さんもかなり恨んでいたと言っていましたが」
「あぁ、絵が描けなくなったことか。ま、それもすごかったなぁ」
「そ、その間は保健室で寝ていました」
蒼井はおどおどしながら言った。
「おや、頭痛でも?」
「はい。保健室の先生が誰もいませんでしたので…、持参の薬を飲んでしばらくベッドで横になっていました」
「今は大丈夫ですか?」
「は、はい。頭痛は収まりました」
「では、あなたのアリバイを証言できる方はいますか?」
「いえ、た、たぶんいないと思います」
「そうですか…。では、部長を恨んでいる人に心当たりは?」
「たくさんいると思います。ふ、副部長の不動先輩もその1人だと…」
「と言いますと?」
「み、見たんです。不動先輩と上総先輩が口論をしているのを…」
「口論ですか。内容はわかりますか」
「内容もよくわかりませんが…ただ不動先輩…泣いてたんです」
「泣いてた?」
「はい、扉の隙間から覗いただけですが、確かに…」
事情聴取を終えた鬼立たちは再び美術室へ戻った。
「犯行時刻の7時半から8時の間でアリバイが無いのは、桧森さん、蒼井さん、副部長の不動さん。あなたがた3人でした」
「まさか女子部員の中に犯人がいるなんてね。怖い怖い」
と時東が不動を見ながら言う。その視線に気づいた不動が噛み付く。
「なんで私を見て言うの? まさか私を犯人って言いたいわけ?」
「犯人の可能性あるんでしょ?」
「てか、何であんたアリバイがあんのよ」
「萩川先輩と一緒にいましたもん」
「確かにその通りだ」
不動は萩川が頷いたのを見て不満そうな顔だった。
「また、同時に身体検査も行いましたが、怪しい物を所持してる人はいませんでした」
鬼立が言う。
紺野は凶器の隠し場所を目で探す。
鑑識の人やほかの刑事が、あちこちを調べているが今のところ凶器は見つかっていない。
「鬼立警部」
部下の刑事が美術室に入ってくる。
「桧森さんのアリバイ証人がいました。しかも2人です」
「ほう」
「昇降口を通行していた男子学生2人が、一人で待っている女子生徒を見てるとのことです」
「ふむ、嘘ではないようだし、アリバイありか」
鬼立が言うと、
「はぁ? じゃあ蒼井さんしかいないじゃない」
「わ、私は違いますよぉ」
不動が蒼井に噛み付く。
「ねぇ、誰が犯人なの」
澪が紺野に囁く。
「まだわからないよ。だが、前も言ったようにまた誰かの命が狙われている気がするんだ」
「そうなの?」
「あぁ、上総部長の殺され方を見るに、犯人の憎悪はかなりのものだ。まだ誰かを殺める…」
「…待っててね、お兄ちゃん…」