「す、推理ショー?」
萩川が目を丸くする。
「もしかして、俺たち全員を呼んだのは、事件の犯人がわかっちゃったからじゃね?」
「そ、それって不動さんのことじゃないんですか」
桧森が困惑した表情で時東に言う。
「不動さんは部長殺しの犯人ではありません」
紺野のその一言で病室は静まり返った。
「ちょ、ちょっと待ってください探偵さん」
我に返った萩川が紺野に待ったをかける。
「桧森さんは不動副部長に襲われたんですよね? じゃあ一体副部長はどうして桧森さんを襲ったんですか」
「もし副部長が一切桧森さんのことを襲ってないとしたら?」
その時、桧森の表情が一瞬引きつったのを紺野は見逃さなかった。
「副部長が桧森さんを襲ってないとしたら…」
「そうです。最初に仕掛けた本当の犯人は…桧森さん、あなたです」
桧森は上半身を起こして俯いていた。
「フフ」
気味の悪い笑いがあったかと思えば、桧森は紺野を見上げて言った。
「冗談よしてください。私が犯人なわけ無いじゃないですか」
「そうだよ紺野。そもそも彼女は背中にナイフが刺さってたんだよ? 自分の背中にどうやって自分で刺すって言うの」
澪が疑問を紺野にぶつけて桧森を庇おうとするが、その疑問もすぐに解消された。
「そのポイントは、桧森さんが倒れていたのが窓際だってことだ」
「窓際?」
「簡単なことです。窓を少し開けて、その隙間に、室内に刃の部分が向くようにナイフの柄の部分を差し込んで固定したんです」
「そうか。あとはその飛び出た刃に自分の背中を押し付ければ…」
「そうです。自分で背中にナイフを刺すことができます」
鬼立も「なるほど」と納得するが、桧森はまた顔を歪める。
「なんの根拠があって私を犯人だと言ってるんです? ろくに根拠も無いのにそう仰てるんですか?」
「あなたが被害者ではないと推理できた根拠は2つ。1つはあなたの額の『死ね』の文字がいつもよりブレブレだったこと。あれは鏡を見ながら自分で書いたものでしょう。自分の額に文字を書くのは中々難しい。普通の感覚で書いてしまうと、相手から見て鏡に写ってしまったような文字になってしまうしね」
「それだけじゃなんの意味も…」
桧森の言葉を紺野は制止する。
「もう1つの根拠はあなたの背中に刺さっていたナイフです」
「それがどうかしたんです?」
余裕があるのか、桧森はまだ笑みを浮かべている。
「ナイフの柄の部分には血が付着していました。鑑定した結果、不動さんのものでした。さて、桧森さんの証言を正とすると、この血はかなり不自然なものになります」
「ど、どういうことなんですか…?」
蒼井が紺野に尋ねる。
「ナイフの柄に血が付着しているということは、ナイフを誰も握ってないとき、なおかつ桧森さんに刺さっていない状態の場合です。これを踏まえると、不動さんが先に花瓶で殴られない限り、柄に血が着くことは有り得ないのです」
「私が先に刺されて…その後ナイフから手を離したので、その時に花瓶を…」
明らかに動揺している桧森を見て、紺野は更に畳み掛ける。
「あなたが刺されたのは背中です。不動さんに真正面から突っ込んで花瓶で殴ったとしても、その血が背中に刺さっているナイフの柄に着くはずが無いんですよ。それとも、相手に背を向けた状態で花瓶を持って殴ったんですか? そんなことできるはずありませんね」
紺野の正論マシンガンは桧森の的を全て的確に撃ち抜いていった。
だが、桧森はまだひるまなかった。
「私が例の犯人だとして!」
桧森が紺野を睨みつける。
「最初の部長殺しはどうなるんですかねぇ…? 私には昇降口にいたアリバイがあるんですよぉ…?」
桧森の声は低くなっていた。
澪はその人間を桧森だと信じることができなかった。しかし、ただ見ていることしか出来ない。
「あの時昇降口にいたのは君じゃない。部長自身だ」
再び病室を静寂が包み込んだ。
「フフフフフ、何を言っているんですか?」
桧森が、嘲笑うかのように紺野を見る。
「部長があなたと同じ姿をして、昇降口で待機し、何人かに目撃をさせた。そして美術室まで部長を呼び出して殺害。急いで昇降口まで向かい、僕たちを出迎えたというところでしょう」
「私が部長にそんなことを頼んだって言うんですか? 無理に決まってるでしょう!」
「いや、部長はそれをすぐ承諾した。警部、根拠がありますね?」
「ああ、上総部長には女装癖があったようだ。部長の知り合いが証言している」
「女装癖!?」
時東が口をあんぐり開けた。
「あなたは部長の女装癖を巧みに利用して、昇降口にずっといたと誤認させて、見事アリバイを手に入れたわけです」
紺野は「まだ反論しますか」と言わんばかりの眼差しで、桧森を見つめた。
「凶器は!?」
鬼の形相で桧森は紺野に問う。
「凶器はどこにあるっていうわけ? 私は凶器なんて持ってなかったし、どこを探しても無かったんでしょ!?」
紺野は深くため息をついた。
「あくまでも自分の犯行では無いと言い張るんですね…。いいでしょう」
呆れ気味の紺野は決定打を出した。
「あなたは凶器を現場に隠した」
「はぁ? だから見つかってないでしょうが」
「見つかるはずありません。何故なら…凶器はあなたが作った粘土の中に隠してあるんですから」
「!?」
その一言で桧森の勢いはあっという間に消えていった。
「確かに彼の言葉で粘土の中も探した結果、血の着いたナイフが見つかった。血は上総部長のものと一致し、柄の部分からは…桧森さん、あなたの指紋が検出された。さて、これをどう説明するかね?」
鬼立が透明な袋に入れたナイフを見せて言った。
桧森の髪は乱れ、表情もまさに無だった。
「ひ、桧森ちゃん…」
時東にはもう考える力も残っていないようだ。
萩川も蒼井も黙ってしまっていた。
「どうして」
今にも掻き消えそうな声で、桧森は言う。
「どうして私を…死なせてくれなかったの…」
「あのまま私は死にたかった…」
「死んで兄に会いたかった…」
「兄?」
「…私の兄も絵を描くことが大好きでした」
ぽつりぽつりと桧森は語り始めた。
「兄には、絵の才能があったんです。高校生の頃には、展覧会に展示されるほど…。その展覧会に…あの男が…上総部長がいたんです」
「部長は兄の描いた絵を見るなり、吐き捨てるように言ったんです。『こんなの誰でも描ける』『無能すぎる』『こんなんで賞賛されるとか馬鹿らしくて笑える』」
「兄と私はそれを陰で聞いてとても悲しくなりました。私は心の中で憤慨していました。兄は…何も言いませんでした。その2日後でした。兄が自室で首を吊ったのは…」
「あの言葉が兄を追い詰めた。あの人が兄を殺した。…そう思えば思う程、私は部長を殺したいくらい憎むようになりました」
「兄が自殺して半年、私は美術部に入りました。そこで、皮肉にもあの憎たらしき男と再会したんです。再会と言っても相手は何も気づいていません。私はその時決めたんです、この男に復讐してやろうと」
「様子見をしてみれば、部長は本当に人間の心が腐っていました。あの時と全く変わっていなかった。おまけに副部長も先輩だから自分の方が立場が上だ、なんて思ってたのか知りませんでしたけど、蒼井さんへの当たりが酷かった」
「しかも、裏で部長と副部長は恋人関係にあったそうです。『類は友を呼ぶ』なんて言葉もありますし、2人とも手にかけようと思ったんです」
ダムから水が放流されるレベルで、彼女の口から吐き出される動機。紺野は静かに耳を傾けていたが、やがて口を開いた。
「不動さんは上総部長とは別れてたんだよ」
「…え…?」
「蒼井さんがその現場を目撃してたんだよ。それに後日彼女の自宅の自室を調査したら、『上総部長があそこまで外道だったなんて』と書かれたメモが見つかった。彼女は酷い言葉を部長から浴びせられて、別れを選んだんだ」
「じゃあ私は…」
「…君の気持ちは痛いほどわかる。俺も以前はそういう考えを持っていたからな…」
そのまま桧森はベッドの上で泣き崩れた。
血塗られた惨劇は、泣き声の響く病室の推理ショーによりその幕を下ろした。