住宅街の路地で三国の死体が見つかったのは1時間前だった。同じく腹部には真っ白な傘が突き刺さっている。
「菜帆ちゃん…」
「やはり探偵団は全員狙われているのか」
澪と鬼立は冷たくなった三国を見る。
「…三国さんは最後の力を振り絞って…これを残してくれていたようです」
紺野は三国の握られた左手から何かを取り出した。
「…木の枝?」
紺野は手のひらに小さい木の枝を載せていた。
「ダイイングメッセージです。そしてこのダイイングメッセージが僕に犯人を教えてくれました」
「ほ、本当か!」
鬼立が驚きの声を上げる。
「もっと犯人特定を決定的なものにしたい。住宅街、白い傘…、過去に似たような事件か事故があった気がします。警部、それを調べてくれませんか」
「わかった」
既にあたりが暗くなっていた。
舞浜は校門を通り、学校の外へと歩いた。
ポツポツと雨が降ってくる。舞浜は白い傘をさす。
家路につく。それと同時に背後に人の気配がする。
舞浜は歩みを強める。
すると背後の誰かも同じように歩きが早くなる。
「誰!?」
舞浜が振り返る。
するとそこにはよく知った顔の人間がいた。
「わっ。び、びっくりした」
月丘だった。彼女もまた驚きの表情だ。
「え? 月丘さん?」
「そ、そんなに驚かれちゃったか…」
「私のあとをつけてなかった…?」
「ごめん。でも、舞浜さんがもし犯人に襲われたらって思ったら…いてもたっても…」
「そういうことだったの…」
舞浜は戸惑いつつも納得する。
「月丘さん、何持ってるの?」
舞浜はふと後ろに両手を回していたのが気になり、月丘に質問を投げかけた。
「ああ、これはね…」
月丘はそう言って、そして…。
「僕の大嫌いな…白い傘さ」
月丘の手には大きな白い傘がのせられていた。
舞浜は気づいた。いつもの月丘ではないことに。
街灯に照らされた月丘の表情は、狂気じみた笑顔。
逃げられない。そう思った舞浜は目を瞑る。
「やはりあなただったか」
月丘は驚いて後ろを振り返る。
そこには、紺野がひとりぽつんと立っていた。
「6人を殺害した真犯人『傘の亡霊』は……月丘ナル。君だね?」
紺野が柔らかい口調で詰め寄った。
「何言ってるんですか。冗談ですよ!」
月丘は笑いながら、白い傘をそばに放り捨てる。
「僕が犯人だって言うなら、白峰さんとのチャットは何と説明するんです?」
「簡単なことだ。白峰さんを殺害した後、白峰さんのスマホと自分のスマホを操作して、あたかもチャットでやり取りしてるように偽装したんだ。まぁ、自分のチャットに送った理由は、自分をほかの人より白く見せるため。他の人に白峰さんじゃない誰かが喋ってると勘づかれるのを防ぐためだろう」
「ぼ、僕がどうして彼女らを殺さなければならないんですか? 動機がない!」
明らかに動揺を隠しきれていない月丘。だが、悪あがきは止まらなかった。
「1年前、道本町であった交通事故」
それだけ呟いた紺野の言葉に月丘は強く反応を示した。
「雨の日だったそうだ。乗用車が車道を走っていると、突然歩道から女性が飛び出してきた。乗用車は避けきれずにその女性をはねてしまった。捜査の結果、女性が横断歩道と間違えて車道に出てしまって轢かれた、不幸な事故と断定された」
紺野は口を動かし続ける。月丘は口を噤んだまま。
「だが、現場を目撃した、轢かれた女性の娘はこう言った。『お母さんは、白い傘を指して腕時計をしていた女子高生くらいの人に突き飛ばされた』とね。車に轢かれてしまったその女性の姓は…月丘」
「…そうだよ。お母さんは突き飛ばされたんだよ…。僕は見たんだよ…」
月丘は掻き消えそうな声で話し出した。
「そいつが僕のお母さんを…殺した。許せなかった。だから僕はその日から悪魔に魂を売って、復讐者になることを選んだ」
「…」
「白い傘で腕時計をした女子高生を見かけては殺した。でも、これじゃキリがない。だから僕は探偵団に加わった。そしたらそのメンバーがしてた腕時計が目に入った。それで記憶が蘇った。あの時お母さんを突き飛ばしたのはこの腕時計をしていた奴だって」
「…だから君は探偵団のメンバーを次々に狙った」
「そうだよ! 数打ちゃ当たるの精神で僕は…! 僕は…!」
「…その現場で君が目撃した白い傘の女子高生はおそらく…舞浜さんだね」
「な、何だって…?」
月丘は目を見開いて、舞浜を凝視する。
「……黙っててごめんなさい。あの時女性を突き飛ばしてしまったのは、私」
「どうしてだよ! お前のせいで! ふざけんな!」
「ごめんなさい…。急いでて誤って突き飛ばしてしまって…、あとからそのことを知って怖くなったんです…」
「怖くなった…? 僕の母さんは死んだんだぞ!?」
声を荒らげる月丘。
舞浜は俯いたままだ。
「やっぱ死んでもらうしかないね。僕の気が済まないよ」
月丘は投げ捨てた白い傘を素早く手に取った。
だが、紺野の行動の方が早かった。
紺野は月丘の白い傘を持つ右手首を掴んだ。
「舞浜さんはこのことを後悔していたんだ。ずっと」
「なんでそんなことがわかるんだよ!」
「彼女が道本町に行ってたって言っていたろ? あれは事故現場に花をいけにいってたんだよ」
「で、でも彼女は出頭もしてない」
「そう、勇気が出なかった。だから、彼女はずっと道本町へ出向いて花を添えてるんだよ」
「…」
やがて暴れる気力も無くなった月丘は、白い傘を手から落とした。
「あぁ、月丘も素直に供述してるよ」
鬼立は紺野に言った。
「そうですか」
「ところでどうしてあの木の枝が月丘ナルを示してるとわかったんだ」
「…木という漢字は『ボク』と音読みで読めますね。探偵団のメンバーで一人称に『ボク』を使うのは彼女だけですから」
「なるほどね。あのダイイングメッセージも紺野へ向けたようなものってことか」
「…で、鬼立警部」
「なんだね」
「こうして僕を呼び出したってことは、また何かあるんですよね?」
「あぁ、すっかり忘れてたよ。…あまり大声では言えないんだが、我々捜査一課が今とても悩んでいる事件があってね」
「…何ですかそれは」
「あぁ、事件の関係者は皆こう呼んでる。『幽霊姫事件』とね」