喫茶店の席についた紺野は、鬼立に問う。
「彼は?」
紺野は鬼立の隣にいる男の存在に気づいた。
「彼は私の部下である、雨堂刑事だ」
「捜査一課の
「はあ、部下ですか」
「そうだ。今回は雨堂君が直接、君に依頼をしたいと言ってきたんだ」
「へぇ」
紺野は興味深い顔をする。
「私にもプライドがありますが、正直この事件を解決できそうにありません。ですから、私が直接、紺野さんにこの事件の捜査の依頼をしに来ました」
「『幽霊姫事件』ですか?」
「ええ。円形館という豪邸で起こった殺人事件です」
「円形館…」
「円形館の中には円の間という塔のようなものがあるのですが、その中で館の主人の長女が刺殺されているのが発見されました。唯一の入口である両開きの扉は鍵がかかっており、鍵は円の間の棚の中から見つかりました。密室です。円の間の塔の外壁をグルグル回る螺旋階段がありますが、途中に入口らしきものはなく、人の首が通るほどの小窓のみ。そして螺旋階段を登りきった1番上には天窓がありますが、天窓ははめ殺しで取り外しは不可能でした」
「完全な密室というわけですか」
「そうです。扉は体当たりで突破できるものではありませんでしたので、私が天窓を確認した後、その天窓のガラスを割り、ロープを垂らして中に入りました」
「私も彼と共に中に降りて、鍵を確認した。間違いなく内側から鍵がかかっていた」
鬼立は難しい顔を作る。
「…ということは事件が起こる前から2人は円形館に?」
「ああ。私も雨堂君も館の主人と古くからの知り合いでね。たまたまそこを訪ねていたんだよ」
紺野はその後黙り込んだ。
「どうしたね」
「…いえ…お聞きしたいんですが、被害者ってもしかして…別の場所の骨が折れてたりしませんでしたか」
「な、何でそれを…、さすがです紺野さん」
雨堂は拍手を紺野に送る。
「確かに被害者の頭蓋骨、胸骨、骨盤等、複数の骨折が見られています」
「…なるほど。大体のトリックの見当はつきました」
「マジか」
鬼立が驚く。その驚きの表情を見て、紺野はため息をつく。
「ですが、この推測であるとすると、問題なのは天窓と棚に入っていた鍵になります」
「どういうことです?」
「犯人は天窓のところまで被害者を呼び出して刺殺。遺体をそこから塔の中の円の間に投げ入れたとすれば、両開きの扉を通ることなく中に入れることが出来る」
紺野が淡々と話し続ける。
「しかし、そうなると天窓を突破しなければいけません。天窓ははめ殺し、でしたね?」
「ええ。天窓が開閉出来ない限り、そこから遺体を落とすのは不可能です」
「もう1つ、遺体を投げ入れることができても、天窓の場所から鍵を棚に入れることは確実に不可能です。鍵を遺体と一緒に落とすのは簡単ですが、棚に入れるなんて芸当は人間にはできません」
紺野が自分の推理から問題点を複数あげた。
雨堂は「天窓がはめ殺しじゃなければなぁ…」と悔しさを露わにしていた。
2日後、紺野と鬼立、雨堂の3人は例の事件が起きた円形館を訪れた。
リビングに案内されると、大きな窓から円の間が聳え立っているのがわかった。
「あれが円の間ですか。予想以上に高い…」
「螺旋階段は実に400段。刑事の私でもそれなりに重労働だよ」
見た目は煙突のようだった。洋風な飾りが施されている訳でもないようで、殺風景ともとれた。
「刑事さん、いやいや、お久しぶりですな」
扉が開いて入ってきたのは背の高い中年男性だ。
「お久しぶりです。紺野君、こちらが円形館の主人の、
「円満です。あなたが探偵の紺野さんですか」
「どうも」
「事件の調査に来てくださったんですな。ありがとうございます。どうか、お願い致します」
「ええ、刑事さんたちの頼みですし、必ず事件を解決してみせますよ」
紺野はそう言った。
すると、円満主人の背後から1人の女性が姿を現した。
「あ、雨堂さん!」
「露子さん」
「ああ、この子は私の次女の
円満が紹介すると、露子はお辞儀をする。
「随分と雨堂刑事と仲が良さそうですね」
紺野がそう口にすると、露子が照れくさそうに言った。
「実はその、雨堂さんとは…婚約していまして…」
「はは…」
隣で雨堂は頭をかきながら笑う。
「いつの間にそこまで…」
鬼立が驚きの表情を露わにしている。
「事件で亡くなったのは長女さんだと聞きました」
「そうです。私の娘で長女の
「…そういえば幽霊姫事件の幽霊姫とは…?」
「あぁ、その被害者の涙子さんの遺体なんだがな、何故か花嫁衣装だったんだよ」
鬼立が言う。
「涙子姉さん、亡くなるちょっと前に言ってました。結婚を考えてる人がいるって」
露子は花嫁衣装と聞いてそれを思い出す。
「多分、伊織さんのことだと思うのですが」
「伊織さん?」
「
露子が言うと、その背後から1人の青年が現れる。
「僕が何か…?」
「あ、伊織さん。彼が伊織さんです」
露子が彼を紹介する。伊織は持っていた鞄を椅子に置き、こちらに向き直る。
「伊織昌弘と申します。職業は建築家です」
「建築家?」
「この円形館も伊織さんが手がけたものです」
「へぇ、お若いのに…」
鬼立がまたも驚く。
「雑談もこのくらいにして、円の間にご案内致しましょうか」
円満が歩き出し、紺野と鬼立、雨堂も円満のあとを歩き出した。