紺野たちは円の間へと足を運んだ。
円の間の最下層は大きな両開き扉となっていた。
「ここの扉の鍵の管理はどうなっていますか」
「4桁の暗証番号が必要な電子ロックボックスが壁に取り付けられていて、普段はその中に収納しております」
「暗証番号は全員ご存知ですか?」
「いえ、知っているのは私1人です」
円満は答えた。
「円満さんが容疑者から外れたのは理由がある」
鬼立があれこれ訊く紺野に言う。
「その鍵入れは館の厨房にあるんだが、その厨房に行くにはリビングを通る必要があってな。涙子さんの最終目撃から死体発見の時間まで、3人以上の人間が常にリビングにいる状態だった。その中でも厨房に入った人間はいなかったんだ」
「事件発生の時は円満さんのご友人を多数招待していたと聞いてますが」
「そう、その彼らが厨房を出入りした人を見ていないと証言した」
「ということは鍵は使用されていない…。つまりこの円の間への侵入経路は小さな窓のみか…」
「不可能です。首しか通りません。人がそこから中に入るのは不可能です」
雨堂が念を押して言う。
円満が鍵を扉に差し込んで捻った。すると、カチャリという音がした。
「さぁどうぞ」
扉が開く。
中は確かに円形だった。
床には円形のカーペットが敷かれ、曲線の壁にそって棚が階段状に設置されている。
「居住空間…という感じではなさそうですね」
「円形館を建てる前からこの塔はここに建っていました」
伊織が天窓を見上げる。
「使用目的は全く不明。カラクリも、地下室も存在しない…」
「小窓というのはどの辺に?」
「この階段状の棚のてっぺんの真反対の位置にあります。あれです」
円満が指さした先には確かに人の首が通るほどの小さな穴があった。
「階段から首をのぞかせることはできたが、さすがに通るのは無理だね」
鬼立は過去の捜査で実際に首を入れたようだ。
食堂で夕食を終えた紺野は伊織と会話をしていた。
「え? 僕が涙子さんの婚約者じゃないかと?」
「そうお聞きしましたが」
「違いますよ。たしかに涙子さんとはいろんなお話をしましたが…あくまで友人としてですね…」
紺野は「ふーん」と言って考え込んだ。
「露子さんから結婚を約束された方がいると聞いたもので」
「そうですか……すみません、僕には心当たりが無いです」
「あら、伊織さんじゃなかったんですね。姉さん一体誰と婚約してたのかしら」
横から聞いていた露子が考える仕草をする。
その時に大きな月の形をしたイヤリングが揺れる。
さっきはしてなかったな、と紺野は思う。
「あ、雨堂さん」
雨堂が食堂に姿を現し、露子が手をふる。
「雨堂さん、このイヤリング付けてみたんだけどどう?」
「ああ、似合ってるよ」
雨堂がそう言う。
「…複数人の前でよく…」
鬼立がぼそっとつぶやく。
露子は円の間の扉をたたいた。
「ねぇ、雨堂さん」
露子は扉の前で雨堂の名前を呼んだ。
「私にお話があるっていうメモ書き読んだんだけど…」
そして背後に人影が現れる。
その人影はゆっくりと一歩ずつ露子に近づいていく。
露子は足音に気づいた。
すぐに振り返る。
だがその人影は露子の口元に布を押し付けた。
声を出そうとするが布があってうまく出せない。
やがて眠気に襲われ彼女は意識を失った。
意識がなくなったことを確認したその人物は、彼女を抱えて円の間の扉を開けた。
「露子さんが消えた?」
紺野は雨堂に尋ねた。
食堂には露子以外の全員が集まっていた。
時間は午前零時。まだ就寝していない理由は雨堂にあった。
「ええ。いつまで経っても部屋に戻ってこなくて…」
「確かに時間も遅い。探したほうが良さそうですね」
伊織が時計を見て言う。
「あれ…?」
「どうした雨堂」
雨堂が何かに気づき、鬼立が質問を投げる。
「円の間の小窓から…光が漏れてて…」
全員が窓から円の間の方向を見ると、小さくだが光が見えた。
「あの方向には円の間しかないですし…」
「行ってみましょう。円満さん、鍵を」
「はい」
円満がボックスに暗証番号を入力して開く。
「な、無い!鍵がありません!」
「え?」
鍵はボックスの中にはなかった。
「確かに元に戻したはずですが…」
紺野は考え込んだ。
「鍵を盗むのは簡単だったかもしれません」
紺野はそう結論付けた。
「どういうことだ」
「これは電子ロックボックスです。電気が来ていればロックができている状態です。電気を切って、ピッキングの要領で開閉部分の隙間から鍵を解錠するのは簡単なはずです」
「円の間で何かが起こった可能性が高くなったわけだ。とりあえず急いで円の間へ行きましょう」
鬼立が言い、全員が円の間へと向かった。
円の間の扉前までたどり着いた一行。
雨堂が扉を叩いて呼びかける。
「露子さん!露子さん!いますか!?」
「無駄です。扉は完全防音です」
円満がそう言った瞬間、中から扉を叩く音が聞こえてきた。
「露子さん!?」
「その可能性が高そうです」
すると、雨堂が一目散に階段を駆け上がろうとする。
紺野たちもその後を追う。
しかし途中で雨堂は足を踏み外した。
「うわあ!?」
雨堂は躓き、持っていた懐中電灯を下へ落してしまった。
「一旦、雨堂さんはこの場から動かないでください。これ以上行動するのは危険です」
「し、しかし…」
「わかっています。あなたが露子さんを早く助けたいのも、刑事のプライドが許さないのもあると思います。ですが第一はあなたの安全です」
「…紺野さん…、すいません。よろしくお願いします…」
雨堂をその場に残し、ほかのメンバーで一気に天窓の位置まで駆け上がった。
「…おかしい…」
紺野はぽつりと呟く。
「何がだね」
息切れした鬼立が聞く。
「小窓が途中にあるはずなのに、無かったんですよ…」
「そういえば…」
「…とにかく、中の様子を確認しましょう」
紺野と鬼立は、円満と伊織をその場で制止し、天窓まで少し歩いた。
そして中を覗き込んだ。
「な、どうしてだ…!?」
鬼立が声を上げた。
「まさか…何が起きたんだ…」
紺野も驚きを隠せなかった。
それもそのはず。
円の間の中心で露子は花嫁衣装で頭から血を流して倒れていたのだった。
「まだ諦めてはいけません。天窓を割ってロープか何かで下まで降りましょう」
紺野は露子の上にガラスの破片が飛ばないよう、なるべく離れた位置の天窓を肘で割った。
前の事件で雨堂と鬼立が使用したロープがあったため、それを使用して中へと降りた。
床に足がついたと同時に、露子のほうへ駆け寄り、首筋に手を当てる。
「どうだった」
後から降りてきた鬼立が紺野に問いかけた。
紺野はゆっくりと首を横に振り、
「彼女はすでに絶命しています…」
と言った。
「何ということだ…さっきまで生きていたはずなのに…」
「扉を叩いたのが彼女自身ではなく、別の自動装置のようなものかと思いましたが…。そのようなものはありませんね…」
すると上からもう一人、ロープを伝って降りてきた人間が。
「露子さん!!!」
雨堂だった。
「雨堂さん!危ないと言ったのに…」
「や、やっぱりじっとしていられなくて、嫌な予感がしたので追いかけたら…。ど、どうして…」
雨堂はその場で膝を折ってうなだれる。
「…仇は必ず討ってやる」
鬼立がそう雨堂に言った。
紺野はすでにこと切れている露子の遺体を観察していた。
「前回と同じく転落死のようですね…」
「何だと?たったあの短時間で被害者が転落死させられたというのか」
「格好も同じ花嫁衣装。そして前回同様、天窓ははめ殺しでここの扉は…」
ガチャガチャと扉を開けようとするがびくともしない。
「完全に鍵がかかっています。密室殺人、しかも状況は全く同じです」
紺野はこの状況に困惑を隠せなかった。
「どうやって犯人は密室の中で、露子さんを転落死させたんだ…」