「知ってる? この峠って幽霊が出るらしいよ」
赤いスポーツカーを運転している
「へ、へえ。幽霊ね」
「あ、悦子ってば怖いんでしょ」
そう、彼女にとっては怖いものではあるが、それは
宇神は幽霊に怯えている
「こ、怖いに決まってるでしょ。やめてよね。運転中に怖がらせるの」
「フフフ、夜の峠はやっぱり雰囲気があるね。噂の幽霊ちゃんも出てくるかも」
瀬本は笑いながら窓の外に広がる真っ暗闇を見る。
「根も葉もない噂でしょ」
「違うよ? 3年前くらいに幽霊を見たっていう人が続出したんだから。しかも死亡事故まで起きてるし」
宇神は横目で瀬本を盗み見る。実はすべて知っているんじゃないかと一抹の不安が頭をよぎり、冷や汗が止まらない。
「ま、その死亡事故以降幽霊の目撃が途絶えたらしいから遭遇することは無いよ、たぶん」
「そ、そこは確約してほしかったわ……」
その後も宇神は二車線の暗い峠道を走らせる。
数分後、登山道の入口を示す看板を過ぎた左カーブに差し掛かったときだった。
「え?」
思わず宇神はそう零した。
瀬本も目の前に現れたそれに息が止まる。
車のライトで照らされて道の真ん中に浮かび上がったのは、白い服を着た人の姿だったのだ。
スピードの出ている車と白い人の距離はあっという間に縮まる。
「ぶ、ぶつかる!」
宇神が叫んでハンドルを左に素早く回転させ、回避を図る。
奇跡的にも車は白い人の横をすり抜けるが、左側の岩にボディが衝突してミラーと窓ガラスが粉砕される。
「ぐわ!」
車は制御を失って衝突の反動で横向きに道路の右側へと突き進む。右側はガードレール。その奥には暗闇。崖だ。
ガードレールは車の勢いを殺すことは出来ずちぎれるように突き破られて、車は空中に飛び出した。
重力に従うまま赤いスポーツカーは崖下へ転落し闇の中へと消えていった。
交通課の
通報者は走り屋の男で、大崎峠で車が崖下に転落しているとのこと。
片桐はパトカーを走らせて転落地点まで駆け付けた。先に救急車が到着していて辺りは赤色灯の光で覆われていた。
片桐は通報者の男に詳細を聞く。
「夜のドライブをしててここを通りかかったんだよ。そしたらよ、ガードレールが破壊されてたんだよ。これ、車が落ちてんじゃねえかと思って崖を覗き込んだら、案の定だ」
「なるほど。おや? このカーブは……」
「気づいたか片桐」
乙見が傍にある登山道入り口の看板を認識し、片桐もそれに気づく。
「3年前の死亡事故と同じ現場だよ。転落事故というのも同じだ」
「偶然じゃないですかね。幽霊を見たっていう証言もここ何年かは無くて事故も起きてないですし」
約一時間後、一人の救急隊員が片桐と乙見の元に小走りでやってきた。救急隊員の顔は困惑していた。
「転落していた車には二人乗っていたようで、運転手の女性は既に死亡、助手席の女性はまだ息があったので救助中なのですが……」
どうも歯切れが悪い。乙見は不思議に思いながら言葉の続きを待つ。
「……運転手の女性はどうやら殺害されているようです」
思わぬ発言に片桐は「え!?」と目を見開き、乙見は「何?」と同じように目を見開いた。
乙見は片桐に捜査一課へ連絡をするよう指示して、救急隊員と共に崖下へ降り立った。
車は赤いスポーツカーのようだが、地面に激突した衝撃でフロントが折りたたまれるかのように変形していた。屋根も凹んでいることから、落ちてからさらに一回転したと考えられる。
乙見は車に近づいて運転席を覗き込んだ。
「こ、これは一体……」
運転席には女が一人うなだれてこと切れていた。彼女の服の胸部分が真っ赤に染まり、血の滝を作り出していた。服は破けて刃物が刺さったような跡を残している。
「さ、刺されて死んでいるということですか」
「断定は出来ないですが、他に大きな傷が確認できないことからするとおそらくは……。そ、それと……」
「まだ何か?」
「助手席の女性が握っていたんです。血まみれの包丁を……」
救急隊員はまたも衝撃的な事実を告げ、乙見を混乱の渦に陥れたのだった。