この地球上には、様々な種類の樹木が生息している。
だが、その中に一つとして、葉が全く落ちない種は存在しないという——少なくとも現在のところ、人類の歴史には登場していない。ただし、古い葉が落ちる時期に新しい葉が揃う、或いは葉の寿命が長いなど、"そう見える"というだけならば、それ程珍しい性質というわけでもない。
その様な性質を持つ樹木は常緑樹と呼ばれ、季節に関わらず幹や枝に、みどりの葉を見ることができる。
そんな常緑樹の豊かなみどりに囲まれた、とある街。
あまり大きくはないが、東を除く三方へ道が伸びていることと、西へ進んだ先にある重要施設に最も近い場所に位置していることもあり、人の往来は少なくない。また、視界を遮る程の大きな建物が無く、街は中からでも広く見渡せる。その中で比較的目立つ施設が、この地方の八つの街にあるジムの内の一つ。
そこで今、一人の男と、彼に挑む少年との戦いに決着がついた。
「お見事、君の勝ちだ」
勝負に敗れた男の年齢は四十代半ば程。オールバックに撫で上げられた黒い髪にはまだ老いの色は目立たず、その身を包むスーツの色と同じく黒。
その眼光は全てを見透かしているかの如く鋭く、満ち溢れる威厳には敗者となってなお僅かな衰えすら見えない。何をせずとも強い存在感を放ち、強烈な威圧感はただ正面から対峙することすらままならない程——というのは、少年と同じく彼との戦いに勝利した数少ない者達の内、一人の言葉。
「その証に、コレを渡そう」
対して勝者となった少年は、男と比較するとずっと若い、或いは幼いという表現すら的外れではなかった。ただし、男から受け取ったものを含めて、遂にこの地方の八つのジムバッジ全てを手にしたこと——その過程の長い旅路の経験と、幾多の戦いで収めた勝利に裏付けられた自負が、少年を実際の年齢よりも大人びて見せていると思われた。
その分を差し引けば、恐らくはまだ十代の半ばにも達しないくらいか。
(確か、今は他のジムリーダーも何人か、同じ歳の頃だったな……成る程。年齢の近い好敵手達に恵まれた世代、というわけか)
バッジを受け取りジムを後にする少年の背を見送りながら、男はまた別の、一人の少年のことを思い出していた。
(こうして挑戦者がやって来るということは、俺がここに戻ったという情報は既に広まっているのだろう。だとすれば、直にあの小僧も……)
案の定、それ程時を待たずして、その少年は男の前に現れた。
「ははははーッ!
ここは おれの かくれが だ!」
——さて、ここで断っておく。
その男……私の名は、サカキ。
トキワジムの当代ジムリーダーにして、同時に、世界中のポケモンを悪巧みに使いまくって金儲けするロケット団、その現役のボスである。
「では……
いま いちど!
さいきょうの トレーナー
サカキの うでまえを みよ!」
最強のトレーナー。
それを目指して私が生まれ育ったトキワシティから旅立ったのは、もう三十年以上も前のことになる……
……
………
…………
その日、私は居ても立ってもいられず、朝食も摂らずにトキワジムへ向かった。
前の夜はなかなか寝付けず、今朝も普段より早く目覚めたが、たった一晩の睡眠不足程度の眠気など、数年掛けて溜め込まれた期待と興奮の爆発に吹き飛ばされていた。
(……あれ?)
そんな早朝にジムを訪れたのは初めてだった。
鍵が掛かっているだろうと思いながらも、普段と同じ様に入り口のドアに手を掛ける。それが予想に反して開いたことに不意を突かれたせいか、中に人がいるという想定が一瞬遅れた。
「ハッピーバースデイ、サカキ」
ジムの中から私の姿が確認出来たかどうかというタイミングだった為、少し驚いた。だが、その声の主が良く知る人物であることには、すぐに気付いた。
残念ながらその人物は、私がその場で出会えることを期待した相手ではなかったが。
「シルヴィア、か……」
そこに居たのは、一人の少女だった。かく言う私自身、当時は少年と言われる年齢だったわけだが。
名はシルヴィア。
彼女は私よりも一つ歳上で、言葉を交わすことに限れば違和感は皆無に等しかったが、その名が示す様に、外見からは彼女に流れる異邦の血筋が見て取れた。
整った顔立ちを構成するのは、バランスの取れた凹凸のある骨格と、色素が薄い肌に、大きな明るい瞳。身長が高く、体格は細身ながら健康的な範疇。
中でも特に目を惹かれるのが、腰に届くまで伸ばされた、鮮やかな"赤い髪"だった。
「……一応、誕生日をお祝いしたつもりだったんだけど、もしかして今日じゃなかった?」
「いや、今日……だけど、俺が来るって分かってたのか?」
落胆が態度に出てしまっていたことを自省しながら、私は話題を逸らした。
「分かってたっていうか、もしかしたらって思っただけなんだけど……」
そこでシルヴィアはくるりと振り返り、その先の言葉を私に背を向けて続けた。
「でも、結果的には早起きした甲斐があったわよね?」
「——そうだな」
すると、ジムの奥からそれに応える声があり、シルヴィアと同じ異邦の外見的特徴を持つ男が現れた。
その男こそ、私が早朝に押し掛けてまで、その日一刻も早く会いたかったシルヴィアの父・アルボルだった。
「お早うございます! アルボル先生!」
「お早う、サカキ」
自分に対する反応とは随分差がある……とでも言いたげなシルヴィアを尻目に、私はアルボルに駆け寄った。
「すみません、こんな早い時間に。でも、先生がいらっしゃるということは、もしかして……」
「ああ。用意は済んでいるよ」
「ありがとうございます!」
十歳の誕生日。
ポケモントレーナーになれる年齢に達した私は、当時のトキワジムリーダーであったアルボルから、最初のポケモンを貰えることになっていた。
「来たまえ」
「はい!」
アルボルに案内されたジムの奥の一画に、赤と白の半球を上下に組み合わせた様な球体——三つのモンスターボールがあった。
「君の場合、今更この場で改めて説明するまでもないだろうが……」
そう前置きして、アルボルは三つのモンスターボールを順に示しながら言った。
「左から順に、ほのおタイプのヒトカゲ、みずタイプのゼニガメ、くさタイプのフシギダネだ。この中から一匹を選びたまえ」
この三択についてはアルボルから事前に話を聞き、どのポケモンを選ぶかは既に決めていた。
私は迷わず、左のモンスターボールを手に取った。
「ヒトカゲ、で間違いは無いか?」
「はい」
アルボルの確認の言葉に頷きながら、私はモンスターボールを頭上に投げ上げた。すると、最高点に達したところでモンスターボールが開き、朱い身体に鋭い爪を備え、尻尾の先に炎を灯したポケモン、ヒトカゲが現れた。
「よろしくな、ヒトカゲ」
その日、初めてヒトカゲと出会い、私はポケモントレーナーとしての第一歩を踏み出した。
お恥ずかしながら、この程度打ち終わるのに何ヶ月も掛かっています。
申し訳ありませんが、どのくらいのペースで更新できるのか全く未定です。