自分が誰かもどうやってここに来たかも分からない
ただの戯言です。
気がついたら俺は細い道を誰かに連れられて歩いていた。
何故ここにいるのか、俺は誰なのか、それすらもさっぱり分からない。記憶が無い
ただコンクリートで固められただけの様な簡素で狭い道。
壁には『コノ壁強酸ユエ触ルベカラズ』との張り紙。
後ろを振り向くと、暗くてハッキリと見えないが俺と全く違う容貌をした人が似たように誰かに連れられて歩いている。
「すいません、ここはどこですか」
前の何処かに向かおうと俺を連れていこうとしている男に聞いてみた。
「………」
帰ってきた返事は沈黙であった。
他に色々話を掛けても見たが何も答えない。
ただドクドクと何か流れるような、脈打つ様な音だけがそこに響いている。
どのくらい歩いただろうか、ふと目を上げて前を見ると二手に道が別れている。
その分かれ道に差し掛かると、俺を先導して歩いていた男が低い声でこう言った。
「貴方様はこちらでございます。」
無機質な何も感情もない声。
左に曲がって歩いて行くのでそれについて行く。
道を曲がる頃には脈打つ様な音も消え去って、ただ呼吸の音だけが道に響く。
また暫く歩くと細い道を抜け大きな部屋についた。
大きな部屋な中に小さな部屋がセル状になっていて小分けでいくつもあった。
しかし、四角く分けられているのではない。
部屋の形がボールの様に丸いのだ。
その中の一つの部屋に誘導されドアノブを開いて入る。がしかしそのドアはかなり硬かった。
無理やり蹴り入る様に部屋に入ると後ろで男が言った。
「ここで貴方には映像を見てもらいます。どの様な映像かは見ればわかるでしょう。」
とだけ言い残して何処かに去っていく。
「待って下さい!最後に1つだけいいですか」
引き止めて俺は聞いた。
「さっき居た人達はどうなったんですか?」
俺と一緒にここに来ていたさっきの人達、その行方を知りたい。
情報交換が出来るかもしれないから。
何故ここに来たのか、自分の正体それが分かるかもしれない。
男はサッと逡巡し、なんの抑揚も無い声で
「彼らは死にました。」
そう言い残して何処かに消え去った。
改めて部屋を見回してみる。
部屋の中も廊下と同様に何の装飾もないただ壁が白く塗りつぶされているだけの様な場所。
そしてある程度広い空間には場違いと感じる程綺麗な埃一つない焦茶色の机にその動画を見る為なのか、ポツンとテレビの様なスクリーンがある。
そして画面の端にヘッドフォンが掛けられている。
自分が誰なのかもここに来た理由も今までの記憶も忘れてしまった俺だがこの使い方は自然と覚えている。
ヘッドフォンを付けると勝手にスクリーンの電源が付いた。
***
ボクは魚だ。
この広大な何処までも続く海を縦横無尽に泳ぎ回ることが出来る。
海はボクのモノ
ボクは両生類、ボクは爬虫類、ボクは哺乳類、ボクは………
ビービービービービービービー
耳障りな大きいサイレンが鳴った。
あまりの耳を劈く程の五月蝿さに思わず耳を塞ぐ。
すると、上からチューブの様な細い管の様な物が降りてくる。
それがへその緒の様に俺のお腹にくっ付く。
そこから液体がドロドロと身体に染み込んで行くように流れていく。
暫くするとチューブが外れた。
何だったのだ、今のは。
しかし、満ち足りた様な気分になった。
そしてもう一度部屋を見渡す。
何も無い殺風景な部屋、何回も何回も見渡しても物はそれ以外に無……いや、今気づいたが机の引き出しを開けていない。
何か俺に繋がる手がかりはないかと開けたがそこにあったのは紙切れ一枚。
手に取って読んでみる。
そこにはある二人の人間の情報が乗っているだけだった。
しかしその二人の名前も特に書いておらず、他にはデータの様な物が乗っている。
よく分からない。なぜここにあるのか。
何故だか悪寒がしてくる。
その紙から目を離した瞬間、突如どこからが声が響いてくる。
『やあやあ、元気に過ごしているかな。』
人を苛立たせる様な明るい、不愉快な声。
思わず顔を顰める。
『アッハッハッ、そんな顔しなくたっていいじゃないか笑顔だよ笑顔。』
それを意にも返さない声。
「ここは何処なんだ、俺は誰なんだ。早く出せ!!!」
『ここは君の始まりの場所。創世の場所。まだ君は成熟していない。よって出る事は叶わない。』
「なら、俺は誰で何故ここにいる。それだけでも教えろ」
『教えろだなんて怖いなぁ。さっきも言った通り君の始まりの場所だからね。君を象る場所さ。ここで君という人格は作られる。』
答えになっていない答えに人を小馬鹿にする様な声と相まって段々とイライラが募る。
さらに加速する様に言葉を続けた。
『僕は人が生きる意味を探す意味なんて無いと思うんだよ。人生はただ天国での享楽的に過ごしているのが飽きたから来たただの余興だとね。余興は楽しまないと損だよ。じゃあ、僕は一旦消えるね。君怖いから。』
そう言ってから、ふっと気配の様な悪寒が消えた。
俺は今生きているのか死んでいるのか、ここは天国か地獄か。それすらも分からない俺にとって今は生きる意味なんてどうでもいいものだ。
ここを抜け出す為になら首を切り裂いてもいい。
そして俺はスクリーンを見た。
***
「あんた何か産むんじゃなかった。」
「早くどこか行けよ」
父親の脚が僕の腹を思い切り蹴る。
蹴られた痛さと込み上げてくる胃酸の酸っぱさ、そして床をグルグルと転がり腹の中で回っている食べた物の気持ち悪さを感じた。
暫く床に這いつくばり痛みをただただ耐える。
それを父親も母親も煩わしそうにこちらを睨み煙草に火をつけ息を吐いた。
そしてさっきまで吸っていた煙草を捨てた。
この吸殻の短さは僕の残りの命を表しているようだった。
いずれここに居たら死ぬかもしれない。
少ない食事、親の暴力、育児放棄、上げたらキリがないほどだ。
そのせいで僕の身体はアザだらけ、そして骨が浮かぶ程にやせ細っている。
僕は逃げたいと何度も思った。でも他に頼れる人も場所も無い。
それこそ、このまま出ていっても死んでしまう。
何度自殺を考えただろうか。
死というのはとても怖い。
何度覚悟を決めても、計画を立てても実践する時には覚悟を鈍らせブルブルと震えてしまう。
それでも僕はこんな親の元で暮らし死ぬくらいならと家を出た。
***
私は生まれた時から幸せに満ち溢れている。
父親は優しく、私を色々な場所へ連れていってくれる。でも偶に厳しくて、怒ると怖い。
母親も優しく、いつも美味しいご飯を作ってくれる。眠れない時は子守唄を歌ってくれた。本を読んでくれた。
幸せな家庭だった。
でもそんなある日、つまらない事で喧嘩した私は、ついカッとなって家を出た。
そんな時に彼に出会った。
ボロボロにやせ細った彼。私はすぐ様家に彼を連れ帰った。
お母さんもお父さんも怒って出ていったかと思いきや知らない薄汚い男の人を連れ帰って来たものだから驚いていたが、彼を見てお風呂に入れて食事を振舞った。
それが彼との出会いだった。
それからというものちょくちょく彼と会うようになって彼が虐待を受けていると言う話を聞いて、彼に恋焦がれていた私は愛しい彼を守る為にも私達は結婚をした。
そして子供が生まれる。
***
ハッと目が覚めると相も変わらずの何も無い部屋。
ここに来てどのくらい経ったのだろうか。
約十ヶ月くらいだろうか。それ以上にもっと経っているかもしれない。
一年かそれとも十年か。
それくらい経ったある日、コンコンとドアをノックする音がした。
気になって開けてみると、最初俺をここに連れてきた得体の知れない男。
「そろそろ時間です。」
何も変わらない平坦な声でそう言った。
時間?
タイムリミットなんてあったのだろうか。
「私について来て下さい。」
そこでやっと狭苦しい部屋を出た。
そして来た時以上に更に狭くなった廊下を歩いていく。
暫く歩くと光が見えた。
「こちらでございます。これから貴方が素晴らしき日々を送れますようお祈りしております。」
そう言って俺は光に向かって歩いていった。
最初に光溢れる世界で見たのは、真っ青の男が所々血に塗れ嬉しそうな顔で俺を見ていた事だった。
神から投下される種と鳥によって運ばれる種との狭間に存在する。
その狭間に愚者は飛び降り見つけたドグマ。
圧倒的表現力不足