幻想郷が誕生した当時から語り継がれる伝説があった。
『砂を巻き上げる熱風が吹いたら気を付けろ。その熱風は災いをもたらす悪魔の風だ。作物を枯らし、家畜を殺し、病気を振り撒く災厄の風である。もしその風が吹いたら祈りを捧げよ。その風を巻き起こす異郷の地から現れし悪魔へと。さすれば加護が与えられん。魔を祓う悪魔の加護が』
伝説は語り継がれたが実際に熱風がもたらされることは一度もなく、次第に人々からも忘れ去られていった。そして現在、その伝説を知る者は殆どいなくなっていた。
いつからだろうか、自分をずっと見続けている気配を感じる様になったのは──
少女は一人で暮らしていた。歳も幼く、普通なら親と暮らしているはずの若さである。少女が物心のついた頃から既に親はおらず、一人の老人が世話をしてくれていた。その老人も少女が畑仕事や家事をこなせる様になった頃に病に倒れ、亡くなってしまったのだった。幸いなことに老人はそれなりの金銭を蓄えており、少女が一人でも長く暮らしていけるくらいは残してくれていた。それから少女は人里から少し外れた一軒家に一人で暮らしていたのだった。
それからだった、少女が畑仕事の休憩中に視線を感じるようになったのは。最初は気のせいだと思っていた。しかしどれだけの時を過ごしてもその視線を感じない日は無かった。次に少女はその視線の主をさり気なく探し始めた。すると意外な事に気づいたのであった。視線を感じる場所には何時も
少女がその視線に慣れて随分と時間が経った。それでも視線がなくなる事は一度もなかった。少女がさり気なく視線をやると、いつも同じ場所にいつも同じ蝗がいたのだった。
それから、一体何故この蝗は自分の事をずっと見続けているのだろうかと疑問を持つようになった。いつも同じ畑仕事の光景を見ていて飽きないのだろうかとも思った。そしてその蝗が何者なのか次第に興味を持つようになっていった。
そしてその好奇心がどんどんと大きくなっていき遂には声を掛けてしまった。
「ねえアンタ、いっつもそこで私を見て何してんのよ」
その言葉に返事は返って来なかったが、蝗は少し驚いてる様な気がした。恐らく少女に気付かれているのは予想外の事だったのだろう。
「アンタよ、アンタ。私の畑仕事をいっつも見てて飽きないわけ? それとも私に何か用でもあるのかしら」
するとようやく視線の主にも反応があった。定位置から飛び出し、少女の前へ出ると、鈴の音の様に澄んだ声がどこからともなく発せられた。
「まさか気付いてるとは思わなかったよ……いつから私の存在を感知してたんだい?」
「ずっと前からよ。で、私の質問に答えてくれないかしら、お間抜けな蝗さん?」
それを聞いた蝗は苦笑しながらも返事を返した。そこには敵意は少しも感じられなかった。どうやら少女を害せようという気は無いようだ。
「ああ、ゴメンね。キミをずっと見てたワケね。キミからしてみれば気味が悪かったよね。ホント済まないと思ってるよ」
「謝罪はいいから早く教えなさいよ」
「ただ私が、キミに興味を持ったからずっと見てたんだ。ただそれだけだよ」
「本当にそれだけ? てかなんで私に興味を持ったのよ。その辺も教えなさいよ」
「いや、キミに素晴らしい才能が眠っていると思ったから興味を持ったんだ。そしてそれは間違いではなかったみたいだしね」
その声はどこか嬉しそうだった。だがそれを聞いた少女はどうでも良さそうである。
「あっそ。で、そんな才能のある私を見つけてどうするつもりだったのかしら」
「別にどうもしないさ。ただ、キミが望めば力を貸してあげようと思っただけだよ」
「私の望みはアンタがとっととここからいなくなることよ。ほらサッサとどっかに行きなさい」
「連れないなぁ。折角お互いに知り合えたんだからもう少し仲良くしようよ」
少女が蝗を軽くあしらうが、蝗はそれすらも楽しんでいるようであった。
「そもそもアンタは何者なのよ。妖怪? それにしては弱そうね」
それを聞いた蝗は苦笑した。弱そうなんて言われるとは思っていなかったのだろう。
「これでもそれなりに力のある悪魔なんだけどなあ……まさか木っ端妖怪みたいに見られるとは思わなかったよ」
「悪魔? 妖怪みたいなものかしら?」
「その認識でいいよ。人からしてみれば妖怪も悪魔もそんなに変わらないだろうからね」
「ふーん。で、名前は?」
その言葉を聞いた蝗は愉快そうに笑う。
「ホントにキミは面白いね! 私が悪魔と知ってもなお、怖がる事もなく会話を続けるなんて。将来絶対に大物に慣れるよ」
「まあね。で、私の聞いたことには答えてくれないのかしら?」
「ああ、私の名前だったね……ゴホン」
蝗は一呼吸入れるとどこか喜ばしそうに自分の名を口にした。まるで神聖な儀式を行うかのように。
「私の名はゾゾ──ゾゾ・シャマル。遥か遠くの異邦の地からこの地へ来た太古の悪魔さ。さて、私もキミの名前を聞いてもいいかな?」
「え、私も名前教えなきゃいけないの?」
「そりゃあ私だけ名乗って教えてもらえないなんて不公平じゃあないか。折角なんだから教えてほしいな」
それを聞いた少女は顔をしかめながらも、仕方がないといった様子で口を開いた。
「私の名前は霊夢よ。これで満足かしら、ゾゾ」
これは霊夢が博麗霊夢となる前から始まる物語である。
プロローグなので短めです