ゾゾが上機嫌で帰っていった次の日、霊夢が畑仕事をしている時にいつものように一匹の
「やあやあおはよう、霊夢! 今日も一段と水撒きに生が出てるね。私にもお水を少しくれないかな?」
霊夢はやれやれと首を振りながら手元にある柄杓で水をゾゾに向けて容赦なくぶち撒けた。ゾゾは避けようとしたが間に合わず、水が直撃して全身ずぶ濡れになっていた。ただ羊皮紙だけは濡らさないように更に高い場所に浮かしていた。
「水は欲しいって言ったけどさ、そんな乱暴にくれなくてもいいじゃないか。なに? 今日は不機嫌なの?」
「別に機嫌が悪い訳じゃないわ。ただアンタに水をぶっかけたくなっただけよ。決してアンタの頭上の紙をねらったわけじゃないわ」
本音を全く隠す気がない霊夢に苦笑しつつ、羽を羽ばたかせて水気を飛ばす。
「この契約書は羊皮紙でできているから濡らしてもふやけたり破けたりしないよ、霊夢」
「あっそ、で羊皮紙って何?」
「動物の皮でできた紙みたいなものだよ。厳密には紙とは違うんだけどね〜」
「ふーん。随分手間がかかってそうなものね。そんな高そうなもので作ってきてもらって悪いけど、私は受け取るつもりはないわよ」
それを聞いたゾゾはわざとらしく不満そうな声をあげる。
「ええーそんなぁ、私が昨日5分かけて丹精込めて作ったのに。それを読みもせずにポイしちゃおうとするなんて酷いなぁ。そんなに読むの時間かからないからさぁ、パパッと読んじゃって」
「はあ、面倒臭いわね……言っとくけど魔法使いになるつもりなんてないからね」
嫌そうな顔をしながらも渋々といった様子でゾゾから契約書を受け取り、巻かれた紐を解いて中身を確認する。そこにはたった二つの条件しか書かれていなかった。
・契約主の命令にはほぼ全てに従うものとする
・契約主は死ぬまで己との契約を解くことは出来ない。また他の悪魔との契約を結ぶことも出来ない
この内容には流石の霊夢も訝しげな表情を浮かべる。悪魔との契約だというのに自身に不利益になるような事が一切記されていないからである。こういった事に詳しくない霊夢でも分かるような不審なものであった。
「……何これ?」
「何って、私が霊夢の使い魔になるための契約書だよ? あ! 魔法使いになる為のやつと思ってたのかな。それは霊夢自身が自分からなってもらうものだから、私は手出しできないんだ。まあ力を貸すのは可能だけれどもね」
「そういう事じゃないんだけど……まあいいわ、あんたはこんなほぼ無条件に等しい条件で私に従う訳?」
それを聞いたゾゾは、まるで胸を張ってるかのようなハキハキとした機嫌が良さそうな声を出していた。
「そうさ! 中々霊夢とっても悪くない契約内容でしょ? 因みに、霊夢以外のやつだったらこんな契約結ぶわけないからね」
「あんた何か企んでないでしょうね……例えば私に見えない字でとんでもない条件を書いていたりとか」
そんな霊夢の言葉をゾゾは笑い飛ばす。そんな馬鹿な真似などするものかというように。
「ははは、霊夢は面白いこと言うね。そんな低級悪魔がするような子供騙しを私がするわけがないじゃないか」
「てことはそういった真似をする奴もいるってことなのね。聞いといて良かったわ」
「そうだよ。それだけ奴らも必死ってことだね。まあすぐにバレるようなもんだから無駄な足掻きなんだけどね」
「すぐにバレる? どういうこと?」
「そりゃあ悪魔との契約を結ぼうとする奴なんて殆どがそれなりに力を持った奴ばかりさ。そんな奴等が低級悪魔が施した隠匿の力を見破れないわけがないのさ。大体の低級悪魔はそれで痛い目を見るってわけよ」
「私はそんな細工があるか見抜けない人間なんだけど……」
「おっとそうだったね。それなら私も低級悪魔と同じような真似をしとけば良かったなぁ」
「それを聞いてますますその契約書に契約を結ぶ気がなくなったわ」
「ははは冗談だよ、冗談。」
霊夢はジト目で得意げにしている蝗を睨みながらも先程の話から気になったことを聞いていく。
「そういった低級悪魔はどういったものを要求するの?」
「それはね、契約主の魂さ」
それを聞いた霊夢はギョッとした。そんなものを要求されるなんてたまったものじゃない。
「ちなみになんでそんなものを欲しがるわけ?」
「悪魔としての箔がつくからだね。魂を奪えれば悪魔としての格も力も上がるんだ。大体の低級悪魔はだから魂を執拗に欲するのさ。だけど大体の奴はタダ同然でこき使われる羽目になるけどね」
「どうやったらそうできるのよ」
「力で屈服させるのさ。契約主は相手を実力でねじ伏せてしまえば自分が好きなように条件を取り付けれるのさ。低級悪魔程度ならそれもそれ程苦じゃないからね。弱肉強食みたいなもんだね」
「ふーん、じゃあ低級悪魔より上の奴らはどんな感じなの?」
それを聞いたゾゾは、霊夢が多少この話に興味を持っていることを嬉しそうにしていた。
「おや、霊夢も悪魔との契約に興味を持ってくれたのかい。こりゃ嬉しいねぇ。このまま私との契約も結んでくれたらもっと嬉しいんだけどなぁ」
「後学の為に聞いてんのよ。あんたを使い魔にする気なんてまだこれっぽちもないわ。いいからはやく教えなさいよ」
「しょうがないなあ。ええと低級よりも上の悪魔の話だっけ。中級悪魔も欲しがるものはあんまり変わんないかな。ただ、実力はそれなりにあるから小細工はあまり仕掛けて来ないね。それに中級程度になるとまず相手に隷属しようとはしなくなる。契約主もその事が分かってるから大体交渉になるね」
「交渉ってどんな事するのよ」
「話し合いさ。契約主も自分の魂を差し出すのは嫌だからね。大体場合は供物や生贄を捧げてそれを契約の対価にしてもらうのさ。悪魔もその見返りに力を少しだけ貸してあげるって感じだね。ま、たまに力でねじ伏せて屈服させる契約主もいるけどね。でも中級くらいになると、力もそれなりだからそれが結構大変なんだけどね。返り討ちにあう奴もそれなりにいるから霊夢も気をつけるんだよ」
ゾゾの全く気持ちの入っていない注意を軽く流しつつ、続きを促す。
「はいはい、悪魔に喧嘩売らないよう気をつけるわ。で、中級ってことはそれよりも上がいるんでしょ。そいつらについても教えなさい」
「せっかちだなぁ、霊夢は。はいはい中級より上の奴らね。上級悪魔にもなると召喚される際に相手を選ぶようになる。気に入らない奴の元にはまず姿を現さないね」
「随分と偉そうなのね」
「そりゃあ悪魔の中のエリートだからね。大した力もない人間なんかに会いたくないだろうさ。自分の格が疑われる羽目になるからね」
「あっそ。そいつらも人間の魂とかを欲しがるわけ?」
「まあ大体の奴はそうだね。魂ってのは悪魔にとって最上の供物だからね。欲しがらない奴の方が少ないのさ。ただ、上級悪魔ともあればそれ程魂に執着しない。なんせ悪魔の最上だからね。必死こいて魂を集めて己が地位を上げる必要もない。だから大体は自分の好物を要求するんだ」
「例えば?」
「そうだね、処女の生き血とか山羊の頭とか寿命の半分とかがあるね。物好きな奴になると美しい歌声とか幸せな思い出とかを要求する奴もいるよ」
「そんなもん奪ってどうするのよ」
「失ってから気付く苦しみを味わっている姿を見て楽しむんだって。悪趣味でしょ?」
それを聞いた霊夢は呆れた顔をしていた。悪魔のセンスにはついていけないといった様子である。
「ま、悪趣味な要求もあるけれどそれに対しての見返りは大きいよ。上級悪魔ともなれば、大抵の願いは叶えられる程の力は持っているんだもの。だから欲深い連中はそういったリスクを犯してでも悪魔の力を借りようとするのさ」
「ふーん、じゃあその上級悪魔を使い魔にしてしまえば大抵の事が出来るようになるのね」
霊夢の言葉を聞いたゾゾはゲラゲラと大笑いを始めた。どうやら笑いのツボに入ったらしい。ゾゾを笑わせた当の霊夢は不満気であるが。
「面白いこと言うね、霊夢は。大体上級悪魔ともなるとそんな使い魔の話をするだけでも怒るよ。プライドが高いからね。そんな事口にしたら八裂きにされても文句は言えないよ」
「随分と短気なのね。格が高いんだったらもっと落ち着きを持って欲しいものだわ」
「ま、私みたいに笑い飛ばす奴もいるとは思うよ。何をそんな冗談をって思って」
「悪かったわね、冗談でもなんでもないつもりで言って」
「いいのさ、それが霊夢の良い所だからね。そうそう、上級悪魔の中には名前を知られたくない奴も居るって知ってた?」
「知るわけないでしょそんなの。とっとと答えを教えなさいよ」
急かす霊夢を宥めつつ、ゾゾは一息入れながら続けた。
「上級悪魔ってのはね、広く名前が知れ渡っているものなんだ。名さえ聞けば、どんなやつかすぐに分かるって程にね。そして知られたくないこともその中に含まれるんだ。ここまで言えば分かるかな?」
「要するに弱みを握られたくないから名前を隠してるわけね。そういったところは意外と可愛らしいものね」
「でしょ〜。んでそういったやつは契約内容に自分の名を詮索する事を禁止させる事を入れるんだよ。まあ、名前を隠そうとする時点で正体の候補が絞られちゃうんだけどね」
「本末転倒じゃないの。そういえば契約を破った場合はどうなるの?」
霊夢の疑問にゾゾはわざとらしく声をおどろおどろしくしながら答えるが、それを聞いている霊夢は馬鹿馬鹿しいものを見るようにゾゾを見ていた。
「ヒッヒッヒ、それを聞いちゃうのかい、霊夢。契約を破ったら恐ろしい事になるんだよぉ……それでも聞いちゃうのかい?」
「何勿体ぶってんのよ、面倒くさいわね」
「あらら、茶番はいらないですか。仕方ないなぁ。えっとね、契約主が契約内容を破った場合は全ての契約が破棄され、悪魔の要求を一つ必ず呑まなければならなくなる。まあ大体の場合は魂を持ってかれる羽目になるんだけどね」
「そうなの、中々恐ろしいわね。で、悪魔が破った場合は?」
「おっと霊夢、悪魔は契約を破れないんだよ。契約時に魔術で破れないように縛られるんだ」
「なんで?」
「悪魔が契約を破れるんだったらそれこそやりたい放題になっちゃうからねぇ。そんな無法状態にならない為の措置さ。だから悪魔は嘘はついても約束は守るって言われてるのさ」
「ふーん」
悪魔について大体の事が分かった。だが、それと同時にふとした一つの疑問が浮かんだ。この目の前にいる悪魔は一体どの部類に入るのであろうかという事である。口ぶりからして低級ではなさそうである。中級から上級の間くらいかなと考えながら聞いてみた。
「ゾゾは悪魔としての位はどのくらいなの? あんまり偉そうには見えないから中級くらいかしら。蝗だし」
それを聞いたゾゾは得意気な雰囲気を醸し出していた。蝗の癖に何をいい気になってんだと思ったが、口にはしなかった。
「私かい? 私はね、中級じゃないよ」
「じゃあ上級?」
「いいや」
「って事は低級って事?」
「過小評価してもらっちゃ困るなぁ」
どれも否定してきた。こちらを揶揄って楽しんでいるのだろうか。霊夢は呆れた表情になるがゾゾはそれを楽しそうに眺めている。
「勿体振らずに教えなさいよ。別に困るもんじゃないでしょうに」
「私はそういった枠に収められるような存在じゃないのさ〜。私は私。ゾゾいう名の悪魔、それで十分だろ?」
「はぁ……聞いた私が馬鹿だったわ」
「これで霊夢の聞きたい事は全部かな? それじゃ、この契約書にサインしてくれるかな? 大丈夫、条件はホントにこの二つだけだから」
ゾゾはピョンと跳ね、霊夢の肩に飛び乗ると前足で霊夢の持った契約書を指し示す。霊夢は広げてある契約書を巻き直して肩の蝗に突き返した。
「最初にも言ったでしょ、アンタと契約を結ぶつもりはないって」
「そっか、それは残念。今日も諦めるとしようかな。それじゃその契約書は処分しなくちゃね」
契約書が霊夢の手から勝手に離れたかと思うと、いきなり激しく燃え上がった。そして数秒も経たぬうちに、契約書は見るも無残な燃えカスに変貌してしまっていた。復元は不可能だろう。
「なんか勿体ないわね。とっとけばよかったのに」
「他のやつにサインされたら困るからね。霊夢だったらいいけど、他のやつにこき使われるなんてたまったもんじゃない」
ゾゾは霊夢の肩から飛び降りると、霊夢へと向き直る。
「それじゃ、私はそろそろ帰るとするかな。また明日も宜しくね霊夢」
そう言い残してゾゾは何処かへと飛んでいく。それを見送った霊夢は、疲れたような溜め息を吐きながらも何処か楽しげであった。
なんだかんだ言いながらも、霊夢はゾゾの事を少しは気に入っており、会話も楽しんでいたのだった。いつかゾゾと友達として契約するのも悪くはないかなと少しだけ思っていた。
ゾゾは実在する悪魔の血縁者です。まあ分かる人はすぐ分かると思いますが予想してみて下さい。