年もあけ、春も過ぎ、辺りが初夏を迎えようとする中、今日も変わらずゾゾは霊夢の前へと顔を出しに来ていた。ただいつもと違う点があり、白い箱を頭上にプカプカと浮かべている。
畑仕事をしている霊夢の前へときたゾゾは気の抜けたような声で霊夢へと話しかける。
「やあやあ霊夢、今日もいっそうと畑仕事に精が出てますなぁ。それが終わったら少し休憩しよっか。今日は霊夢にいいもの持ってきたんだ〜」
「はいはい、あとちょっとだからそこで待ってなさい」
霊夢はゾゾに目もくれることなく黙々と己の仕事に勤しんでいる。その様子をゾゾはとても微笑ましいものを見るように眺めていた。やがて霊夢は腕を止めた。どうやら仕事を終えたようである。それを察したゾゾはゆっくりと霊夢へと近づいていった。
「お疲れさん、霊夢。今日だけは働き者の霊夢に良いもの持ってきたんだよ〜。気になるでしょ、ね?」
「いつもは働いてないみたいな言い方はやめてよね。で、アンタがやけに良いって推してくるものはなんなわけ? 下らなかったら踏んづけるからね」
霊夢の軽い脅しにもゾゾはわざとらしく身体を震わせるだけであった。そしてゾゾは自分の頭上に浮かせた白い箱を霊夢の手元へと近づける。どうやら受け取れということらしい。霊夢が両手でその白い箱を受け止めるとゾゾは嬉しそうに口を開く。
「さあさあ開けてご覧。霊夢には飛び切り上等なものを持ってきたんだよ」
ゾゾに促されるままに受け取った白い箱を開け、中身を覗いてみるとそこには沢山のいちごの乗った白い円形の物体が入っていた。
「何これ? 食べ物?」
霊夢の素朴な疑問に答えるようにゾゾが口を開く。
「フッフッフ……それはケーキというお菓子だよ、霊夢」
「ケーキ?」
「そう、ケーキ。フワフワのスポンジをしっとり生クリームで覆った甘〜い甘い西洋のお菓子だよ。霊夢が気に入ってくれると思ったから持って来ちゃった」
匂いを嗅いでみると確かに甘い香りがしてくる。見ているだけでも食欲が湧いて来たが、まだ手を出さない。一体何が目的でこのケーキを持って来たのか確かめなければならないからだ。後で面倒くさい要求でもされたらたまったものではない。
「で? 何でケーキとやらを持って来たわけ? 悪いけど食べ物で釣られる程安くはないわよ、私は」
「別に霊夢に何かして欲しいからって訳でそのケーキを持って来たんじゃないよ。お祝いさ、お祝い」
「お祝い? 一体なんのよ?」
「霊夢と出会って一年のお祝いさ。これからも宜しくの意味も込めてのね」
こいつと出会ってからもう一年も経つのかと霊夢はしみじみと思った。何だかんだしつこい奴ではあるが、嫌いではない。霊夢にとってゾゾはそんな存在であった。
「アンタに話し掛けてからもうそんなに経つのね……で、これはアンタが作ったわけ?」
そう言いながらケーキを指差す。綺麗に形取られておりとても美味しそうである。もし手作りならば毎日作らせてもいいなと思いながら。
「いいや、私はケーキなんて作った事ないよ。料理は程々には出来るけどね」
「じゃあ買ったやつなのね。どこに売ってるわけ? 人里じゃ見たことないわよ」
中々の食いつきの霊夢にゾゾは笑いながらも霊夢の求めている答えを言う。
「外の世界から買って来たんだよ。幻想郷の外」
「外の世界? アンタ、結界を自由に出入りできるわけ?」
「その気になれば出来るけど、そんな事すると文句をいわれるからねぇ。自由に出入り出来る人にお願いして買って来てもらったんだ」
「そんな知り合いがいたのね。まあそんな事どうでもいいわ。お祝いの品ってことなら遠慮なく頂くわ」
霊夢はぶっきらぼうな返しをするが顔はどこか嬉しそうである。目の前の御馳走を早く食べたいと待ちきれないようにしているのが隠せていなかった。
「さあさあ遠慮なく食べちゃっていいよ〜。そのケーキは美味しいって外の世界で評判だから期待していいよ」
その言葉を聞きながら霊夢はケーキと一緒に入っていたフォークを手に取り質問する。
「これで食べるの?」
「そうそう、欲しい分だけ切り分けて、尖った部分を突き刺して食べるんだ。もし使いにくかったら私が切り分けてあげるからお箸で食べてもいいよ」
「そこまでしてもらわなくてもいいわ、これで食べてみる」
そう言うと霊夢はフォークを慣れたように使いながらケーキを上手に食べていく。ケーキを食べている時の霊夢の顔はとても恍惚としていた。
食べている途中で霊夢は思った事を口にする。
「私ばっかり食べてるけどアンタは食べないの? 少しだけだったら分けてあげるわよ」
「う〜ん、気持ちは嬉しいけど蝗の身体だからねぇ。ケーキは食べられないんだ。ま、気持ちだけ受け取っておくよ」
「そう、ま、いいけど。てかアンタの本体が来れば食べれるんじゃないの? なんで来ないわけ?」
「あんまり本体の私がこの辺に顔を出すのは好まれていないからねぇ。あんまり博麗の巫女さんを刺激するわけにもいかないしねぇ。最近は病気気味らしいし尚更かな」
「ふーん、アンタにも色々とあるのね。そういえばアンタの本体はどんなトコに住んでるの?」
霊夢は疑問に思った事を口にした。それを聞いたゾゾはそんな霊夢に優しく語りかける。
「砂以外何もないところさ〜。人が立ち入る事もない寂しい寂しい砂漠だよ。禁足地だからね」
「へぇ、砂しかないのね。そんな所にいたらそりゃ退屈するわね……禁足地? そんな場所幻想郷にあるの? 地図じゃ見た事ないわよ」
「そりゃあ禁足地だからね、地図になんか乗るはずないさ。まず普通の方法じゃ足を踏み入れる事すら出来ないさ」
「ふーんそうなの、てか何でそんな場所に住んでるわけ? 禁足地って言うからにはアンタもいちゃマズいんじゃないの?」
当然の疑問にもゾゾは特に何事も無いように答えを返す。
「んーにゃ、何もマズくはないさ。なんせその禁足地は
「……実はアンタ、凄い悪魔なワケ?」
「フッフッフッ……実は怖〜い怖い伝説の悪魔なのだ〜」
「あっそ。で、その禁足地に名前はあるの?」
「最近霊夢、私の扱いが酷くなってないかい? まあいいんだけど。名前ねぇ〜、
「まあ、アンタにしちゃ良いんじゃないの? ふぅ、美味しかったわ」
そんな会話をしている間にゾゾが持ってきたケーキを全て食べてしまったようである。
「中々いい食べっぷりだったねぇ〜。食べてみた感想はどうだい、霊夢」
「とても甘くて美味しかったわ。また食べたいくらいね」
それを聞いたゾゾは満足そうであった。持ってきた甲斐があっといった感じである。
「気に入ってくれて何よりだよ。また機会があれば知り合いに頼んで持ってきてもらうかな」
霊夢はその言葉に目を輝かせていた。よっぽどゾゾの持ってきたケーキが気に入ったのであろう。
「さて、私はそろそろお暇しようかな。霊夢の嬉しそうな表情も見れて満足したし」
「? 珍しいわね? いつもなら何かしら勧誘しようとしてくるのに」
「今日はお祝いだからねぇ。せっかくのお祝いの時には野暮な事はあまり言いたくない性分なのさ」
「ま、いいけど。気を付けて帰りなさいよ」
それを聞いたゾゾはゲラゲラと笑う。
「悪魔の身を心配するだなんて、やっぱり霊夢は面白いなぁ!」
「何よアンタ、喧嘩売ってるわけ?」
「ははは、霊夢のそう言う所、私は結構好きだよ」
真正面からこんなことを言われると思っていなかった霊夢は思わず目を丸くする。それを見たゾゾはどこか嬉しそうにしていた。
「それじゃ霊夢、これからもよろしくね」
霊夢も少し恥ずかしそうにしながらも返事を返した。
「ハイハイ、私としてはあんまりよろしくしたくはないけどね」
そうしてゾゾと別れたのであった。これが此処で会うのが最後になるとは知らずに。
「貴女が霊夢ね。私、貴女にお願いしたいことがあるの。拒否権はないわ」
その日の夜、霊夢は家から姿を消した。
ようやく物語が動きはじめます。