え!? アインズ様が来るの!?   作:よきき

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第一話 召喚と転移

 Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game.

 略称〈DMMO-RPG〉。その名の通り、体感型大規模多人数オンラインロールプレイングゲームのことである。その中でも〈YGGDRASIL(ユグドラシル)〉という西暦2126年に発売されたそのタイトルは、日本国内において爆発的な人気を得た。その人気具合は、本タイトルが発売された当初、現実世界を犠牲にしてまでこのゲームに没頭するプレイヤーが相次いだと言われるほどである。

 

 だが、どんなモノにも終わりはある。

 発売されてから12年。ユグドラシルは終わりを迎えようとしていた______。

 

 

 ヘロヘロがログアウトしてから、モモンガは一人頭を抱えていた。

 どうして、「今日がサービス終了ですし、せっかくですから最後まで残っていきませんか」と言えなかったのか。

 理由などというものはすぐに思いつく。先ほどまで話していたヘロヘロは、誰がどう見ても働きすぎの過労状態であったし、今日だって無理矢理自分がメールで誘った手前、もっと居て欲しいなどと厚かましく言えるはずもなかった。

 それでも、それでもだ。

 最後の時くらい、誰かと過ごしたいと思ってしまうのは罪なのだろうか。

 いや、誰かと過ごしたいだなんていうのはモモンガの欺瞞でしかない。誰かと過ごしたいのであれば、今すぐに通話回線をオンにして、誰彼構わず話しかけに行けばいい。それこそ今すぐ墳墓から飛び出して、最後の祭りだと言わんばかりに花火を打ち上げているであろう連中と混ざれば済む話だ。

 だが、モモンガにその気はなかった。結局のところ、彼が一緒に最後を過ごしたいのは仲間たちであり、それ以上もそれ以下も不要でしかないのだから。

 モモンガはそんなどうしようもない陰鬱な感情をかき消すために、過去の栄光に縋るべく一本のスタッフを手に取ろうとする。

 ヘルメス神の杖をモチーフにしたアインズ・ウール・ゴウンのギルド武器。誰が見ても一級品であるそれこそ、アインズ・ウール・ゴウンの象徴するものに他ならない。

 サービス終了が近いにも関わらず、それを手に取るかどうか逡巡したモモンガだったが、どうせこれが最期なのだからと、それを掴み取る。仲間たちと最後を過ごせないのであれば、その仲間たちとの結晶を胸に抱いて過ごしたいと思ってしまったからだ。

 ともすれば、それに見合うだけの装備も纏いたくなるもの。コンソールを無感情に弄りながら、モモンガは自身が誇るギルド長として相応しい装備へと塗り替えていった。

 

「これで終わりか……」

 

 椅子に座り直し、誰からも返事のない呟きが円卓と呼ばれる部屋で溢れる。

 異形種プレイヤーで構成されていたギルド〈アインズ・ウール・ゴウン〉はモモンガの確かな居場所であり、1番の宝物だ。現実にはない空想で彩られた幻想の数々は今でも彼の脳裏で鮮明に焼き付いている。

 一日おしゃべりだけで潰れたことがあった。

 馬鹿話なんかで盛り上がったりもした。

 敵対ギルドの本拠地である城に奇襲をかけて、攻め落としたことがあった。

 世界級(ワールド)エネミーと言われる最強の隠しボスモンスターたちの手にかかり壊滅しかけたことがあった。

 NPCメイドを作るために、あれやこれやと熱く議論したこともある。

 どれも……、どれもこれも、本当に良い思い出ばかりだ。

 

 サーバーがあと十分もすれば落ちてしまう現状。このナザリック地下大墳墓も、そこに住むNPC達もただの過去の遺物である。

 アインズ・ウール・ゴウンの仲間たちを思い出しながらモモンガは一人視界を暗闇に落とした。

 暗闇の中、広がる光景はどれも美しいものばかり。彼ら彼女らとの会話や冒険はどれも自分には得難いものだった。

 また、あの時に戻れたらなんて無粋に考えるのは、心の弱さのせいなのか……。叶うはずもないのに、それに手を伸ばそうと思うのは間違いなのだろうか……。

 最後の時を、一刻、また一刻と噛み締めるように待つ。ヘロヘロを最後に、誰も来ないなんてこと分かっているが、それでもモモンガは、かつての仲間達に思いを馳せて待ち続けた。

 だが、もう時間だ___。

 時間というのはあまりにも無慈悲な存在である。待てど暮らせど訪れることのない出来事を、時間という概念は押し流してしまうのだから。

 結局誰も訪れなかった。仲間達も、最後にここを攻略しにくるパーティーすらも来なかった。だが、それでいいとモモンガは思う。最後の瞬間は静かに、ただ感慨深く終わらせてほしいのだから。

 あと数十秒もすればサーバーが落ち、モモンガは強制的にログアウトさせられる。どれだけ懇願しても、その事実だけは覆ることがない。

「どこかでお会いしましょう」。そう言われた事を思い返しながら、モモンガはスタッフを愛おしそうに抱きかかえ、内心で自嘲した。いったい、これから何時、何処で出会うというのだろうか。もう、自分たちが築き上げたナザリックは無くなってしまうというのに。

 仲間達との思い出も、このナザリック地下大墳墓の情景も、モモンガはこの先何度も思い出すだろう。

 サーバーが落ちれば見たくもない現実世界が待っている。

 本当はあんな場所に帰りたくない。ずっとここにいられるのならここにいたい。でも、ここにいるには辛いこともたくさんある。仲間達のことを思い出してしまうから。帰ってくるはずもない幻想に囚われてしまうから。

 相反する気持ちがモモンガの中で鬩ぎ合い、そして流れていった。

 

「ああ、そうだ……。もう疲れたんだ」

 

 ふと、そんな事をつぶやく。誰も反応する者などいない。

 

「帰ってこないと分かっている仲間達を待つのも、あの現実世界で生きるのも、俺は疲れたんだ……」

 

 眩しすぎるものに当てられたから、その輝きしか信じられなくなった。その輝きを求められずにはいられなくなった。

 誰もいなくなった空想も、元から何もない現実も、何もかもモモンガにとっては空っぽな存在だ。彼が欲しいのはそんな空虚なものじゃない。確かな温もりと、確かな実物。彼が本当に望むものはそんな中身の伴った本物なのだから。

 

(神様。どうか、どうか、一つだけ願いが叶うのなら俺は___、)

 

 

 

 

23:59:57、 58、 59

 

 

 

 

 

0:0:00

 

 

 

 

 その瞬間、ステータスや時計などの情報を含めた全てがブラックアウトし___、モモンガの意識が一瞬だけ吹き飛んだ。

 

 

「……ん?」

 

 刹那、何かが焼ける音がする。熱が伝わるような、そんな感覚が皮膚を通して全体に染み渡る。焦げ臭い匂いもモモンガにとって非常に不愉快だった。

 だが、おかしい。ゲームを始める前、熱を発するものをつけていた覚えは無い。ならばこの感覚の正体は一体何なんだ。もしかして、火事でも起きているのか?

 モモンガがそこまでの思考に至ると、すぐさま強制的に視覚が開けた。

 

「な、なんだこれは……」

 

 視界に飛び込んできた風景はどこかの街が焼けているというもの。パニックホラー映画なんかで出てきそうな情景である。先ほどまで自分が見ていた円卓の部屋では無い。

 もしかして、サーバーダウンの際に何かしらのバグが発生してしまったのか。

 無数の可能性が頭をよぎるが、どれも決定的なものには程遠い。最も考えられる要因としては、サーバダウンの延期とそれに伴う転移バグあたりであろう。それならそれで、GMが何かを発表している可能性がありそうだ。

 そこまで考えると、ふつふつと怒りが込み上げてくる。「なんだってこんな日にこんなバグを発生させているんだ。ユグドラシルの最後の日くらい静かに感傷に浸らせろ、糞運営」などと、どうしようもない雑言が頭の中を駆け巡る。

 しかし、そんな八つ当たりも誰一人として共感してくれる人はいない。サービス終了時、最後の最後までひとりぼっちだったモモンガは、それを悲しくも受け止めた。

 とりあえず、モモンガが憂鬱な感情を払拭させるように通話回線をオンにしようとした瞬間___、後ろから声が掛けられる。

 

 

 

___あれ、え、えーと、貴方がサーヴァントなのかな?

 

 

 

 聞き覚えのない声。

 モモンガは咄嗟に後ろを振り向くと、そこには活発そうな茶髪の女の子が、困ったような表情を浮かべながらそこに立っていた。

 

「え、えーと、言葉わかります?」

 

 恐る恐ると言った様子で茶髪の女の子が問いかけてくる。が、そんな事を言われても、どう考えても同じ国のサーバーなのだから言語は変わらないはずだった。

 見たところ、彼女は人間種らしいが、もしかして同じようなバグに見舞われた被害者なのだろうか。

 焦燥と困惑を微かに感じながら———人間種の輩は異形種であるモモンガをPKする可能性がある———とりあえず目の前の女の子にモモンガは優しく返す。

 

「大丈夫です。分かりますよ」

「あっ、日本語は喋れるんですね、良かったー。いや、サーヴァントってそんなもんなのかな、マシュ?」

 

 茶髪の女の子が隣で目を見開かせている少女———どう見ても普通の格好じゃない鎧の姿———に声をかける。しかし、鎧の彼女はどうやら放心気味らしく、口と目を開けたまま茶髪の女の子の問いかけに答えはしなかった。

 その姿を見て、モモンガは多少の共感を寄せる。確かにこのようなバグに放り込まれでもしたら、言葉を失ってしまうに違いない。もし自分が目の前にいる少女アバターたちに声をかけられていなかったら、苛つきのあまりその場で地団駄を踏んでいるか、目と口を開けて放心状態となっていただろう。他人に情けないところを見られずに済んだとホッとするモモンガは、そこであることに気がついた。

 

「なんだ、その表情は……」

 

 表情。そう、鎧の少女が浮かべている表情である。これはDMMO-RPGの常識からして考えられないことである。

 外装の表情というものは基本的に固定され動かないようにできている。何故なのかという詳しい理由は知らない。きっと、処理容量の問題で、そういう風にゲームが設計されているのだ。でなければ感情(エモーション)アイコンが作られることなんてないのだから。

 ならば目の前で表情豊かに動いている二人のアバターはなんだ? まるで生きているみたいではないか。

 モモンガは頭蓋骨の部分に、骨の手を当てて考え込むように唸る。まるで答えが出てこない。道具なしで初見の迷宮に挑んだ時の気分だ。

 

「……すみません。これは何というゲームですか?」

 

 かろうじて浮かんだ、新作ゲームが始まったという可能性。

 その僅かな希望に縋るようにモモンガは茶髪の少女へと問いかける。

 

「ゲームという意味が分からないですけど……」

 

 しかし、茶髪の少女は質問の意味がわからなかったのか、頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、こいつ何言っているんだという表情を浮かべた。

 それによりモモンガの頭の中がさらにかき乱される。

 ゲームがわからないというのはどいう意味か。彼女はゲーム自体を知らないのか、それとも質問の意図が分からないのか。この答えによってかなり意味合いが変わってくるからだ。

 モモンガはとにかく目の前の少女達を一旦放置し、コンソールを開こうとする。兎にも角にも、まず確認するべきことはGMから何かしらの発表がされていないかどうかである。GMからの連絡が来てればよし、さっさとGMコールしてログアウトさせてもらおう。これ以上、最後の時を冒涜してほしくはないのだから。

 ___だが、モモンガの期待に反しコンソールは浮かび上がらなかった。

 ならばと、強制アクセスやチャット機能、はたまたG Mコールも使おうとする。だが、どれも一切反応するどころか、できる感触すら無い。まるで元からそのような機能が存在していないかのように全てが空回り。拒否されているという感触すら起らない。手応えが、全く感じないのである。

 おかしい、まるでここが現実世界かのように歯応えがない。

 モモンガは手を忙しなく動かしたが、それに呼応してメニューが表示される事はなかった。

 まさか、仮想現実(ユグドラシル)が現実になったとでも言うのだろうか。それこそ笑い草だ。とんだB級映画である。

 どうすればいい。どうすればこの現状を打開できる。既にショートしてしまっているであろう思考回路をフルに働かせながらモモンガは考える。思考を放棄してしまうのが恐ろしいとはまさにこの事だった。

 

「えーと……、とりあえず自己紹介も含めて情報交換しません?」

 

 ___瞬間、塵芥を払うかのごとくモモンガはサッと手を払うように茶髪の少女を突き飛ばそうとする。

 死を運ぶその手が、無遠慮に少女の眼前に突き出され___、そして止められた。

 

(俺は今……、何をしようとした?)

 

 モモンガは咄嗟に止めた骨の手を眺めながらそんなことを思案する。

 言えることがあるとすれば、あと少し、ほんの少し自分を諌めるのが遅ければ、確実に目の前の少女へと攻撃していたということだ。

 何故そんなことをしそうになったのか、そんなことモモンガが分かるわけがない。現状打破に多大なリソースを割いていた分、まともな反応ができなかっただけなのかもしれない。もしかしたら、呑気に自己紹介などという少女に苛立ちを覚えたのかもしれない。

 数多くの原因に脳が埋め尽くされるが、どれも依然としてしっくりくる理由は無かった。ただひたすらに、目の前の少女に対し興味が、関心が、感情が向くことが無いのである。

 

「えーと、どうかしました?」

 

 茶髪の少女は怪訝そうな目でモモンガを見る。ひたすら純粋に、穢れのない瞳でモモンガを映す。

 それがどこか落ち着かなくて、ついモモンガはその赤く揺らめく炎のような目をずいっとずらしてしまった。

 

「い、いや、なんでもないです」

 

 茶髪の少女はそんなモモンガの様子を気にも止めないのか、「そうですか」とだけ返す。それに対しモモンガも、深く追及されなかったことに安堵し、密かにため息をついた。

 けれど彼は気が付かない。

 もしあのまま攻撃していたら、最悪PvPに発展し、折角の貴重な情報源が無くなってしまいた可能性がある。

 そんな人間とは思えない、どこまでも悍ましいその利己的な思考回路の真意を、モモンガはいまだに悟れずにいた。

 

「じゃ、私から。私の名前は藤丸立香。カルデアでマスターをしています! こっちの鎧の姿をしているのがマシュ・キリエライト。私と一応契約しているサーヴァントであり、可愛い後輩です!」

 

 雲行きの怪しい三人組を取り仕切るように、藤丸と名乗る少女は快活にそう自己紹介を述べる。

 そして、それに続くようにモモンガへわかりやすく、時には冗談を交えてこの場の現状について彼女は説明を始めるのであった。

 

 

###

 

 

「……なんじゃ、そりゃ?」

 

 一瞬、素に戻ったモモンガだったがすぐさま咳き込むことで誤魔化す。もし人間の体をしていたら脂汗がどばっと流れていたところだろう。

 立香も立香で、自分の話がどれだけ荒唐無稽なものか分かっているのか、あはははと乾いた笑みを浮かべている。彼女曰く、カルデアに配属されて1日目らしい。最早それはただの新人社員である。

 

「まあ、と言う感じなんですよね」

 

 一通りの解説は終わりだと言わんばかりに、立香は背筋を伸した。その隣で座っていたマシュも「お疲れ様です、先輩」と言ってかすかに微笑む。

 モモンガが最初に聞いた話は人理継続保障機関フィニス・カルデアについてであった。その答えは聞いたこともない単語のオンパレード。意味不明な専門用語と世界観の見本市であった。モモンガが今思い返してみても、よく投げ出さずに全て聞けたなと呆れてしまう程ぶっ飛んでいる。

 当初、ユグドラシルの世界が現実になったのかなと思っていたが、これはまるで斜め上の回答だった。

〈人類史〉まではまだ分かる、その後に続くように現れた〈地球環境モデル「カルデアス」〉や〈近未来観測レンズ「シバ」〉に、タイムマシーンのような〈レイシフト〉と呼ばれる技術はさっぱり分からない。営業相手と話を合わせるために、興味関心の無い趣味について聞かされた時より酷い状況だった。

 グルグルと視界が回り、崩れそうになる体をなんとか踏ん張って維持する。まるで知らない世界に来てしまった、それだけだとまだ単純なのだが、ここからさらに話が拗れる。

 次に聞いたのは、現在の年代と常識についてだ。ここが未来の話、または全く意味の分からないファンタジーな世界だと思ったため質問した。

 しかし結果は、なんと過去の現実であるらしかった。

 決め手としては、彼女らが生きている年代と自分が生きている年代が違うことにある。

 モモンガの中身———鈴木悟———が生きていた時代は西暦2138年。対して彼女らが生きている西暦は2015年。しかも藤丸立香という少女は、鈴木悟と同じ日本という場所の出身らしく、また、モモンガが知っている歴史や国名がわんさか出てきた。

 もうここまでくると限界だ。流石に思考がもう追いつけない。整理しようにも、知らないことと知っていることが入り混じり過ぎて大変なことになっている。モモンガの隣に、誰か優秀な頭脳の持ち主がいたならば、その者に現状の把握を一任してしまうくらいには彼の許容を超えていた。

 とりあえず、目先の問題だけでも片付けようとモモンガは、思考放棄寸前の頭脳を酷使しながら問題を並べる。

 一つ、ここは過去の現実。レイシフトやらカルデアスやら訳の分からない近未来的技術を使っているし、魔術とかいうファンタジーも併せ持っているが、ここは現実である。

 二つ、現在人類史は大変な危機に直面している。2016年の人類滅亡が証明され、その原因と思わしき特異点と呼ばれる場所において、調査ないしは原因の解決を図っている。

 そして一番重要な問題である三つ目、サーヴァントという駒としてモモンガが呼ばれたと言うこと。

 彼女らが言うにはサーヴァントを召喚してみたら、モモンガが召喚サークルから現れたと言う。何を言っているかわからないと思うが、モモンガ自身も何を言っているのか分からない。

 サーヴァントというのは世界に認められた偉人の魂、つまり英霊のことだ。なら、何故未来人のモモンガ———まして、ゲームのアバターの状態で、普通なら鈴木悟としてではないのか———が呼び出されたのかと思ったが、マシュ曰く英霊がいる場所には時間の概念がないらしい。さらに、世界の情報として英霊の座に記録されるため、それが現実に存在していなかった架空の人物、概念でも、信仰や伝承で後世に深く人類史に名を刻めば英霊となれるそうだ。つまり、未来も過去も架空も実在も関係ないってこと。

 つまり、それは___

 

「いや、意味が分からない」

 

 モモンガはそこまで考えてそうぼやいた。今まで考えていたこと全てを放り投げるように。

 要点だけをまとめてみたものの、目下の問題があまりにも現実離れを起こし過ぎている。突然、ゲームが現実の世界になりましたと言われた方がまだ分かった。これではまるで、他のゲームにコンバートした状態で、さらにそのゲームが現実になったかのようなものだ。逆に言うと、そうとしか考えられない。

 目の前にいる少女達はどうしようもないほどに精錬な作りで、どうしようもなく現実味がある。目の輝きも、髪の艶やかさも、動作一つとってもプログラムなんかで表現できそうにない。今ここでPvPを行えば、どちらかは確実に死んでしまうことなど一目瞭然だった。

 さて、ここからどうしたものかとモモンガは首を捻らせる。

 この少女達と共に行動すれば元の世界に帰れるのだろうか……。召喚する方法があると言うことは、逆に元に戻る方法があるということにも繋がる。そのサーヴァント召喚とやらを紐解けば、あるいは自身の指に嵌め込まれている指輪を使えばなんとか帰還できるかもしれない。

 だが、そこである感情も芽生える。

 あの現実世界に帰って今更なんになるというのか。

 友達も家族もなく、会社に行き、仕事をして帰って眠るだけの毎日。自分は元の世界に戻るよう努力すべきなのだろうか、と。

 

「これが私たちの経緯なんですが。大丈夫ですか? えーと……」

 

 立香から最後の言葉が出ることはなかった。どうやらモモンガをどのように名乗ればいいのか分からないらしい。

 そう言えば、とモモンガが記憶を振り返れば、確かに自身がいまだに名乗っていないことを思い出す。

 

(名前……。名前か……)

 

 モモンガはそう言われて考える。ここは自分のいた世界ではない。ならば、鈴木悟という名前はやめておくべきだろう。日本人とバレるのも厄介だし、人間の名前で何か不利益が発生するかもしれない。

 ならば、モモンガか?  いいや、それもなんだか違う気がする。モモンガはアインズ・ウール・ゴウンのギルド長の名前。ギルド仲間でもない人たちにその名で呼ばれても、どうもしっくりくる気がしなかった。

 ならば、なんて名乗るべきなのか。

 今もモモンガの中にある大切なもの。名前とは己を象徴する鏡のようで、そう成りたいという願望そのもの。

 ならば、それは___

 

「……アインズ。俺の名前はアインズ・ウール・ゴウンだよ」

 

 その名は、かつて仲間達と築き上げた確かな思い出であり、彼の一番大切な宝物の名前だった。

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