それは偶然だったのかもしれない。
普通は感知できないはずの魔力の本流。この世界のものとは思えない異質な何かが暴れている。それを認知できたのは、一重に彼がずば抜けて優秀だったからとしか言いようがない。
手元にある肉塊を見つめながら、彼は考える。
泥と狂気に塗れてしまった脳みそで思考する。
大体のことは上手く考えられないが、何故かこの肉塊のことになると頭が非常に冴え渡る。
となれば、彼のやることはひとつしかない。本当にそんなことが可能なのかは分からないが、それでも賭けるだけの価値があるに違いない。
この世界のものからの逸脱者。または、漂流者とでも言うべきものであろうか。そんなものに縋る自分を情けなく思いながらも、これは天からの祝福なのかとも自嘲する。
神などと言うものは信用ならないが、助けてくれるのであれば誰でも構わない。この際、それが魔王だったって、この世全ての悪だったって、彼は躊躇しないだろう。
それだけ彼は肉塊が大事なのである。
それだけ彼は肉塊が愛おしいのである。
そうと決まればさっさと向かおう。脚力を十全に活かし男はその場を飛び跳ねる。
向かうは先は絶望か、それとも希望なのか___
鉛色の巨人は大きく吼えた。
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高校から出発して少し経った。
立香は訝しげに腕に装着された機械に声を掛けている。どうやら、本部との通信が全く行えないらしい。オルガマリーもそれを不安がっているのか、親指の爪を噛みながら何やら呪詛めいた言葉を呟いていた。マシュとキャスターはそんな二人をよそ目に敵が来ないか索敵しており、アインズはアイテムボックスの中身を整理していた。
さて、そんな異色のパーティーであるが、現在の雰囲気は和やかとギクシャクの中間地点くらいである。
いまだにアインズを怖がっているオルガマリーは彼に近づくことを拒んでキャスターの後ろに張り付いている。どうせ、アインズが殺そうとすれば、誰が盾役になろうと関係がないのに。
そんな時、立香はとうとう通信を諦めたのか、そんな蟠りとも言えない中途半端な空気に一石投じた。
「そう言えば、ここのセイバーってどんなサーヴァントなの?」
〈セイバー〉。
聖杯戦争において最優のサーヴァントと言われるクラス。高い対魔力を保有しており、ランクによっては現代の魔術師では傷を負わせることはほぼ不可能な存在。それに加えて、バランスの良いステータスに、魔力、幸運を除いた身体能力系の値が軒並み水準以上の傾向がある。このクラスに選ばれる基準も剣または剣技にまつわる武勲を持っていることであり、そのため真っ向勝負であればかなり手強い相手だと言える。
アインズは頭の中でそんな情報を思い返しながらも、立香に問われたキャスターを見やった。
「ああ。どんな奴って言われたら無口な奴だな。案山子みてーに突っ立ってら」
どうもキャスターは直接会ったことがあるらしく、口角を歪ませてそう告げる。因縁深い相手とでも言うのだろうか。
「真名は分かるの?」オルガマリーがそう問う。
「まあ、すぐ分かることだしな」キャスターはそう言って空中に文字を書くように指を滑らせた。「あいつの真名はかの有名なアーサー王だ」
そう言われた瞬間、マシュとオルガマリーの顔が歪む。立香はそんな二人と違い、「へえー」とだけ言って天を仰いだ。
「会ってみたいかも!」
「嫌でもこれから会うことになるわよ! なんでそんな軽いの!?」
立香のその剽軽な態度に、オルガマリーは上司として諌める。
まあ、アーサー王物語は100年以上先を生きているアインズでも知っている超有名な人物だ。それが目の前で降臨されると言うのだから、正直、立香の反応もオルガマリーの反応も理解できる。どちらかと言えばアインズも立香と同じ心情ではあった。
「ブリテンに君臨した騎士王。それが持つ聖剣はこの世で最も有名な剣と言っても過言ではありません」
マシュが不安そうに盾を見ながらそう解説した。
アーサー王の聖剣、その名もエクスカリバー。
確かに、アーサー王伝説に詳しくないアインズでさえそんなことくらいなら知っている。地方という視点ではなく、世界という視点で見た時、かの王の聖剣はまさに絶対的知名度を誇るだろう。
「でも、アーサー王って良い人なんじゃない? ほら、だって騎士の王様だし」
「それがそうでもねーんだよ、嬢ちゃん」
「そうなの?」
立香の疑問を払拭させるためにキャスターは苦言を呈した。
「あれは最早、清廉潔白な騎士王様じゃねえ。まあ、したいことは分かるんだが、俺としちゃぁアイツのしようとしてるのは性に合わなくってな。今アイツは騎士王の中に眠る暴君だった頃のそれだ。民や国のためなら、強硬手段も厭わないってやつ?」
「えー、それって怖い王様ってこと?」
「まあ、簡単に言うとそういうことだな」
それだけ言って、キャスターは大きく飛び跳ねた。着地するのは辺りで一番高い電柱のようなもの。会話に集中しすぎて敵が来ていないかを確認するために行ったのだろう。やはり、その道のプロは気構えというか、地味なところを着実とこなしていける人物というか、とにかく抜け目が無い。
アインズもスキルや魔法などを使いながら索敵しつつ、立香たちの会話にも耳を傾け続ける。
「そっかー、じゃあ話し合いは無理なのかなぁ」
立香が腕を組んでそうぼやくと、キャスターという盾を失ったオルガマリーがサッと肩に掛かっていた髪を払う。
「無理よ、無理、そんなもの。最初から期待するだけ無駄だわ。そんなものが通じる相手なら、最初からこんな悲劇にはなっていないでしょ。人が一人もいないなんて、どんな風にすれば実現できるのよ……。魔術とかの類じゃないわよ、これ」
そう言って周りを見れば、飛び込んでくるのは火、火、火、火、火。
どこもかしくも建物は倒壊し、永久に燃え続けている炎だけが、ゆらゆらと佇んでいる。一体、どこからそれだけの燃料が溢れてくるのか。まさに現実離れした現象。嫌な意味でファンタジーもいいところである。立香もそれは分かっているのか、火の海を眺めて少しばかり唇を噛む。
残念ながら、感情がアンデッドに引っ張られつつあるアインズは、現在の惨劇を対岸の火事としてしか認識できないが。
そんな事をアインズが思っていると、索敵していたキャスターが降ってくる。華麗に地面に着地してみせた彼は、そのまま服に着いた土煙を払うなり、サッと杖を振るった。
「見たところ、このまま大聖杯のあるところまで突っ切れそうだぜ。どういう訳か、スケルトンも竜牙兵もいねぇ」
キャスターが杖で指し示した方角を半眼で見るオルガマリー。その後、何かを決心したのか両手をぱんっと打ち鳴らした。
「なら、さっさと行きましょ。理由は分からないけど、それを理由に動かないのは愚かですから」
オルガマリーはそう号令すると、一人でスタスタと歩いて行ってしまう。マシュはそれを追うように走り、キャスターは深い笑みを浮かべて倒壊した建物の屋上へと飛び移った。
アインズはそんな様子を見ながら、呆れたように一人呟く。
「ほんと、落ち着けば頼りになる人っぽいなー」
「落ち着けばねー」
返事が来るとは思っていなかったが、どうやら立香の耳に入っていたらしい。アインズが立香の方を見れば、彼女はくすりと笑う。
「立香も大変だな」
「うーん……。からかい甲斐があって、とても面白いとは思うけど」
「それは部下が上司に持つ印象としてどうなんだ?」
「いいの、いいの。私はそういう所長が好きだから。上下関係としては間違えてるかもだけど、人間関係としては間違ってないと思うし」
そんな風に言うと、立香は表情を緩めた。
どうやら彼女はどんな人間とでも上手くやれるタイプの人間のらしい。上下関係とか、組織内の体裁だとか、そんなしがらみなんて全部どけて、彼女はその個人に対し興味を抱くのだろう。それはある意味、非常識とも言える価値観であり、だが、その価値観にしか築けない人間関係というものはある。
彼女は悪人だろうと、善人だろうと、怪物だろうと、その個人に対し興味関心を抱くのだから。そこには一般的社会通念も、常識的善悪も介入しない。藤丸立香だけが持ち合わせる「フラット」な絶対領域だ。
「立香は強いな」
アインズは立香をそう評価する。
彼女のその価値観こそ、きっと誰も持てないであろう武器なのだから。
「そーかなー? 私、なんの訓練も受けてないからマスターとしては下の下だと思うな。令呪も無駄使いしたし」
「いや、令呪に関しては、その、なんだ、すまなかった……」
正直、令呪が砕けた時点では何らかの形で令呪は発動したのだろう。
それに対し、アインズ側でなんら反応を見せなかったのはやはりアンデッド基本特殊能力である〈精神作用無効〉が働いているからではないかと思われる。最初はスキルが発動した場合、そのスキル発動も感知できると思っていたが、もし仮にそれが感知できなかった場合は全て納得がいく。
立香が発動したものは「アインズが自分たちへの攻撃を禁ずる」というものであった。令呪の詳しい原理は知らないが、きっとそれは精神的に制約をかける命令だったのだろう。と、考えればそれは精神作用の一種であるそれは、〈精神作用無効〉で打ち消される可能性がある。
これがもし、転移などの精神状態に関連しないものであるならば、アインズにも、もしかしたら効果があるのかもしれない。
結局のところ、これらは全てが憶測でしかない。サーヴァントや令呪という訳の分からないものを一瞬で理解するほど、アインズの頭は天才ではないのだ。もしかしたら、そんなもの関係なしに令呪は作用していないかもしれないし、そもそも立香の言った通りマスターが未熟なせいで発動しなかったのかもしれない。
予想は無限大。考えれば考えるほど沼に陥る。
それゆえにアインズは一旦、それらの思考を放棄する事にした。
「まあ、令呪やサーヴァント契約についてはまた今度考えるとしよう」
「そうだね。私もマシュや所長に教えてもらっただけだから、詳しくは分からないし」
そうやって立香とアインズが歩いていると、先頭のオルガマリーから「きびきび歩きなさい!」と叱責が飛んでくる。ああいう風にメリハリをつけさせることは社会人として大切なことだ。そう言った点では、オルガマリーもそろそろこの異様な空気に慣れてきたのかもしれない。
アインズは長年社会人として働いてきた経験でマウントを取りつつ、オルガマリーの言う通り少しスピードを早めた。
だがその時だ___
「おい、盾の嬢ちゃん! アインズの旦那ァ! 気をつけろッ! なんか来るぞ!」
キャスターが脂汗を滲ませながら叫び声を木霊させる。屋上から退散するように血相変えて飛び退き、追加と言わんばかりに火炎弾を何処かへと放っていた。
それを見たマシュはオルガマリーを、アインズは立香を背に追いやり、キャスターからの警鐘に注意する。何が現れようとも最悪カルデアの生命線は守り抜く陣形。咄嗟の判断にしては、マシュもアインズも最良の動きであろう。
次の瞬間、大きな巨体が粉塵を巻き上げながら空中に現れる。
なに、あれ……。
誰が呟いたのか分からない疑問文が響く。その巨人を見た全員が、その疑問文に同調した。
なんだあれは。
心の底からそう問いたくなるような化け物。アインズのような骸骨の異形種とかではない。ただただ堅牢そうで、ただただ圧巻的な見た目をしている。
そんな暴力と破壊を体現したような肉体にアインズを含め、全員が息を呑んだ。
「なんでテメーがでしゃばって来やがった、バーサーカーッ!!!」
キャスターは悲痛にも似た声で巨体を罵る。
〈バーサーカー〉。
通常のサーヴァントと違い、恒常スキルとして
そんな情報を思い出しながら、アインズは骨の指を巨体のそれに翳した。
どんな相手であろうと奇襲されたからには向かい打つしかない。奇襲のアドバンテージを活かされたら厄介なことこの上ないのだから、好き勝手される前に相手を屠る。それが最善の行動である。
「〈
近くにいるキャスターに当たらないよう、アインズは魔法を発動する。
指先から肩口に掛けてまでの白い電光。まるで龍の如く迸るそれは、1秒にも満たない速さでバーサーカーの巨躯を撃ち抜いた。
感電を起こすバーサーカー。四肢は痺れ、獣のような咆哮が全員の耳を劈く。ぷしゅーと鉛色の筋肉から白い煙を上げれば、まるで電気椅子で処刑された獄囚のようにぐったりとその場に落下した。
「やったか?」
アインズが険しい顔でそう言う。
ある意味お決まりとも言えるそのセリフは、キャスターにとって非常に嬉しくないことであった。
「まだだ! そいつは宝具で命のストックが11個もあるんだよ!!」
「はあ!? 何それ、そんなの人間じゃないわよ!」
オルガマリーの言葉に激しく同意したくなったアインズは咄嗟に盾モンスターを召喚する事にした。
___中位アンデッド作成
アインズの持つ
トータルのレベルは35と弱く、攻撃能力よりも防御能力に特化したアンデッドモンスターと言えるだろう。普通であればこんな雑魚モンスターをアインズは重宝しないのだが、この死の騎士には非常に強力な特殊能力が二つある。
まず一つ目が、敵モンスターの攻撃を完全に引き付けてくれるというもの。もう一つが、一回だけどんな攻撃でもHPを1だけ残して耐え切るというものだ。
今回はその盾役として非常に有能な部分を期待し、召喚する。
特殊能力を使用すれば、空中に黒い靄のような物が出現し、そこから死の騎士が出現する。これはユグドラシルには無かったエフェクトだ。月光の狼とは、また違うらしい。
「オオオオオァァァァァァァァァァ!!」
獣のような雄叫びが上がる。それに呼応して、オルガマリーは小さく悲鳴を漏らした。
普通の人間からすれば圧倒的な力を持つ怪物が突如出現したのだから無理もない。
体の4分の3は覆うほどのタワーシールドに、右手にはフランベルジュ。身長は目の前で佇んでいるバーサーカーとほぼ遜色が無かった。
「死の騎士よ、奴を刈れ」
カッコいいところ見せたいモード———魔王ロール———に入ったアインズは、無意識に偉ぶった様子でそう告げる。死の騎士はそれに応えるべく、主人の思惑とは異なりバーサーカーへと単騎で突進した。
「オオオオァァァァァァァァ!!」
「■■■■■———」
まるで怪獣大戦争だな。
そんな感想を思い浮かべながらも、盾モンスターが一人突進してしまったことに頭を悩ますアインズ。月光の狼の時も思ったが、もっと具体的な命令方法を出さなければいけないかもしれない。
ただそうなった場合、あまりにも複雑な命令はゲームの時のように受け付けないのではないかとも危惧する。
こればっかりは実戦で試すわけにもいかないため、隙間の時間を見つけて実験しようとアインズは考えた。
「マシュ。オルガマリーと立香はお前が守れ。あいつは俺と死の騎士、そしてキャスターで倒す」
「分かりました。マシュ・キリエライト、精一杯頑張ります。アインズさんたちもご武運を!」
「え? 俺はいらなくね?」
マシュの言葉に頷いたアインズは何かをほざいているキャスターを引き連れて、バーサーカーの元へと歩み寄る。
正直、12回分の命があるバーサーカーの宝具に、アインズは非常に興味を抱いていた。
「キャスター。あいつは生き返るたびに弱くなるのか?」
ユグドラシルでのデスペナルティは基本的にレベルダウンが付き物である。この世界でもそれが通用するのであれば、あのバーサーカーのレベルは簡単に言うと60程度になるわけだ。
「いや、ヤッコさんが弱体化するなんてあり得ねえ。逆にあいつは傷が回復すれば、その傷を与えたものに対し耐性ができる強化付きだ」
「ほう。すごいなそれは」
素直に言って、そんな稀有な特殊能力をアインズは欲しいと思った。
ユグドラシルの常識として、あのバーサーカーの宝具はまさに「ぶっ壊れ性能」と言わざるを得ない。
11回分のアイテム・魔法無しの蘇生。しかもデスペナルティはMPの消費のみ。逆にメリットとして、死因となった攻撃に耐性がつくという強化付き。そんなもの、デスペナルティを払ってもお釣りがくる程の破格さである。
やはり、喉から手が出るほど欲しい。
「なあ、キャスター。あいつを生捕にするなんてのはどうだろう」
「はあ!? とうとう頭でも狂ったか、旦那!」
「いやいや、正常だとも。真剣に俺はあの怪物の能力が欲しくなった」
「チッ、あーそうかい! 狂っていて欲しかったぜ! 正直に言うと俺には無理だからな。やるならアンタ一人でやれよ」
そう憎たらしげ呟いたキャスターはアインズから視線を外し、死の騎士とバーサーカーの戦いを凝視する。アインズも最初からその気でいたため、特に文句を言うこともなく死の騎士たちへと目線を向けた。
両者ともに、互角の攻防戦を繰り広げ、今や彼らを中心で直径30メートル程の更地ができている。どちらもその巨軀に似合わず俊敏な動きで相手を翻弄し、技巧な技と技が相手の体を削りあっていた。
しかし、よくよく見てみれば死の騎士が若干防戦一方になりつつある。守りだけであれば40レベル相当のモンスターを、あそこまで追い詰められるバーサーカーの強さは中々と言えるだろう。ユグドラシルで言えば40近いレベルだと思えた。
「ちなみにあのバーサーカーはサーヴァントの中でどれくらいの強さだ」
「あ? あー、最上位レベルじゃねえか? 腹は立つが」
そう言うと、キャスターは死の騎士の援護射撃として火炎弾を放つ。しかし、バーサーカーは外部からの攻撃にも反応できるのか、恐ろしいほどまでに柔らかい肢体を使って、バク転しながらそれらを避け切った。
(あれが最上位レベルなら、サーヴァントの力は大体レベル20〜40後半くらいか……。特に苦戦することもないな)
アインズはそう思い、そろそろ頃合いかとバーサーカーへ骨の掌を向ける。先程のキャスターと同じく死の騎士の援護射撃として魔法を放つつもりでいた。
「最後に確認だが、あれは同時に命のストックを減らすことはできるのか?」
アインズは赤い眼光を揺らめかせて問いかける。それの答えによって、アインズは即死魔法を多量に放つか、大火力の魔法を一撃で放つか決めるのだ。
正直なところ、MP量の心配がある。
キャスターはその問いかけを不思議がったものの、アインズが今から何をしでかすのか分かり、ますます機嫌が悪くなる。
「……セイバーが奴を倒したときは12回も殺していなかった。つまり、その答えは”YES”だ」
それを聞いた瞬間、アインズの放つ魔法が決まる。さっきの〈魔法最強化・龍雷〉でどれだけ削れたのかなんて知らない。それでもオーバーキルが有効であるのなら、それをするまで。能力を奪えるかどうか考えるのも、殺して蘇生してからでも遅くはない。
そうそれがアインズの出した結論。
しかし、彼は知らない。サーヴァントが死んだ場合、その場に死体は残らないこと。座という世界の外側へ、帰還してしまうということを。
「〈
アインズの手から大きく、そして禍々しい巨大な球が三つ出現する。触れた瞬間にこの世の外へ弾き出されそうなそれは、死の騎士を巻き込む形でバーサーカーへと打ち出された。
死の騎士は察する。至高の御方に身を捧げる時が来たのだと。
「オオオ」と低く唸った死の騎士は、最後の役目と言わんばかりにバーサーカーを必死に組み伏せた。自身の安っぽい命など、主人のために捨てられるだけ彼は幸福なのだ。
着弾と同時、その二体の体は空間ごとねじ切れる。ばちばちと音を立てて、体から出てはいけない物がいくつも噴出した。
思ったよりもグロテスクなその散り様に、アインズは「やってしまった」と頭蓋骨を抱える。年頃の立香には少々キツすぎた演出かもしれないと思ったから。
そんな馬鹿げた火力を出し終えた魔法は、ものの数秒で消え去り、後に地面には二体の巨体が倒れ伏していた。片方は精気の無い騎士の体。もう片方は鉛色の巨人。どちらも体はボロボロで、使い古された雑巾のようになっている。
「やりすぎだな」
キャスターがその二つを見ながら言った。当然アインズもそれには首肯するしかない。後ろにいる立香やオルガマリーですら、その惨さに絶句している。
「とりあえず、バーサーカーもやっつけたし、とっととセイバーのところへ行こうぜ。旦那がいれば、負けることはねーだろ」
バーサーカーの無惨な死体を眺めたキャスターは、我先にと背を向ける。あそこまで手を焼いていた化け物が、ここまで容易く破られれば、キャスターとて思うところがあったのだろう。
それを察することができないアインズは、キャスターのその行動を不審がりながらも、さっさとバーサーカーの巨体を回収しようとする。アイテムボックスに、これを持ち帰れるだけのアイテムが無いか確認し、アインズはバーサーカーの目の前で膝を折った。
が、それを図ったかのようなタイミングで、殺したはずのバーサーカーが飛び起きる。体は完全に回復しきっていないものの、右手で握った強固な拳は健在であった。
アインズはまずいと思い咄嗟に魔法を発動するため意識を集中させる。それを見たキャスターも反射的にアインズを庇うための火炎弾を放とうとした。
しかし、それらよりも早く行動する者がいる。アインズの攻撃を受けてHPを1で凌ぎ切っていた死の騎士である。そいつはバーサーカーの右手を握り、主人をアクシデントから救った。
「■■■■■———!!!」
「オオオオァァァァァァァァ!!」
二体の化け物が共鳴する。どちらも言葉にならない叫び声だが、なぜだか意思疎通しているように感じられた。
「クソッ、失態だ」
アインズは死の騎士に組み付いているバーサーカーにとどめを刺すため、スタッフを握り締めた。
体の状況から察するに、バーサーカーの命のストックはもう一つも無いだろう。あと少し、あと少しダメージを与えれば彼はこの世から去る。
キャスターもそれを理解し、アインズとともにバーサーカーの息を止めるため杖を振るう。オルガマリーと立香を守っていたマシュも、不測の事態に備え突撃態勢に入った。
けれど、それを止める声が入る。全員の行動を静止させるように、凛とした鈴の声が転がった。
「待って! そのバーサーカー何か持ってる!」
声の主である立香は、そう言ってバーサーカーの右手を指し示す。
全員が度肝を抜かれた中、立香に言われた通りバーサーカーの右手を注視した。
「死の騎士! そいつの右手に握っているものを私に差し出せ」
アインズの命令に忠実な死の騎士は、満身創痍なバーサーカーの右手に噛みつき、それをもぎり取る。そしてそのまま千切れた右手をアインズの足元へと転がした。
不躾な渡し方ではあるが、バーサーカーを抑えながらの事なので仕方がないだろう。
転がされた右手に警戒しながら、アインズはその硬く結ばれた指を解いていった。
「これは……」
そこに握られているのは毒々しい色をした人間の心臓部___
ドクンドクンと脈打っているそれは、気味の悪さをさらに加速させる。普通の人間では絶対にこうならないその臓器は、誰のものなのか。そしてなぜそれをバーサーカーは持っていたのか。大量の疑問符が溢れ満ちていく。
「■■■■■———!! ■■■———!! ■■■■■———!!!!!」
バーサーカーは猛り狂う。心臓を奪われたことに怒ったのか、はたまた右手を食いちぎられたことに怒ったのか分からない。修復しそうにない肢体を傍若無人に振り回し、絡みつく死の騎士の頭を兜ごと食いちぎり絶命させる。
最早止まらない。もう止まれない。アインズはそれを目にし、呆然とする。
ユグドラシルのレベルで言えば40程度?
サーヴァントは大したことない?
何を言っているんだと自問する。ここはゲームの世界じゃない。数値に絶対ものなんてない。スポーツでも、勉強でも、仕事でも、生命というものは不確定な非数値の中で生きている。
それを理解した途端にアインズの内心から溢れ出る。
恐怖___、狼狽___、鬼胎___、怯懦___。
それらを理解してた瞬間アインズは引いた。レベル100の身体能力を使い、大きくその場から飛び退いた。誰よりも遠くへ、誰よりも早く、バーサーカーという恐れの体現から逃げ出すために全力を費やした。
気がつけばバーサーカーは倒れ伏している。力尽きたのか、浅い呼吸を繰り返すだけで起き上がる気配はない。
アインズはさっきの感情がすっと無くなり、再び大海のような穏やかな感情が戻ってくるのが分かった。
「なんだったんだ今の……」
生者の気力というものは時に通常の範疇を超えるという。火事場の馬鹿力、窮鼠猫を噛むなどとも言うが、あれはまさにそれだった。
アインズはこれ以上バーサーカーに近く気になれず、遠くから確実に即死魔法を放って終わらせようとする。今の彼にバーサーカーの宝具が欲しいなどという欲求は皆無であった。
けれど、その行為を宥めるように横から立香がアインズの手を降ろさせる。そして、アインズの持っていた心臓をそっと奪い取ると、それを持ってバーサーカーへと歩み寄った。
『おい、嬢ちゃん(立香)(マスター)』
立香の行動を危険と判断した三人は、それぞれ彼女に呼びかける。
しかしそれでも、藤丸立香という女性はバーサーカーへ近づくことをやめようとしない。
「これ、何か目的があったんでしょ? よく考えたら私たちからあなたに攻撃はしたけど、あなたから私たちに攻撃らしい攻撃はしてなかった。ただ、あの騎士さんとの交戦は仕方なかったけど」
そう言ってにこやかに微笑んだ立香を見て、バーサーカーは小さく唸り声を上げた。それがどういう意味なのか分からないが、きっとそれは立香に対する肯定なのだとみんな思えた。
「ねえ、バーサーカー。喋れなくてもいい、正解だったら頷いて。この心臓の人を、あなたは助けたいの?」
バーサーカーの頭を撫でながら立香は問いかける。彼はそれに対し静かに頷いた。
「そっか。分かった。ちょっと待っててね」
立香はそう言い終わると、マシュとオルガマリーがいる場所へと戻る。全員が全員その行動を見て、言葉を失っていた。
最初に自我を取り戻したのはオルガマリーだった。立香の肩を勢いよく掴み、鼻先すれすれまで顔を近づけると、呼吸を荒くして怒鳴りつける。
「あ、あ、あ、あなたどういうつもり!? 自分が何をしたか分かってるの!? 何もされなかったから良かったとして、この特異点においてあなたの貴重性を理解してる!?」
「あははははー、まあ何もされなかったからノープロブレムですよ所長」
「そういう問題じゃないわよ! いや、そういう問題なのかしら……。いやいやいやいや、とにかくあなたは無鉄砲すぎるわ。少しは周りのことと自分のことを考えて行動しなさい」
「でも、そんなのを待ってたら遅いですよ」
立香がそう屁理屈をこねていると、頭上からコツンと耳触りの良い音が鳴った。
「痛っ」
「バーカ。今のは所長さんの言う通りだろうが。無茶しすぎだへっぽこマスター」
どうやらキャスターが立香にゲンコツをくらわせたらしい。それに便乗する形でマシュも立香の無謀さに物申す。
「キャスターさんと所長の言う通りだと私も思います。本当に無事だったから良かったですが……。今度から無茶する時は一言断りを入れてください」
ぷりぷりと怒るマシュに、立香は素直に「ごめんなさーい」と謝る。それを見てさらにオルガマリーは怒るのだが、それを止めるようにアインズは四人の輪の中へ入った。
「立香。俺からも言わせてくれ。今回のは所詮運でしかない。次はきっと無いかもしれない。それでもお前はまた無茶をするのか?」
アインズは立香が隠している震えた左手を見ながらそう告げる。
あの瞬間、アインズはバーサーカーの底力を恐れて退散した。筋力、体力、知力、どれをとっても負けていないはずのアインズが、気力という部分でバーサーカーに敗れたのである。それはアンデッドになってしまった故の敗因か。それとも鈴木悟という人間の弱さが招いた敗北なのか。今それに対し答えを出せる者はいない。
それなのに藤丸立香という少女は、あの恐怖の巨人に歩み寄ることができた。
決して恐れを感じていないわけではない。彼女はどこまで行っても一般的な女の子である。怖いものは怖いし、絶望的な時はすぐに負けを認めるような強さしか持ち合わせていない。
そんな少女がどうして……。
「だって、バーサーカーが困っているように見えたし、それに気付いたんなら助けてあげるべきでしょ?」
「っ……。立香、お前」
立香はぽつりと言葉を吐露する。アインズはそれに対し息を呑んだ。
彼女のそれは自慢とか自信とかではない。やらなければいけないこと、やった方が良いことを彼女は行ったに過ぎない。それは一般人としての良心か、それとも怖いもの知らずな心がそうさせたのか。きっと、どちらも立香を動かす要因ではあったのだろう。
「困っている人を助けるのは当たり前」。
なるほど良くできた言葉ではないか。みんなは一人のために、一人はみんなのために。美しい言葉だと思う。それができれば世界は間違いなく恒久的平和を迎えることだろう。けれど残酷なことにそれを成し遂げられる人間はほんの一部しかいないのだ。
彼女はたまたまその一般人の持つ良心を兼ね備えていたに過ぎない。
「それに、いざとなったら皆に助けてもらうしね」
彼女はそう言って「にしし」と笑みを浮かべた。
それを見たアインズ、キャスター、マシュ、オルガマリーは呆れ果てるしかできない。ここまで頼られたら、その気持ちに応えたくなるというのが生命体だ。ここまで気持ちのいいほどの信頼に、四人はつられて笑うしかできなかった。
「さーて、じゃあ早速頼るんだけど。この心臓の人、助けられないかな」
立香はそう改まって心臓を差し出す。良い言葉で締めくくっていたくせに、いきなり無理難題を押し付けてきた。
キャスターはルーン魔術の観点からどうにか出来ないか模索するが、やはりこれをどうこう出来る次元とは思えない。同じくオルガマリーとマシュも、現代の魔術的観点から見てこれをどうにかするのは不可能だと判断する。
「俺には無理だな」
「私にも無理よ。こんなものどう助けるっていうの。それこそ第三魔法だわ」
「聖杯を手に入れれば、なんとか出来るかもしれませんが……」
「というよりこれ生きてるのか?」
うーんと頭を突き合わせながら考える四人。
これが「どうにも出来ませんでした」とバーサーカーに言いにいけば、きっと彼は本気で襲ってくるに違いない。今ではぐったりとその場に倒れ伏しているが、先程の底力を見た後ではそれも安心できる材料とはならなかった。
立香は「安請け合いしすぎたなー」と言って、今でも脈打ってるそれを不安そうに見つめる。
「とりあえず、助けるっていうからには蘇生だよね」
「蘇生って……、そんなの出来たら魔法使いじゃない。いえ、自然の理に背いているからそれ以上ね」
「現代の魔術ではどうしようもできません。サーヴァントに医神アスクレーピオスと、この特異点にいたメドゥーサさんを同時に召喚できれば、もしかしたら……」
「お、そいつなら俺も知ってるぜ。確か、蘇生してたら主神に殺されったつー間抜けな神話だよな」
「そんなことできるわけないでしょ! ただでさえ今回の件でヤバい状況なのに、その上蘇生薬をサーヴァントに作らせるですって!? 魔術協会と聖堂協会、さらには国連から弾劾されるわよ! カルデアは人を蘇生させるためにサーヴァントを召喚したってね。そんなことになったら職員全員の未来は真っ暗よ、真っ暗!!」
そう言って、オルガマリーはその場にへたり込んでしまう。どう考えても詰みだ。これなら、さっさとバーサーカーを葬っておけば良かったと心の底から彼女は思う。いや、もういっそのこと今からでもトドメをさせばいいと思っている。
しかし、他の面々はそう思わないらしくどうにか出来ないか考えを纏めていった。
蘇生は無理だとしても、特異点を解決すれば彼女は無事に生き返ると説得するとか___、
今回、この聖杯戦争で使われている聖杯を使って蘇生させてあげるとか___、
とりあえず問題の先送りにしてみるとか___、
そういった具体案を出し続ける。
だが、そんな中で一人話し合いに混じらない者がいる。
そう、アインズだ。
「旦那は何か良い方法ねぇのかー? 正直、一番頼りになるのはアンタの力なんだがよぅ」
キャスターは何か思い悩んでいるであろうアインズに声を掛ける。
アインズもそれに気がついたのか「ふむ」とだけ言って、中空に手を突っ込んだ。
「俺はアンデッドだから信仰系魔h…術に詳しくないですが、ここに
戦闘が終わり、素に戻ったアインズがそう言って取り出したのは長さ30センチ程度の短杖。骸骨であるアインズが持つには不釣り合いなほど神聖そうな雰囲気を漂わせているアイテムだ。
そこに込められている魔法は信仰系魔法でも高位魔法に分類されるものである。
その名も〈
死者を復活させる魔法で、<
この世界でどのように効力を発揮するか分からない現状、これを使えば確実にこの心臓の持ち主を蘇生させると断言はできない。しかし、今までの魔法実験からアインズは、このアイテムも多少変更点等はあるだろうが、機能するという確信だけは抱いていた。
だがそれでも懸念すべき事はある。さっきの立香たちの会話から、蘇生という行為の危険性を悟ったアインズは、このアイテムを使うことを躊躇していた。
これを使った場合のメリットは、バーサーカーの機嫌を取れるかもしれないという事。
これを使った場合のデメリットは、厄介ごとが大量に増えるという事。
どちらを選んだほうが良いかなんて、そんなもの一目瞭然である。バーサーカーを殺すのだって今なら容易なため、復活させるメリットは殆どないと言えるだろう。
そのため、アインズは適当な事を言って、誤魔化すことに決めたのだが……
___誰かが困っていたら助けるのは当たり前。
立香の顔を見る度に、そんな言葉が思い出されアインズの思考を邪魔する。そんなもの振り払ってしまえば良いのだが、さっき言われた立香の言葉と相まって、中々振り解けない。
ふぅとアインズは息を吐き出す。そして諦めたような笑いをこぼす。ここで問題から逃げ出したら、かつての仲間に怒られてしまうような気がした。
「このアイテムは癒しの魔…術が込められており、これを使えば生きているものであれば大抵は治せます」
アインズは嘘の説明をペラペラと語る。
当然、心臓だけになってしまったものを治す魔法なんてものはない。第一、ユグドラシルにそんな状態が存在しない。
だけど、蘇生の魔法を使えるというよりはこちらで適当にホラを吹いていたほうがいいと判断した。
「その心臓が動いているところを見るに、まだ何かしらの影響で生きているかもしれません。このアイテムなら肉体を作り直し、これの持ち主も目を覚ますでしょう」
こちらの世界に詳しくないアインズはこれで納得するか? と思いながら全員の顔色を窺う。
魔術に詳しくないであろう立香は喜色の笑みを浮かべているとして、どうも他の連中の顔色は難色を示していた。
ならばとアインズはダメ押しでさらに嘘を追加する。
「……当然、これにはデメリットがあります。それはこれを発動するために誰かの命を代償としなければ発動しないというものです。肉体を形成するには膨大なM、魔力が必要なため、それを動力源として発動します。さらに、これを使うためにはそれなりの準備も要ります」
そう言ってアインズは今度こそどうだっとみんなの顔を見回す。
「まあ、あれだろ。要はサーヴァントの受肉みたいなもんだろ。コスパは悪くねーし、良いんじゃねーの。生贄ってんなら、そこに転がっている大英雄さんを使えば良いしよ」
キャスターはアインズの言葉に疑問を思わなかったのか、具体的な提案を行う。
というよりも、肉体を形成するのに魂一つでも足りないんだなとアインズは思った。
「正直、そんな最強の魔術礼装があるなら欲しいレベルよ。やっていることは世界の修正力を無視した投影魔術だし、協会にバレたら封印指定ものだわ。本当に貴方何者?」
オルガマリーはそう言ってアインズを睨む。未来のゲームから来ましたとか言っても信じてくれないだろうし、そもそもそれを言えばどんな危険性が出てくるのか分かったものではない。ただでさえ、さっきから〈魔術教会〉や〈聖堂教会〉とかいう変な組織名が出てきているのに。この世のことを無知な状態で、大っぴらな行動をするのはアインズとしても躊躇われた。
「悪いですが、オルガマリー所長。それにお答えすることはできません。それを説明するだけの信頼を貴方は勝ち取っていない」
「っ、そうですか。分かりました。分かりましたとも。なら、いずれ時が来たら聞くとしましょう。私からは以上です」
オルガマリーは頬を膨らませてそっぽ向く。大変子供らしいその反応にアインズは困り果てながらも、黙殺することにした。
「とりあえず、肉体の蘇生だけでも試してみるとしましょう。失敗すれば、バーサーカーには悪いが死んでもらうしかない」
そう言って、アインズは立香が握る心臓を貰い受け、バーサーカーから少し距離を離して地面に置く。この世界の魔術がどのようなものか分からないアインズは、とりあえず心臓を中心にそれっぽい魔法陣などを描いていった。側から見れば、骸骨のモンスターが黒魔術の儀式をしているようにしか見えない。彼の握るスタッフから黒いオーラが滾っているせいで、さらに相乗効果が生まれている。
一通りの魔法陣(笑)を描き切ったところでアインズは仕上げに黒魔術の儀式で必要そうなアイテムを置く。勿論、アイテムたちにはそんな効力はなく、なんとなく見栄えを気にしたアインズが見た目重視で置いているだけだ。中にはクリスマスの時に無理矢理、運営からプレゼントされた呪いのマスクもある。
「さて、これで大体の準備はオーケイ」
必要の無い手順を終えたアインズは、そう言って倒れ伏すバーサーカーを見下ろした。
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何も無い空間だった。
色も、情報も、記憶も、形も、何もかもが存在しない場所。
存在しているということ自体が分からない。
分からないということが分からない。
思考しているようで、その実、思考などしていない。
何も無いのだから、何かを認識するということはできないはずなのだ。
漂う。漂う。漂う。漂う。浮いている感覚もしないのに___ただ漂う。
そんな時、優しい唸り声が聞こえた。安らぐような重低音。力強さが滲み出る巨人の声。
手を伸ばせば———手というものなんて存在しないのに———何かに引っ張られる感覚がした。
「な……に……?」
突如開ける赤い世界。見渡せば見知らぬ人物たちがイリヤスフィール・フォン・アインツベルンの前に立っていた。
一体、何が起きたのだろう。
思考してみるが何も分からない。頭の中がぐるぐるとかき混ぜられたように痛む。記憶という確かな情報がすっぽり抜け落ちたような感覚。先程までどこにいたのか、何をしていたのか思い出せない。
そんな時、一体の骸骨がイリヤを見つめながらゆっくりと屈む。興味深そうに下顎を摩り、目玉と思われる紅の光が綺麗に揺蕩った。
「君の名は?」
骸骨からそんなことを問われる。アンデッドから発せられたとは思えない優しげな声。
しかし、舌も喉もないせいか、口を開けずに放たれた言葉はとても不気味に思えた。
「い、り、や、すふぃー、る」
辿々しい言葉が出た。舌の使い方を忘れてしまったように、うまく言葉が発声できない。
「そうか、イリヤスフィール。良い名前だ」
そう言って骸骨は立ち上がると、近くにいた鉛色の巨人を指さす。
それは見覚えのある己のサーヴァント。バーサーカーとして召喚したギリシャの大英雄ヘラクレスは静かに横たわっている。
「君の代わりに命を捧げてくれたサーヴァントだ。見覚えがあるかは分からないが、感謝を伝えるといい」
骸骨が説明した。嘘のような現実を淡々と述べた。
イリヤは悟る。これは本当のことなのだと。自分を守るために、命を削ってくれたのだと。
自然と涙が溢れた。ぽろぽろと雫が流れ落ちた。一度出てしまえば止めることのできない水流。嗚咽が混じり、何もかも入り混じった感情が胸を渦巻く。
どうしてこんなに悲しいのか。どうしてこんなに虚しいのか。分からないことが悔しくて、思い出せないことが恨めしい。
イリヤはそっとバーサーカーへと手を伸ばす。体はあちこち痛いけど、今はそれより彼に触れたかった。
右手から伝わる確かな熱量は彼の命の儚さを伝えてくる。
___頑張ってくれたんだね。
もうパスは繋がっていないけど、そんな感情が伝えられたよう気がした。右手を通して、自分の心情を発露することができたと思う。
その証拠にバーサーカーは、
確かに笑って消えていったのだから___。
裏設定
・特異点Fという不可解性
ゲーム版では人がいきなり消えたと表現されていたのに、アニメ版だと石にされた人間が出てくる。
人がいないはずなのに、何かを守るように森に籠るバーサーカー。
さらには、実際召喚されていないはずのキャスター。
これらは異なる聖杯戦争の入り混じったせいであると言える。
それらをごった混ぜにして誕生したのが、今作の特異点Fである。
・イリヤの心臓の生死
魂は肉体と繋がってはいなかった。